タヌキのはなし

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タヌキのはなし

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 ぼくはものがたりを書いてくらしている。いわゆる小説家っておしごと。
 きちんとした作家さんはちゃんと締め切りを守るんだろうけど、どちらかと言えば、ぼくはふまじめだ。だからいつもしごとがぎりぎりになって怒られてしまう。

 あの日も、いつものように机に向かって小説を書いていた。明後日がしめきりだっていうのに、ぜんぜん書けない。あせっているうちに、気がつけば夜になっていた。明日には出版社の人がぼくの原稿をとりにくる。
 どうしよう、と頭をかかえていたとき、どこからか音が聞こえてきた。

 ポム。

 あたりを見まわしたけど、なにもない。
 気のせいかな。
 そう思ってまたペンを握り、ああでもないこうでもないと考える。

 ポムポム。

 やっぱり気のせいじゃない。どうやら玄関の方からだ。
 ぼくは立ち上がって音の鳴る方へと向かった。

 ポムポムポム。

 なんだかやわらかそうな音だった。小さな窓からのぞいてみても、なにも見えない。
 ぼくはおもいきってドアを開けてみた。

「ごめんください」

 そこにはタヌキが立っていた。
 まんまるの目をぱちぱちとまばたかせ、ニコニコとほほえんでいる。頭に赤色の菅笠をかぶり、背中には体よりも大きい壺を背負っていた。

「こんばんは」

 立ちつくしてしまったぼくに、タヌキはもう一度あいさつをする。

「こんばんは。すこしお話しませんか」

 どうしたものかと頭を捻る。
 しめきりに追われているぼくには、とてもタヌキと話しているひまなんかない。

「わるいけど、ちょっと今たてこんでるんだ。また今度聞かせてよ」

 ドアを閉めようとすると、タヌキがにゅっとやわらかい手をドアのすきまにさしこんできた。

「そ、そんなことおっしゃらずに! いたいっ」

 なんだかこのまま閉めるのも申し訳ない気がして、おもわずゆるめてしまう。

「いったいなにを話すつもりなんだい?」

 待ってましたといわんばかりに、タヌキは口を開く。

「おやくにたつものをうりにたびをしてまして、それでおたくにもぜひ、と」
「役に立つもの?」
「それはもう、たぬきたちのあいだでは、これなしではくらせないというほどに……」
「あいにくぼくはタヌキじゃないんだ。ごめんなさい」

 ドアを閉めると、向こうがわからポムポムとドアをたたく音が聞こえてくる。

「5ふん、いや3ふんでもいいんです。なんだったら10びょうだけでも……」

 いったい10秒でどんな話が聞けるのだろう。逆に興味がわいてくる。
 なんだかタヌキの話が気になってしまっていることに、ぼくはおもわず首を横にふる。
 今のぼくにとっては1秒もむだにできない。
 だけど、念のためぼくは聞いてみた。

「ことわるっていったら?」
「ど、どあをたたきます」

 それはこまる。かなりこまる。
 集中したいというのに、玄関からポムポムと音が聞こえてきた日には、書けるものも書けない。
 僕は腕を組んで、そのまま耳をすませてみた。

 ポムポムポムポム。
 ポムポムポムポム。
 ポムポム。

 やわらかそうな手がドアをたたき続けているようだ。

「きっとよろこんでいただけるはずですっ」
「はず?」

 ドアを開けて聞き返す。

「い、いえ。おやくにたつことまちがいなし!」

 あわててしっぽをゆらすタヌキに、「わかりやすいタヌキだな」と笑ってしまう。
 まあ、筆も止まっていたところだし、ちょっとした休憩に話を聞いてみてもいいかもしれない。

「まあ、とりあえず上がりなよ。外は寒いだろ」

 タヌキはぱっと顔を明るくさせて、

「おじゃまします」

 ぺこりとおじぎした。

◇ ◇ ◇

 キッチンでお茶をいれて、おぼんに乗せてリビングに向かう。小さな丸いテーブルをはさんで、ちょうどタヌキの向かい側にすわった。
 コーヒー、紅茶と色々あるけど、タヌキはいったいなにを飲むんだろう?
 ぼくは悩んだ末に、緑茶をえらんだ。

「おかまいなく」

 そう言ってごくごくとおいしそうに飲み干した。どうやら正解のようだ。

「それで。役に立つものって言っていたけど、どんなものを売ってるの?」
「おまちを」

 タヌキはさっきまで背負っていた大きなつぼに手を入れて、ゴソゴソと中をさぐる。きれいな水色の布をとりだすと、テーブルの上に広げた。
 お皿やぼうし、オカリナ、バッグ。つぼの中から次々と品物をとりだしては、広げた布の上にていねいに並べていく。あっというまに、小さなお店の完成だ。

「まずはこちら」

 タヌキが手にとったのは、やかんだった。
 ぱっちりとまん丸の目が2つ、耳のようなものもついていて、そそぎ口がまるく、黒色にぬられていた。正面から見るとタヌキの顔のようになっている。

「なんともかわいらしいでざいん。おへやのいんてりあにばっちりなのです」
「まあ、かわいらしいけど。やかんはもう持ってるからなあ」

 と言うと、タヌキの目がきらりと光った。

「ですがこのやかん、ただのやかんじゃございません! ふつーのやかんよりもはやくおゆがわくのです。たぬきのなかでも、えらばれたたぬきたちがうみだした、いっきゅうひん。ねつてんとーりつが……」
「熱伝導率だね」
「そう。それがよいのです。しかし、それだけにあらず」

 やかんをながめていたぼくに、タヌキはずいと身をのりだす。

「なんと! おゆがわいたとき、すばらしいねいろでおしえてくれるのです!」
「すばらしい音色?」
「はい。すばらしいねいろです。それはもう、あらゆることをわすれて、おもわずうっとりとしてしまうほどに……」
「おもわずうっとりって、やかんに火をかけてるのに、うっとりしてたら危なくない?」

 タヌキは少しの間かたまってから、

「そ、そうおっしゃらずに」

 おためしあれ、とやかんをさしだすので、ぼくはキッチンに行き、水を入れて、火にかけてからリビングにもどる。

「ほかにはどんなのがあるの?」
「えーと、こちら」

 タヌキは中くらいのふくろをとった。

「たぬきのむらさん、たぬきじるしのこーひーまめ。まろやかなふうみ、なめらかなしたざわり。たぬきのあさにはかかせないいっぴんです」
「コーヒーにはちょっとぼくもうるさいよ」

 タヌキは少し身じろぎしてから、コホンとせきばらいをする。

「こうおもったことはありませんか? なんだかいつもあじがおなじであきちゃったなー、と」
「うんうん」
「どーせなら、あじがかわってくれればいいのになー、と」
「そうだね」
「そんなときはこちら」

 タヌキは両手でふくろをもち上げた。

「じつはこれ、いれるたびに、あじがへんかするのです。あきることなく、なんどでもたのしめます」
「へえー。味が変化するコーヒーか。おもしろいね」
「そーでしょう」

 えっへん、となぜか胸をはるタヌキ。

「でも、それはお客さんとかにはだせないね。どんな味か分からないんじゃあ……」

 タヌキを見ると、なんだかとても悲しそうな顔でこちらを見ていた。

「あ、ああ。他のも見てみたいな!」

 もうタヌキはつぼに入りこむ勢いで、ああでもないこうでもないといろんなものを取り出して、気がつけば床一面、品物だらけになる。
 どう考えたって入りきらないような物が中からとびだすのを見て、ぼくはあの壺が気になってしょうがない。

「こ、こ、こちらなんてどーでしょう」

 出てきたのは、木でできた小さなティーカップ。

「なんだかふつうのカップみたいだね」

 ぼくは手に取ってまじまじとながめてみた。

「ところがどっこい。このかっぷは、よにもふしぎなまほうのかっぷ。これがあれば、いつでもどこでも、もりのなかにいるようなきもちになれるのです」
「へえー。試してみてもいい?」
「どうぞどうぞ」

 タヌキのお許しが得られたので、そのカップに急須でお茶をついで、口をつけてみる。
 緑茶の風味が口に広がった。

「かわのせせらぎ。はっぱのゆれ。あ、むこうから、とりさんのこえも」

 タヌキは耳に手を当てて目をつむった。そう言われてみれば、そんな気がしなくもないような。

「どうでしょう」

 自信満々なタヌキ。
 だけど、はたしてこれはカップのおかげなんだろうか?

「じつはこのかっぷ、もりのこえがとじこめられているのです」
「森の声?」
「はい。いまのごじせい、とかいのけんそーにつかれたひとたちばかり。よるもふあんでねむれません。そんなときはこれ! みなさまがわすれかけたしぜんをおもいだすことができて、とてもりらっくすできるのです。これでよるもぐっすりです」

 なるほど。不眠症に効き目があるのはありがたいかも。
 そう思ったやさき、はたと疑問がわいた。

「ひとついいかな?」
「なんでしょう」
「さっき玄関で、タヌキたちの生活では欠かせないって言ってたよね?」
「ええ。いいましたね」
「タヌキはいつもどこで暮らしているの?」
「もりのなかですね」
「ならタヌキたちにとって森は、ぼくらにとっての都会なわけだ」
「はい」
「そんな人たち……いやタヌキたちに、森の中にいる気分になれるカップなんて売れるのかな?」
「え」

 タヌキはあっけにとられた表情をした。

「タヌキたちにとっては森が身じかなんだよね」
「は、はい」
「なのにわざわざティーカップを使ってまで、森を感じるひつようはあるのかい」
「えと」
「それってようするに、ぼくらに都会の喧騒を味わうことができるティーカップを売りつけるようなものじゃない。そんなもの、わざわざ買うかなあ」
「……」

 とうとうタヌキはだまりこんでしまう。

「も、も、もりの、ごえが……」

 ティーカップをだいじそうに両手でつつみこんだタヌキは、両目いっぱいになみだをためて、今にも泣きだしそうな声で言った。

 シュー! ポムポムポム。

 またあのやわらかそうな音がした。どうやらさっきのやかんみたいだ。
 これが、美しい音色かあ。
 火を消してからリビングに戻ると、タヌキはしゃくりあげていた。

「さ、さいきんだれもかってくれないんです。たぬきのうるものはふるくさいって」

 タヌキはテーブルにつっぷしてしまった。

「た、たしかに、ふるくさいかもしれないけど、い、いいものだってたくさんあるんです。な、なのに、だ、だれも、みむきもしてくれないんです……」
「うーん」

 ぼくはどうしようかと考える。
 たしかに最近の暮らしはどうにもせせこましい気がする。ぼくは少し居心地が悪く思っていたが、どうやらそれはタヌキたちも同じだったようだ。
 ぼくはなんだか無性に買ってあげたくなって、右に左に目を動かす。

「あれはなに?」

 目にとまったのは、年季を感じさせる紙と、おもむきのある羽ペン。
 タヌキはゴシゴシと目をこすって、

「こ、これは、いんくがにじまないかみと、かいたものをきれいにけせるぺんです。たぬきのあいだではにんきです。でも、いまはぱそこんがありますし……」

 たよりなく耳をたらしたタヌキに、ぼくは手をふってみせた。

「いや、じつはぼくも物書きなんだけど、さいきん漢字が書けなくなってきてさ。しばらくパソコンから少しはなれようと思ってるんだ」
「ほ、ほんとーですか?」
「うん。それ、よかったらもらえないかな」
「あ、ありがとうございます! さっそくおつつみします!」

 タヌキは立ち上がって、うれしそうにぺこりとおじぎする。
 これで2人とも、いや1人と1匹ともしあわせだ。
 よかったよかった。これで一件落着。
 そんなとき、タヌキがちらかした品物のなかで、あるものを見つけた。

「あれ? あの葉っぱ……」
「これですか」

 タヌキが手に取ったのは、なんの変哲もない、緑色の葉っぱだった。

「それも売りものなの?」

「は、はい。いちおう。こーうんのたぬきすたんぷです。ときどきばけて、たぬきのおきものになります」

 ぼふん!

 手のひらサイズの置物にかわる。

「きょうはおひがらがよろしいみたいですね」

 どこかのお店に置いてありそうなタヌキの置物は、ニコニコと笑っていた。

「こんなふうにおかおのばりえーしょんがほうふです」

 置物を持ってまじまじとながめてみる。裏側にタヌキのしっぽのスタンプが刻印されていた。
 ぼくの作品のサイン代わりに、トレンドマークになってくれるかもしれない。

「これも欲しいな」

 ぼくが言うと、タヌキは感きわまって泣いていた。

◇ ◇ ◇

 日ざしがカーテンの隙間をぬって、リビングを心地よく照らしている。とてもきれいな朝日だ。

 シュー! ポムポム。

 どうやらお湯がわいたみたいだ。
 手にとったのはタヌキの村産タヌキ印のコーヒー豆が入った袋。火を消して、やかんで木のカップにお湯をそそぐ。おいしそうな香ばしい香りがふわりと部屋をつつんだ。
 あのあとぼくは「月刊タヌキ」を契約して、タヌキは何度もおじぎをしてからフローリングにペタペタと足あとを残して帰っていった。
 そんなわけで、ぼくはリビングでタヌキの村産コーヒーを楽しみつつ、紙と羽ペンを前に、ぼくはものがたりを思いうかべる。 

 余談だけど、あれ以来、ぼくの原稿にタヌキのしっぽのサインがあるおかげで、ぼくは「タヌキさん」と呼ばれるようになった。
「どこで売っているんですか」と聞かれて「タヌキから買いました」って言うと、みんなに笑われるんだ。
 ほんとのことなんだけどなあ。
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