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タヌキのはなし
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ぼくはものがたりを書いてくらしている。いわゆる小説家っておしごと。
きちんとした作家さんはちゃんと締め切りを守るんだろうけど、どちらかと言えば、ぼくはふまじめだ。だからいつもしごとがぎりぎりになって怒られてしまう。
あの日も、いつものように机に向かって小説を書いていた。明後日がしめきりだっていうのに、ぜんぜん書けない。あせっているうちに、気がつけば夜になっていた。明日には出版社の人がぼくの原稿をとりにくる。
どうしよう、と頭をかかえていたとき、どこからか音が聞こえてきた。
ポム。
あたりを見まわしたけど、なにもない。
気のせいかな。
そう思ってまたペンを握り、ああでもないこうでもないと考える。
ポムポム。
やっぱり気のせいじゃない。どうやら玄関の方からだ。
ぼくは立ち上がって音の鳴る方へと向かった。
ポムポムポム。
なんだかやわらかそうな音だった。小さな窓からのぞいてみても、なにも見えない。
ぼくはおもいきってドアを開けてみた。
「ごめんください」
そこにはタヌキが立っていた。
まんまるの目をぱちぱちとまばたかせ、ニコニコとほほえんでいる。頭に赤色の菅笠をかぶり、背中には体よりも大きい壺を背負っていた。
「こんばんは」
立ちつくしてしまったぼくに、タヌキはもう一度あいさつをする。
「こんばんは。すこしお話しませんか」
どうしたものかと頭を捻る。
しめきりに追われているぼくには、とてもタヌキと話しているひまなんかない。
「わるいけど、ちょっと今たてこんでるんだ。また今度聞かせてよ」
ドアを閉めようとすると、タヌキがにゅっとやわらかい手をドアのすきまにさしこんできた。
「そ、そんなことおっしゃらずに! いたいっ」
なんだかこのまま閉めるのも申し訳ない気がして、おもわずゆるめてしまう。
「いったいなにを話すつもりなんだい?」
待ってましたといわんばかりに、タヌキは口を開く。
「おやくにたつものをうりにたびをしてまして、それでおたくにもぜひ、と」
「役に立つもの?」
「それはもう、たぬきたちのあいだでは、これなしではくらせないというほどに……」
「あいにくぼくはタヌキじゃないんだ。ごめんなさい」
ドアを閉めると、向こうがわからポムポムとドアをたたく音が聞こえてくる。
「5ふん、いや3ふんでもいいんです。なんだったら10びょうだけでも……」
いったい10秒でどんな話が聞けるのだろう。逆に興味がわいてくる。
なんだかタヌキの話が気になってしまっていることに、ぼくはおもわず首を横にふる。
今のぼくにとっては1秒もむだにできない。
だけど、念のためぼくは聞いてみた。
「ことわるっていったら?」
「ど、どあをたたきます」
それはこまる。かなりこまる。
集中したいというのに、玄関からポムポムと音が聞こえてきた日には、書けるものも書けない。
僕は腕を組んで、そのまま耳をすませてみた。
ポムポムポムポム。
ポムポムポムポム。
ポムポム。
やわらかそうな手がドアをたたき続けているようだ。
「きっとよろこんでいただけるはずですっ」
「はず?」
ドアを開けて聞き返す。
「い、いえ。おやくにたつことまちがいなし!」
あわててしっぽをゆらすタヌキに、「わかりやすいタヌキだな」と笑ってしまう。
まあ、筆も止まっていたところだし、ちょっとした休憩に話を聞いてみてもいいかもしれない。
「まあ、とりあえず上がりなよ。外は寒いだろ」
タヌキはぱっと顔を明るくさせて、
「おじゃまします」
ぺこりとおじぎした。
◇ ◇ ◇
キッチンでお茶をいれて、おぼんに乗せてリビングに向かう。小さな丸いテーブルをはさんで、ちょうどタヌキの向かい側にすわった。
コーヒー、紅茶と色々あるけど、タヌキはいったいなにを飲むんだろう?
ぼくは悩んだ末に、緑茶をえらんだ。
「おかまいなく」
そう言ってごくごくとおいしそうに飲み干した。どうやら正解のようだ。
「それで。役に立つものって言っていたけど、どんなものを売ってるの?」
「おまちを」
タヌキはさっきまで背負っていた大きな壺に手を入れて、ゴソゴソと中をさぐる。きれいな水色の布をとりだすと、テーブルの上に広げた。
お皿やぼうし、オカリナ、バッグ。壺の中から次々と品物をとりだしては、広げた布の上にていねいに並べていく。あっというまに、小さなお店の完成だ。
「まずはこちら」
タヌキが手にとったのは、やかんだった。
ぱっちりとまん丸の目が2つ、耳のようなものもついていて、そそぎ口がまるく、黒色にぬられていた。正面から見るとタヌキの顔のようになっている。
「なんともかわいらしいでざいん。おへやのいんてりあにばっちりなのです」
「まあ、かわいらしいけど。やかんはもう持ってるからなあ」
と言うと、タヌキの目がきらりと光った。
「ですがこのやかん、ただのやかんじゃございません! ふつーのやかんよりもはやくおゆがわくのです。たぬきのなかでも、えらばれたたぬきたちがうみだした、いっきゅうひん。ねつてんとーりつが……」
「熱伝導率だね」
「そう。それがよいのです。しかし、それだけにあらず」
やかんをながめていたぼくに、タヌキはずいと身をのりだす。
「なんと! おゆがわいたとき、すばらしいねいろでおしえてくれるのです!」
「すばらしい音色?」
「はい。すばらしいねいろです。それはもう、あらゆることをわすれて、おもわずうっとりとしてしまうほどに……」
「おもわずうっとりって、やかんに火をかけてるのに、うっとりしてたら危なくない?」
タヌキは少しの間かたまってから、
「そ、そうおっしゃらずに」
おためしあれ、とやかんをさしだすので、ぼくはキッチンに行き、水を入れて、火にかけてからリビングにもどる。
「ほかにはどんなのがあるの?」
「えーと、こちら」
タヌキは中くらいのふくろをとった。
「たぬきのむらさん、たぬきじるしのこーひーまめ。まろやかなふうみ、なめらかなしたざわり。たぬきのあさにはかかせないいっぴんです」
「コーヒーにはちょっとぼくもうるさいよ」
タヌキは少し身じろぎしてから、コホンとせきばらいをする。
「こうおもったことはありませんか? なんだかいつもあじがおなじであきちゃったなー、と」
「うんうん」
「どーせなら、あじがかわってくれればいいのになー、と」
「そうだね」
「そんなときはこちら」
タヌキは両手でふくろをもち上げた。
「じつはこれ、いれるたびに、あじがへんかするのです。あきることなく、なんどでもたのしめます」
「へえー。味が変化するコーヒーか。おもしろいね」
「そーでしょう」
えっへん、となぜか胸をはるタヌキ。
「でも、それはお客さんとかにはだせないね。どんな味か分からないんじゃあ……」
タヌキを見ると、なんだかとても悲しそうな顔でこちらを見ていた。
「あ、ああ。他のも見てみたいな!」
もうタヌキは壺に入りこむ勢いで、ああでもないこうでもないといろんなものを取り出して、気がつけば床一面、品物だらけになる。
どう考えたって入りきらないような物が中からとびだすのを見て、ぼくはあの壺が気になってしょうがない。
「こ、こ、こちらなんてどーでしょう」
出てきたのは、木でできた小さなティーカップ。
「なんだかふつうのカップみたいだね」
ぼくは手に取ってまじまじとながめてみた。
「ところがどっこい。このかっぷは、よにもふしぎなまほうのかっぷ。これがあれば、いつでもどこでも、もりのなかにいるようなきもちになれるのです」
「へえー。試してみてもいい?」
「どうぞどうぞ」
タヌキのお許しが得られたので、そのカップに急須でお茶をついで、口をつけてみる。
緑茶の風味が口に広がった。
「かわのせせらぎ。はっぱのゆれ。あ、むこうから、とりさんのこえも」
タヌキは耳に手を当てて目をつむった。そう言われてみれば、そんな気がしなくもないような。
「どうでしょう」
自信満々なタヌキ。
だけど、はたしてこれはカップのおかげなんだろうか?
「じつはこのかっぷ、もりのこえがとじこめられているのです」
「森の声?」
「はい。いまのごじせい、とかいのけんそーにつかれたひとたちばかり。よるもふあんでねむれません。そんなときはこれ! みなさまがわすれかけたしぜんをおもいだすことができて、とてもりらっくすできるのです。これでよるもぐっすりです」
なるほど。不眠症に効き目があるのはありがたいかも。
そう思ったやさき、はたと疑問がわいた。
「ひとついいかな?」
「なんでしょう」
「さっき玄関で、タヌキたちの生活では欠かせないって言ってたよね?」
「ええ。いいましたね」
「タヌキはいつもどこで暮らしているの?」
「もりのなかですね」
「ならタヌキたちにとって森は、ぼくらにとっての都会なわけだ」
「はい」
「そんな人たち……いやタヌキたちに、森の中にいる気分になれるカップなんて売れるのかな?」
「え」
タヌキはあっけにとられた表情をした。
「タヌキたちにとっては森が身じかなんだよね」
「は、はい」
「なのにわざわざティーカップを使ってまで、森を感じるひつようはあるのかい」
「えと」
「それってようするに、ぼくらに都会の喧騒を味わうことができるティーカップを売りつけるようなものじゃない。そんなもの、わざわざ買うかなあ」
「……」
とうとうタヌキはだまりこんでしまう。
「も、も、もりの、ごえが……」
ティーカップをだいじそうに両手でつつみこんだタヌキは、両目いっぱいになみだをためて、今にも泣きだしそうな声で言った。
シュー! ポムポムポム。
またあのやわらかそうな音がした。どうやらさっきのやかんみたいだ。
これが、美しい音色かあ。
火を消してからリビングに戻ると、タヌキはしゃくりあげていた。
「さ、さいきんだれもかってくれないんです。たぬきのうるものはふるくさいって」
タヌキはテーブルにつっぷしてしまった。
「た、たしかに、ふるくさいかもしれないけど、い、いいものだってたくさんあるんです。な、なのに、だ、だれも、みむきもしてくれないんです……」
「うーん」
ぼくはどうしようかと考える。
たしかに最近の暮らしはどうにもせせこましい気がする。ぼくは少し居心地が悪く思っていたが、どうやらそれはタヌキたちも同じだったようだ。
ぼくはなんだか無性に買ってあげたくなって、右に左に目を動かす。
「あれはなに?」
目にとまったのは、年季を感じさせる紙と、おもむきのある羽ペン。
タヌキはゴシゴシと目をこすって、
「こ、これは、いんくがにじまないかみと、かいたものをきれいにけせるぺんです。たぬきのあいだではにんきです。でも、いまはぱそこんがありますし……」
たよりなく耳をたらしたタヌキに、ぼくは手をふってみせた。
「いや、じつはぼくも物書きなんだけど、さいきん漢字が書けなくなってきてさ。しばらくパソコンから少しはなれようと思ってるんだ」
「ほ、ほんとーですか?」
「うん。それ、よかったらもらえないかな」
「あ、ありがとうございます! さっそくおつつみします!」
タヌキは立ち上がって、うれしそうにぺこりとおじぎする。
これで2人とも、いや1人と1匹ともしあわせだ。
よかったよかった。これで一件落着。
そんなとき、タヌキがちらかした品物のなかで、あるものを見つけた。
「あれ? あの葉っぱ……」
「これですか」
タヌキが手に取ったのは、なんの変哲もない、緑色の葉っぱだった。
「それも売りものなの?」
「は、はい。いちおう。こーうんのたぬきすたんぷです。ときどきばけて、たぬきのおきものになります」
ぼふん!
手のひらサイズの置物にかわる。
「きょうはおひがらがよろしいみたいですね」
どこかのお店に置いてありそうなタヌキの置物は、ニコニコと笑っていた。
「こんなふうにおかおのばりえーしょんがほうふです」
置物を持ってまじまじとながめてみる。裏側にタヌキのしっぽのスタンプが刻印されていた。
ぼくの作品のサイン代わりに、トレンドマークになってくれるかもしれない。
「これも欲しいな」
ぼくが言うと、タヌキは感きわまって泣いていた。
◇ ◇ ◇
日ざしがカーテンの隙間をぬって、リビングを心地よく照らしている。とてもきれいな朝日だ。
シュー! ポムポム。
どうやらお湯がわいたみたいだ。
手にとったのはタヌキの村産タヌキ印のコーヒー豆が入った袋。火を消して、やかんで木のカップにお湯をそそぐ。おいしそうな香ばしい香りがふわりと部屋をつつんだ。
あのあとぼくは「月刊タヌキ」を契約して、タヌキは何度もおじぎをしてからフローリングにペタペタと足あとを残して帰っていった。
そんなわけで、ぼくはリビングでタヌキの村産コーヒーを楽しみつつ、紙と羽ペンを前に、ぼくはものがたりを思いうかべる。
余談だけど、あれ以来、ぼくの原稿にタヌキのしっぽのサインがあるおかげで、ぼくは「タヌキさん」と呼ばれるようになった。
「どこで売っているんですか」と聞かれて「タヌキから買いました」って言うと、みんなに笑われるんだ。
ほんとのことなんだけどなあ。
きちんとした作家さんはちゃんと締め切りを守るんだろうけど、どちらかと言えば、ぼくはふまじめだ。だからいつもしごとがぎりぎりになって怒られてしまう。
あの日も、いつものように机に向かって小説を書いていた。明後日がしめきりだっていうのに、ぜんぜん書けない。あせっているうちに、気がつけば夜になっていた。明日には出版社の人がぼくの原稿をとりにくる。
どうしよう、と頭をかかえていたとき、どこからか音が聞こえてきた。
ポム。
あたりを見まわしたけど、なにもない。
気のせいかな。
そう思ってまたペンを握り、ああでもないこうでもないと考える。
ポムポム。
やっぱり気のせいじゃない。どうやら玄関の方からだ。
ぼくは立ち上がって音の鳴る方へと向かった。
ポムポムポム。
なんだかやわらかそうな音だった。小さな窓からのぞいてみても、なにも見えない。
ぼくはおもいきってドアを開けてみた。
「ごめんください」
そこにはタヌキが立っていた。
まんまるの目をぱちぱちとまばたかせ、ニコニコとほほえんでいる。頭に赤色の菅笠をかぶり、背中には体よりも大きい壺を背負っていた。
「こんばんは」
立ちつくしてしまったぼくに、タヌキはもう一度あいさつをする。
「こんばんは。すこしお話しませんか」
どうしたものかと頭を捻る。
しめきりに追われているぼくには、とてもタヌキと話しているひまなんかない。
「わるいけど、ちょっと今たてこんでるんだ。また今度聞かせてよ」
ドアを閉めようとすると、タヌキがにゅっとやわらかい手をドアのすきまにさしこんできた。
「そ、そんなことおっしゃらずに! いたいっ」
なんだかこのまま閉めるのも申し訳ない気がして、おもわずゆるめてしまう。
「いったいなにを話すつもりなんだい?」
待ってましたといわんばかりに、タヌキは口を開く。
「おやくにたつものをうりにたびをしてまして、それでおたくにもぜひ、と」
「役に立つもの?」
「それはもう、たぬきたちのあいだでは、これなしではくらせないというほどに……」
「あいにくぼくはタヌキじゃないんだ。ごめんなさい」
ドアを閉めると、向こうがわからポムポムとドアをたたく音が聞こえてくる。
「5ふん、いや3ふんでもいいんです。なんだったら10びょうだけでも……」
いったい10秒でどんな話が聞けるのだろう。逆に興味がわいてくる。
なんだかタヌキの話が気になってしまっていることに、ぼくはおもわず首を横にふる。
今のぼくにとっては1秒もむだにできない。
だけど、念のためぼくは聞いてみた。
「ことわるっていったら?」
「ど、どあをたたきます」
それはこまる。かなりこまる。
集中したいというのに、玄関からポムポムと音が聞こえてきた日には、書けるものも書けない。
僕は腕を組んで、そのまま耳をすませてみた。
ポムポムポムポム。
ポムポムポムポム。
ポムポム。
やわらかそうな手がドアをたたき続けているようだ。
「きっとよろこんでいただけるはずですっ」
「はず?」
ドアを開けて聞き返す。
「い、いえ。おやくにたつことまちがいなし!」
あわててしっぽをゆらすタヌキに、「わかりやすいタヌキだな」と笑ってしまう。
まあ、筆も止まっていたところだし、ちょっとした休憩に話を聞いてみてもいいかもしれない。
「まあ、とりあえず上がりなよ。外は寒いだろ」
タヌキはぱっと顔を明るくさせて、
「おじゃまします」
ぺこりとおじぎした。
◇ ◇ ◇
キッチンでお茶をいれて、おぼんに乗せてリビングに向かう。小さな丸いテーブルをはさんで、ちょうどタヌキの向かい側にすわった。
コーヒー、紅茶と色々あるけど、タヌキはいったいなにを飲むんだろう?
ぼくは悩んだ末に、緑茶をえらんだ。
「おかまいなく」
そう言ってごくごくとおいしそうに飲み干した。どうやら正解のようだ。
「それで。役に立つものって言っていたけど、どんなものを売ってるの?」
「おまちを」
タヌキはさっきまで背負っていた大きな壺に手を入れて、ゴソゴソと中をさぐる。きれいな水色の布をとりだすと、テーブルの上に広げた。
お皿やぼうし、オカリナ、バッグ。壺の中から次々と品物をとりだしては、広げた布の上にていねいに並べていく。あっというまに、小さなお店の完成だ。
「まずはこちら」
タヌキが手にとったのは、やかんだった。
ぱっちりとまん丸の目が2つ、耳のようなものもついていて、そそぎ口がまるく、黒色にぬられていた。正面から見るとタヌキの顔のようになっている。
「なんともかわいらしいでざいん。おへやのいんてりあにばっちりなのです」
「まあ、かわいらしいけど。やかんはもう持ってるからなあ」
と言うと、タヌキの目がきらりと光った。
「ですがこのやかん、ただのやかんじゃございません! ふつーのやかんよりもはやくおゆがわくのです。たぬきのなかでも、えらばれたたぬきたちがうみだした、いっきゅうひん。ねつてんとーりつが……」
「熱伝導率だね」
「そう。それがよいのです。しかし、それだけにあらず」
やかんをながめていたぼくに、タヌキはずいと身をのりだす。
「なんと! おゆがわいたとき、すばらしいねいろでおしえてくれるのです!」
「すばらしい音色?」
「はい。すばらしいねいろです。それはもう、あらゆることをわすれて、おもわずうっとりとしてしまうほどに……」
「おもわずうっとりって、やかんに火をかけてるのに、うっとりしてたら危なくない?」
タヌキは少しの間かたまってから、
「そ、そうおっしゃらずに」
おためしあれ、とやかんをさしだすので、ぼくはキッチンに行き、水を入れて、火にかけてからリビングにもどる。
「ほかにはどんなのがあるの?」
「えーと、こちら」
タヌキは中くらいのふくろをとった。
「たぬきのむらさん、たぬきじるしのこーひーまめ。まろやかなふうみ、なめらかなしたざわり。たぬきのあさにはかかせないいっぴんです」
「コーヒーにはちょっとぼくもうるさいよ」
タヌキは少し身じろぎしてから、コホンとせきばらいをする。
「こうおもったことはありませんか? なんだかいつもあじがおなじであきちゃったなー、と」
「うんうん」
「どーせなら、あじがかわってくれればいいのになー、と」
「そうだね」
「そんなときはこちら」
タヌキは両手でふくろをもち上げた。
「じつはこれ、いれるたびに、あじがへんかするのです。あきることなく、なんどでもたのしめます」
「へえー。味が変化するコーヒーか。おもしろいね」
「そーでしょう」
えっへん、となぜか胸をはるタヌキ。
「でも、それはお客さんとかにはだせないね。どんな味か分からないんじゃあ……」
タヌキを見ると、なんだかとても悲しそうな顔でこちらを見ていた。
「あ、ああ。他のも見てみたいな!」
もうタヌキは壺に入りこむ勢いで、ああでもないこうでもないといろんなものを取り出して、気がつけば床一面、品物だらけになる。
どう考えたって入りきらないような物が中からとびだすのを見て、ぼくはあの壺が気になってしょうがない。
「こ、こ、こちらなんてどーでしょう」
出てきたのは、木でできた小さなティーカップ。
「なんだかふつうのカップみたいだね」
ぼくは手に取ってまじまじとながめてみた。
「ところがどっこい。このかっぷは、よにもふしぎなまほうのかっぷ。これがあれば、いつでもどこでも、もりのなかにいるようなきもちになれるのです」
「へえー。試してみてもいい?」
「どうぞどうぞ」
タヌキのお許しが得られたので、そのカップに急須でお茶をついで、口をつけてみる。
緑茶の風味が口に広がった。
「かわのせせらぎ。はっぱのゆれ。あ、むこうから、とりさんのこえも」
タヌキは耳に手を当てて目をつむった。そう言われてみれば、そんな気がしなくもないような。
「どうでしょう」
自信満々なタヌキ。
だけど、はたしてこれはカップのおかげなんだろうか?
「じつはこのかっぷ、もりのこえがとじこめられているのです」
「森の声?」
「はい。いまのごじせい、とかいのけんそーにつかれたひとたちばかり。よるもふあんでねむれません。そんなときはこれ! みなさまがわすれかけたしぜんをおもいだすことができて、とてもりらっくすできるのです。これでよるもぐっすりです」
なるほど。不眠症に効き目があるのはありがたいかも。
そう思ったやさき、はたと疑問がわいた。
「ひとついいかな?」
「なんでしょう」
「さっき玄関で、タヌキたちの生活では欠かせないって言ってたよね?」
「ええ。いいましたね」
「タヌキはいつもどこで暮らしているの?」
「もりのなかですね」
「ならタヌキたちにとって森は、ぼくらにとっての都会なわけだ」
「はい」
「そんな人たち……いやタヌキたちに、森の中にいる気分になれるカップなんて売れるのかな?」
「え」
タヌキはあっけにとられた表情をした。
「タヌキたちにとっては森が身じかなんだよね」
「は、はい」
「なのにわざわざティーカップを使ってまで、森を感じるひつようはあるのかい」
「えと」
「それってようするに、ぼくらに都会の喧騒を味わうことができるティーカップを売りつけるようなものじゃない。そんなもの、わざわざ買うかなあ」
「……」
とうとうタヌキはだまりこんでしまう。
「も、も、もりの、ごえが……」
ティーカップをだいじそうに両手でつつみこんだタヌキは、両目いっぱいになみだをためて、今にも泣きだしそうな声で言った。
シュー! ポムポムポム。
またあのやわらかそうな音がした。どうやらさっきのやかんみたいだ。
これが、美しい音色かあ。
火を消してからリビングに戻ると、タヌキはしゃくりあげていた。
「さ、さいきんだれもかってくれないんです。たぬきのうるものはふるくさいって」
タヌキはテーブルにつっぷしてしまった。
「た、たしかに、ふるくさいかもしれないけど、い、いいものだってたくさんあるんです。な、なのに、だ、だれも、みむきもしてくれないんです……」
「うーん」
ぼくはどうしようかと考える。
たしかに最近の暮らしはどうにもせせこましい気がする。ぼくは少し居心地が悪く思っていたが、どうやらそれはタヌキたちも同じだったようだ。
ぼくはなんだか無性に買ってあげたくなって、右に左に目を動かす。
「あれはなに?」
目にとまったのは、年季を感じさせる紙と、おもむきのある羽ペン。
タヌキはゴシゴシと目をこすって、
「こ、これは、いんくがにじまないかみと、かいたものをきれいにけせるぺんです。たぬきのあいだではにんきです。でも、いまはぱそこんがありますし……」
たよりなく耳をたらしたタヌキに、ぼくは手をふってみせた。
「いや、じつはぼくも物書きなんだけど、さいきん漢字が書けなくなってきてさ。しばらくパソコンから少しはなれようと思ってるんだ」
「ほ、ほんとーですか?」
「うん。それ、よかったらもらえないかな」
「あ、ありがとうございます! さっそくおつつみします!」
タヌキは立ち上がって、うれしそうにぺこりとおじぎする。
これで2人とも、いや1人と1匹ともしあわせだ。
よかったよかった。これで一件落着。
そんなとき、タヌキがちらかした品物のなかで、あるものを見つけた。
「あれ? あの葉っぱ……」
「これですか」
タヌキが手に取ったのは、なんの変哲もない、緑色の葉っぱだった。
「それも売りものなの?」
「は、はい。いちおう。こーうんのたぬきすたんぷです。ときどきばけて、たぬきのおきものになります」
ぼふん!
手のひらサイズの置物にかわる。
「きょうはおひがらがよろしいみたいですね」
どこかのお店に置いてありそうなタヌキの置物は、ニコニコと笑っていた。
「こんなふうにおかおのばりえーしょんがほうふです」
置物を持ってまじまじとながめてみる。裏側にタヌキのしっぽのスタンプが刻印されていた。
ぼくの作品のサイン代わりに、トレンドマークになってくれるかもしれない。
「これも欲しいな」
ぼくが言うと、タヌキは感きわまって泣いていた。
◇ ◇ ◇
日ざしがカーテンの隙間をぬって、リビングを心地よく照らしている。とてもきれいな朝日だ。
シュー! ポムポム。
どうやらお湯がわいたみたいだ。
手にとったのはタヌキの村産タヌキ印のコーヒー豆が入った袋。火を消して、やかんで木のカップにお湯をそそぐ。おいしそうな香ばしい香りがふわりと部屋をつつんだ。
あのあとぼくは「月刊タヌキ」を契約して、タヌキは何度もおじぎをしてからフローリングにペタペタと足あとを残して帰っていった。
そんなわけで、ぼくはリビングでタヌキの村産コーヒーを楽しみつつ、紙と羽ペンを前に、ぼくはものがたりを思いうかべる。
余談だけど、あれ以来、ぼくの原稿にタヌキのしっぽのサインがあるおかげで、ぼくは「タヌキさん」と呼ばれるようになった。
「どこで売っているんですか」と聞かれて「タヌキから買いました」って言うと、みんなに笑われるんだ。
ほんとのことなんだけどなあ。
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