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恋Aインソ夢ニア十ペスト 話数未定/特殊設定に付き1話に注意書き記載/女装女攻め百合プレイ/無邪気ワンコ弟受け/
恋Aインソ夢ニア十ペスト 13
しおりを挟むまるで冒涜だ。それでいて、それが楽しい。恋愛嵐は横たわった自称恋人の薄い腹と服の間に丸めたタオルを突っ込んでいく。あまり生々しさはない。ただ腹部が膨らんでいるだけに過ぎない。冬夢湖の正気でない趣味に付き合うつもりが、構図でいえば彼女のほうが積極性を持っているようなものである。マットな質感の唇が歪んだ。
「喜んでください。貴方と俺の子なんですよ」
くすくすとこれから変態行為をしようとしている者からは想像のつかない爽やかな笑みが聞こえた。
「気持ち悪い!そんな胎児堕ろしなさい」
恋愛嵐はタオルを叩く。
「赤ちゃんが……」
彼はすでに役に入っていた。タオルを両手で抱き、撫で回す。
「ド変態の気違い殺人前科持ちのDVセクハラ色狂いのアンタと、あたしのガキがマトモだと思ってる?よしんばマトモだとしても、その子は生き地獄よ。成人するまでに自殺しちゃうでしょうね!」
「何言っているんです?胎内にいるのは梢春です。梢春でないなら要りませんよ、気持ちの悪い」
「アンタが一番気持ち悪い!」
彼女は一度、冬夢湖から離れた。カバンを漁り、ナッツを噛む。ぼりぼりっと音がした。ベッドの近くには戻らず、ソファーの横に屈んで腰を落ち着けてしまう。ラブホテルの家具を恋愛嵐は嫌がる。
「アンタが突っ込んでアンタが弟の中に入りたいクセに。気持ち悪い!早く死になさい。なのに弟だけしか腹に入れたくないとか、さっさとぶち殺して煮詰めて胃袋の中に収めなさいよ。人殺しなんかお得意でしょ。気持ち悪い!」
「気持ち悪かったら死ななきゃならないのなら、人類そのものが早く死ぬべきですよ。俺に関わらず、いいえ、俺込みで。貴方も。一緒にどうです?」
タオルしか入っていないはずだが、冬夢湖は腹を撫でながら上体を起こした。横からはぼりっと威嚇の粉砕が聞こえた。
「梢春ちゃん」
「弟が母親の腹の中にいた時のこと、覚えてる?」
小さなポーチからチョコレートを出すと包みを豪快に開き、口に放っている。彼女の表情はどこか萎びている。
「覚えています。可哀想な子でした。父親が嫌がる母親を力尽くで犯して孕ませた子です。今思えば、あの時は夫婦間で完結して良かったとすら思っていたんですから自己嫌悪もします。俺は―……」
「何」
恋愛嵐は小さな黒い皮革の鞄に保温機能の優れたステンレス製の小さな水筒を持ち歩いている。中身は熱いルイボスティーだったはずだ。冬夢湖も咳き込んだ時に飲んだことがある。彼女はその蓋を回していた。
「梢春はこのままだと、この子も強姦魔になると思って、俺なりに……注意していたんです。育ての親も敬虔な宗教家ですから、殊に性となると、かなり厳格で……梢春も元々俺が何かしなくても周りの子と比べてそういうことに疎かった。だから尚更、この子は危ない子だと思いました。どちらにしろ俺は過敏になりましたけれどね」
綺麗に磨かれた爪が艶やかに照る指がナッツやチョコレートの包装を摘んでいる。恋愛嵐は話を聞いているのかいないのか、ぼんやりしながら相槌をうった。
「何故です」
「別に」
「貴方はどうなんですか」
「あたしは覚えてない。あたし以外のものが生まれたって、あたしには関係なかったし、親が好き勝手に作ったものにあたしが遠慮も世話もする必要ないって思ってたから」
鋭さのある横顔だった。冬夢湖は強引に婚約者にした女を見つめ腹を撫でている。はっきりと言うが、上を向かされた睫毛に挟まれる瞳は惑っているところがある。
「今も?」
「……弟って認識あんまりない。いつのまにか同じ屋根の下に暮らしてたやつって感じ。多分向こうもそうでしょう。関係としては弟だけれど、やっぱりただ親と住む家を共有してたよく分かんないやつって感じ」
「似てない?」
彼女は頷いた。チョコレートを食む姿は幼く見えた。暴言をアクセサリーに下品で垢抜けた化粧をし不謹慎をハイヒールに背伸びをしているような女だ。冬夢湖はそこに安堵する。ただでは殴られない相手でなければ胸が疼く。無邪気で可憐な女はいけない。すぐに殺されてしまう。
「似てないよ。まぁ、顔はいいけどね、あたしに似て。あたしと同じでスタイルがいいからモデルやればいいのに。真面目だし」
「随分と可愛がっていますよ、それは」
「レイプしたい孕ませたいって言ってなきゃ可愛がってないのと同じだなんてあたしゃ思ってないわよ」
くすくすと笑った冬夢湖に恋愛嵐は鋭い眼差しをくれた。
「分かっています。ところで世良田さん、そろそろどうですか。俺はもう準備できています」
節くれだった長い指がタオルを包んだ腹を撫でる。
「アンタまじでサカッてんの?」
「もう貴方と俺の梢春がいるんですから、産みたいです」
溜息が聞こえた。恋人は立ち上がり、適当に服を直してベッドに来た。冬夢湖は腹を摩りながら上体を倒した。その上に恋愛嵐が覆い被せさる。
「妊婦の俺を強姦してください」
「イメクラでやれよ」
「こんなこと貴方にしか頼めませんし、俺に梢春を孕ませてくれるのは貴方だけですし、貴方以外に梢春ちゃんを触らせたくありません」
あざとく美しい顔を傾けて険しい表情をする恋人に媚びる。ほんの一瞬、彼女の目が遠くなった。
「気持ち悪い!」
片方に小振りなブレスレットを嵌めた両腕が突然冬夢湖のタオルの積まれた腹を押した。眦を強調し睫毛が上に反った目が血走っている。胎児を殺そうとしている。
「世良田さん」
強い力は冬夢湖の腹にも響いた。そのほうが彼にとっては彼なりに想像した妊婦の重みと苦しみに近かった。
「世の中くだらないから生きてても喜びなんぞ見つけるなって説いておきながら畜生女と畜生男が交尾してあたしと弟が産まれたの。別にあたし両親に恨みはないけど、畜生祖父母から産まれて何も学ばなかったの、やっぱ畜生なんだなって。あたし畜生になりたくないの。死になさい」
恋愛嵐は冬夢湖の顔も見なかった。腹を凝視し、膨らんだ腹を潰す。しかし冬夢湖にかかるのは重さだけだ。
「世良田さん」
「あたしが弟を腹の中でぶち殺してあげなかったの、可哀想だわ。あたしだけが弟を助けてあげられたのに、可哀想だわ」
タオル相手ならば大したことない小さな拳が冬夢湖の腹に埋まった。
「梢春のこと、哀れんでくれるの?」
腹を潰す女の手に触れた。しかし振り解かれる。
「ママが死んじゃうから、あたしママを選んだの。弟が生まれたら可哀想なのにあたしママが畜生でもママのこと好きだから」
「弟に会って少し動揺していますね」
腕を引っ張り、弟にしか許すつもりはなかったが彼女を己の胸に引き倒した。この女は冬夢湖にとって安全だ。梢春にしたいものとは違ったが、情緒不安定どころか惑乱している恋人はいくらか冷静さを取り戻す。
「帰らせて。気持ち悪い。吐き気がしそう。妊娠レイプされ願望はイメクラでやって……」
よく梳かされた黒い髪が額に貼り付き、冷や汗で額は照っている。青褪めた顔はただ悪態を吐いているわけではないようだ。大体のシチュエーションに付き合ってきた彼女も、このプレイには激しい嫌悪感を催している。
「アンタのストーカーにやってもらいなさいよ」
恋愛嵐は片付けながら低く唸った。
「それは嫌です。俺は貴方と以外こんなことしたくありません」
「こんな恥ずかしいことシてる相手、世界でそう多くないほうがいいからね」
腹からタオルを抜き取りながら冬夢湖の考えていることはどうやってさらに上手いこと妊娠に扮せるか、なのである。それは社会的にでなくていい。彼が自分自身の中で満足できるのであれば、見るからに詰め物であろうと。無理矢理恋人ということにしている女の拒否を聞いてはいなかった。妄想の中で梢春を産み射精する。このことしか考えていない。そして妄想をこの婚約をせがんだ女と共有すれば、それはもう非物質的ながらも2人の現実なのである。
「送ります」
「要らない。どういうつもり?」
「帰って手首を切るとか飛び降りるとかやめてくださいね。GPSで見ていますから。貴方には……妊娠レイプごっこで梢春を分娩アクメに付き合ってもらうまで死なれたら困るんです」
本気のつもりだった。恋愛嵐のほうでも彼が本気で言っていると分かっているのだろう。涼しげな顔立ちに嫌悪を漲らせている。
「もっと上手く慰めらんないの?アンタは弟専用の薄汚いチンポしか慰められないんだっけ?サイテー。浮気するわ、あたし。でもセックス求めてこない男なんてアンタくらいだから」
気丈に振る舞っていながらもこの苛烈なところのある女の神経では、一人でいるだけ変質者に似た粘こい不安と疑心が忍び寄るものだ。人と居るのが結局のところ一番落ち着くらしかった。友人の有無は冬夢湖も把握していない。
「そっくりそのままお返しします」
「嘘ね。はいダウト。セックスしたくない女なんかわんさか居るでしょ。アンタの上っ面だけ欲しい女がね。セックスなんてしたら夢が壊れる」
「そうですか?案外簡単に脚を開きますが」
「それはアンタに気に入られたくて股貸してるだけでしょ。驕るんじゃないよ」
冬夢湖は首を傾げた。彼女の発言によって彼の双眼の裏に閃いたのは継母だった。父親の丸まった背中とそれを挟む女の膝頭。梢春が宿った日。徐々に硬くなるつもりだった股間が芽吹きから満開直前にまで一気に張り詰めた。継母の犯されている様に欲情したのではない。弟がこの世に産まれ堕ちることを阻めたかも知れないその曖昧さに興奮した。弟がまだ生臭い白濁色の粘液だったから頃から知っている。継母の腹の中で汚らしい粘り汁が可憐な弟に化けた事実が冬夢湖の劣情を煽る。
「ちょっとヤだ、アンタ……何想像したの?」
恋愛嵐は傍にいた冬夢湖を突っ撥ねた。
「梢春ちゃんが仕込まれる時のことを。貴方が脚を開くだなんて言うから。俺、膝下フェチかも知れません。貴方みたいな細い膝下ではなくて、丸みのある膨よかな膝下が……」
恋人の眉間と鼻梁には皺が寄っていた。冬夢湖は涼しげに笑んで応えた。
「もう治まらないので抜いていきます」
「そうして」
「見て行ってください。梢春の甥っ子姪っ子が噴き出るところ」
冷たい手をぎっちりと掴み、帰ろうとしている麗しい恋人を中に連れ戻す。そこに彼女の意思はない。ソファーに放り投げ、冬夢湖はベッドに転がった。触っただけで弾けてしまいそうなほど興奮している。一心不乱に手淫する。弟の親戚に成り得た液体が普段より愛しく感じられた。陰茎から噴き出るものを、自身の遺伝子と実感したことがあまりかった。弟と似通った情報も持っている液体が自身から出ているという認識で、どこか他人のものだった。仮想女体になった己から梢春を産みたい、その相手は強姦しか交合う可能性のないストーカー男でなければならない、そういう妄想に駆られてから少しずつ、精液が自分のものになっていく。
急激に高められた性感は一直線に限界点を突破する。指の間から白い粘液が飛び散った。簡素な手淫は単調な疼きがつまらないものとなる。それでいて冴え渡るのも速い。
「貴方と俺の精子ですよ」
恋愛嵐しか妻になれる女はいないが、恋愛嵐を抱くことはない。すると彼女との結ぶ付きの証である白濁以外に鎹と成り得るものはない。
「ティッシュの中で殺すくせに」
恋人の奇行に慣れている恋愛嵐はスマートフォンを操作している。
「そのほうがこの精子も幸せです」
指から指へ滴り落ちる粘りを照明に透かす。この中に弟と少し似た情報が通っている。不思議な心地がした。
「早く拭きなさいよ、汚い。ティッシュそこでしょ」
恋愛嵐はスマートフォンをカバンにしまう。ぼんやりしていた。まるで意識がここにないような吐き捨てるようなところがある。
「疲れましたか?それともデートを邪魔したから怒っているんですか」
「……そ!あんたの気持ち悪いところ全部削ぎ落としたみたいなあの若い子とデートしたかった。なんでこんな変態クソジジイと」
指を拭うとソファーのほうから除菌ティッシュが投げられる。
「煮沸消毒しなさいよ」
嫌味に笑って返す。アルコールティッシュで一本一本指を清める。彼女はまだ物憂げだ。
◇
激しい怒りと後悔で頭を掻き毟った。慚愧はできない。あまりにも惨めでくだらない、情けなく不甲斐ない相談をできる相手もいなかった。身を投げるしかない。短絡的な思考が真城の尻を叩く。玄関を飛び出した。もうだめだ。何もかも終わりだ。肉の業に呑まれるのなら魂ごと消すしかない。涙が滲んだ。身投げできそうな堀の深い近所の川のことしか考えられない。水位は低いが頭から落ちれば……
「どこ行くんだぁ?」
玄関を出てすぐの通路に勘解由小路が立ち塞がっていた。
「………仔牛郎」
「どしたよ?」
ごつい指輪のついた手の甲がぺちぺちと真城の頬を叩いた。
「なんでもない」
「なんでもなくねぇだろ。あ~あ、晩飯食わしてもらうかな。買い出し行こうぜ、好きなもん買えよ。ドリームキャッチャーちゃんが頑張ってくれたからな。俺ちゃんの奢りだ。でも飯はれーあんが作れ?」
すでに成人しているというのに人懐こさは相変わらずで勘解由小路は真城の手を悪戯でも仕込むように触っていた。火傷の完治していない肌への触れ方は丁寧だ。
「手首でもすっぱり切っちまったかと思ったぜ。血は出てねぇな」
「……しない。そんなこと」
「ふん、前科もんが何言ってやがんだ。さ、行くぜ。何食う?肉?魚?れーあんって魚捌けんの?」
「小さいものなら……」
真城は呼吸を整えた。踵を潰しかけていた靴を履き直す。
「ま、マグロ1頭はさすがに買えんケドさ。マグロって1頭?1尾?」
「死んでるなら1本じゃないのか」
出掛けることは想定していなかったために彼は一度自宅に戻った。財布とスマートフォンに鍵を簡素な麻のバッグに放り込む。
「れーあん」
外にいるはずの勘解由小路の声が近くに聞こえた。
「俺ちゃんの視界から消えるの禁止な?」
「……別に何も、」
「さっきのれーあん、目がヤバかったぜ。パキってんのかと思った」
宗教上の身内はへらへらと言った。冗談なのか本気なのか分からない飄々とした態度は鎌を掛けているようにも思える。
「……米だけ炊いていく。帰ってきた頃に炊けているだろうから」
「魚かな~、肉かな~」
大型のペットみたいに米を計るにも研ぐにも勘解由小路がべたべたと纏わりつく。ぬいぐるみにされた心地だ。
「俺ちゃん的には刺身がいいな。刺身の気分。れーあんは?」
「好きにしてくれ」
「じゃあ魚~。鮮魚コーナー行こうぜ。捌いてほし~!」
炊飯器に米をセットしてから戸袋を漁る。魚を捌くための包丁セットがあったはずだ。鱗取りも一緒にしまった覚えがある。桐箱を出し、包丁の刃先を確かめていると勘解由小路の目の色が変わった。
「やっぱハンバーグとかギョーザにすっか。それなら俺ちゃんも手伝えるし」
「行ってから決めればいい」
「そーだな。行こうぜ!割引商品は戦争だっ!」
勘解由小路に腕を引かれ外に出る。
「俺ちゃん、れーあんの気持ち分かんねぇし人のキモチとか全然分かんねぇケドさ、俺ちゃん、れーあんのこと構い倒すことやめねぇかんね。あのガキが隣にいるなら尚更さ」
「十河は…………関係ない」
「ある。だってれーあん、あのガキのことになると急におかしくなる。俺ちゃんと付き合ってるから?もしかして―」
どくりと一拍、脈が飛んだ。慄然とした。感情が反射を起こす。
「違う!」
気付くと叫んでいた。閑静な住宅地に響く谺を聞く。
「まだ言ってねぇのに否定早ぇよ。俺ちゃんのこと好きになれし。フツーに傷付くわ。ノーダメだけど。れーあんに好きとか言われたらキモいし」
軽く背中を叩かれた。叫んだ恥ずかしさに打ち拉がれる。
「真面目な話、別れたほうがい?別れたほうがいいって言えよ。そしたられーあん理由に、ホモ卒業。俺ちゃんは責任果たそうとしたけど、れーあんを理由に別れられるってワケ!別に付き合ったからって何かしたワケじゃないんだけどさ」
「俺がどうこう言うことではないだろう……仔牛郎と十河がどう付き合うかなんて」
「ある。あのガキはれーあんのこと気にしてる。俺ちゃんはれーあんの身内。れーあんいなきゃ俺ちゃんあのガキに会わないし、あのガキもれーあんいなきゃ俺ちゃんと遊ばない。別れろって言うなら俺ちゃん、いつでも別れ切り出せるぜ。でも手ぇ出した責任取るから言わないだけで。なぁ、恋くん。無関係って態度はやめなはれ」
道で遊ぶ一昔前の子供みたいに勘解由小路は円も何も描かれていないアスファルトの上でステップを踏んで先に進む。
「俺が十河と別れろだとか、十河に別れろだとか言えるはずがない。俺は十河と穏やかに、ただ一緒に居たいだけなんだ。顔合わせたら挨拶して、気軽に話し合える関係なら、それで十分だ……」
ほんの数歩先で立ち止まる腐れ縁の背中が遠い。
「前に喧嘩別れしたんだっけ?」
軽快な彼が振り向く。真城は頷いた。鼻で嗤われる。
「喧嘩しそうな組み合わせじゃねぇけどな」
「彼のお兄さんが……」
「兄ちゃん?」
「俺と居ることを禁止したんだ。何度か話しかけてみて、彼は気拙そうだった。俺は焦ってまた誘ってみたんだ。その時に言われた。絶交や絶縁というほど殺伐としたものではなかったけれど、申し訳なかったな。後ろめたさを植え付けて……彼はお兄さんを慕っているから仕方がない」
宗教上の身内は怠そうに唸った。話しているうちに解決したことだというのに重苦しいものが去来する。自分に不都合なことも打ち明けてしまいたかったが十河にも影響するために伏せた。そのことがまた複雑で多感な真城を責め立てている。渇望したキスの代償はあまりにも大きかった。
「れーあんがそん時に傷付いたの、俺ちゃん許せねぇよ」
開いた距離を勘解由小路はまた戻ってきた。突っ立っている真城の腕を引く。そうされなければ歩けそうにない。
「傷付いてない。十河のほうが大変だった。俺が察して身を引くべきだった。あんなこと言わせるべきじゃなかった」
「ふぅん。でも俺ちゃんはれーあんのしょーもない苦労のほうに寄り添う。俺ちゃんにとっちゃ、あのガキの苦労なんざ知らないね。いっくられーあんがあのガキ庇っても、俺ちゃんにはあのガキがれーあんのこと傷付けたの変わらねーもん」
留まった時間を取り戻すように勘解由小路はせかせかと歩き真城を引っ張る。息苦しさや、凝り固まったものが少しずつ取り除かれていく心地がした。友人の兄に気に入られなかったどころか反感を買った、友人に絶交を告げられた、それは自分が悪い。しかしそれはそれとして、友人を失ったことは心の内でひっそりと悲しんでもよかったのだ。すべてを引っ括めて自責に回す必要はなかったのだ。
「もうあんな思いはしたくないし、してほしくない。俺は十河に人付き合いをどうこう言う資格は無いし、お前に言う立場にもないんだ仔牛郎」
詰まった涙腺が通るようになった。一筋流れるものを乱雑に拭う。勘解由小路は見たこともない狼狽した表情を浮かべ、滑稽なつらをしていた。
「あのガキの話はもうやめる。なんで居ねぇヤツの話なんかして楽しいんだ」
不器用な掌が真城の後頭部を撫でた。指に嵌った小石みたいな固い感触がぶつかる。
「今日は刺身だぜ、楽しめよ。酒買おうぜ、瓶のやつ。ソーダ割りにすんぞ」
まだ近隣住民は起きている時間帯で、会社帰りの人も居なくはない。しかし勘解由小路は人目も憚らず陽気に飛び跳ねる。口は悪く横柄で傲慢なくせ、無邪気だ。
「仔牛郎……」
「おら、行くぞ。この時間帯のパースーは戦争なんだよ。値引きシールは待っちゃくれねぇんだ」
はたから見た者ならば、美麗な優等生が素行不良児に引き摺られ喝上げされ、今から締められに行くよう思ったことだろう。
商店街を通り、忙しない人々を眺め、他人の暮らしを買い物かごで見ているうちに真城の荒んだ気分は凪いでいった。比例して勘解由小路の態度の悪さも増していく。今晩は肉になった。酒瓶と缶ジュースも入っている買い物袋は指が引き千切れるほど重い。今夜は煩悶せずに済むだろう。勘解由小路の世話と酒がある。
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