ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第27話 家庭と事情

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…放課後、私は風ちゃん、奈緒ちゃん、菜々ナナ、井口さんは虐めの一件以降休んでいる秋保さんの家に向かう。

いじめにきちんとケリをつけないといけない。
風ちゃんが許す、許さないかは彼女の決める事だが、その道だけは作りたい。

駅を降りて小高い山手を少し上がったところにマンションが見えてくる。

いわゆる億ションと呼ばれるお金持ちが住むと言われる過去の私には全く縁のないところだ。
ちなみに今の俺にとっては安い買い物と言われてしまうのはどこか珍妙な話だが、格差社会の表裏を見てしまっているようだ。

そのマンションのエントランスにつきオートロックの自動ドアの前に立つ。

1005号室。

秋保さんの家に繋がるインターホンを菜々ななが押すと『はい』と丁寧な話し方の女性の声が聞こえてくる。

「あの…すいません、美月さんの同じクラスの七尾です。美月ちゃんに会いにきました」

『…どうぞ』

ガチャっという音の後、エントランスの自動ドアが開き、エレベーターホールに着く。

私達はエレベーターで10階に向かう。
ウィーンと言う音と共に早々と私達を乗せた箱は上へと昇っていく。
体感では通常のエレベーターより早く感じるのはやはりお高いマンションだからだろうか?

10階に着くと広めのテラスが各部屋の向かいある通路を歩き、1005号室の前に立つ。そしてインターホンを鳴らす。

すると部屋からいかにも教育ママと言った壮年の女性が出てくる。

「あの…美月さんは?」

「…あの子に何かご用かしら?転校の手続きとかで忙しいんですけど?」

「転校ですか?」

「そうよ。あんな恥ずかしい真似をして…。外に出すことさえ恥ずかしいのに!!」

私達は愕然とした。
親が自らの子を恥ずかしいと宣っているのだ。
だが、ありえない話ではない。
教育が熱心すぎてそれを拗らせる親がいる事は知っている。

私だって1人の子を育ててきた親だったから気持ちはわかる。
自分の血を引く我が子だ。
そんな子がいじめという問題を起こしたのだ。
親の責任を問われるていう面では親の意思に反している。だが…。

「付き合っている友達がよくないのね。あの子がこんな事を起こす子じゃなかったのに…。あなた達のせいね」

「そんな…」
菜々ナナと井口さんが戸惑う。
そして、私はその発言に驚きを隠せない。

「その言い方はないんじゃないですか?いじめられていたのはこの子なのよ?」

奈緒ちゃんが風ちゃんを指差す。
風ちゃんは自分のことを言われた為もじもじしている。
その様子を秋保ママは冷めた目つきで見てくる。

「…そうなの。それは悪いことをしたわね。付き合ってきたその子達が悪いのよ」

「その言い方はないと思うんですけど?」
私は初めて口を開く。

「なんでかしら?うちの美月が悪いっていうの?」

「そうですね。この子たちが一方的に責められるほど何もしてないわけじゃないです。それに、あの子は久宮さんに謝っていない。それだけは確かですから」

「そう。じゃあ私が代わりに謝るわ。ごめんなさいね」

秋保ママが投げやりに謝罪してくる。

「もう、いいかしら?あの子は転校の準備で忙しいの。帰ってくれる?」

「その言い方はなんなんですか!!」
私は秋保ママの言い方に腹が立って怒鳴る。
美月ママはぁ?と言った表情で見返してくる。

「あなたは本当に親なんですか?自分の娘が悪いことをしたら一緒になって謝らせるのが親でしょ?」
怒りで私が一歩踏み出すと菜々ナナと井口さんが止めに入る。

「だから私が下げたくもない頭を下げているんじゃない!!子供の分際で…」

「そうですね!!あなたみたいな親の子に生まれた美月さんはかわいそうですよ!!」

「なんですって?」

「子供が悪さをしたら謝ることなんてみんな知っているわ!!親ならそう教えるはず!!それなのに、あなたは謝らせずに逃げようとさせる、それでいいの?」

「あの子が謝る必要ないじゃない。あの子はあなたたちと違って優秀なの!!こんな事で無駄な時間を割いている暇はないのよ!!」
あちらも頭に血が上ってきているのが分かる。
だが、食い下がる必要はない。
食い下がればあの子はろくな大人にならない。

「優秀ってなんですか?だったら人をいじめてそのまま逃げていいんですか!!優秀なら人の気持ちもわかるように育ててあげられないんですか!?」

「黙りなさい!!」 
ヒートアップする私達に風ちゃん達はオロオロする。

億ションの家の前で喧嘩をするマダムとJC。
なんとまあ滑稽な絵なんだろうとは思うけど、そんなの知ったこっちゃない。
ただ、近所の人が出て来ない事は驚きだった。

ガチャ。
玄関のドアが開く。
秋保さんが部屋から出てきたのだ。

「美月、入ってなさい!!」
秋保さんが出てくるのを見た秋保ママは鬼の形相で言い放つ。それを無視して秋保さんはズカズカとこちらに近づく。

「美月!?こんな子なんかほっときなさい!!あなたに良くないわ!!」

「お母さんは黙ってて!!行こう、菜々、香澄!!」
というと彼女は風ちゃんの手をつかんでエレベーターの方へ向かって歩いていく。風ちゃんは手を引かれ戸惑い、奈緒ちゃん達も慌てて後を追う。

「美月、あなた!!」
エレベーターに乗った秋保さんを追う秋保ママを私は手で制する。

「来ないで!!」
私以外が乗ったエレベーターが閉まる。
一瞬秋保さんと目が合い、うなずく。
その意図がわかったわけではないのだが、なぜか通じるものがあった。

ドアが閉まると同時に美月ママはへたり込む。
その様子を横目で見ると、私はエレベーターの下のボタンを押す。

「あんな子じゃなかったのに…」

「…子供にも考えがあるんですよ。それをあなたが抑える事がしつけじゃないですよ」

「子供のくせに知った口を聞かないで…」
そんな事を口走る私を睨みつける。
その目線を無視して私はエレベーターに乗り込む。

「わかりますよ…。親の気持ちも子の気持ちも…両方経験してるから…」

「えっ?どういう…」
秋保ママが全てを言い終わる前にエレベーターが閉まる。

エレベーターの中で1人になった私は昔のことを思い出す。

子供にこうなってほしい、賢くなって欲しい。そう言った願望は親なら誰にもある。
私も冬樹に対して理想がなかったわけじゃない。
だが、子供の気持ちを押さえつけたり縛ってしまうべきではない。
それで取り返しのつかなくなってしまった人を私は知っている。

そんな事にはなって欲しくはない。
話し合い、互いの思いを尊重して欲しいと思う。

エレベーターが1階に降りると、そこには5人の姿があった。私は5人に合流する。そしてマンションを後にする。

「…どうしよう」
感情が昂る秋保さんを抑えていた井口さんが口にする。残念ながらこの近くに中学生が急に止まる事のできるファミレスはない。

「…じゃあ、あたしの家にくる?お母さん、まだだ帰ってこないから」
菜々ナナが口走る。

「…そうしようか」

歩いて10分のところに菜々ナナの住むアパートに到着する。そして2階に上がり、部屋へと案内される。

「どうぞ…」
菜々ナナが小さな声で呟く。
室内は散らかっているわけではないが、生活感の溢れる部屋だった。ただ、女性もの靴しかないのが気になった。

「私、初めて菜々の家に来た!!」

「私、シングルマザーだから…」

….うん、家庭にはそれぞれあるよね。
生まれて36年、私ほどぶっ飛んではいないが改めて家庭には家庭の事情があると思い知った5月の夕方だった。
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