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呼ぶ名前
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「えーっとですね、先輩。この子は…」
「別に気にしてない。あ、てかその校則違反のパーカー。君はよく見たらいつも委員長に注意されてる1年の…」
「あ!そうです!この前、掃除当番になってた1年2組の真田明衣です!いつも委員長にはお世話になってます!」
「うん。お世話にならない方がいいんだけどね」
ハキハキ受け答えする明衣とは正反対に、淡々と少しダルそうに話す彩世。その隙に、那月はベンチに捕まりゆっくり立ち上がった。
そんな那月を観察するかのように、彩世はじっと足から頭までを目線だけで舐めるように見つめる。その視線に気付きながらも逃れられず、立ったまま那月は制服の裾をぎゅっと握った。
「じゃあ、俺はこれで」
「…っ」
「あ、その前に。君は名前なんていうの?」
「……え、」
「な、ま、え。フルネーム」
この流れで名前を聞かれると思っていなかった那月は、裾を掴んでいた手をわたわたと動かしどもってしまった。
「あ、あの……っ、う、」
「ほらほら、落ち着いて!ゆっくり、ゆっくり」
「……っう、ん」
咄嗟に明衣が傍につき那月の背中をさすったおかげで、ゆっくりと息を吸って吐くことができた。その只事ではない様子さえも彩世は黙って見続ける。見続ける、というよりは黙ってそれを待っていると言う方が合っているかもしれない。
「し……、し、篠井、なっ……那月、で、す…」
それでも彩世という男を前に、那月は震えながらも名前を発することができた。たった数文字だが、那月にとってはまるで全速力をしたかのような体感で、言い終えてから時折唾を飲み、激しく呼吸を繰り返す。
明衣はその間何も言わず、「よくやった!」と言わんばかりの笑顔を浮かべながら那月の背中をさすり続けた。
一方の彩世はというと、同じく黙ったまま那月の言葉に耳を傾けているようだ。
「……篠井。ナツ?」
そして、聞こえてきたのは彩世の低い声で呟かれたその名前。ザワザワと木々が揺れる音が目立つというのに、その声は何よりもくっきり真っ直ぐ那月の耳に入り込んでくる。
耳がくすぐったいような、脳に響くような初めての不思議な感覚がした。
「ナツ…ナツくんか。じゃ、また」
彩世はそれだけ言い残して、中庭を出て行った。その背中を見送ってから、那月は息を吐きながらへなへなとベンチに座り込む。
「那月!すごいじゃん!名前まで言えた!」
「え、あ、うん…本当にびっくりした…」
「まさか彩世先輩が中庭にいるなんて思わなかったもんね。よくここ来るのかなー」
「どうだろう…でも、僕達以外の人がここにいるの初めて見たし、先輩電話してたみたいだから、たまたま来ただけかも」
「あーそっかぁ。でもさ!こんなに会ったばかりの男の人と話せるの、中学の頃から見ても初めてじゃない!?すごいよ!」
「あ、ありがとう…。でも、明衣が来てくれたおかげだよ。1人だとやっぱりマトモに受け答えできなかったから、まだまだだ…」
一一一なんで先輩は、こんな会った時から醜態晒しちゃってる僕の名前なんて聞いてきたんだろう…。ただの興味?鬱陶しくないの?でも、そういえばウザいとか、キモイとかあの人からは言われてないな…。
一一一面白がってるようにも見えないけど…分からない。彩世先輩、あの人に聞いてみたいことが増えた。だけど、普通になんてまだ話せない…。
那月はさっき彩世に呼ばれた名前を、その声を思い出した。長年のトラウマのせいで、体こそ反射的に男を拒否してしまっているが、自分の心の中は何か違う。
今まで克服しようと頑張って、頭の中で怖くない怖くないと念仏のように自分に言い聞かせても、やっぱり心のどこかでは男性に対して恐怖しか感じていなかったのかもしれない。
でも、彩世に対しては恐怖だけではない不思議な感覚がした気がするのだ。
ーーーあの人は、怖いだけ、じゃないのかもしれない。
「別に気にしてない。あ、てかその校則違反のパーカー。君はよく見たらいつも委員長に注意されてる1年の…」
「あ!そうです!この前、掃除当番になってた1年2組の真田明衣です!いつも委員長にはお世話になってます!」
「うん。お世話にならない方がいいんだけどね」
ハキハキ受け答えする明衣とは正反対に、淡々と少しダルそうに話す彩世。その隙に、那月はベンチに捕まりゆっくり立ち上がった。
そんな那月を観察するかのように、彩世はじっと足から頭までを目線だけで舐めるように見つめる。その視線に気付きながらも逃れられず、立ったまま那月は制服の裾をぎゅっと握った。
「じゃあ、俺はこれで」
「…っ」
「あ、その前に。君は名前なんていうの?」
「……え、」
「な、ま、え。フルネーム」
この流れで名前を聞かれると思っていなかった那月は、裾を掴んでいた手をわたわたと動かしどもってしまった。
「あ、あの……っ、う、」
「ほらほら、落ち着いて!ゆっくり、ゆっくり」
「……っう、ん」
咄嗟に明衣が傍につき那月の背中をさすったおかげで、ゆっくりと息を吸って吐くことができた。その只事ではない様子さえも彩世は黙って見続ける。見続ける、というよりは黙ってそれを待っていると言う方が合っているかもしれない。
「し……、し、篠井、なっ……那月、で、す…」
それでも彩世という男を前に、那月は震えながらも名前を発することができた。たった数文字だが、那月にとってはまるで全速力をしたかのような体感で、言い終えてから時折唾を飲み、激しく呼吸を繰り返す。
明衣はその間何も言わず、「よくやった!」と言わんばかりの笑顔を浮かべながら那月の背中をさすり続けた。
一方の彩世はというと、同じく黙ったまま那月の言葉に耳を傾けているようだ。
「……篠井。ナツ?」
そして、聞こえてきたのは彩世の低い声で呟かれたその名前。ザワザワと木々が揺れる音が目立つというのに、その声は何よりもくっきり真っ直ぐ那月の耳に入り込んでくる。
耳がくすぐったいような、脳に響くような初めての不思議な感覚がした。
「ナツ…ナツくんか。じゃ、また」
彩世はそれだけ言い残して、中庭を出て行った。その背中を見送ってから、那月は息を吐きながらへなへなとベンチに座り込む。
「那月!すごいじゃん!名前まで言えた!」
「え、あ、うん…本当にびっくりした…」
「まさか彩世先輩が中庭にいるなんて思わなかったもんね。よくここ来るのかなー」
「どうだろう…でも、僕達以外の人がここにいるの初めて見たし、先輩電話してたみたいだから、たまたま来ただけかも」
「あーそっかぁ。でもさ!こんなに会ったばかりの男の人と話せるの、中学の頃から見ても初めてじゃない!?すごいよ!」
「あ、ありがとう…。でも、明衣が来てくれたおかげだよ。1人だとやっぱりマトモに受け答えできなかったから、まだまだだ…」
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