Never Say Hello

結局は俗物( ◠‿◠ )

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 骨と皮みたいに痩せた小松先輩が冷めた目でおれを見ている。身体から力が抜けなくて、頭も上手く回らない。
「用ないなら俺寝るよ?」
「具合、大丈夫なんですか」
 おれに対する嫌味だったんだっていうのは訊いてしまった直後に小松先輩が、は?ってカオをしたからで、おれほんとバカだなって。大丈夫じゃないから寝込んでいるのに。
「風邪…ですか?」
「…そうだよ。だから早くしないとうつるよ」
 うつしてください、とは言えなかった。小松先輩からうつされるなら構わないです、おれ。
「小松先輩のこと怒らせることになっちゃって、ごめんなさい」
 小松先輩は何も言わなかった。何か言葉を続けなきゃって思うのに浮かぶのはただ小松先輩を困らせそうなものばかり。
「…タフだね、朝比奈。俺のこと、もう構うなよ」
「ごめ、んなさい」
 ムリです。構います。好きです。小松先輩をおそるおそる見たら、小松先輩はカーテンの閉まったままの窓を見つめていた。うんざりしてるみたいに起き上がって、水取ってくるって言って、部屋から出て行った。おれは何を話さなければいけないんだろう。口を開けば開くほど嫌われていく。もう関係修復は無理なのかも…知れない。小松先輩はすぐに戻ってきて、ベッドサイドにコップと冷えたペットボトルを置いて、おれにパックのリンゴジュースを少し乱暴に渡した。優しいな。こういうところがやっぱり好きで。布団に入らずおれと向かい合うようにベッドの上に座った。
「俺のこと、困らせないでよ」
 冷たい目がおれを射抜く。困らせたくない、できることなら。
「おれ、好きって言えたらそれでいいと思ったんです。余計嫌われても。でもやっぱ小松先輩のコト、諦めきれなくて」
 朝比奈立ってって、おれは小松先輩に腕を引かれた。指があまりに細くなっていて、ぎょっとした。でもそんなの嘘みたいにおれを立ち上がらせて、放り投げるみたいにベッドに押し倒されて、細くなってしまった小松先輩からは想像できない力強さ。ベッドがおれの背を受けとめて大きく軋んで、小松先輩はおれの両肩を壊すみたいに両手に掴まれてベッドに押し付けられる。
「お前さぁ」
 シャツのボタンに手を掛けられる。鷲宮先輩も二回目くらいの時そうした。抱かれるんだ、って思った。咄嗟に小松先輩の腕を掴んでしまった。許される?嫌わないでくれる?身体だけでも好いてくれる?小松先輩の腕を反射的に掴んでしまったけど、力が抜けた。シャツが開かれていく。
「お前を抱けば満足?」
「それで許されるなら…」
 もう誰かに抱かれた身体だけど。小松先輩のこと、満足させられないかも知れないけど。好きです、小松先輩。誘われたんだと思う、何か、得体の知れないものに。おれの願望?動きを止めてしまった小松先輩の首に腕を回して、乾いた唇にキスした。一回じゃ足らない。もう全てを忘れたい。今までのキスの意味を小松先輩はあいさつって言った。でもおれはそんなつもり、なかったよ、最初から。
「頼むよ、朝比奈」
 唇が三回触れて、小松先輩がおれの胸を押した。険はないけど、縋るみたいな声。あれ?って思った。怒鳴られたり、殴られたりすると思ったから。
「俺のこと、好きなんだろ…?なら俺のこと嫌いになってよ」
 額を押さえて声を殺すみたいにそう言った。
「小松せんぱ…い…?」
「俺のこと嫌いになれよ。お前が俺に望んだとおり、俺はお前のこと嫌いにならないから、お前は俺のこと、嫌いになれよ」
 おれに覆いかぶさっていた身体を剥がして、カーテンが閉まった窓の方へよろよろ行ってしまう。カーテンとカーテンの隙間から曇天の明かりが漏れて小松先輩の痩せた顔を照らす。頬の下に落とす陰が濃い。体調、結構悪いのかな。
「頼むわ、まじで」
 熱上がっちまったじゃん、って呟きながら小松先輩は鼻を啜って目元を拭った。
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