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ラストデイ⑥
しおりを挟む恭介は突然、気味が悪くなった。チラシが不吉なものに思えて、海老丸に突き返そうとする。しかし、海老丸はそれを受け取らない。それどころか、大袈裟に身をかわした。
チラシは恭介の指先を離れ、ヒラヒラと舞い落ちる。風に吹かれて、歩道脇の側溝の中へと落ちてしまった。
「あーあ、やってしまいましたね」海老丸はニタァと不気味な笑みを浮かべた。
「な、何ですか、一体」恭介の胸は嫌な予感がよぎる。
「尾白さん、ハッピー条例の①がわかりますか?」
「えっ?」
恭介はそれを思い浮かべ、愕然とした。まさか……。おそるおそる、それを口にする。
「……ゴミのポイ捨てはやめよう」
「御名答」
海老丸の口角が限界まで上がり、彼の右手に手品のようにナイフが現れた。掌サイズのナイフであり、三日月に似た形状をしている。ギラリとした輝きに魅せられたように、恭介の身体は凍りついた。
「バカヤローっ!」
すぐ近くで怒号が上がり、いきなり左半身の衝撃を受けた。走ってきた筋肉男の体当たりをくらったのだ。
恭介の身体は宙を飛び、公園の階段に落下した。嫌というほど腰と背中を強打して、一瞬呼吸が止まる。身体を起こそうとすると、右足首に激痛が走った。逃げなければならないのに、立ち上がることすらできない。
恭介は両腕を使って、必死に短い階段を這い上がる。たった5段を上るだけで、重労働だった。公園の中に転がり込み、地面を這いずる。顔を上げると、地面から陽炎が立ち上っているのが見えた。
周辺は無人というわけではない。大通りには車が行き交っているし、歩道には通行人の姿もある。いつもと変わらぬ日常が続いている。なのに、この公園だけは、異なる世界のようだった。
木陰まで這い進んで息を整えていると、海老丸と筋肉男は一定の距離を保ち、にらみ合った形で公園に入ってきた。海老丸の手には三日月型のナイフ。筋肉男の手には特殊警棒。二人とも一分の隙もなく身構えて、殺気をぶつけ合っている。
なぜかわからないが、この二人は現在、敵対しているらしい。恭介は這って逃げようとすると、背中に海老丸の声が飛んできた。
「尾白さん、誤解しないでください。今この場で、あなたをどうこうするつもりはありません。おとなしく御同行いただけば、それなりの対応をいたします。最後の晩餐としては数ランク落ちますが、コンビニの焼肉弁当ぐらいは奢りますよ。何なら時世の句を詠む時間だって、差し上げます」
「大した余裕だな、エビ野郎。死に損ないの俺のことは眼中になしか」筋肉男は不満顔で吐き捨てる。
「森山さん、急かさないでくださいよ。僕の身体は一つだけだし、物事には順番があります。ものは相談だけど、あなたと僕との対決は雑事を済ませた後にしませんか。ねぇ、その方がじっくり楽しめますよ」
海老丸の言葉で、恭介は筋肉男の名前を知った。彼は森山というらしい。全身から立ち上る殺気でわかる。彼もまたOMなのだろう。驚いたことに、森山は海老丸の提案を受け入れた。
「5分だけ待ってやる。さっさと、その雑事を済ませろ」そう言って、特殊警棒を納めた。
海老丸もナイフを納めて、恭介に向き直る。
「さて、尾白さん……」
「海老丸さん、ちょっと待った!」恭介は機先を制する。「よくわからないけど、ドサクサにまぎれて、僕はだまし討ちにあったみたいだ。いくつか確認させてほしい。まず、さっきのあれはルール違反ですか? 僕はチラシを渡されて、それを返そうとしただけだ。第一、あれはチラシであって、ゴミじゃない。絶対におかしい。納得できない」
恭介は一気にまくしたてた。
チッチッチッ。海老丸は舌を鳴らして、人差し指をゆらす。
「新聞は読み終われば古新聞。チラシも読み終われば単なるゴミです。その上、君はグシャッと鷲づかみにしましたね。あの行為によって、チラシはゴミ確定ですよ」
「いや、断じてゴミじゃない。そんなの、一方的すぎる。全然フェアじゃない」恭介は強硬に主張する。命がかかっているのだから、必死である。
「そういう時のために、格好のシステムがあるぜ」傍らから、森山が口を挟んだ。
「部外者は黙っていてください」海老丸は一蹴する。
「そうはいかない。元カードホルダーの立場から言わせてもらう」森山は、〈深紅のカード〉を口元にやり、マイクのように話しかける。「情報量に関して、尾白恭介は絶対的に弱者だ。このデスゲームはフェアじゃない。情報不均等の改善を要求する」
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