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キトラシオン
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マキナの悩みは尽きない。多くの問題を抱えている上に、一つの問題を解決する前に次から次へと新たな問題が舞い込んでくる。
例えば、OMの人材不足は深刻だ。服務規定違反を犯した王島と宇部は処分したし、浅野は任務遂行中に黒木という刑事に殺された。残っているのは海老丸と森山の二人だけになってしまった。戦闘力は万全とは言い難い。
ただ、八人のカードホルダーのうち、すでに六人が脱落している。二人のOMで、残り二人を対処すればよい。
オフィスのドアをノックして、
「失礼します。お呼びですか、真壁主任」と、鈴木が顔をのぞかせた。
マキナが頷くと、鈴木は太鼓腹をゆすりながら入ってきた。薄汚れた白衣姿を見る度、国立大学医学部の元大学教授という肩書きを疑いたくなる。
「確か、鈴木が言ったのよね。“この国の人間は根本的に、危機感と警戒心,注意力に欠けている。この三つがないために、カードホルダーの99.9%は生き残れない”」
「ええ、言いました。何せ、成功率が0.001%から0.1%ですからね」
「もう一度、説明してくれる?」
鈴木は笑顔で頷いて、
「危機感と警戒心,注意力の三つは、太古の時代なら生き残るために不可欠な能力です。一つでも欠けていれば、たちまち獣の餌食でしょう。鋭い牙と爪をもたぬ人類は、危機感と警戒心,注意力を頼りに、自らの生命を守ってきたのです。
「では、なぜ現代人はここまで、三つの能力が退化してしまったのか? 文明社会が成熟したせいか、協調性を重んじる国民性のせいか、ぬるま湯生活が長すぎたせいか? いずれも原因として考えられますね。
「独創性と想像力を軽視してきたツケが返ってきたという考え方もできるでしょう。独創性と想像力を持ち合わせている者は、周囲に流されません。協調性に欠けるかもしれませんが、その分、強靭な生命力に恵まれています。
「そういうタイプは、雪山などで遭難しても、土砂崩れで生き埋めにされても、しぶとく生き抜こうとします。最後の最後まであきらめません。過酷な状況を耐え抜いて、必死に生還を果たそうとします」
鈴木は滔々と述べているが、マキナは途中から聞くのをやめていた。アバウトに訊ねるのではなく、ポイントを絞るべきだった。鈴木は一から十まで話さなくては気が済まない性分なのだ。
「もっとも、それ以前に、危機感と警戒心,注意力があるのですから、リスキーな状況に巻き込まれる可能性が一般人より格段に少ないでしょうがね」
ようやく話が一段落したので、すかさずマキナは訊ねた。
「このプロジェクトが成功する確率は当初、0.001%にも満たないと言われていたわね。砂浜に落ちた米粒を見つけるようなものだ。そういった研究者もいた。確率の低さは承知しているけど、毎回これでは私たちのモチベーションに影響する。今回も我々の期待が裏切られる可能性は大なんでしょう?」
「何せ、甘く見ても成功率0.1%ですからね。仕方ありませんよ」鈴木は他人事のように言う。「主任、油田を掘り当てる気持ちで取り組みましょう。経済的な問題は度外視して、ひたすら回数を積み重ねる。それがおそらくは、成功への早道です」
何が早道だ。プロジェクトの責任者であるマキナは、鈴木ほど楽観的にはなれない。早く成果を出さなくては、上の連中は黙っていない。そのうち業を煮やして、執拗にマキナを責め立ててくるだろう。
「主任、実は気になることがありまして、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「頭が痛くなる質問は勘弁してよ」そう言ったのに、鈴木の質問ときたら、
「ほら、西尾のアパートが停電になった一件ですよ。何かしら作為的なものを感じたのですが、本当のところはどうだったのでしょう」
「何かと思えば。鈴木ってバカなの?」マキナは呆れ顔で、溜め息を吐く。「いい? 引きこもりのカードホルダーなんて前代未聞よ。一日10万の投資に見合うと思う? 引きこもりを相手にしているほど、私たちに経済的、時間的に余裕はないわよ」
「ということは、やはり」
「鈴木、私たちの目的は何? 〈キトラシオン〉でしょ。キトラのために、膨大な資金と時間をかけている。キトラこそが、私たちの未来を、しいてはこの国の未来を切り開く鍵よ」
「……はい、おっしゃる通りです」
「西尾がキトラである確率は0。真っ先に排除しても構わなかったぐらいよ」マキナは言い切る。「人は皆、生まれながらに平等ではないし、世界は悪意と矛盾に満ちている。私たちの行っているのは、選別を目的としたデスゲームなのよ」
カードホルダーたちはライズ財団の目的を知らない。知っていても、それをクリアする手段を知らない。贔屓目に見ても、これは最初から勝ち目のないゲームである。
生き残ったカードホルダーは、尾白恭介と深原詩織。この二人が〈キトラシオン〉である可能性は、どれほどあるのだろうか。
例えば、OMの人材不足は深刻だ。服務規定違反を犯した王島と宇部は処分したし、浅野は任務遂行中に黒木という刑事に殺された。残っているのは海老丸と森山の二人だけになってしまった。戦闘力は万全とは言い難い。
ただ、八人のカードホルダーのうち、すでに六人が脱落している。二人のOMで、残り二人を対処すればよい。
オフィスのドアをノックして、
「失礼します。お呼びですか、真壁主任」と、鈴木が顔をのぞかせた。
マキナが頷くと、鈴木は太鼓腹をゆすりながら入ってきた。薄汚れた白衣姿を見る度、国立大学医学部の元大学教授という肩書きを疑いたくなる。
「確か、鈴木が言ったのよね。“この国の人間は根本的に、危機感と警戒心,注意力に欠けている。この三つがないために、カードホルダーの99.9%は生き残れない”」
「ええ、言いました。何せ、成功率が0.001%から0.1%ですからね」
「もう一度、説明してくれる?」
鈴木は笑顔で頷いて、
「危機感と警戒心,注意力の三つは、太古の時代なら生き残るために不可欠な能力です。一つでも欠けていれば、たちまち獣の餌食でしょう。鋭い牙と爪をもたぬ人類は、危機感と警戒心,注意力を頼りに、自らの生命を守ってきたのです。
「では、なぜ現代人はここまで、三つの能力が退化してしまったのか? 文明社会が成熟したせいか、協調性を重んじる国民性のせいか、ぬるま湯生活が長すぎたせいか? いずれも原因として考えられますね。
「独創性と想像力を軽視してきたツケが返ってきたという考え方もできるでしょう。独創性と想像力を持ち合わせている者は、周囲に流されません。協調性に欠けるかもしれませんが、その分、強靭な生命力に恵まれています。
「そういうタイプは、雪山などで遭難しても、土砂崩れで生き埋めにされても、しぶとく生き抜こうとします。最後の最後まであきらめません。過酷な状況を耐え抜いて、必死に生還を果たそうとします」
鈴木は滔々と述べているが、マキナは途中から聞くのをやめていた。アバウトに訊ねるのではなく、ポイントを絞るべきだった。鈴木は一から十まで話さなくては気が済まない性分なのだ。
「もっとも、それ以前に、危機感と警戒心,注意力があるのですから、リスキーな状況に巻き込まれる可能性が一般人より格段に少ないでしょうがね」
ようやく話が一段落したので、すかさずマキナは訊ねた。
「このプロジェクトが成功する確率は当初、0.001%にも満たないと言われていたわね。砂浜に落ちた米粒を見つけるようなものだ。そういった研究者もいた。確率の低さは承知しているけど、毎回これでは私たちのモチベーションに影響する。今回も我々の期待が裏切られる可能性は大なんでしょう?」
「何せ、甘く見ても成功率0.1%ですからね。仕方ありませんよ」鈴木は他人事のように言う。「主任、油田を掘り当てる気持ちで取り組みましょう。経済的な問題は度外視して、ひたすら回数を積み重ねる。それがおそらくは、成功への早道です」
何が早道だ。プロジェクトの責任者であるマキナは、鈴木ほど楽観的にはなれない。早く成果を出さなくては、上の連中は黙っていない。そのうち業を煮やして、執拗にマキナを責め立ててくるだろう。
「主任、実は気になることがありまして、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「頭が痛くなる質問は勘弁してよ」そう言ったのに、鈴木の質問ときたら、
「ほら、西尾のアパートが停電になった一件ですよ。何かしら作為的なものを感じたのですが、本当のところはどうだったのでしょう」
「何かと思えば。鈴木ってバカなの?」マキナは呆れ顔で、溜め息を吐く。「いい? 引きこもりのカードホルダーなんて前代未聞よ。一日10万の投資に見合うと思う? 引きこもりを相手にしているほど、私たちに経済的、時間的に余裕はないわよ」
「ということは、やはり」
「鈴木、私たちの目的は何? 〈キトラシオン〉でしょ。キトラのために、膨大な資金と時間をかけている。キトラこそが、私たちの未来を、しいてはこの国の未来を切り開く鍵よ」
「……はい、おっしゃる通りです」
「西尾がキトラである確率は0。真っ先に排除しても構わなかったぐらいよ」マキナは言い切る。「人は皆、生まれながらに平等ではないし、世界は悪意と矛盾に満ちている。私たちの行っているのは、選別を目的としたデスゲームなのよ」
カードホルダーたちはライズ財団の目的を知らない。知っていても、それをクリアする手段を知らない。贔屓目に見ても、これは最初から勝ち目のないゲームである。
生き残ったカードホルダーは、尾白恭介と深原詩織。この二人が〈キトラシオン〉である可能性は、どれほどあるのだろうか。
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