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ラストデイ②
しおりを挟む恭介と詩織は曲がりくねった路地を進んだ。木造建築が密集しており、まるで昭和で時が止まったような町並みである。全体的にくすんだ色をしていた。
「ここが、西尾くんのアパートなんだ」
恭介が指差したのも、今にも朽ち果てそうな木造アパートである。アパートは閑散としていた。西尾の部屋はスチール製の階段を上り、一番手前にあった。
恭介がチャイムを鳴らしてみても、ドアを叩いてみても、応答はない。
「眠っているのかな、西尾くん」
「そうだとしても、何らかの気配がありそうなものですけど」
西尾の部屋だけでなく、アパート全体に人の気配がない。恭介はドアの郵便受けの蓋を開けてみたり、台所の窓から覗き込んだりしたが、西尾の在宅は確認できない。
「すいません、失礼します」詩織は断わってから、ドアに耳を当てた。「冷蔵庫が稼働中なら、かすかなノイズと振動があるはずなんです。それが感じとれません。部屋の中では今、電気が使われていないのかも」
ドアの近くに段ボールが積み重ねてあり、その陰に灰色の箱があった。電力量計、いわゆる電気メーターである。詩織はその目盛りを読む。
「思った通り、電気メーターが停止しています」次いで、隣の部屋の電気メーターも確認する。「このアパート全体が停電しているみたいですね」
「よく気付いたね。深原さんの言う通り、停電が続いているならエアコンが使えない。西尾くんは熱帯夜に我慢できなくて、どこか涼しい場所に移ったんじゃないかな」
その時、どこからか、パチパチパチという拍手が上がった。
アパートの中庭で、一人の男が二人を見上げて拍手をしている。公園で見かけた中肉中背の男だった。
「はじめまして、尾白恭介くん、深原詩織さん、僕はライズ財団の海老丸と申します」海老丸は優雅に会釈した。「それにしても、お二人の考えは素晴らしい。御名答ですよ。このアパートは夕べから停電で、皆さん、どこかにお出かけをしています」
「ライズ財団というと、真壁マキナさんの部下ですか?」
恭介の問いに、海老丸は肩をすくめた。
「部下は部下でも外部スタッフですから、普通の会社でいえば、派遣社員みたいな扱いですよ。愚痴っても仕方ありませんが、僕たちOMは肩身が狭くてね」
OM? 恭介には聞き覚えがある。確か、溝呂木を殺した長身男が言ったのだ。OMはルール違反者の天敵だ、と。
「OMというと……、つまり殺し屋?」
「まぁ、端的に言うと、そうなります」海老丸は首に手をやって苦笑する。「すいません、こちらに降りてきませんか? あなたたちにお話があるんですが、ずっと上を向いていたら、首が疲れてしまいました」
詩織と恭介は顔を見合わせる。殺し屋に呼ばれて、誰がそばに行くというのか。
「実は、西尾昌彦さんについて、お伝えしたいことがあります」
「西尾くんがどうしたんですか?」
「それをお話ししますから、降りてきてくださいよ。大きな声で話していると、誰の耳に入らないとも限りません。OMも秘密保持は厳守なのでね」
「それって、ルール厳守の意味では、僕たちと変わらないということですか?」と、詩織が言った。「ルール違反を犯していない者には手を出してはならない。それもあなたたちOMを縛るルールなんですね?」
「ええ、おっしゃる通りですよ」海老丸は大きく頷く。
「尾白さん、行きましょう。たぶん、大丈夫です」
詩織が階段を降り始めたので、恭介は慌てて後に続く。二人は中庭に佇み、海老丸と5メートルの距離で対峙した。
「あ、その場所を動かないで」殺し屋が近づこうとしたので、恭介は制止した。「そこで話してください。西尾くんがどうしたんですか?」
海老丸は首を横に振って、芝居気たっぷりの重々しい口調で語り始める。
「大変残念なお知らせです。本日早朝、西尾さんはアパートから外出。6時28分、紅武電鉄高架下の歩道で、ウォーキング中の老人に暴力をふるいました」
「まさか。信じられない。どうして、そんなことになったんですか?」
「そこに至る経緯と動機は関係ありません。西尾さんは老人に重傷を負わせた。その事実だけで、ルール違反は確定です」
「それって、どのルールですか?」
「ハッピー条例の③ですよ。お年寄りを大切にしよう、ですね」
詩織の発言に、海老丸は笑顔で頷く。
「これで六人が脱落。残っているのは、あなたたち、お二人だけです」
海老丸の表情がクルリと変化した。人好きのする笑顔から、獲物を見つけた狩人の顔に。恭介は反射的に前に出て、詩織を背後に隠す。すると、海老丸は肩をすくめて、また柔和な笑顔を浮かべた。
「いやいや、失礼。つい、地が出てしまいました。決して、手は出しませんから。くくくっ、まだ、今はね」
恭介は詩織に顔を近づけ、耳元で囁く。
「やばいと思ったら、すぐ逃げますからね」
詩織は了解の証に、恭介の手を握った。
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