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ラブ・スパイラルⅡ⑩
しおりを挟む悪いけど、真由莉さんの言葉はスルーさせてもらう。
「チィちゃん、後悔しているなら、服を着て帰ってくれ」
彼女の背後から厳しい口調で告げる。
「シュウくんも一緒に帰ろう。ここにいたら、シュウくんが変になっちゃうよ」
真由莉さんは腕組みをして苦笑する。
「それは僕の問題だ。チィちゃんには関係ない」
僕は千鶴の両腕を放すと、床の服を拾って彼女に差し出す。
「さっさと帰れ」
「だから、シュウくんも一緒に」
「ダメだ。僕はここにいる」
「だったら、私も帰らないっ」
僕の差し出した服を叩き落とす。
「シュウくんは私の裸を見たんだよ。その責任を取ってよ」
言うに事欠いて、「責任」ときた。つまり、「僕に抱いてほしい」ということか。そんなこと、できるはずがない。僕のことも何も知らないくせに……。
僕は少々、意地悪な気分になる。もう体裁を取り繕うのはやめだ。
「僕はチィちゃんを抱かないよ」彼女の眼を見ながら、きっぱり告げた。「僕とセックスをするためには、お金がかかるんだ。かなり高額だから、大学生には到底払えない。ファミレスで半月ほど働く必要があるかな。それぐらいのお金が必要なんだ」
「シュウくん」
「いいんです、真由莉さん。僕のすべてを伝えないと、この子にはわからないし、納得しません」
千鶴は頭のいい子だ。それだけの言葉で、充分だった。
「……信じられない」僕の言葉を咀嚼して、上目遣いで睨みつけてくる。「この人とは〈友達〉って言っていたけど、あれは嘘ね。本当の関係って……」
「ああ、僕は彼女に買われたんだ。僕たちの関係は、コールボーイとお客様。そういうことになる」
「どうして、そんな仕事をしているの? そんなの、全然シュウくんらしくない」
「僕らしいって、どういうこと? まるで、僕以上に僕のことを知っているような口ぶりだな」
千鶴は唇を噛んだ。彼女の中ではどうしても、僕とコールボーイをイコールでつなげられないのだろう。
「5分で服を着ろ。もし着ないのなら、そのままの姿で放り出す。僕は本気だからな」
そう言い捨てて、彼女に背中を向けた。キッチンに行ったのは、喉の渇きをいやすためだ。ゆっくり水を飲んで、時間をつぶす。
5分後、リビングに戻ると、千鶴は服を身に着けていた。真由莉さんと顔を合わせて、僕は安堵の溜め息を吐く。
「さぁ、おとなしく帰ってくれ」
玄関で見送る時、千鶴は何か言いたげだったが、僕は彼女を追い立てるようにドアを閉めた。
スチール製のドアが重い音をたてて、僕と彼女を隔てる。二度と会うことはないだろう。
別々の世界の住人なのだから、最初からこうすべきだったのだ。
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