彩の雫

結局は俗物( ◠‿◠ )

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「とは言っても、わたくしが知っているのは紙面上の情報だけです。そしてそこから算出された数字だけ。住民の声を直に聞くことが出来たら、良いのでしょうけれど」
 四季国は、被害者の数をきちんと算出した上で襲撃されたのか。それとも四季城だけか。それでも四季王はどうなったのかは分からず、紅と灰白は仇敵の国に身を寄せねばならず、そして仇敵の身内であるはずの朽葉は死を贈られ、処された。灰白は笑みを浮かべた。やるべきことを思い出して。そのためにはひとつひとつを上手くやらねばならない。
「群青殿は真面目だね。でも疲れちゃうよ、そんなんじゃ」
「いいえ…わたくしは公僕ですから。勤めもきちんと果たせず…、ああ、いえ、申し訳ありません、つまらない愚痴でした」
 群青は困ったように笑う。
「ううん、いいって。たまには必要だよ、群青殿がどういうお仕事してるかよく分からないけど、どんなお仕事でも、溜め込んでたら疲れちゃうよ」
 戸惑った視線が忙しない。眉が切なく寄せられる。本気で自身を公僕と思っているようだ。
「わたくしは、本当につまらない男で…極彩様は…でも極彩様には、なぜだかわたくしのこと、話したくなってしまって…。それだけではなくて、もっと極彩様のことを、知りたくなってしまうんです」
 たどたどしい言葉は城で聞いている声と同じだ。だが違って聞こえる。耳を赤くして、いつもならしっかり前を向き目を捉えるくせ、俯きがちの伏せた目は灰白を恐れているように見えた。灰白は耳と目元を赤くした群青が体調不良を押してきたように思えてならなかった。日は経ったとはいえ頭部は縫合したのはつい最近で、利き手は骨を折っている。とすれば片手に負担が偏り、片足も負傷しているのだからもう片足にも負担が偏る。そして回復にも体力を使い、薬もおそらく強かったようだ。体調を崩しても仕方がない。偽った立場が無ければ群青と接触することはまずなかったが、偽った立場が群青を遠慮させる。実際ならば、群青はずっと上の立場の人間であるはずなのに。
「歳が近いからじゃない?だから遠慮なく言ってよわたしも初めて群青殿見たとき安心した。年上ばっかりなんじゃないかって」
 苦笑する。縹は年上で、紫暗は年下だ。縹は大人の雰囲気があり、本人ももうすぐ25になると言っていた。紫鴉はまだ成長の余地が大いに伺える。花緑青はかなり若くも見えるがどこか大人びた雰囲気も併せ持ち、素顔を隠すような渦巻きの紋様のせいもあり年齢不詳といったところだ。
「歳…ですか…」
「群青殿はそうもいかないんだろうけど、わたしは群青殿といい友達でいたいから、遠慮なく話してよ、愚痴でも悩みでも」
 上手く言えているだろうか。いずれ裏切る。だがそれまでは険悪でいるわけにはいかない。多少の負い目は感じている。
「極彩様も、どうぞ…わたくしのような者でよろしければ…的確なことは申し上げられないと思いますが、せめて極彩様の不安の捌け口になれたら…」
「そんなことないって。頼りにしてるから。でもわたし、今、悩みとかないから」
 勘繰られてはまずいのだ。知られてはならない。紅との約束であり、縹との共謀であり、朽葉からの厚意を反故に出来ない。
「あまり柔軟な対応は出来ませんが」
 群青は一度灰白を見て、目が合うと逸らされる。顔が赤い。やはり熱かと灰白は訊ねた。
「群青殿、大丈夫?もしかして体調悪かった?」
「ち、違います…ちょっと…、緊張してしまって…」
「緊張?」
 はい、と小さく頷かれる。灰白は小首を傾げた。
「極彩様とこうして…並んで歩けのが嬉しくて…」
「わたしも群青殿に誘ってもらえて嬉しいよ」
 外に出られた。軟禁生活をしているわけではない。出ようと思えばおそらく出られるだろう。紅と離別する前の暮らしには戻れないが、ある程度自由は利きそうだった。だが虚しさだけが残るから。四季国でない国で、それどころか仇の国で、何をしているのかと、気が急きそうだから。だがまさか、その仇の国で淡い思い出が出来てしまうなどと。
「お役に立てたなら幸いです」
 群青の信頼は得ていたほうがおそらく動きやすくなる。縹が上手く回しはするだろう。だが城の内情はほぼ群青が握っている。騙している。いずれ裏切る。多少の痛みが伴うが、成さねばならない。
「少し休んでいく?長い坂、ずっと下ってきたし」
 歩行訓練を兼ねているため人力車や牛車には頼らなかった。遠目に以前勤めていた茶屋が見えた。素性が明らかになるのは困る。別の茶屋を差しながら提案する。群青は頷いて、2人は暖簾をくぐる。
「群青殿は何にする?」
 注文表を眺めながら訊ねる。群青は灰白を見ていたため、灰白が顔を上げると慌ててもうひとつの注文表へ目を落とす。
「ではコーヒーを。極彩様は…もうお決まりに…?」
「うん」
 群青はテーブルの小さな装置の平たい突起を押した。店内に軽やかな音が鳴る。遠い昔ではないはずだが茶屋で働いていたことを思い出す。懐かしく思った。群青がやってきた店員に注文し、またテーブルは2人きり。群青はどこか落ち着きがない。痛みを我慢しているのか。
「足は大丈夫?」
「はい。少しまだ張った感じはありますが、痛みはありません」
 大丈夫です、で済ませず説明があるだけ群青の信頼は得られたのかも知れない。
「そう、良かった。でも癖にならないようにしないと。ちゃんと治さないと、梅雨の時期とか冬に痛くなっちゃうからね」
 武芸の稽古で灰白はよく怪我をした。突き指や捻挫、打撲や擦過傷。師が呆れていたのを思い出す。
「極彩様もどこか、大きなお怪我をなさったことがあるのですか」
「あるよ。すぐ転んだりとかして。大人をよく困らせてた」
 怪我すると師が怒られる。師が灰白の武芸の稽古にあまり好い顔をせず積極的でなかったのはその所為だったのかも知れない。悪いことをしたと思った。あの頃は、武芸の稽古が好きだった。怪我も大したことに思わなかった。
「三公子との件での、傷のお加減はいかがですか」
 珊瑚と揉めた傷はまだあるが治ってきている。明日、明後日には痣は消えるなり、目立たないほどにはなっているだろう。切れた部分はまだ痛痒さを残してはいるが。
「うん、痛くないし」
「痕が残らないといいのですけれど…」
 公子として認められずとも朽葉や珊瑚の弟である山吹の付き人であり、その内情は婚約者ということになっているのだから顔に傷が残るのはいただけないのだろう。
「ありがと。わたしもあまり群青殿に口煩いこと言えなかったね」
 意図せず深刻そうな表情を向けられ灰白は苦笑する。
「極彩様の目にはどう映っているのか分かりませんが…三公子とは幼い頃から仲良くさせていただいておりました」
「え?」
 店の者が珈琲と白玉の甘味を運んでくる。灰白は白玉が好きだった。瑞々しく照っている。黒蜜と磨り潰した枝豆を用いた餡と、桜桃さくらんぼ。一瞬気が逸れたが群青が意外なことを言ったような気がして灰白は珈琲に添えられた牛乳を混ぜる手元を見つめた。
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