近世ファンタジー世界を戦い抜け!

海原 白夜

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ターネンベルクの戦い-弾丸が飛び交わない戦場-

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 始まるのは早く、終わるのは遅い。これなーんだ?
 現代の諸君ならきっと悩む問題、しかし近代の人間、それも軍人ならこう答えるだろう。
 
 それは《戦争》だ、ことわざを改変するのなら始めるに易く、終わらせるに難しである。
 銃を知らぬ非文明国を圧倒的な技術力と武器の差で殴り飛ばし、征服地を広げて植民地を作るならともかく、欧州の諸国はかなり喧嘩っ早く、そして停戦することに非常に揉める。

 そもそも、双方の意見が食い違うから始まるのが《戦争》という超法規的手段であり、その最大目標を達成することが最低目標である以上、戦争は簡単に止まらないのだ。
 それが成立するのは、クリミア侵攻の時のように、軍がガタついている時に速やかに目標を達成し、事実上の勝利状態に持って行けた時だけだろう。

「……ヤン=ソヴェスキ旅団長。貴殿らの戦いは非常に勇敢なものでした」
「いえ、それを言うならば、ユンガー閣下の貴下の勇猛果敢な戦いぶりこそでしょう。流石は騎士リッターを冠する方が率いる部隊です」
 互いに笑みを浮かべるものの、その笑みは極めて狂暴で不穏なモノだった。ヤンとしても、ここで全面降伏するわけにはいかないのだ。それは部下たちへの背信行為になる。
 自分たちは、あくまでもポラーブの意思を背負ってここに立っている。そう思わせ、祖国を分割させなければ…その覚悟をもって臨んでいた。

「これは、東部方面軍の総意と言っても良い。貴殿らの勇猛果敢な戦いぶりを評価し、貴殿らの降伏勧告を行いに来た次第だ。条件としては、武装解除を求めるほかに一切の請求を行わないものであるとする。
 …貴軍が壊滅の憂き目に遭遇していることは、分かっているでしょう?それを考慮すれば、極めて寛大な条件であると考えますが?」
「いえ、こちらにはメーヴェルラントを包囲している部隊もいますし、何より国境部隊が動けば我が軍の救出も容易でしょう。一応は貴軍の優位にあるのは否定しませんが…」

 バチバチと火花が飛び交う中、グラウスとフリードリヒ、そしてヤンは互いに苦しい状況を嘘でくるんで相手を威圧していた。

 第二次ターネンベルクの戦いで負けた、それは否定できない事実だ。しかし、それはそうとして第三次・・・は負けるつもりはない。そう虚勢を張っているのを互いに掴んでいた。

(陣地は疲弊してる兵の声で溢れている。一日の休憩はウチにとってのメリットも大きい)
(とか、浅えこと思ってんだろうなぁ)
 ヤンの思考を、少なくともグラウスは悟っていた。
 魔法使いのメリットは、その汎用性の高さだ。特に、2人分の水を1人で賄える能力である。これが揃えば、兵士たちに日々の水を提供することは容易であると言える。
 勿論、こちらの兵站は水を除けばポラーブと全く同様であるが、水を満足に取れるか、取れないか、それだけでも兵士たちの士気は大いに変わるのだ。

「水でもいかがです?魔法使いが作ったモノでしてね」
「……よろしい、いただきましょう」
 気狂いユンガーが差し出してきた水を、ヤンはあっさりと受け取り、そしてそれを喉に運ぶ。

(……普通の水、だな。煮沸された普通の水だ。魔法使いたちは虚空から水を生み出せる…成る程、我らに対する脅しか)
 我らに対して、一つ優位を持っているぞ。お前らが兵士たちを休息させている間に、俺たちはもっと素早く回復しているぞ、と。
 時間をかければかけるほど、増援が辿り着く可能性も高くなり、お前たちに対する処遇はますます悪化するぞ?と。
 
 そう牽制しているグラウス=フォン=ユンガーの前でも、ヤン=スヴェスキは表情一つ変えなかった。流石は貴族の端くれだ。これくらいじゃ動揺しないってか。
 政治家としてもやっていけそうなヤンの前に、こっちもヴァロイセン軍人らしい硬質な笑みを浮かべながら、次々に新しい情報を突き出していく。
 騎兵や砲兵がやってくること、ターネンベルクの戦いはすでに知れ渡っていること。このままでは数倍の敵に押しつぶされること、こちらの兵は継戦能力を未だに維持していること、そしてポラーブ兵を治療・保護していること。
 
「ッ…!?」
「幸いにも、魔法使いたちは簡単な戦時医療程度ならこなせますからね」
 特に、最後の方に露骨に表情を動かしたこと、つまりは戦友を出汁に彼を揺さぶること、これこそが突破口だと俺は確信した。
 フリードリヒが優しい笑みを浮かべる中、あくまでも俺はヴァロイセン軍人らしい硬質な表情を一切崩さずに続ける。

「我が軍は捕虜を丁重に扱う。救える限りは救うとも…しかしそれが後方で我らのサボタージュをすることになったら?それは捕虜ではなくなる…良くお考えになることだ」
 悪役さながらのセリフを吐くと、ヤン=スヴェスキは狼狽する。仲間に対して、これほどまでの愛着を抱いているとは…正直想定外であったが。

「貴様ッ…!人質のつもりか!?誇り高きポラーブ人は、虜囚の辱めを受けるくらいのならば死を選ぶだろう!野蛮なヴァロイセン人の策略には乗らぬ!」

 軽く揺さぶれば、露骨に表情を歪め、彼らを大事にしていると悟らせないための暴言と、心にもない言葉を吐いている彼を、俺は内心で笑みを深めながら、説得材料として利用することを決意する。

「まさか。宣戦布告もなしに我が国に乗り込み、多くの民と兵を虐殺した騎士道を知らぬ蛮族とは違い、我が王国は紳士足る列強だ。我ら部隊は、勿論武装解除し、治療しているポラーブ兵には一切手を出さないとも。
 しかし、だ。ヤン将軍・・

 俺がここで言葉使い、声音、そして表情を硬質的なモノから、ある程度表情を柔らかく、少し緩めて、態度を変えれば、ヤン旅団長の表情は一気に変わる。

「互いに強がりは良そうではないか。我らは誇り高く戦い、ポラーブ兵は補給不足の中、乾坤一擲の決戦に挑み…双方騎士道に則って戦い、痛み分けで終わったのだ。
 そして、互いに万全に戦う力を喪失した…だからこそ、痛み分けで終わろうではないか。
 東部方面軍はともかく、国王陛下もともかくとして、私はヤン将軍の高潔さ、兵士たちの勇敢さ、それらに大いに感服した!できれば、貴殿を殺したくないのだよ」

 これは、間違いなく本音だ…若干の嘘も混じってはいるが。こいつらがどうなろうと、俺はぶっちゃけ構わない。しかし、ヤン将軍…奴は身内に甘い貴族であり、それは貴族として、騎士としては正しくとも…国家運営者としてはまるっきり向いていない。
 しかし、それ故に…奴は手駒として扱いやすいのだ。 

 フリードリヒは、また悪い笑みを浮かべてるよ…と言いそうな表情で、俺を見ているが。失礼な、俺はいつも通りの笑みを浮かべているだろう?

「……ヤン将軍。繰り返し言うが、私は騎士道に則って、騎士リッターと、フリードリッヒ大王陛下から賜った称号に誓って、貴殿と、その兵士たちが蹂躙され、愚か者であると謗られ、殺され、最後の名誉を穢されることを望まない。
 もし降伏すれば、丁重に扱おう。拷問もしないように、私からも頭を下げる…必要とあれば、東部方面軍に怒鳴り込む覚悟もある。将軍、何卒…」
騎士・・ユンガー!我らに対して頭を下げるなど…!?」

 うわぁ…と言いたそうに、僅かに頬をピクリと動かすフリードリヒに対して、俺は表情を一切動かさずに頭を下げ続ける。くだらない誇り、プライドは犬に食わせるべきなのだ。
 俺の頭を下げる程度で戦が終わるのであれば、何百回も頭を下げよう。

「互いにやむを得ない事情・・・・・・・・で衝突したとは言え、貴殿と戦っている中で、感じたのだ。
 卑怯なるポラーブ兵ではなく、やむを得ない事情で戦った…誇り高い将軍と、それに率いられる勇士たちであると、私は感じたのだ」
「ッ!!?」

 そりゃ、関東軍が満州事変を起こしたのだって、根本的に言えば歪んだ愛国心によって生じたモノなのは間違いないのだから。そう言った暴走を引き起こすのは、彼にとって苦渋の決断だった場合が多い。
 その倫理が、行動を引き起こした理由が、本当の意味で終わっていたとしても。
 いわば、暴走を引き起こした理由が、自らしてはいけないことだと本当は察している。弱みになっているのだ。

「…騎士ユンガー。顔をお上げください。貴方の寛大な心に感謝します…貴殿は、部下の命を守ることを約束してくださるのでしょうか?」
「お約束しましょう」
「…ならば、私を切り殺していただけませんか。その代わり、全ての部下の命を守ってくださることを望みます。
 私は、ポラーブ=ヴァルトを破壊しなければならないのです」

 その言葉にフリードリヒの表情が歪み、俺は頬をピクつかせる。まさか、マジで売国行為のために兵士を動かすとは…祖国が破壊されることを前提で動いている狂人であったとは!
 いや、理由は理解できる。悦楽以外で強盗に走るのなら、その理由ははっきりしているのだから。つまりは、餓えの中、生き残るための国家ぐるみの強盗行為である。

「…理由は、仰らずともお判りでしょう。我が祖国は、民のことを顧みれなくなってしまった」
「故に、最後の貴族の責任として、民のために祖国を滅ぼすと」

 ある意味で、俺とは全く対照的な道を選んだと思う。俺は未来知識があったからこそだが、理由は理解できるのだ。恐らく、民相手にも略奪行為を働かなければ生きていけなかったに違いない。
 銃を作ってくれた職人さんが、今は誰も満足に食うことが出来ねぇんだって嘆いてた。

「ヤン将軍は雄々しく戦い、戦死した…そう扱うこともできましょう」
「ならば、反逆者として裁かれた方が良いでしょうな」

 軽口を叩き合えるような空気になったことを互いに悟り、さっきの張りつめた空気は若干霧散する。
 
「成る程…それは致し方ありませんな。しでかしたことは叛逆です。家内については」
「…幸いにも婚約者の家が七年戦争で、東リヴォニアだったのですが…そこで破綻しましてな。良くあることでしょう?」
「それはその通り。あれは被害が多すぎる戦争だった…私の婚約者も同じだった…政略結婚だ。正直顔も知らんまま結婚が決まり、強姦されて顔も知らんまま死んでいってしまったよ」

 メンツを一度潰された神聖グロウス帝国、国王を中傷する手紙を送り付けてしまったことで激怒したポラーブ、元々そう言ったロマンス不倫物語が大好きなブランタリア王国。
 そう言った不運なロマンス話は各地に残っている。俺たちのような木端ユンカーは気にかける者たちがおらず、民衆のように甚振る価値もない連中ではないからこそ、不運にも多くがそう言った悲劇にあった。
 
「それでは、停戦を行う。我が軍はその代わり貴軍の兵の全ての命を保証する。それでよろしいか?」
 伝令に使うような質の悪い紙切れであるが…それでも俺の家紋がポンと乗っている紙だ。口約束の停戦文書如きなら、十二分に成立する代物だろう。それに、貴族らしくスラスラとポラーブ語で署名を済ませたヤンと同じく、フリードリヒとグラウスがライヒ語で署名する。
 
 第二次ターネンベルクの歴史家たちから言われる戦いは、これで終わった。


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