破壊の種 滅亡の花

結局は俗物( ◠‿◠ )

文字の大きさ
50 / 66
帰都、そして…

帰都、そして… 49

しおりを挟む
 港町の診療所に寄ったがもう老婦人は屋敷に帰ったらしかった。そのため苦い思いをした資産家の豪邸へ向かわねばならなかった。門で待つことになり、発狂から回復したらしい老人が現れる。相手は訪問者を忘れてはいなかったようで用件を告げるとすぐに邸内へ通された。金糸の織り込まれた眩しいまでのソファーに促される。家主は何かに怯えているような、怖がっているような感じがあった。老人の容態を訊ねるとすでに回復し自力で歩けるまでになっているという。見舞いの言葉を述べてから本題へと入った。アルスはクリスタルの泉か汲んできた水を荘厳なつくりのテーブルに置いた。老人は引っ手繰るようにその小瓶を掴んだ。そしてアルスたちがクリスタルの泉に向かう途中の村に泊まった夜、娘が暴れたことを語った。家の外の者に知られ、診療所の者にも知られていたらと思うと、別の地に移り住むことも考えているのだとしまいには涙を流して話した。暫く嗚咽に耐えると老人は席を立ち、広い居間を去った。
「問題は」
「効くかどうかっすかね」
 アルスの言葉をミーサが引き取った。セレンは膝の上で指を汲み、ミーサはさらにそこに自身の手を重ねた。
「効くといいけれど」
 レーラは無言のまま目を閉じる。大広間といえるほどの居間にノックの音が響き、老夫婦が入ってくる。後ろから若い女性がついてきた。車椅子はなく、細い両脚で立っている。喜びと感謝の言葉が一行に訪れる。ミーサは雑に手を打ち合わせ、セレンは微笑を浮かべていた。スファーはただその様を眺めている。アルスはどこかを見ているようで、どこも見ず、この場にいることもすら分かっていなそうなレーラに気付く。しかしセレンも、ミーサも、そしてスファーも彼の沈んだ様子に気付いていた。深い詫びと改められた感謝から宿代わりとして使ってもらえないかと提案があったが、スファーは誰に確認するでもなく反射のように拒絶した。アルスもまた気乗りしなかった。屋敷を後にし、宿を探す。まだ利用客は多かったが3軒目で空き部屋が見つかった。大部屋だったため船から降りた少人数の団体はまず使いたがらなかったようだ。6人部屋でひとつベッドが余った。
 レーラは少し町を歩くと言った。スファーが付いていこうとしたがアルスは止めた。
「オレが行くよ」
 紫水晶はレーラの去った扉から逸らされる。
「それともミーサちゃん、行かない?オレたちには多分言わないし」
 窓の外を眺めていたミーサは呆れた表情で振り返る。
「そんな探るみたいな真似、できませんて。1人になりたいんでしょうに」
 言ってしまってから挑発するように彼女はスファーを一瞥する。壁に凭れていた相手は背を剥がした。
「わたしたちにはいい兄貴分でいたいんだと思うの。スファーの前でも、王子だから」
「で、あてくしの前では?」
 ミーサは仰々しく自分の胸を押さえ、アルスやセレンに小首を傾げた。
「いい友達になってやってほしい」
 スファーの鋭い目がセレンの横でミーサを射る。
「スファーも分かっておいてほしいんだ。このままじゃ、レーラは潰れる。もっと早く、気付かなきゃならなかった。でも気付けなかった」
「王に友人は必要ありません」
 スファーは言った。ミーサは鼻を鳴らして嗤う。
「とりあえず追うだけ追うっすわ。その話はそちらでまとめておいでくださいや。よく分からないし」
 レーラの去った扉を開け、ミーサは宿を出た。目の前にある通りのベンチに目的の人物は座っていた。外灯に照らされ、緋色の毛束はさらに色を濃くしている。
「誰かが来るだろうとは思っていた」
「レーラ殿的な割合は?」
 ミーサは肩を竦めてどこに座らず通りに背を向け、海を望む彼の背後に立つ。王子という立場に厳しい者が見れば、不敬に激怒するか、危険因子として本当に首を掻き斬られるだろう。
「スファーが5割、ミーサが3割、セレンとアルスが2割だな」
「じゃあ残念すね」
「残念ということはない。ちょうど話したいこともあった」
 飄々としたミーサの表情が引き締まる。レーラの背中を射抜く瞳に赤みが灯る。レーラはゆっくりと振り向いた。
「クリスタルの泉で、君の記憶が流れ込んできた。何故君がずっと長いこと、身体を壊してまで魔術を使い続けているのか…」
「油断したっすね」
「故郷と家族を、クリスタルにしたんだな」
「否定も肯定も要らないすね、見られちゃったなら」
 話は終わったとばかりに彼女は宿に戻ろうとした。しかしレーラはまた呼び止める。調子がいくから警戒するような、慎重になっているようなところがあった。ミーサも同様に躊躇しながら足を止める。
「王都には帰るな。当分の間」
「追放っすか?」
「そういうことにしても構わない」
 レーラは自嘲的な苦々しい笑みを浮かべた。
「ちなみに理由は」
「俺を連れ出したことではないから、安心してくれ」
「なるほど」
 ミーサは了承も拒否も示さず、腕を組む。
「処刑されるかもしれない。薄々、そうなるだろうとは思っていた。ただ、七星将が言うのなら、可能性としては高いだろう」
 返す言葉が見つからず、大きく肩を落とす姿を前にミーサは黙ってしまった。
「ここまで巻き込んでしまったが、君は平民だ」
「そっすね」
「後始末まで巻き込めない」
「そこまで言われたら、ええ、分かりました。ロレンツァで暮らしましょうかね」
 ミーサは溜息を吐いた。レーラは瞬くばかりで虚空を見つめている。
「すまないな」
 その詫びを一言呟くと彼は海を眺めはじめた。ミーサも同じ先を辿った。意地を張って送り出した背中と帰ってきた亡骸。叱りつけた夜。小舟に乗せた花とパン。ミーサは海を見るのをやめた。
「レーラ殿」
 身分の最高位近辺にいる者にするには不適切な手付きで肩を掴んでいた。
「レーラ殿たちは、王都、帰るんすか」
 彼は頷いた。
「帰らないでくださいよ」
 レーラの頭がわずかに動いた。外灯の明かりが燃えるように揺れた。
「クリスタルにするのか」
「そっすね」
「身体が持たなくなるぞ」
 ベンチから立ち、レーラは「戻るか」と言った。
「ロレンツァに住んで2日で忘れるすよ、レーラ殿のこと」
「そうか」
「だからレーラ殿も、すぐ忘れることすよ」
「できたらな」
 宿に戻ると、アルスとセレンの視線を浴び、ミーサは首を振った。

 出発の支度が済み、アルスたち幼馴染は先に部屋を出ていった。ミーサも扉へ近付く。彼等の階段を下りていく音が聞こえていた。スファーはまだ壁に背を預けていた。最後に出るのだろう。
「レーラ様は王都にお帰りになり、どうなろうとも王子としての務めを果たすおつもりなんだよ。それを止めようだなんて考えないで」
「微塵も考えてないっすよ。やっぱり重いっすね、しがらみって」
「思っていたより、とても」
 ミーサは一度もスファーの顔を見ずにその前を通り部屋を出た。3人が待っている。後は王都に帰るだけのはずだった。しかしどういうわけかロレンツァに帰らねばならなくなった。住む場所を見つけねば。ロレンツァの暮らしは憧れだった。しかしあまり実感はなかった。もし彼等が処されたら2日で忘れることも義務だった。それが彼女なりの弔い方だった。後ろからやって来るスファーを振り返る。紫水晶はミーサに応えた。王子としての務めを果たすのなら処されても構わないという。
 数日かけ船でロレンツァへ向かった。レーラの口からアルスたちへミーサの離脱が告げられる。このまま王都にまで来るものと思っていたらしいアルスは同じように思っていたセレンと顔を見合わせる。しかしレーラや、そして自分たちを取り巻く事情を考えれば成り行きで共に行動をした平民のミーサを城に連れて行けないことを彼等はすぐに理解した。話が終わるとミーサは船酔いを理由に部屋に籠ってしまった。船がロレンツァに着くと乗客に流されるように一行はロレンツァの門へ進んでいった。スファーは区画を入り乱れる河川を眺めていた。
「スファーも残るか」
 レーラは軽い調子でグリーンの水面を気にするスファーへ訊ねた。この者はもっと早い段階でこの地に帰りたがっていた。
「いいえ。城までお伴します」
 2人の中ではもう話がついているらしかった。アルスは手を繋いでいるセレンとミーサの奥にいる主従の会話を聞いていた。世間からいえばスファーは脱獄犯だ。城に帰れば大事になる。やがてミーサとは門で別れた。口数は少なかったが彼女の態度はあっさりとしていた。ただセレンにきちんと食事を摂ることを言って、4人は王都を目指した。アルスは暫く俯いているセレンの隣に寄り添った。スファーは特に何か感慨を抱いている様子もなく、レーラもまた平然としていた。ただ振り向くこともせず王都のある方角を真っ直ぐ見ていた。彼とミーサは特殊な友情をはぐくんでいるようにアルスにはみえていた。彼女の潔い離別も、レーラの冷めた対応も気掛かりだった。しかしそれが気丈に振る舞いがちな彼らしさでもあった。4人は必要最低限の会話だけで、鬱蒼とした森が特徴的な小さな町へと入っていった。オールと出会った場所だ。そこの宿の店主がアルスとセレンのことをよく覚えていたため、恩人として立派な食事と部屋を用意された。セレンは1人で2人用の部屋に泊まることになり。寂しそうな感じがその後姿には漂っていた。しかしアルスはどう声を掛けていいのかも分からなかった。自分たちの部屋に戻ると、壁に凭れてどこからでもレーラを守れるように気を配るスファーが口を開いた。
「アルス殿とセレン殿は、お別れにならなくていいんですか」
 レーラがわずかに反応を示した。
「どういう意味?」
「王都に戻るのは賢明でないように思われます。ミーサ殿が離脱を選んだのは、レーラ様やその関係者の処遇を危ぶんだからです」
「戻るよ。流石にね。ミーサちゃんとは事情が違うし」
 紫水晶は無言のままアルスを見つめた。その眼差しを向けられて惑う。
「セレン殿はとにかくとして、アルス殿の身が危うくなることはまず間違いありません」
「―だってよ、レーラ。どうする?お腹割って話そうよ」
 アルスはベッドに腰掛け俯いているレーラに話を振った。
「俺一個人としては、2人にはここに残って欲しい。出来ることならスファーにも」
 こちらに顔を向けることもせず、彼は低く沈んだ声で答えた。
「そうじゃなくてさ。オレの身が危うくなるってことは、レーラが危ないのはもう確定ってことでしょ」
「…そうだな」
「そんなんじゃ、やっぱ行かせられない」
「レーラ様には王都へ戻っていただきます。それが王子の務めです」
 スファーはすぐさま横から入り、アルスは苦笑する。
「じゃあオレも行かなきゃでしょ。1人帰らせるわけないじゃん。多分それはセレンも同じ気持ちだと思う」
「すまないな。嘆願はする。恩赦してもらえるかも知れない」
 離れた場所に座る彼はやはり顔を上げることはなかった。精霊と契約を結び終えた今、用が済んだ。一応の王子が処されるのなら、影が生き残れるはずがない。スファーは主からその親友へ視線を戻す。
「オレは行くよ。セレンには話してみるけど…」
「いいや、こういうことはきちんと俺の口から説明する」
 レーラは力無く立ち上がり、アルスの脇を抜けていった。スファーがついて行こうとしたがアルスは止めた。

 夜になって隣のベッドが静かに動いた。小さな音で部屋を出ていく。アルスもゆっくり起き、夜番の店主へセレンを暫く頼む旨を伝えた。するともうロレンツァ行きの荷車の同乗枠にアルスもいつの間にか登録されていたことを知る。同じことを考えていたらしかった。アルスは1つの枠を取り消した。そして急いで暗い外へ出る。先に出た2人連れは町を出てすぐに見つかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...