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愛子のホットライン②

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「はぁ、そんなことないよ。愛ちゃんのこと、愛しているよ」
「棒読みで言われても心に響きませんな」
「……愛ちゃんのこと、愛してる」
「残念ながら、まだまだです」

「愛ちゃん、愛してる」
「おっ、ちょっと心がこもってきたか」
「愛してる、愛ちゃん。もう、いいだろ。同僚が帰ってくるんだよ」
「そんなに同僚の目を気にするって、まさか同僚って女? 美人セールスマン? 剛ちゃん、ひどい。浮気してるのね」

「違うって。同僚は男だよ。しかも、全員体育会系、脳が筋肉でできている連中だ。浮気って仕事が忙しすぎて、そんな暇があるかよ」
「……」

「俺が浮気なんかするわけないの、愛ちゃん、わかっているだろ。頼むから、そんな不要な言葉は使わないでくれ」
「……」

「家のことは任せっきりで申し訳ないけど、仕事がひと段落したら、すぐに飛んで帰るから、もうしばらく踏ん張ってくれ」
「……うん、わかった」

「通り魔の一件から、啓磨の様子に変わったところはないか?」
「今のところは、まだ。普段通りといえば、普段通り。でも、それらしい兆候は、これから出てくるのかも」
「そうだと思う。母親として、啓磨を支えてやってくれ」
「その時が来たら、剛ちゃんも帰って来てね」

「ああ、もちろんだ。その時が来たら、仕事どころじゃない。俺たちの未来が開かれるんだ。それこそ、飛んで帰るよ」
「もう運命は変えられないんだね」
「ああ、ついに来たかって感じだな。俺たちが町に降りてきた時から決まっていたんだ。運命というか宿命だな」
「啓磨に背負えるかしら、重すぎる運命が、私たちの宿命が」

「背負ってもらわなければ困る。啓磨には一族を率いるだけも器を備えてもらわなければ……」
「……そうね」
「啓磨には贔屓目ひいきめなしに、その資質がある。少なくとも、俺はそう信じている」
「私も啓磨を信じている」

「愛ちゃん、俺たちで啓磨を支えてやろう」
「……うん、私たちで啓ちゃんを支えよう」

 ちょうどタイミングよく、剛磨の同僚が帰ってきたので、二人の会話は終わりを告げた。だが、このホットラインがなくとも、啓磨の覚醒が近づいていることは明らかだった。愛子と剛磨は期待と不安とともに、そう確信していたのだ。
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