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【龍馬カクテル】③

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「もしかすると、カクテルの構成要素は、誰もが納得できるような具体的な方がいいのかもしれませんね」

「ミノリさん、わかっていますね。その通りですよ。誰の心にもスッと染みこむような、強力なメッセージ、説得力のある訴求ポイントが必要不可欠です。一目で『ああ、これは確かに【龍馬カクテル】だ』と、納得できるようなもの。そういったものである必要があります」

「おっしゃる通りですね」

「わかりやすさ、インパクトと言い換えてもいいでしょう。そうしたものは、個人差や主観のズレが小さくなります。ただ、くれぐれも自己満足に陥らないように、僕たちは注意しなくていけませんね」

「はい、肝に銘じておきます」

【龍馬カクテル】に対する取り組みは、【雪村カクテル】の「雛型」「シミュレーション」。桐野さんはそう言ったけど、その言葉には想像以上の重みがあるのかもしれない。例えば、【銀時計】の今後を左右するような……。

 決して、大袈裟ではないと思う。桐野さんの性格からいって、【銀時計】が創作カクテルを表現する器として不足だと感じたら、即、去ってしまいそうな気がする。

 よし、気合を入れていこう。いつまでも小娘みたいに、浮かれているわけにはいかない。

「ミノリさん、聞いていますか?」
「は、はいっ。いえ、すいません、聞いていませんでした」

 桐野さんは苦笑して、出来の悪い生徒を諭すように言う。

「もう一度いいますから、しっかり聞いてください。【龍馬カクテル】という以上、誰が見ても坂本龍馬を思い浮かべるものが理想的です。でも、なかなか、そうはいきません」

「そうですね。ほら、ここが龍馬なんですよ、という説明が必要なものは、避けなければなりませんね」

「まったくです。それでは、作り手の押し付けにすぎません。お客様の心に響かなかった時点で、僕の負けです。もちろん、負けるつもりはありませんが」

「はい、私も負けたくないです」

「幸いと言っては何ですが、【龍馬カクテル】のお客様は、リオナさんお一人です。リオナさんの心を鷲づかみにする。それが、今回の最終目標にしましょう。この点はよろしいですね?」

「はい、もちろん結構です。以前おっしゃっていた、お客様第一主義ですね」

 桐野さんは頷く。

「ところで、【龍馬カクテル】を考案した伊吹さんは、リオナのお父さんで、桐野さんの先輩バーテンダーなんですよね。どんな方だったんですか?」

「そうですね。ひと言でいうと、ろくでなしでしょうか」

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