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一目惚れ

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 私が初めて桐野きりのさんを見たのは、ちょうど一年前、西麻布のダイニング・バーだった。

 友達の誕生日パーティが貸し切りで催されていたんだけど、カウンターの中にいたバーテンダーが、桐野さんだったのだ。

 背が高くて、背筋がピンと伸びていて、クールな眼差し。モダンなモノトーンの制服がとてもよく似合っていた。

 第一印象は、不愛想な人だなぁということ。サービス業なのに、笑顔は口元を少しゆがめるだけ。モデル風の甘いルックスなのにもったいない。何となく無口なアスリートのように見えた。

 パーティ会場にいる軽い男たちとは正反対のタイプだけど、当然のように、女性陣の視線を独り占めにしていた。何を隠そう、私もその一人。

 思い切って言っちゃおう。私は桐野黎児れいじに一目惚れをした。ただ、ルックスに魅かれたわけじゃない。私が注目したのは、バーテンダーとしてのスキル、たぐいまれな才能、そして、あくなき探究心だった。

 そのきっかけとなったのは、桐野さんがパフォーマンスを要求されたこと。司会者の思い付きで、パーティ会場にいた30人全員のために、即興で30通りの創作オリジナルカクテルをつくらされたのだ。

 どうやら、司会者はモテモテの桐野さんに恥をかかせようと、くだらない嫌がらせを目論もくろんだらしい。事前の打ち合わせや段取りは間違いなくなかったはずだ。少なくとも、私の目にはそう見えた。

 桐野さんは平然と、その要望を受け入れた。60個の眼に見つめられても少しも動じず、愛想笑いも照れ笑いも言い訳もせず、即興で30通りの創作オリジナルカクテルをつくりあげた。

 それはハリウッド映画の1シーンのような感動的なパフォーマンスだった。
 桐野さんは拍手喝采かっさいを受けたが、やはり平然としていた。

 その時、私は確信した。この人だ、この人しかいない、、と。

 私は勇気を出して、桐野さんに話しかけた。デートの申し込みではない。私は桐野さんと一緒に仕事がしたいと考えたのだ。
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