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蒸れた夏のコト 全36話+α(没話)。年下男子/暴力・流血描写/横恋慕/高校生→大人
蒸れた夏のコト 20
しおりを挟むシャワーが肌を打つ。女は裸体で男に唇を貪られていた。震える腰を抱きせられ、ひとりでは立てないようだった。
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シャワーを出したまま、足音を殺し、舞夜の隙を突いて逃げる算段でいた。だが彼はドアの真前に立っていた。出てきた夏霞がまだ服を着ている姿を目にした途端、常軌を逸した美しさを誇る落ち着いた顔が凶暴なものに変わった。
「雨堂!」
低い唸り声に身体が緊縮した。舞夜は夏霞の肩を掴み迫った。彼女は後退せざるを得ず、脱衣所と浴室を隔てるガラス戸に押し付けられる。失敗した。殺される。夏霞はなんとか血色の戻ってきた顔を真っ青にした。
「雨堂はひとりでシャワーも浴びられないのか」
揶揄よりも悦びが勝っていた。不気味な微笑を浮かべ、夏霞の頬や髪に触れた。恐怖に息を乱し悴む彼女が動けないのをいいことに、彼は片手でブラウスのボタンを器用に外していく。肘丈の袖全体がフリル状になったトップスは前を開かされ、狭間からキャミソールを覗かせる。しっかりと雨水を吸い、ブラジャーの色を透している。赤とも朱色ともオレンジともいえない、赤みの強いマンゴーを思わせる色味だった。
「ゆ……るして…………」
恐る恐る、彼の胸元に縋り付くような手で抵抗する。その腕も開かされ、ブラウスが落ちていく。キャミソールを剥がされる、ブラジャーを晒す。細く長い吐息が聞こえる。夏霞は溝を作るほどの膨らみと膨らみを支える下着を凝視されているものと思っていたが、舞夜の蕩けた眼は惑う彼女を離すことなく見つめていた。
「も……ちゃんと、自分で……」
「雨堂は何もしなくていい」
ガラス戸と背中の間に腕が割り込んだ。ブラジャーが緩くなる。ストラップを下ろされ、ブラジャーは胸を離れた。夏霞は胸を両手で隠す。その仕草を見た舞夜の目に炎が揺らめいた。
「見ない………で、」
「綺麗だ」
抱き竦められながらジーンズのベルトも簡単に外される。
「見ないで………」
「雨堂」
我慢ならないとばかりに唇をぶつけられる。ぶつかるとすぐに別れた。無意識に口元を拭う。
「口紅、ピンクに変わったな」
祭夜の前ではオレンジ色のリップカラーを塗っていた。彼を思わせるリップカラーを見つけ購入したのを使っていた。あまり似合ってはいなかったかも知れない。別れてからは元から使っていたピンク色のリップカラーに戻した。
「よく似合ってる」
「気持ち………悪い…………」
舞夜はジーンズのファスナーもボタンも外し、ゆっくり下ろしていく。すでに脱衣カゴに放られたブラジャーと同じ色のショーツが暴かれた。明るい黄色のリボンが美味そうだった。舞夜は夏霞は抱き上げ、膝に乗せて下着ごとジーンズを足から抜いた。靴下も脱がされる。まるで彼は着せ替え人形で遊んでいるようだった。胸元と股を隠し、夏霞はろくに抗うこともできなくなった。舞夜の腕の中、膝の上で震えた。
「雨堂。こんなに冷えて。身体を壊す」
髪や額に接吻された。体温を分け与えられるだけ震えが止まらない。舞夜は夏霞を抱き上げ、ガラス戸を開いた。彼女を下ろし、湯を吐き出し続けるシャワーコックを向ける。湯は舞夜にも降りかかる。
「ひとりで、入れ……る」
「俺が甘かった。俺が雨堂をひとりにしたのがいけなかった」
「ごめんな………さい、」
「謝るな。俺が悪かった」
シャワーを浴びろと言うくせ、舞夜は夏霞をタイル壁まで追い詰める。素肌に感じる冷たさには、さすがに身が跳ねる。彼女はシャワーで目が開けなくなりながらも、いやらしく熱っぽい目に怯え、その挙動を警戒した。
「かわいい。夏霞。もう放さない。祭夜の分も俺が大切にする。だから祭夜の代わりに俺を愛してくれ」
「祭夜ちゃんのこと、あんたが口出さないで………」
だんっ、とタイルが叩かれた。水滴が飛び散る。反射的に夏霞は身を小さくし目を閉じた。
「祭夜とはもう終わったんだろう?夏霞、高校の時からずっと好きだった。いつも2人を遠くから見ていた。もうあの日の俺とは別れる。これからは俺と過ごそう。夏霞……」
小さな顎を掴まれる。陰が忍び寄る。未確認生命体から逃げ回るホラー映画を思い出していた。舌の長い猛禽類を思わせる鋭い爪の、人型で爬虫類の体表に似た怪物に壁際まで追い詰められ、血飛沫と断末魔が上がる……
+
「ふ………は、ぁ………っ、」
唾液にシャワーの湯も混じり、口角から大量に曲がりくねる筋が落ちていった。両手を掴まれ胸も開け広げている。口腔で熱い舌が縺れ合い絡み付き、渦を巻く。頭の中のものがすべて溶けていくようだった。
「んっ………く、…………ふ………」
シャワーが耳殻を叩いた。持ち上がらない舌を舞夜の舌が裏表の質感を使って抱き起こす。膝が力を失った。唇が離れ、唾液の糸は跡形もなく湯に撃ち落とされた。憎い男に身を任せてしまう。彼の服はシャワーをまともに浴びてずぶ濡れになっていた。
「夏霞」
「もう、出ていって…………よ、」
「夏霞」
後頭部に大きな掌が添えられた。口付けの予兆を感じる。
「キス、やだ………っ!」
舞夜の技巧的な舌遣いが怖かった。頭と鼻から下が溶けてしまいそうになる。
「高校生の頃からキス、好きだっただろう」
「知らない………」
「知らなくない。あんたの初めてを奪った男は俺だ。俺だけだ」
「違う……、わたしの初めては祭夜ちゃん。祭夜ちゃんだけ。祭夜ちゃんとしかしたくない」
支えるような手が夏霞の素肌を撫で落ちていく。そして腿の間に潜っていく。
「や、だ……何して………っ」
「濡れているな。俺とのキスに感じてくれたのか」
核心を捏ねられ、夏霞は腰を跳ねさせた。短くも甘い電流が広がる。
「触……ら、な………いで」
「夏霞はイかないと、言うことを聞かないだろう」
媚芽をくすぐられながら長い指が潤みの機嫌を窺っている。無理強いはしないらしく、指の腹で撫でながらゆっくり挿し込まれていく。感触を捉えるとそこは夏霞の意思にかかわらず引き締めてしまう。
「ダメ………待って、待って、言うこときく、から………」
「俺がもう止まらない。かわいい顔をしないでくれ。挿れたくなる」
「挿れ、るの………いや!」
「挿れない。抱かないようにする。できるだけ、挿れないように……」
言葉とは反対に節くれだった指は夏霞の熟れ肉を割り開いた。彼女はそこの扱い方がもう分からなくなっていた。拒むはずが、歓迎の蜿りを起こしている。そしてそのたびに指の形や長さを知ってしまう。
「あぁ……っ」
「熱いな。身体の芯まで冷えていなくて良かった」
徐々にピストン運動がはじまる。腹の奥が疼いた。突き入れられるたびに昂る。疼く。じんわりとした快感が発生している。
「あっ、だめ……っぁんっ、あぁ……」
「夏霞……」
「突かないで、っや、あっんっ、!」
舞夜の指淫に酔う。腹の中をどろどろのクリーム状にされているような心地がした。しかしながら彼の指を感じるたびに己の汁肉の蠢きも分かってしまった。
「も、だめ………だめ、止めて……っや、ァ!おかしくなるから、おかしくなる、あっ、あぁっ、ゃん、」
「夏霞。好きだ。好き」
「や、ぁっんっあっあっ、こわれる、こわれるから、っんぁ!」
「好き」
爆ぜるような快感を叩き出される感覚が狭まっていく。彼の指が動かせないほど引き絞っても、その淫技は衰えない。往復するたびに艶肉が自ら浮き出た指の関節へ削られにくる。
「好きだよ、夏霞。アイシテル」
艶めいた低い声が耳と腰骨を揺らし、彼女の悦いところを甚振る指に加勢する。あらゆる性感帯をその声で舐め尽くされているようだった。
「も……だめ!あっあっあああっんっ!」
舞夜にしがみつき、夏霞は甘美な悲鳴を上げた。ぷるぷる震え、やがて弛緩する。慎重な手付きで彼女はレンガ調のタイルへ背を凭せ座らされた。舞夜はガラス戸の奥で服を脱いでいく。全身を覆う倦怠感と快楽の余韻で夏霞は危機感を覚えながら自力で立つことができなかった。指を一本も動かしたくない。
「雨堂。風呂に入ろう。温まらないと」
全裸の舞夜を爪先か頭まで見上げてしまった。肉体の中心の熱り立ったものは見逃そうとも見逃せなかった。壁の中に入ろうとするほど夏霞は身を小さく丸めた。
「怯えないでくれ。挿れたりしない」
長年焦がれてきた想人の裸体、媚態を目の前にして膨らみ肥大する欲望を舞夜も隠せはしなかった。彼はいくら恥じた様子でバスタブに湯を溜める。
「一緒に温まろう。酷いことはしない」
「もう、大丈夫だから………もう寒くないから……………」
彼はシャワーベッドを持って慄然としている女の細い肩に湯を掛けた。
「まだだ。長いこと冷えていた。風邪をひいたら困るだろう」
「こ、怖い……」
「怖くない」
頸や肩、背中、腿にシャワーを浴びせた。相変わらず夏霞はタイルに貼り付いて丸くなっている。
「シャンプー、男物しかないが………ああ、妹が置いていったのがあるな。いいか、これで」
「出る、もう……出るから……」
髪を触られ、濡らされ、洗われていく。舞夜はどこまでも器用だった。夏霞は震えの止まらない手で耳を押さえた。シャンプーが流れ、リンスが塗りたくられていく。慣れない甘い香りがした。震える手がまた耳を押さえる。リンスが流れていく。彼女は従順になっていた。
「いい子だ、雨堂」
男の気に入りの人形になって湯の張られたバスタブに沈む。2人で入る大きさではなかった。後ろから抱き締められながら湯に浸かる。大きな手が湯を掬って肩にかけたり、湯を扇いで夏霞の胸元を温める。
「結婚したら、毎日2人で風呂に入ろう」
「結婚……しない………」
「結婚しよう」
「したくない」
左腕が湯から出される。舞夜の指が彼女の薬指の根元を摘まむ。
「結婚したい」
「勝手に…………したら………」
「苗字はどうする」
「わたし関係ないから………」
頸がくすぐったくなった。吸われている。左手の薬指を何度も撫でられながら、肌を吸われている。
「ある」
「ない」
「ある。俺の妻になってくれ。雨堂の夫になりたい」
「ならない」
2人で入るには狭いバスタブを出ようとするが、腰を浮かすと腹に回った腕がシートベルトよろしく彼女を押さえつける。背中に柔らかく蕩けたものが当てられ、スタンプのようにあちこちに散る。
「雨堂。愛してる」
「こんなの、愛してるって言わない………」
「足らないか」
吸われている。舐められている。嗅がれている。首のつけ根が痛んだ。皮膚を刺すような痛みだった。噛まれている。
「どうして傷、付けるの………」
「雨堂は俺の妻になる人だ。他の男が近寄らないように」
「ならない」
「痛かったな。悪かった。もうしない。すまなかった」
噛まれたところに舌が這い、キスをまぶされる。
「もう出る。熱いし。あなたが怖い」
「まだ肩が冷えている」
「いや!触らないで」
肩に大きな手が重なる。皮膚感を確かめるような揉む動きを激しく厭忌した。腰を持ち上げた途端にあられもない箇所を舞夜の眼前に晒し、彼は一瞬で赤面した。
「雨堂……っ!」
切羽詰まった声を出し、舞夜も立ち上がった。湯が大きく揺蕩う。夏霞は後ろから、正面にあった壁に押し付けられる。臀部の狭間に脈打つものが当たっている。
「挿れないって言った………」
「挿れ………ない。挿れない…………」
壁についた夏霞の手に舞夜も重なる。耳元で苦しげな息が聞こえた。彼自身、肉体を駆け巡る劣情を往なせず戸惑っているようだった。
「挿れたい…………、雨堂…………」
「やめて……」
肌に擦り付けられている。動物のようだ。痴漢だ。熱めの湯に浸かっていた肌も容易に冷めていく。
「挿れたい……雨堂で出したい。雨堂の中に出したい。雨堂………したい。雨堂に触りたい」
「も………う、触ってる…………」
手と腿を肌理同士擦り合わせるように摩る。柔肌を味わう手付きだった。
「雨堂………挿れたい。挿れさせてくれ。ひとつになりたい」
夏霞は濡れた髪を振った。洗ったばかりの毛はタオルで拭いて上げておくこともされずに彼女の肌に張り付いている。水滴が散った。
「挿れたい。子供作ろう。雨堂と俺の子……」
「いや………!分かった、分かったから……手でする………だから、挿れないで」
尻に当てられ蠕動していた熱塊が離れた。夏霞は振り返ると、そのしなやかな指を頑健な牡の象徴に絡めた。
「雨堂………っ、」
接触するやいなや、色めいた息吹が夏霞の頬にかかった。祭夜にやっていたとおりに手を動かす。知った動作でもぎこちなくなる。
「顔を上げて。俺を見て……?」
顎を掬われ、夏霞は上を向かされた。横面を支える掌は目的を遂げてもそこに留まり、彼女の頬を撫でる。舞夜は髪を掻き上げていた。形の良い額と細く鋭い眉、薄く重なる目蓋と濃い睫毛に囲われた切れの長い目。艶美な様で生き物を誘惑する妖怪でも見ているような心地がした。ただただその造形の美しさに見惚れていた。水分を多く含んだ瞳とかち合う。
「雨堂っ、……っぁ、」
手の中の魁偉なものが鼓動し、膨張した。頬にある手が夏霞の口の中に入り込む。
「気が散るから………」
首を引いて指を吐き出す。手淫に意識を注ぐ。祭夜にしたときのような面白さはない。ただただ肌の摩擦作業だった。
「雨堂……」
「呼ばないで。気持ち悪い」
またむくむくと手の中の頑強な肉芯が育った。どこまで肥大するのか分からないそれが恐ろしくなった。舞夜は夏霞を抱き寄せ、夏霞は一心不乱に牡楼を扱く。
「もう、出る………雨堂…………!」
「好きに出したら」
「雨堂、雨堂…………ぁ、ッ夏霞!」
息遣い、声音、脈動。夏霞は相手の絶頂を感じ、手を放す。背を反らした。逞しい腕がそれ以上離させない。白濁が飛ぶ。湯に落ちて溶けていく。舞夜の遺伝子が溺れ死んでいく。彼女はバスタブから上がった。シャワーを浴びる。
「雨堂」
「帰る」
「帰さない」
「帰る!」
今の今まで色情に染まっていた舞夜の美貌はすでに冷めていた。彼は夏霞の後ろに立ち、彼女のシャワーヘッドを握る手を掴んで白濁を垂らす自らの腹を洗い流した。そしてシャワーを奪い取り、彼女の肩を流す。
「出よう」
「出ない………」
「子供みたいだな。かわいい。俺が育てる」
濡れたタイルに足をついているにもかかわらず、舞夜は人ひとり軽く抱き上げて浴室を出た。幼児を相手にする粘り強さで彼はどういう手間も惜しまなかった。夏霞はバスタオルを巻いてベッドに放られる。舞夜はチェストを開けていた。
「これを着るといい」
差し出されたのはプリントTシャツだった。生地が厚手で、海辺と英字が刷られている。夏霞は受け取れずに目を逸らす。
「肩を出すのは身体を冷やす」
舞夜は畳んだシャツを開き、夏霞に被らせた。
「俺の服を着ている雨堂………夢みたいだ。諦めなくて良かった」
服の袖に腕が通り、裾がバスタオルに重なった瞬間、視界が暗くなる。抱き寄せられていた。髪を纏めたタオルが乱れる。舞夜から薫る柔和なフローラルの匂いがした。
「放して」
「放さない」
腕を取られた。手首が冷たくなる。金属の輪が嵌められていた。鈍く光るゴールドは南京錠だった。底部に挿さった小さな鍵が軋んで捻られ、抜かれていく。
「何…………これ…………」
「俺と暮らす。放さないと言っただろう」
夏霞は冷たい輪の嵌められた腕を引いた。鎖がベッド柵に繋がっている。
「殺す………の……………?」
「殺さない。俺と一緒に生きる。結婚しよう」
身体にまた輪が増えた。左手の薬指にリングが嵌まる。淡いピンク色を帯びた銀輪だ。
「すまない。まだ安い物だが、そのうちもっと………」
「値段の話なんか…………してない…………」
夏霞は呆然と左手を凝視していた。わなわなと震えた。"初めて"というものに対した憧れは持っていなかったが、それなりに大切にしていたものだった。祭夜との交際で、無自覚だったにせよ何かを期待していたことを知る。求めてはいなかった。後ろめたささえ無ければ自ら踏み込むのも吝かではなかった。
「外して、外して……!やだ!」
夏霞は半狂乱になりながら指輪を外そうとした。関節で引っ掛かる。皮膚が擦れるのも構わず指先に向けて力を加える。
「許してくれ。一生懸命働くから。そうしたら夏霞の好きな指輪を買いに行こう」
指が滑る。関節で撓む皮が擦れ、肌が赤く染まっている。彼女は構わず指を咥えた。指輪に歯を掛ける。舞夜は驚いた貌をして夏霞の指を口から離す。彼は彼女が薬指を噛み千切ると思ったらしかった。その指にリングは無かった。舞夜の眼差しが燦然とした。指輪が入ったまま口腔を荒らされる。異物ごと注がれた唾蜜を嚥下しそうになる。
「吐き出せ。危ない」
舌の付け根が疼き、顎が閉まらなかった。透明な糸が大きな弧を描いて落ちていく。口元に添えられた掌にシャンパンピンクの指輪を吐いた。とろりとした唾液に包まれている。
「指輪が嫌だったんだな」
腫れた指に彼は口付けて絆創膏を巻いた。
「触らないでよ」
「触らせてくれ」
彼は風呂場のときよりもヒートアップした。スカート代わりになっているバスタオルの中へ指が差し込まれ、膣奥を突かれる。口元を押さえベッドで悶えた。舞夜の指を締め上げ、シーツが踵を蹴る。一度果てただけでは終わらなかった。三度目、本日四度目の絶頂で彼女は抵抗もしなくなり、静かになってしまった。眠気なのか失神なのかも分からない。意識が遠退くが、夏霞は朧げながら起きていた。下腹部がじんわりと快楽の余韻を微かに残している。
「家族に電話………させて」
舞夜はすぐ傍にいた。夏霞の一挙手一投足を見逃さんとばかりに真横にいる。
「分かった」
意外にも彼は快諾した。玄関先にある夏霞のカバンを取りに行って戻ってきた。端末を取り出し電源を入れた途端に着信が入る。舞夜もそれには瞠目した。ディスプレイに表示されたのは瑠夏だ。端末を持ち上げ耳に当てる気力がなく、小音のスピーカーに切り替える。
『どうして来てくださらなかったんですか』
第一声が悲痛に響いた。
『ずっと、待ってたんですよ。ずっとずーっと、待ってたんです』
相手は泣きそうだった。
「わたし、行かないって言った」
『夏霞さんは優しいから、来てくれると思ってました。どうして来てくれなかったんですか。なんで………』
舞夜が近付いてくる。スピーカーを切り替え、重い腕を持ち上げる。
「雨すごかったから。普通ああいうときに人のこと呼び出す?そういうところ、本当に子供。相手のこと考えもなしに呼び出して。だから高校生は色恋で天気も分からない同士、高校生と恋愛してなさいって言ってるの」
掠れた声は無感動に響いた。喉が痛み、咳払いをする。
『夏霞さん、今まで誰といたんですか。男の人ですよね。その人に会っていて、僕のところに来てくれなかったんですか』
「そう、正解。だからもう電話してこないで。わたしは約束の場にも行かないような大人なの。こういう大人に騙されないように、同年代で付き合って、経験積めばぁ?」
無遠慮に視線をくれる舞夜を睨みつける。枕を投げた。
『あの男ですか』
「そう。お金持ちで余裕があって、頭が良いから頼もしくて、人生経験も豊富な素敵な人よ。わたしの事情も考えてくれるの。どうしてわたしがあんたみたいなこの前ランドセルから卒業したばっかのガキ、相手にしなきゃなんないの。ふざけないで」
通話を切る。次に弟へメッセージを入れた。[友達の家に泊まるから、今日帰れない。急でごめんね]。助けを求めたかったが、大事にはしたくない。叔父と弟の日常を壊すのは躊躇われた。ここでおとなしくしていれば、舞夜は包丁を振り回したりしないだろう。
「南波か」
枕を戻す舞夜は気遣わしげだ。
「電話の相手まで束縛する気?」
「どこかに呼び出されていた?」
「関係ないでしょ」
舞夜はおとなしく引いた。と、思った。ベッドが軋んだ。眼前にまで舞夜が迫る。
「関係ある。夏霞は俺の妻になる。俺は夏霞の夫になる。まだ分からないのなら、もう子供を作るしかない。不本意だが、身体で理解してくれ」
脅迫なのか、それとも期待なのか、至近距離にある舞夜の目は爛々と照り、欲望が揺曳している。
「瑠夏くんに!瑠夏くんに、呼び出されてた、だけ………」
両手で舞夜を拒んだ。片腕を繋がれた鎖が鳴る。顔を背けた。首筋に鼻先が当たる。
「どこにだ」
「あの図書館………」
声が響き、唇が触れるか触れないか、もどかしくくすぐっていく。肌が粟立った。
「ぅ………っ」
「南波に会いに行っていたのか」
その確認が、誹りに聞こえた。それは夏霞の中の問題に過ぎなかったが、彼女は弁解する。
「雨降ってたから……来てないと思ったけど、本当に来てたら、子供だし、危ないと思って………」
「だからあそこにいたんだな」
舞夜は上から退いた。夏霞は自分の呼吸が乱れていることに気付く。もう一度端末を手繰り寄せ、風薫に詫びのメッセージを綴る。すでに彼からメッセージが入っていた。あの金はなんだ、と絵文字が入ってはいるものの少し怒っている感じがあった。
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