未完結短編集

結局は俗物( ◠‿◠ )

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ナナシノ幻想 BL/セルフ二次創作/独立(2014年)

ナナシノ幻想 1

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 高宮のもとにテレビが届くことになった。なんでも、実家に住む母が懸賞でテレビを当てたらしい。寮の玄関に荷物が届いた。高宮は嬉しくて、母から連絡をもらうとすぐに玄関の前で待っていた。
 寮の自室に置いても邪魔にならないサイズのテレビで、淡い水色らしいのだ。パソコンや携帯電話を見て潰していた時間、テレビを観ていられるという嬉しさに高宮は17歳とは思えないくらいに内心喜んでいた。
 玄関で体育座りをしながらずっと待っている様は通りかかる生徒たちの視線を何度も浴びた。
「高宮、何してんだ?」
 鼻歌を歌いながらじっと、宅配の業者を待っていると、柳瀬川が声をかけてきた。制服に指定されているシャツに、キャメルのカーディガンを羽織った姿だ。
「もうすぐテレビがくるんだ」
 口にするとさらに楽しい。人気の番組を見られる。何より、寂しくない。
「え?テレビ?」
 柳瀬川は変な表情をして聞き返した。
「そ、テレビ。母さんが懸賞で当てたんだ」
 高宮が笑って答えると柳瀬川はきょとんとした表情をして、さっと視線を逸らした。
「そっか。よかったな!じゃあ、俺ちょっと出掛けてくる」
 柳瀬川がそう言って玄関から出て行った。背が高くて、スラっとしていて、高宮は、モデルみたいだなぁと思いながら見えなくなるまで背を見つめた。
「やぁ、高宮君」
 体育座りのまま、そのままずっと高宮は玄関で宅配の業者を待った。
ふと肩を叩かれ振り向くと、憂いを帯びたような美しい少年が立っている。
「何をしているのかな?」
 さっき来た柳瀬川と同じ格好をしている。ペアルックというやつだ。メーカーまで同じなようで、胸元のロゴが同じだ。
「瀬川急便かトラ猫ダイワを待ってるんだ」 
 どちらの業者かは分からない。玄関から見える駐車場に、トラックが来ないかうずうずして仕方がない。
「へぇ。随分と楽しそうだね」
 艶やかな髪を耳に引っ掛ける仕草がとても美しいと高宮は見惚れた。
「テレビが届くんだ」
 高宮がそういうと、花が開いたように桐生はくすりと笑った。
「そう。テレビか。確かに必要だね」
「桐生君も出掛けるの?」
 驚いた表情で桐生は高宮を見る。
「さっき柳瀬川くんが出掛けるって言ってたからさ」
 桐生の白い肌が少し赤く色づいたような気がした。付き合ってるのかな?と思ったが、どうなのだろうか。本人に訊くのもなんだか躊躇われた。
「そうだよ。俺も出掛ける」
 微妙に赤くなった顔でふわっと笑って頭をぽんっと軽く叩かれると桐生も出て行った。胸の辺りがじわりと滲んだような感覚になる。なんだか甘酸っぱい。
 日の光を浴びて艶めきを増す黒髪が揺れるのを見ながら高宮は思ったが、すぐに宅配業者へと想いは変わる。
 玄関の隅で体育座りで待つ高宮に対する視線は冷たかった。クラスメイトだがあまりよく話さない生徒も高宮を一瞥して、会釈はするものの声は掛けない。
「高宮」
 今度は誰だ。また振り向くと、2人組だ。
「六平と大須賀だ」
 同じクラスで仲の良い六平と、六平と幼馴染で違うクラスの大須賀。
「お前こんなとこで何してるんだ」
 大須賀が冷たい顔で、冷たい視線で体育座りの高宮を見下ろした。大須賀が意地悪ばかりで苦手だ。
「テレビを待ってる」
 はぁ?と大須賀が聞き返す。六平は黙ったまま無表情で体育座りの高宮を見下ろした。2人とも部屋着なのかジャージ姿だ。
「テレビ?」
「うん。母さんが懸賞で当てたから、くれるって」
「高宮、お前、テレビなかったのか…いや、なかったな、そういえば」
 六平は何度も高宮の部屋に訪れている。
「2人もどこか出かけるの?」
 六平と大須賀は顔を見合わせて、「いいや」と答えた。
「柳瀬川くんと桐生くんもさっき通ったからさ」
 そう言うと、大須賀は困ったように肩をすくめた。六平は相変わらず無表情だ。
「仲良いよね、付き合ってるのかな?」
 大須賀は突然笑い堪えるように口元を押さえ、六平の肩をばしばし叩き始める。首を傾げながら高宮はそのやりとりを見つめた。
「いいや?」
 六平の否定は疑問形であった。
「付き合ってはいねぇよ」
 大須賀が笑いを落ち着かせて、大きく息を吐くと高宮の問いを否定した。
「付き合ってないんだ」
 六平は黙って眼鏡を掛け直す。
「まぁ、あれだな。トライアングルだな」
 大須賀は楽しそうに笑い、六平の背中をまたばしばし叩いた。トライアングルというと小学校のころにやった、銀色の棒を三角形に曲げた楽器しか思い浮かばなかった。あの楽器を買いに行ったのだろうか。柳瀬川と桐生があの楽器を鳴らしている図を想像すると滑稽でにやにやしてしまう。
「高宮。あまりそういったことは聞くものではない。察しろ」
 大きく溜息をついた六平。高宮は小さく謝った。
「六平は桐生にホの字なんだよ。分かってやれ」
 大須賀が屈んで高宮に耳打ちする。今度は六平が大須賀を叩く番のようだ。
「えっ」
 高宮は六平を凝視した。
「いや、違う。待て、高宮。誤解だ」
「いやいやいやいや、六平、オレ応援するよ」
 六平は顔を真っ赤にして俯いた。大須賀もどこか晴れやかな表情を見せた。いつも冷たい顔をしているが、六平が関わると優しい顔をすることがある。
「っていうかお前、何時間待ってんの」
 大須賀の表情がまた戻り、高宮に向く。
「もう2時間は待ってる」
 六平が紺色に蛍光オレンジのラインが入ったジャージの袖から腕時計を出す。
「まだ9時だぞ」
「7時にはここにいたわけかよ」
 大須賀が鼻で笑う。
「荷物がきたら登録したメールに連絡が来るはずだ。この時間を何かに使ったらどうだ」
 六平が呆れたような口調で言うが、高宮にはテレビを待つ以外にやることはないし、気が急いてしまう。
「みんなおはよう」
六平と大須賀が、心地よい挨拶に振り向き、遅れて高宮も振り向いた。
「おはようございます、長沢先輩」
 高宮はよく知らない人だったが、六平がぺこりと大きく頭を下げる。大須賀も軽く頭を下げる。
「六平君と、大須賀君と・・・この前入ってきた高宮君・・・だっけ?ここで何をしているのかな?」
 にこりと笑う。きっちりとした制服に爽やかな顔立ちが好印象だ。
「こいつがテレビ待ってるらしいんですよ」
 大須賀が高宮の頭の上に掌を置いた。
「テレビかぁ。ずっとここで待ってるのかい?」
「7時から待ってるらしいっすよ」
 六平が長沢先輩と呼んだ爽やかな人は、あっと声を上げてからそう訊ねた。
「僕のところに、玄関に変な生徒がいるって言いに来た生徒がいてね。君のことか」
「ご迷惑掛けて申し訳ありません」
 六平が頭を下げ、高宮の頭を掴んで、頭を下げさせる。
「ああ、大丈夫だよ。気にしないで」
 長沢先輩と呼ばれた人は微笑んだ。六平も優等生っぽいけれど、六平以上に優等生っぽい。高宮はそう思いながら、長沢先輩と呼ばれた人をじろじろ見ていた。
「ごめんね。紹介が遅れたね。僕は長沢実秋っていうんだ。よろしくね。高宮・・・・敬太くんで合ってるかな?」
 わざわざ高宮の目の前に寄ってきて、長沢は屈んで自己紹介する。
「ええ、ああ、はい・・・」
 座ったまま高宮は長沢の顔を見上げた。
「寮長をやっているんだ。寮関係で困ったら言ってね」
 高宮はこくこくと頷く。長沢はまた微笑んで、六平と大須賀に、「じゃあ、またね」というと玄関から去っていった。
「六平より優等生だね」
 高宮が呟く。
「ああ。尊敬しているな。目標だ」
「帝王学院の聖母だしな」 
 六平が尊敬している、というところに高宮はなんだかおかしくなった。
「2人はこんなとこで油売ってていいわけ」
 長沢の話題に区切りがつくと、ふと疑問に思ったことを口にした。
「六平とギャラバの新作飲みに行こうと思ってたところだったんだがよ」
 ギャラクシーバックス。お洒落な喫茶店だ。高宮は行ったことがない。コーヒーや紅茶を好まないのだ。
「ここでテレビを待つのも楽しそうだな」
 六平の口調はそのままだったが、高宮には馬鹿にしているように聞こえてムッとした。
「いいって。ギャラバ行ってきなよ。それで後で感想聞く」
 ギャラバに行ったことはないが、クラスで話している男子はいる。カノジョと行っただとかで、大抵シカトされる話であるけれど、突飛なメニューを出したりすることがあるというのは高宮も知っていた。
 隣に大須賀が座り込み、その反対側に六平が割り込んできたので高宮は大須賀側に寄ってスペースを空ける。
 大須賀は胡坐で膝に肘をつけて頬杖をついている。六平は正座だ。
「なんかよぉ」
 しばらくは沈黙が流れていたが大須賀が口を開いた。
「嫌ぁな夢をみるんだよな」
 むさい男子高校生が3人揃って同じ方向を向き、玄関に座っているのは、高宮自身滑稽に思う。
「どんな夢なんだ」
 六平は真面目に訊ねた。
「俺と六平が絶交状態でよ、俺は六平と仲が良い高宮に嫌がらせすんだよ」
「え」
「いや、実際俺お前に恨みないけど」
「なんで俺と大須賀は絶交状態なんだ?」
 六平はあくまで真面目にこの夢の相談にのるようである。
「わかんね」
 大須賀は色素の薄い髪を撫でつける。
「で、夢の中でも相変わらずお前は桐生が好きなんだよ」
「だから違うといっている」
「まぁまぁまぁ」
 大須賀は楽しそうだ。今度は六平がムッとしだして、高宮は2人の間でなだめる。そうこうしているうちに、前方から人影が見える。背が高く、白衣をはためかせて、後頭部をがりがり掻きむしりながら煙草を吸っているのが手付きで分かる。
「小田桐くね」
「小田桐先生だな」
「保健の先生か!」
 怠そうに、裸足にサンダルで歩いている。この先生も休日の9時頃に起きているのかと高宮は先生に対しては少しずれた関心を抱く。
 小田桐は玄関に足を踏み入れる直前でいきなり立ち止まり、白衣から携帯灰皿を取り出すと吸っていた煙草を突っ込んだ。
「よぉ、おはようさん」
 地毛が黒なのか白なのか分からないほど白髪が多い。むしろ黒のメッシュなのかもしれないとさえ思える頭髪だが、先生をやっていけるということは地毛なのだろうか。
「仲の良いことだな。先生も混ぜろや」
 心にもなさそうだ。
「おはようございます、小田桐先生。何をしていらっしゃるんですか」
「ああ俺ぇ?園芸委員が1週間もサボってるからよ、花壇に水やりに来たんだよ」
「タバコ吸いながら花壇いじってたのかよ」
「お疲れ様でございます」
「おうおう、さすが、次期生徒会長候補ってとこかい。今のはダメだね。まともに挨拶すらしねぇからな」
 小田桐が首にかけていた手拭を取って片方の肩に掛けた。
御園生みそのう会長ですか」
 高宮は今の生徒会長は御園生というのを初めて知った。見たこともないだろう。まず生徒会というものがあったことさえ今知った。
「あれじゃあれだな。中沢だか有沢だか竹沢だかいったあいつの方が全然会長やってんな」 
「長沢先輩ですね」
「ああ、そいつそいつ」
 小田桐はスラックスのポケットから靴下を出して穿いた。下駄箱の上に置いてある健康サンダルに履き替え、玄関を去っていく。
「生徒会なんてあったんだ?知らなかった」
「あるにはあるが、ほぼ活動していない」
「そうそう、当選しても大してメリットにならないしな。肩書きだけだし、雑用委員みたいなもんだな」
 形だけの大学受験で進学できるから、内申点は要らないということだろうか。
「でも六平は生徒会長の候補なんでしょ?」
「先生方はそうおっしゃってるが、俺はなる気はないぞ」
 高宮の問いに答えた六平に大須賀は意外そうな表情を見せた。
「できれば長沢先輩のような寮長になりたいところだな」
 寮長というよりも、長沢のようになりたいといっているように聞こえる。
「あ、でも桐生はお前に生徒会長になってもらいたいって言ってたぞ」
「桐生の話はもういい」

「あ」
「どうした高宮」
 何の脈絡もなく勢いよく立ち上がった高宮を2人は見上げた。
「テレビきた!」
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