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第1話
しおりを挟むこの俺、レジード・イルケシスの人生は、そう悪いものではなかったように思う。
強がりじゃあない。
たとえ今、山奥のあばら屋で、すきま風になでられながら床に伏しているとしても。
生涯の目的を、80余年かけても達せられなかったとしても。
ずっと……『村人』であったとしても。
俺は満足している。
それなりに。それなりにな。
「お師匠ざまああ゛あっ……!」
粗末なベッドのかたわらで、色白の少女がぼろぼろと泣いている。
しゃんとしていれば、俺のような田舎者から見ても、途方もない美人だというのに。
今は涙と鼻水で、顔がめちゃめちゃだ。
エルフの証である金の瞳も、今は悲しげに垂れ下がっている尖り気味の耳も、なんとも見ていられない。
「死なないでぐだざあい、お師匠ざばああああ!」
「無理を、言うな……寿命というやつだ」
「それにしたって! あと200年くらいは、普通大丈夫じゃないですかあ!」
「その感覚だけは直せと、俺は何度言った……?」
「5638回ですううう!」
「まことか」
「このパルル! 無粋な下級エルフといえど、お師匠さまの教えを数え間違えることなどありえません!」
「たいへんなまじめさは評価するが、教えをなぜ、覚えるのでなく、数える……っ?」
激しくせきこんだ俺の胸に、エルフのパルルが細い手をのばし、しかしビクッと止める。
どうすればいいのかわからないのだろう。
我が生涯、たった1人の弟子。
初めて出会ったときから、その愛らしい容姿こそほとんど変わっていないが。
「おまえには、悪いことをしたな、パルル……結局、望んだ修行を、つけてやれなかった」
「そんな……! そんなことありません! パルルはお師匠さまの弟子であれて、幸せ者でしたあ!」
「何を言う。おまえも、『勇者』になるのが目標だろう……この俺と、同じくな」
「は……はい」
「おまえには、しかし、感謝している。最後まで、ただの村人のままだった俺の修行に、ずっと付き合ってくれた……地道なことばかりで、嫌になることもあっただろうに」
挙げ句、このざまだ。
俺は満足しているが、それは俺が人間で……もうまもなく、死ぬからだろう。
パルルの修行は、きっとこれからも続く。
せめて、その道しるべとなってやりたかった。
「思い出す、な……日々の鍛錬。繰り返した腕立て腹筋のおかげで、この年まで病気ひとつせずにはすんだが……」
「ええ……わたしが10回腕立てをこなす間に、お師匠さまは1000以上をこなされ続けました。結局、その圧倒的なまでの差を縮めることもできず」
「畑も耕したな。農耕も修行の一環。おまえは文句ひとつなく、よく尽くしてくれた」
「ええ。ええ。山ひとつ完全に伐採してまるまる畑にするのは断じて村人1人の仕事じゃない、というパルルの意見。よくも事ここに至るまでスルーしてくださいましたねえ」
「狩りも……幾度も行った。修行とはいえ、楽しい思い出だ。おまえとともに鳥を射たことも、イノシシを得たことも、俺は忘れない」
「パルルも忘れません……! ドラゴンやらグリフォンやらを鳥とカウントし、大主魔猪をかたくなに大イノシシと言い張られるどえらい認識格差! そこまでいくともう、お師匠さまは、い、1周回ってわたしの誇りですうっ……!」
はは、と俺は口の端で笑った。
ぼろくそに泣いていても、パルルはいつも通りだ。想いを伝えんとばかりによけいなことを言う。かわいいものだ。
彼女なら、きっと叶えてくれるだろう。
俺のかわりに。
俺の、夢。
目標。
勇者の適性。
……なぜ俺は、村人の適性をもって生まれついたのだろうか。
強くなれば、村人の己であっても鍛えれば、いつか勇者となるチャンスも生まれると思っていた。
しかし今、俺に残っているのは、70年前に生家を飛び出したときにもらった魔除けのペンダントがひとつと、1人の弟子だけ。
……いいや、だけ、などと言ってはなるまいな。
パルルは、俺には過ぎた弟子だった。
それでも、むなしさがまったくないと言えば、さすがにうそになる。
うそにはなるが――
「弟子よ……」
最後の力を振り絞り、俺はパルルに手を差し伸べた。
――スキル 『村人』 水ランク98+風ランク95+地ランク97
――擬似的顕現・神聖技能<引くぐらいきれいな水>
うっすらと光を帯びた水の球が、俺の指先にぷかぷかと浮かんだ。
慌ててパルルが取り出した革袋の中に、それはぱしゃんと落ちる。
「ふうぅ……。持っていくがいい」
使い果たした力で、それでも俺は微笑んだつもりだった。
「これが、村人の、せいいっぱいだ……」
「だからあ! 高ランク調整したスキルの複合で聖水生成するとか、王都の大賢者でも絶対できないですってばあ!」
「おまえは、いつも、そうだな……師を立ててくれる、よい弟子だ……」
「事実なだけなのにいいいいい最後までええええええ」
確か、元ネタのスキルは、聖水<ハイプリエステス・ブレス>といったかな。
俺のはしょせん、村人スキル。
組み合わせただけ。まねごとにすぎない。
情けないな。
今際のきわにすら、こんなことしかしてやれないとは。
「わずかばかりの聖水だが、うまく、使って……今度こそ、どこかの勇者の、弟子……に」
目がかすむ。
いよいよか。
パルルの泣き声が遠ざかり――かわりに、別の女性の声が、耳に響いてきた。
(レジードよ)
これは。
俺の、記憶の中の声……そうだ。
母上。
遠く、イルケシス〔勇〕家におわす、なつかしき我が母上の声だ。
(レジード。我が子よ。どうしてもゆくのですね。母はもう、止める言葉を持ちません)
そうだ。
旅立ちの日、確かにこうおっしゃっていた。
今の今まで、思い出すことなくいられたのに……本当に、最期ということか。
申し訳ありません、母上。なさけない息子でありました。
あらゆる職業の頂点に君臨する特殊ジョブ、勇者。
その恩恵を日々受けている母上ならば、それこそパルルの言うように、今なおご存命やもしれぬ……200年はさすがにどうかと思うが。
最期にひと目、お会いしたかった。
(イルケシスに生まれながら、勇者適性を持たざるおまえを……よりにもよって、村人でしかなかったおまえを守る力が、母にはありません。せめて、この魔除けのペンダントを持っておゆき)
とんでもありません。どうか嘆かないでください。
(おまえの義兄たちの目を盗んで持ってこれる物といえば、これくらいしかありませんでした。無力な母をゆるして、ゆるしてねレジード)
母上の魔除けは今このときも、我が首元にかけております。
生涯片時も、離したことなどありません。
(このペンダントの宝石は、唯一無二の魔珠。転生宝珠と言い、その名の通りの物です)
母上。
そんな貴重な物を、ありがたく。
ははう……
……………………
…………
……
あっ。
(これからおまえは、『精霊との一体化』をはかるため、厳しい修行に励むのでしょう。万一、あやまって命を落とそうとも、一度だけ転生というかたちで助けてくれます。その結果、また巡り会えるかどうかはわからないけれど……さらばです、息子よ。義兄たちに見つからないうちにお行き。さらばです)
母上。おお。
転生とはやはり。ありが、いやそうじゃない。
忘れていた。
実家がキライだから、それごとまるっと。
すまん、すみません母上、いやだからそうじゃなくて。
「お師匠さまああああああああっ――」
パルル!
俺は死なない。
いや死ぬのは死ぬのだがまたもう1回、あっダメだ声が出ない。
指すら動かせない。
この体はもう終わりだ。
なんということか。
我が弟子よ。重ね重ね、本当にすまん。
どうか、どうか。
達者でな……!
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(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
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