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第3章 前衛タンク
第99話
しおりを挟む「ご安心くだされ、姫」
にこ、と笑顔を以前のものに戻して、ユグスは続けた。
「昔のことなど、もう何もお悩みになる必要はない。これからはこの地下牢で、静かに生活していってくださればよいのじゃからな」
「わ……私を、こ、殺すのか……!」
「話はちゃんと聞け。誰が殺すものかよ、やっと手に入れたというのに」
「て、手に……? なにを言って……!?」
「ワシは姫が大好きなんじゃよ! 身の程知らずぶりがかわいらしゅうてのう。長年連れ添った情もある」
「……ヘドが出る……!」
「じゃから姫には」
ユグスの口が、ぱかりと大きく、耳のあたりまで裂け開いた。
人のそれにしては赤すぎる舌が、ぬらぬらと光っている。
「ワシの子を産んでもらうんじゃ」
「……は……?」
「オスとメス、10ずつほどは欲しいかのう。この城の環境は厳しいでな、半分も生き残れんじゃろうから。なるべく多くな」
「ちょ……っと、は? き、きっ、貴様……ま、魔物の分際で、わ、私を犯すつもりか……!?」
「そんな言いかたはうれしゅうないのう。ここは拷問もできる地下牢じゃが、放し飼いにしてやるし、ラグラドヴァリエ様に恭順を示すならちゃんと個室を与えよう。ワシの幼妻としてのう! 6回りほど年の差はあるが、ええじゃろう?」
「虫唾が走る!!」
強く言い放つセオリナの両手。
先ほどから小刻みに震えているそれを、ユグスが見逃すはずもない。
嫌らしい笑みが、さらに深まった。
「そう心を乱さずとも、姫の伝説はこれからも続きますぞ? 帰らずの洞窟で幻覚相手に戦っている勇者隊のマヌケどもは、な~~~んにも気づいておらんからなあ」
「幻覚だと……!?」
「姫も気づいておらなんだか! ほっほっほっ、つくづく無能どもよ。ワシが作ったあのカメレオンドラゴンの魔力に呑まれた者は、みな幻覚の中で都合の良い夢を見る。普段通り、セオリナを先頭にして戦い、普段通り勝利する夢をな」
「わ……罠、か。アリーシャの、言った、通り……!」
「ポンコツとはいえ聖剣を持つ姫と、案の定アリーシャには効かなんだゆえ、城で処理することにした。部隊はいまごろ凱歌を上げとるだろうよ。まあ、もっとも……」
ユグスがゆっくりと近づいてくる。
セオリナは動かなかった。
すぐ背後が壁だとわかっているからか。
それともすでに――心のどこかで、諦めてしまったからか。
抵抗は無駄だと。通用しないと。
「ロームンの小僧は、殺しておくよう言いつけてあるがのう」
「!! な……んだと……!?」
「あやつだけはカンが働く。騎士としての実力も申し分ない、入れ替わらせるニセモノの姫に気づくやもしれん。第3勇者隊、初の殉職者になってもらわねば」
「やめっ――」
「心配ご無用。ちゃんと3倍給金を適用させるからのう」
絶句するセオリナの前で、ユグスが地下牢の壁を指さす。
掛けられていた真っ黒い鏡が、ぼんやりと昏い光を宿した。
「どれ、カメレオンめの仕事ぶりを見てやるとするか。歓喜する勇者隊の横で、1人骸と化しておるロームンをのう」
「や、やめろ……やめて……!」
「そういえば、ロームンは身のほども知らず、姫に惚れとったようじゃな? おお、せっかくじゃ。ロームンの亡骸のとなりで、姫を孕ませるとしようか」
「ひッ……!?」
「ふっひょっひょっひょっ……ひょ、む?」
ユグスが眉をひそめる。
帰らずの洞窟を映し出すはずの鏡は、黒く曇ったまま変化しなかった。
時折、なにかの影響を受けているかのように、ざざっと小さな音をもらしている。
「なんじゃい……? 壊れよったのか? そんなはずは……う~む……?」
「ろ……ロームン! 逃げてっ! 逃げてくれ! ロームン!」
「わははははなんじゃそりゃ、えらくかわいらしいのう姫! 聞こえるわけがなかろうが! よしんばロームンがまだ生きとったとしてものう!」
「おっ……お、お願いだ、なんでもする。なんでもするから、だ、誰も殺さないで……」
「ほお~、なんでもか? ククク、そうじゃのう、なら……自分で服を脱いでもらおうかの?」
セオリナが唇を引き結ぶ。
アルリオンの刀身が、再び淡く明滅した。
しかし、その柄をにぎるセオリナの指からは、徐々に力が抜けていって――
「話、終わりか?」
弾かれたように、2人は振り返った。
追い詰められていたセオリナから、いくばくも離れていない場所。
棺桶型の拷問器具にもたれかかっていた男が、ぽりぽりと頬をかいた。
「終わりなら、俺からひとつ聞きたいんだが……」
「ぜ……っぜ!? ぜ、ぜぜぜぜっ……!?」
「テミティを追放したのは、あいつが強すぎるからってことでいいのか?」
「ゼルスンッ!? じゃとお!?」
「おう。ゼルスン元2等兵でありますが、それはまあいいとして」
大口をさらに大きくかっぴらいて驚愕するユグスに対し。
コツンとかかとを鳴らしたゼルスンは、立ち尽くすセオリナを静かに覗きこんだ。
「なあ? 暴走して勝手に死にそうだから追放したって言ってたのはうそで、強すぎて自分の邪魔になりそうだからどっか行ってもらった、と。そういうことでいいのか?」
「なんじゃゼルスン貴様っ、ど、どこから入った!? いや入ったというか、ど、どうやってここまで……!?」
「仮にテミティがそうなら、同じく追放された俺もそうということになって、いささか照れるというか面はゆいというか、ちょっぴり赤面の心地」
「お、おい!? 貴様聞いとるのか!? このっ――」
「なあユグス?」
「うぐっ……!?」
突如、顔を向けたゼルスンに、ユグスがたじろぐ。
かつてない、圧倒的な得体の知れなさ。
加えて、話などいっさい聞く気がないという態度だけは、しっかり伝わってきている。
「さっきのお前たちのやりとりだと、いまいち確信が持てない。テミティはすごかったのか? そうでもなかったのか? どっちだ?」
「な、なにを……! ええい。あのアリーシャにかしずかれとるし、ただ者でないとは思っとったが。貴様ゼルスン、いったい何者じゃ!?」
「教えるのはいっこうに構わんが、先にこっちの答えが聞きたい。テミティは、俺は、どうして部隊を追放されたんだ? なあ?」
「く、ば、バカにしとるのか……!? バカにしとるんじゃな!? 状況を見て物を言えよ小僧!」
「状況?」
「もはや部隊でのやさしいワシではない! 龍魔王ラグラドヴァリエ様がしもべ、ユグスゾロニエをなめるなあ!!」
ジャッ、と石畳をこすって、ユグスの尾が走る。
セオリナにそうしたのと同じく、ゼルスンの全身を縛めようとして――
ユグスの目から、つゆほども視線をそらさぬまま。
ただゼルスンの突き出した2本の指。
その指の間に吸い込まれるかのように、尾が絡め取られるべくして絡め取られた。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は8/25、19時ごろの更新です。
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