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第3章 前衛タンク
第101話
しおりを挟む「な、なんじゃあ……!? 元2等兵の魔王、じゃと!? ふ、ふふ、ふわっはっはっはっはっ! 笑わせおってこやつめ!」
両目を見開いて固まってしまったセオリナをよそに、ユグスがせきこむように笑った。
「何をほざくかと思うたら! ずいぶんと設定を練ってきたのう、まったく最近の人間は! 魔王ゼルス!? 聞いたこともないわい!」
「……お前、ユグス……ラグラドヴァリエに、ぜんぜん信頼されてないだろ」
「ッ!? な、なっ、なななな何をぬかすか!? ワシはなあ、それはそれは長いことラグラドヴァリエ様にお仕えして!」
「長いだけなんじゃないのか? ま、第3勇者隊に潜伏してた、ってこともあるのかもしれんが……つい最近、御大将みずから牽制に来た相手の名前、腹心の部下に伝えてないわけないだろうからな」
「な、なんじゃとお……!?」
「さてセオリナ。どうする?」
体の正面を姫勇者に向け、魔王ゼルスが静かに問う。
「部隊は無事。目の前に魔王。セオリナが勇者なら、さあ、どうするんだ?」
「待てい、貴様! 本当に魔王なら、こ、このラグラドヴァリエ様の城で何をしておる!?」
「なんてまあ、イジワルしたいわけじゃないけどな。セオリナが勇者とは呼べないことは、俺にもなんとなくわかってた。いくつか根拠もあるんだけども」
「おのれ侵入者め! 者どもであえであえ!! 無謀な魔王が攻めこんできておるぞ!!」
「まずその剣の――」
「さっさと排除してラグラドヴァリエ様への忠誠を示してくれるわ!! 死ねいゼルスン――」
「<獄壊暴槍>」
ズドン!!
という炸裂音と同時、ユグスの巨体が吹き飛んだ。
余波で地下牢の壁が砕かれ、城全体が鳴動し、天井からぱらぱらと砂や小石が落ちてくる。
セオリナの耳の奥で、キーンと音が鳴り――
気づいたときには、ただ見上げていた。
いつのまにかへたりこんでしまった姿勢で。
目の前に立つ、圧倒的な男を。
「……ま、<獄壊暴槍>を使えたのは、よかったことにするか」
なにやらぶつぶつ言っていたらしい彼の声が、ようやく鼓膜に響いてくる。
「最近この技、効いたことなかったもんな。使う相手が相手すぎて。ほんとは強いんだぞ。すごいんだぞ。まあラグラドヴァリエにもたぶん効かないけど……」
「ゴハッ……!?」
今度は、せきこむようなではなく、せきこんだ声。
胸のまんなかに風穴を開けられたユグスが、震えながらもまだ顔を上げ、ゼルスをにらんだ。
「き……っ貴様、ごふ、い、いったい……!?」
「いったいも何も。自分は確かに、お願い申し上げたはずですぞ、ユグス殿?」
「な、な……!?」
「アリーシャをよろしくお頼みする、ってな。見事に約束を破ってくれた。その上、あの子の体を狙ってただと……? 貴様初めて、俺を怒らせてくれたな」
「ごぶっ、ごはっ……! く、ぐ、ぐそおおおおおおお……!!」
「このゼルスの前でチョーシぶっこいた代償は――」
「死ねええええええええ!!」
「受けてもらうぞ」
カッ、と口の中に火球を生み出したユグスを。
その炎ごと、漆黒の槍が貫いた。
まばたきほどの間に2本、3本、4本5本6本――
地下の城壁すらもぶち抜いて、すべての<獄壊暴槍>が同時に爆ぜる。
粉微塵になるユグスに、ゼルスは小さく鼻を鳴らした。
「だいたい、わかれよ……力の差ぐらい。部隊にいる間に、正体を看破できなかったって時点で」
「…………」
「こんな小物にまかせてたってことは、ラグラドヴァリエも第3勇者隊の計画には大して期待してなかったな? うまくいったことを望外に思ってるなら、アリーシャけっこう危ないか……、ん?」
ゼルスが、地下牢の入り口を振り返る。
ワギャワギャと鳴き声もやかましく、武器を持ったゴブリンたちが押し寄せてきていた。
何度も響いた轟音のせいだろう。
「なんだ、うっとうしい……まあもういいけどよ、テミティのこともわかったし。上行くか――」
「おまかせを」
ぶわっ、と地下牢内の闇が渦巻いた。
驚きおののくゴブリンたちの前で、床にわだかまった暗黒のかたまりが金髪のツインテールを生み出す。
「ゼルス様は、ごゆるりとなさってくださいませ」
「なんだマロネ、いたのか。だったらもっと早く出てこんかい」
「うふふふ、だってだってぇ! 久しぶりにゼルス様のカッチョいいとこ見れるかも、って思ったんですもん! 久しぶりに。ほんとひっさしぶりに」
「強調やめて。んでもどうだ、カッチョよかっただろ?」
「濡れました」
「よろこんでいいのかわからない……。つかおまえこそ久しぶりだろ、どうしてたんだ?」
「へい。テミっちといっしょに、龍族の転移魔法陣ぶち抜いてこの城に突入しまして」
「そこまでは魔力感応で聞いたが」
「見張りのドラゴンがいたのでしばき倒したあと、テミっちが1人で地面にもぐってどっか行っちゃいまして」
「なんなんあの子? 自由すぎない?」
「マロネもがんばって追いかけたんですけど、当然マロネだけドラゴンに見つかっちゃいまして」
「だろうな」
「適度に反撃しつつほどほどに逃げてたら、どんどん見つかってどんどん追っ手が増えまして。ちょっと楽しくなってきたところで、愛しいゼルス様のにおいを感知したので来ました。マロネってばけなげ」
「ほかのドラゴンにぜんぜん遭遇しなかった理由おまえかよ!! すげーな、おかげでめっちゃ楽だったわ! ありがとよ!」
「ほ……ほ? ほめられた? ほめられたっ! マロネ素直にほめられちゃったあ!! うおおおおお来いやゴブリンどもおおおおおお!!」
ジョワアアア、とひと山いくらで蒸発させられるゴブリンたちを後目に。
視線を戻したゼルスが、つと首をかしげた。
泣いている。
ぺたりと、小さな女の子のように、おしりを床につけたまま。
セオリナが静かに涙を流している。
「……勇者に、なれたと……やっとなれたと……思ったのに」
「ユグスがそう言ったのか?」
「……ああ」
「なら、魔王ゼルスが代弁してやろう。お前はまだ勇者じゃない。小さな部隊を率いて、国に守られながら魔物を退治していただけの、ただの部隊長だ」
「っ…………、だ……代弁……?」
「俺はお前のことなど知らない。たった何日か、部隊で面倒を見てもらっただけだしな。だがその何日か分の恩義はあるから、その剣の言葉を伝えるくらいはしてやる」
「……アルリオン、の? ことば……?」
そのときようやく、セオリナは気づいた。
かたわらに転がる聖剣が、あえかに、力なく、けれど確かに刀身を光らせていることに。
ずっと自分に、語りかけていてくれたことに。
「聞こえてなかったみたいだな?」
「そんな……剣の……声なんて」
「そこからはじめてみたらどうだ」
ゼルスがきびすを返した。
きれいに掃除された出入り口に、足音高く向かう。
「もしも剣と通じ合えたなら、アリーシャの足手まといにはならずにすむと思うぞ」
「……ま……まて!! 行くのか!?」
「ん?」
「な、なぜ、私を……! 私、っを……う、ぅ……」
肩越しに振り返ったゼルスに、しかしセオリナは言葉を失った。
くちびるが震え、細い肩が落ち、頬を新たな涙が伝う。
「ゆ……ユグスを雑魚扱いするような魔王が、手を下すほどの、価値など……私には、ないか。わ、わかっている。私にはもう、なにも……いや……もともとなにも、なかった……!」
「…………」
「頼む……こ、殺して、くれ……。剣の声なんて、わ、私には無理だ。勇者隊のみんなに、合わせる顔もない……せめて……魔王の手にかかって――」
「殺されるのを待つくらいなら」
にじみ、ゆがんだぐちゃぐちゃな視界。
出入り口からの逆光も手伝って、セオリナにはゼルスの口元しか見えなかった。
それは不敵か。
侮蔑か。
寛容か。
希望を失ったセオリナの頭では、とっさに理解はできないが――それでもゼルスが、笑っていることだけはわかった。
ラグラドヴァリエのそれとは違う。
しかし確かな、魔王の貌。
「殺しに来てはいかがです? 姫様」
「……え……?」
「我が城で、我が前に立ったなら。そのときは死ぬこともあるでしょう、サー!」
地下牢から、上へとのぼってゆく影。
闇よりも濃いその背中を、呆然と見送ることしか、セオリナにはできなかった。
彼女の指先が触れたアルリオンの、ひときわ強い輝きとともに。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は9/5、19時ごろの更新です。
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