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ラブ・スパイラル⑨
しおりを挟む2時間後に、常連のお客さんと渋谷で落ち合うことになっている。仕事に支障がない程度に軽く、何か腹に入れておこうと思う。
そうだ。真由莉さんを食事に誘ってみようか。そう思いついたのは、オートロックの自動ドアを抜けて、エントランスホールに出たところだった。
ふと、集合メールボックスの脇に、若い女性が膝を抱えて座っているのに気付いた。長い黒髪が垂れて、顔を覆い隠している。ファッションを見る限り、中高生ではなさそうだ。すぐ脇を通り過ぎようとした時、彼女がすっと顔を上げた。
心臓が止まるかと思った。それは、千鶴だったのだ。
僕と真由莉さんは恋人同士のように腕を組んでいる。内心、あたふたしていると、千鶴は怒った顔で立ち上がり、僕を睨みつけてきた。
「シュウくん、その人は誰? 今まで何をしていたの?」
喉の奥から絞り出すような声音だった。ちなみに、千鶴は僕の本名で呼びかけたのだけど、それでは混乱するので、ここはシュウと書かせてもらう。
真由莉さんは気配を察して、僕と組んでいた腕を外し、横にぴょんと飛びのいた。
「あ、誤解しないでね。彼と私は、ただの遊び友達。あなたが思うような関係じゃないから」
「私が思うような? それって、どういうことですかっ」
真由莉さんの弁明は明らかに、焼け石に水だった。
「チィちゃん、どうして、こんなところにいるんだよ。まさか、偶然ってことはないよな」
僕が話題を逸らしながら、真由莉さんに目配せを行う。勘の良い彼女は後ろを振り返らずに、さっさとエントランスホールを後にした。
「そんなの、シュウくんを見かけたからに決まっているじゃない」
まさかと思ったが、ここで3時間近く待っていたらしい。
「答えなさいよ。さっきの女と付き合ってるの?」
「落ち着いてくれ。彼女の言った通り、ただの友達だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
こういう時は嘘も方便だろう。しかし、それで納得するような千鶴ではない。
「どういうことよ。わかるように説明しなさいよ」
千鶴はヒステリーを起こしかけていた。早くも爆発の一歩手前だ。こういう時は本来、泣かれても騒がれてもいいから、思い存分、吐き出させるべきだろう。
しかし、僕には時間がなかった。
「悪いけど、急ぐんだ。日を改めよう。後で、必ず連絡を入れるよ。だから、今日のところは勘弁」
マンションの外に出ると、駅に向かって走り出した。
「待ちなさいよ、逃げる気っ」
千鶴が追ってくるが、僕は振り向かない。美少女の怒った顔は、僕が何よりも苦手とするものだった。
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