堕ちた神の王

にゃこにゃこ

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22話 犠牲の上に成り立つ世界

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レイがいなくなって、もう1週間。ありがたいことに、ケリヌさんが私とリーヴェを雇ってくれて、タルナートが使わなくなった家を提供してくれた。

世界は、1週間で劇的に変わった。

雪が止まない国ではようやく太陽が出て氷が溶け出し、雨が降らない地域には雨が降って大地を湿した。世界は正常を取り戻し、人々は歓喜した。そして主都は、長らく訪れていなかった冬が訪れそうになっていた。空気は冷たくなってきて、つい先日は雪が降り、今でもその話でもちきりだ。

でもそれは、レイの犠牲の上で成り立っているもの。

あの・・・・・・アロガシアに言われた言葉が、未だに心に残ってる。

レイの命と、この世界に住む命。本来命は平等だと思っていた。重さは皆一緒だと。だけど、そんな綺麗事は言っていられない。天秤にかければ、どちらが重いかはハッキリしている。

「リーヴェ、これでよかったのかな」

私とリーヴェは、ケリヌさんが与えてくれた休暇で、レイと暮らした家に来ていた。リーヴェは人の姿で、レイを探していた。でも、誰もいなくて。望んだ姿は影もなくて。

「僕はあの日、深夜に主様に起こされたんです」

あの日の起きたことを、リーヴェは話してくれた。

「お嬢がいないことに気付いた主様は、僕に姿を現さず近くで待機するよう、命令しました」

それはきっと、レイには何が起きるか見えていたから。リーヴェを危険に晒さないように、あえてそう言ったんだ。

「だから、僕は全て聞いていました」

「え?」

「お嬢の言葉も、主様の言葉も、あいつの言葉も全て」

リーヴェがあの場にいたことが、信じられなかった。

「主様は、何も話してくれませんでした。お嬢を帰す力があったなんて、一言も」

あの現場を見てたなら、知ってるはずだ。私がレイを罵ったことも、全て。

それでも、リーヴェは私についてきてくれたんだ。全て知った上で、聞いた上で。

「誰かのために存在してきた主様は、理不尽なことも黙って受け入れ、自分を表に出すことはなかったと思います。人の願う神のイメージを、崩さぬよう」

私はレイを、神として認識したことはない。ただ、人間として認識したことも無い。ただそこにいる、家族のような存在として、親しい間柄のような関係だと認識していた。

でも、人々にとってレイは神。誰かのために存在し続けるって、どんなに辛いんだろう。自分のために生きることが出来ないって、とても虚しいよね。

願われるがままの姿を演じるうちに、もう自分が分からなくなったのかな。

人の願う神のイメージを壊さぬよう生きて、それは私といた時も崩したことはない。レイという存在はまるで、そこにないような気がした。

「お嬢の術式のことも、主様は話してくれなかったんです」

「リーヴェにも?」

「はい。初めはすごく混乱してたのに、主様は最初だけで、全てを分かっているかのような立ち振る舞いでした」

リーヴェもそう見えたけど、やっぱり混乱してたんだ。

「そういえばお嬢、聞きました?」

「何を?」

「噂を聞いてきたんですけど、世界の正常化に伴い魔物が増えているそうです」

「魔物? どうして?」

「分かりません。でも、異界への道は確かに閉ざされたはずなんですけど」

え、異界って・・・・・・本で読んだあの!?

それなら、あの神話って。

「あれって事実なの!?」

「え、それは知りませんけど、異界への道が閉ざされたのは事実だと主様から聞きました」

えー、どうせならあれも真実なのか教えて欲しかった。

「神話って、真偽がハッキリしてるのがおかしいと思いますよ」

「そうだけど、やっぱり気にならない?」

「それはなります」

なるんだ。流石リーヴェ、正直者め。

結局家からは何も取り出す気が起きなくて、私たちはただ訪問しただけで帰ることにした。それに、魔物が今はいるという噂がある今、日が落ちると危険だとリーヴェが言っていた。

街はもう、魔物の噂が広まってしまって、人がいつもより少なくなっていた。

「少し、寂しいね」

賑やかさで気持ちを紛らわしていた分、余計に寂しく感じてしまう。

「リーヴェはこれくらいの静けさが好きです」

リーヴェはこう見えて、少人数で騒ぐ方が好きだと言う。だから主都の賑やかさは、少しうるさいと愚痴っていた時があった。

私は・・・・・・本来は、もっと静かな方が好きなんだけど。

人の街で暮らしているから、人の姿が多くなったリーヴェ。私の散歩に付き合う時も、いつも人の姿。レェーグの姿で頭に乗って、堂々と森の中を散歩していた頃が懐かしい。

他愛もない会話をしながら家に戻っていると、家の前にタルナートが立っていた。

「あっ、ストーカー」

「こんな姿なのに、可愛げがないな」

「皇太子って結構暇なんだなぁ~」

「時間を見て出てきてるだけだ」

これも、何回みた喧嘩だろう。喧嘩するほど仲がいいってやつなんだろうけど、リーヴェが毎回喧嘩をふっかけるから、本当に不仲説もある。

それに冷静に対応するタルナートも、なかなか大人の対応をしてる。

見た目だけじゃなくて、中身まで子供なの? リーヴェ。

「こらこら、リーヴェ。・・・・・・タルナート、忙しいのにありがとう」

「ルナーも、体を壊さないように。近頃は寒いからね。それに魔物も出るそうだから、夜は出歩かないように」

「目撃情報とかあるの?」

「目撃情報どころか、被害情報もある。人がさらわれた例もあるようだ。特に子供や女性がね。だからルナーが心配だよ」

あー、あのねタルナート。最近そういう発言するから、近所の人に私は皇太子殿下の婚約者じゃないかって、そんな噂されてるんだよ?

「不審者は近付かないように」

皇太子を不審者扱いするの、リーヴェくらいだと思うけどな。

「・・・・・・そのレイって人は、ルナーにとっても大事な人だったんだろうね」

突然そう言われて反応出来ないでいると、反応したのはなぜかリーヴェだった。

「当たり前です」

「忘れられない?」

「・・・・・・うん」

「会えない人を想うのは、辛くないか? ルナー、父上の言う通り、俺は君に恋をしている。会えない人を想って嘆くよりも、新たな出会いで心を癒した方がいいと思う」

そうだよね、レイはもう会えないし・・・・・・。

ん? ちょっと待って。今なんて言ったの?

「ルナー、俺のところに来て欲しい」

「えぇっ・・・・・・!?」

しかしそれよりも大きな反応をしたのは、リーヴェの方。

「お嬢ダメですよ! こういう男は心が弱った隙を狙って──」

長々と説教を始めたリーヴェVS諦める気はないタルナート、という地獄の絵が出来てしまった。

「だいたいなぜリーヴェが反応するんだ? 俺はルナーに聞いているのに」

「今お嬢は心に穴が空いている状態で、男はそういう心にスルッと入り込む生き物だ!」

「俺は本気だ、ルナーを迎える準備もある!」

「王宮なんか信用出来ない、お嬢をさらったのは宮廷術師なのに!」

「その術師は解雇し、父も非難を受けたことで、既に譲位の話も出ている。だからルナーを迎える準備があると言ったんだ!」

「どんなに綺麗な状況を用意しても、どれだけ浄化活動に専念しようと、君も周りも人間なんだ。人間なんか・・・・・・!」

やっぱりリーヴェ・・・・・・タルナートが嫌いなんじゃなくて、人間を信用してないんだ。リーヴェは、嫌という程人間の負の部分を見てるだろうから。

「人間、なんか・・・・・・信用するべきじゃない」

だから、タルナートがどれだけいい人間でも、信用出来ないのね。

「ごめんねタルナート、少し考えさせて。いつもありがとう」

「少し急かしてしまったね。・・・・・・また来るよ」

家に入ってゆっくりしようとソファに腰をかけると、リーヴェはレェーグの姿になり、私の膝の上で甘え始めた。

「落ち着いた?」

「・・・・・・お嬢が結婚することはいい事なのに、僕は嫌なんです。1人になったようで、他で家族を作って僕のことは厄介者になるんじゃないかって」

そんなこと、考えてたんだ。

「よかったらリーヴェの昔話、聞かせて?」

「・・・・・・はいっ」
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