Vtuberになりたい君と辞めたい俺

黒瀬カナン

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体育祭・前編

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体育祭当日……。

俺と藤浪と八坂さんが自分の参加種目の番が回って来るのを待っていると、坊主頭の生徒が俺達の元に駆け寄って来る。

「アニキ、ジュース買ってきやした!!はい!!八坂姐さんも!!」

「あ?俺にはねぇのかよ?」
そう言いながら坊主頭は俺と八坂さんにアクエリアスを手渡して来る。

そのジュースを受け取った八坂さんは「あ、ありがと……」とお礼を言い、自分だけなかった事を不服な藤浪が坊主頭を威圧する。

「ある訳ねぇだろ?アニキと姐さんは今からこの大舞台で華麗なダンスを披露なさるんだ。何もしねぇ藤浪にある訳ねぇだろ!?」

「あ、あの、喧嘩はやめようね?ほら、遊佐くんも何か言ってよ……」
一触即発の坊主頭と藤浪の間に入りケンカを止めようと八坂さんはこちらを向く。

が、俺にはその言葉が耳に入っていなかった。
二人のやりとりに俺は感動していたからだ。

坊主頭の言ったアニキという敬称を聞き、喜ばずにはいなかったのだ。

なんせ、普段は配信で美少女扱いをされている俺にとってアニキという言葉は自分が男である事を再認識させてくれるのだ。

そんな様子に八坂さんは「遊佐くん?」と感動に呆けている俺を見る。

「第一、テメェはアニキとなれ慣れすぎんだよ!!3歩下がって歩きやがれ、このクソオタク!!」

「あん?遊佐の唯一無二の親友である俺がなんでそんな事をしなけりゃなんねぇんだよ?なぁ、遊佐!!」
なぜか俺を取り合う二人に数人の女子が黄色い悲鳴をあげる。

リアルでBLを見ることなんてそうはないのだ。

それに、現実で見たところで気持ち悪いことこの上ないのだが、イケメンである藤浪と坊主頭と体育の授業以降、なぜか株を上げた俺の組み合わせに裏では薄い本が出回っているという噂もある。

「遊佐くん!!」

「はっ!?」
八坂さんの声に俺は正気に戻る。

「二人を止めてってば!!」

「止めるったって……。俺のために争わないでって言えばいいかな?」

「はぁ?」
正気に戻っていると思っていたのにはどうやら俺だけのようで、その言葉に彼女は怪訝な顔をする。

男同士の争いにそのセリフは不毛だからだ。

「何バカな事を言ってるの!?また薄い本が出ちゃうよ?」

「……また?」
俺の言葉に、八坂さんは失言をしてしまった事に気がつき、両手で口を塞ぐ。

その様子を見て、俺は「やーさーかーさーん?」と、笑顔でにじり寄ると、彼女は目を泳がせる。

「またって言うことは、見たことあるんだね?」

「サア、ナンノコトカサッパリ……」
問い詰める俺に八坂さんはカタコトでしらを切る。

その泳ぐ視線とカタコトな口調に頭が冴える。

「さてはお主、それを一冊でも持っている……と?」

「いや、断じてそんな事はこざらんですよ!!」

「じゃあ、なぜ慌てる?持っていないのなら堂々としておけばいいじゃないか」
なおもにじりよる俺に、八坂さんはもはやこれまでと観念したのか、開き直りを見せる。

「ええ、持ってますとも!!作者の数だけ名作がある訳で、手探り次第購入してますとも!!」

「へぇ……、そんなにあるんだ」

「しまった!!」
再度失態を犯す彼女に、俺は笑顔を浮かべる。

「じゃあ、今度見せてね?」

「いや、それは……」

「み・せ・て・ね!!」
これでもかというくらいに圧をかけると、彼女は観念し、「はい……」と涙を見せる。

誰が好き好んで自分の薄い本を見たいというのかね?
フォニアのものであればいざ知らず、男の薄い本に需要はない!!

当然持ってきた時点で処すに決まっている。
さて、どう処す?八つ裂き?火破り?

そんな事を考えていると、八坂さんは涙ながらに溢す。

「うー、酷い。なんかフォニアちゃんに圧をかけられたみたい」

「そ、そりゃあ、姉弟だからね」
その言葉に焦った俺は焦って言い訳を並べる。

だが、彼女にはフォニアは実家にいる双子の妹だと話をしているのだ。

遊佐一彩として生きてきたものの、最近まではフォニアとして声を発することが多かったせいか、無意識に普段(はいしん)が出てきてしまうのだろう。

……気をつけねば。
そう固く誓う俺に、彼女はなおも言葉を続ける。

「はぁ……、早くお話ししてみたいなぁ……」
その言葉に俺は慌ててしーっと言うと、八坂さんはそれに気付き、口を閉じる。

最近では校内でシンフォニアが増えてきているのだ。
どこで誰が話を聞いているのかわかったものではない。

ただ、彼女のいう通りだ。
まだ二人のコラボというものをしていない。

いずれはする機会も訪れるのであろうが、まだその勇気はないのだ。

「それよりお前ら、いつまで言い争ってんだよ」
八坂さんとの会話を切り上げた俺はなおも睨み合いを続ける藤浪と坊主頭に告げると、二人はしゅんとする。

「藤浪はいつ親友になった?」

「はぅあ!?」
俺の言葉で一刀両断された藤浪は大袈裟によろけると、坊主頭はざまぁと言わんばかりにゲラゲラと笑う。

「お前もだよ、茶楽!!」

「えっ、俺も!?」
俺の言葉を聞いた坊主頭は自分を指差す。

こいつは以前、俺にケンカを売ってきたチャラ男だった。その日以来、チャラ男はしなくてもいいと言っているにも関わらず坊主頭にし、自主的に舎弟になったのだ。

それ以降、彼は真摯にダンスに向き合い始め、今までのようなチャラさは影を潜めた。

将来的には世界的なダンサーに成長するのだが、その時の会話がきっかけとなったと彼はのちに語る。

が、そんな未来のことを知る由もない俺は彼に対しても藤浪と同じような対応をする。

「あの時も言ったけど、俺は舎弟なんていらないだよ。だから、普通に接してくれると助かるんだが」

「いーや、それは出来ないすね!!」

「どうして!?」

「それはあの時の兄貴の言葉に目が覚めたからに決まってるじゃないっすか!!それに、兄貴の動きを見ていれば俺も何かが掴めるような気がしてるんっすよ」
力説をするチャラ男……、いや、元チャラ男?あれ、名前が茶楽だからチャラ男でいいのか?

頭がこんがらがってきた俺に、チャラ男のチャラは話を続ける。

「あんな言葉とダンスが踊れるのはすげぇ修羅場を潜ってきたやつにしかできないっす!!だから俺、アニキについて行こうって決めたんすよ!!」

「んな大袈裟な……」

「いや、大袈裟じゃないっす!!」

……まぁ、確かにフォニアとして数ある修羅場は潜ってきたが、遊佐一彩としては何一つしていない。

その温度差に俺は言葉を失う。

『続きまして、2年生による競技です。その後、3年生の演じるダンスになりますので、三年生は所定の位置に集合してください』
体育祭実行委員がそう話すのを聞き、チャラは「あ、次っすね」と言って自分のクラスに戻る。

その間際に「アニキ、姐さん!!二人のダンス、期待していますよー」と、言っての方へ走っていった。

俺と八坂さんはその声に苦笑いで手を振ると、先程までショックを受けていた藤浪が、俺に這い寄って来る。

「ゆーさー!!」

「わぁ、びっくりした!!なんだよ、藤浪!!」
まるでゾンビのような動きでまとわりついて来る藤浪を俺は必死に剥がそうとするが、なかなか離れない。

「なぁー、ゆーさー。俺たち、友達だよな?」

「そ、そうだよ!!だからどうした?」

「親友だよなー!!」
うめくように言ってくるヤツに気持ち悪さを感じながらようやく引き剥がしに成功した俺はキッパリという。

「親友じゃなかったら,毎日一緒にいねぇよ!!」
その言葉に藤浪は先程までゾンビのようだった顔が浄化されたような明るさを取り戻す。

「だよな!!だよな!!大親友よ!!」
おべんちゃらが通じないのか、単純なのかはわからないが満面の笑みを浮かべる藤浪に苦笑をしていると、八坂さんが他人事のように、大変ねーと口にする。

だが、その後に彼女はポンと、俺の肩を叩く。

「私は?」

「へ?」

「じゃあ、私は?」

……あなたもですかぁい!!
もはや俺中心にボケだらけの空間にツッコミが追いつかない。

それに、男と女では友達と言う言葉の意味が違う気がするのも事実だ。

俺はくるりと彼女から少し距離を取ると、早足で歩き始める。

「あっ、ちょ!!」
ぼっち特有の人を避ける能力を使って人混みを掻き分ける俺に彼女はついて来れない。

彼女を友達と言うには遠すぎるし、知り合いと言うには近すぎる。ましてや、彼女はうちの研修生と言うだけの関係でしかないのだ。

どれも言葉にはしづらかった。

だが、その時間稼ぎにも限界がくる。
なんせ、集合場所の隣に座るのもまた、彼女なのだ。

そこに座ればいずれは彼女も来るのだ。
それまでには答えを考えねば……。

そんな事に思考をめぐらしていると、早くも自分の座るところについてしまう。

俺と八坂さんの為だけに作られた空間の片割れに座り、断罪の沙汰を待つ罪人の心もちで彼女を待つ。

俺にとっての彼女はなにか、それは……。

「「あっ!!」」
適当な言葉を見つけた俺を彼女が見つけるのはほぼ同時だった。

「追いついた!!さぁ、遊佐くん、観念して吐きなさい!!」
息を弾ませる彼女に、俺は観念したふりをしながら、用意した言葉を伝える。

「俺にとって八坂さんは……」

「……ゴクリ」
俺の言葉を待つ八坂さんに混じって周辺にいた生徒達もこっそりと聞き耳を立てる。

だが、残念ながら、彼らの意に沿うような答えは返って来ないのだ。

なぜなら俺にとって彼女は……。

「フォニアのガチ恋オタクのストーカーだね」
その発言に周囲の生徒たちは衝撃を受ける。

ドキドキ、ワクワクの告白劇かと思いきや、なんと学校のアイドルをストーカー扱いしたのだから無理もない。

その空気から、俺は死をも覚悟する。
なんせ彼女がその話を聞いてショックを受けて項垂れているのだ。

彼女のファンに殺されても不思議じゃない。
だが、俺の心配をよそに、八坂さんは肩を振るわせる。

……泣いてる?
誰もがそう思ったであろう。

次の瞬間、彼女の口から微かに声が漏れる。
だが、泣き声ではない……笑い声だ。

ポカンとする周囲の空気に耐えかねたのか、彼女は次第に声を上げると、大笑いを始める。

「ははは、その通り!!その通りだよ、一彩くん!!」

「「「は?」」」
その反応に周囲は困惑する。

無理もない。
通常であれば悪口だ。

だが、それを意に介す様子も見せない彼女に驚くのも無理はない。

そんな俺たちをよそに、彼女は話を続ける。

「フォニアちゃんのガチ恋勢!!それはシンフォニアとしては誇るべきだよ!!」

でもね……。
そう口にした瞬間、スピーカーがその話の腰を折る。

『続きましては、三年生によるダンスです。男女の織りなす剛柔対になるダンスをご堪能ください!!』
その声に周囲はさっきまで見せていた空気感をかき消すかのようにサッと立ち上がりはじめる。

その流れに乗り遅れた俺が立ち上がる事が出来ずにいると、八坂さんは俺に手を伸ばす。

「あ、ありがとう」
その差し出された手を掴むと、俺はお礼を告げる。

すると彼女はおもむろに俺に近づき、一言俺に告げる。

「でもね、私はあなたを追っかけたことは正解だったって思うよ……」

「……それって」
俺の戸惑いに彼女は意味深に笑うと、俺の手をゆっくり離すと、もう一言告げる。

「だから、今度は私を見ててね!!」
そう言って、彼女は集団の中に紛れ込む。

訳の分からないまま、その集団に俺も続いていく。

さぁ、ダンスの始まりだ……。
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