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第4章 魔法使い
第125話
しおりを挟むユイルーは背が高い。
アードランツよりいくぶん低い程度で、俺とはほとんど変わらないほどにある。
まっすぐ目の前で、大きな瞳をむだにキラキラさせているアンデッド少女……
このシチュエーションからすれば、ずいぶん意外な角度から質問が飛んできたものだな。
なぜ人を殺さないか、とは。
「殺したほうがいいのか?」
「だってだって、ゼルス様は魔王っぽくなりたいんですよね~?」
「そうだな」
「そのために、人間から恐れられたいんですよね~?」
「その通りだ」
「だったら人って、死にたくないわけだから~。自分たちを殺す存在を恐れるんじゃないでしょうかあ。前の村でも、この村でも、ゼルス様って村人には何もしませんよね?」
「うむ」
「なんならさっき吹っ飛ばされてた槍の人だって、死んでないかもですし」
「むしろあの程度で死んでしまうようなら、勇者になるなど望むべくもないな」
「村人たちの前で引き裂いてやったほうが、それこそパニックになるくらい、すごく怖がられたと思います~!」
ふむ?
なるほど……そういうものかもしれんな。
人間は生きたいものだから、その障害となる、ということか。
「一理あるな」
「でしょお~っ?」
「アードランツは答えてくれなかったわけか?」
「そーなんです! きさまにはわからんことだー、とかなんとか言って」
「つまりアードランツも、人間を殺してはいないわけだ」
「はい~。海にぶん投げてそのまま放置とか、そーゆーのはやるんですけどお」
確かにやってたな。
わざわざ攻撃用でなく、運搬用の魔法を器用に使ってまで。
彼は最終的に勇者を目指してるわけだから、当然っちゃ当然だな。
……いや?
だったら、ユイルーにもそう答えるんじゃないか?
人間を殺さない理由……
「俺は、そうだな……人間じゃないもんな?」
「ガチ魔王様なんですよね~?」
「もっと言うと魔人だ。人間からは、普通に討伐対象だ」
「ふつー、その時点で相容れないっていうか、なんならすでに人を傷つける存在じゃないですか~」
「まったくその通りだ……その通りなんだが」
俺はつと、自分の右手を見下ろした。
最後に、人を殺したのは……
すなわち、勇者を倒したのは。
いつのことだったか……?
もうずいぶん前になることは確かだが。
「勇者以外の人間に対して、殺そうなどと考えたこともないな……」
「きっとそれが原因ですよ~!」
「そうか。殺せば恐れられるのか」
「はい~!」
「それは熊が恐れられてるのとどう違うんだ?」
「はいっ? ……くまさん?」
「くまさん」
「……くまさんは~……かわいいからじゃ?」
「おいおい。エンペラーベアを知らんのか」
人間どころか、小型のドラゴンを襲って食い殺すこともある魔物だぞ。
人里の近くに現れたときは、軍隊が動いたりもする。ラリアディ国の第3勇者隊のような。
あれは、人を殺すから恐れられている、といえるだろう。
「魔王の怖れられかたは、熊と同じでいいもんかな?」
「いい……んじゃないですかあ? 怖いものは怖いでしょ~!」
「怖いっちゃ怖いんだろうけどなあ。う~ん。なんかなあ……なんかこう、やろうと思わなかったし、改めて考えても思えないんだよなあ……?」
「なんでですかあ?」
「なんでだろうなあ……?」
「人を殺したくないんですか? ゼルス様、人間が好き?」
「人間は好きだぞ! すごい生き物だ。人間社会も含めて尊敬している。だが、殺したくないかといえば、どっちでも――……」
どっちでもいい。
最終的には勇者と戦い、この手にかけることになる。
勇者は人間である可能性が高いだろう。
そう考えているつもりだった。
というか、当たり前のことだ。
最後には、俺が殺すか、俺が殺されるか……
行き着く果てはそこ、であるはずなのに。
「……イールギット……」
脳裏をよぎったのは、弟子の顔。
今際のきわの戦いで見せた、覚悟の表情。
あの瞬間において、彼女は間違いなく、世界で最高の人間だった。
あの子を殺せなかったとき、俺は……負けたんだと。
真の勇気を、覚悟を、受けとめきれなかったんだと。
そう思ってたんだけども……
「いーる……? なんて言いました、ゼルス様~?」
「……いや。……なんか、不安になってきた」
「えっ?」
「俺は今まで、真の勇者と……本当の勇気を持った人間と戦いたい、そういうやつに攻めてきてほしいって、そう思ってたけど」
「変な魔王様ですう……」
「マジでそういう相手が攻めてきたときは、そりゃよろこんで戦うぞって。絶対に勝つぞって。勝つすなわち相手は死んでるぞって。でも……」
イールギットは、俺の直弟子。
短くない時間を、ともに過ごしてきた。
だから、人間の言うところの情が湧いてしまったのかもしれない。
そう思っていたし、実際その可能性はある。
だがしかし。
「俺って、ひょっとして……マジで世界最高最強の勇者が戦いに来てくれたとしても、殺せなかったりする……!?」
「知らんがなですう……」
「やばい! 怖い! た、確かめたい! これは俺のアイデンティティに関わる問題だ!」
「えぇ~……こんな魔王いるう……?」
「よくぞ質問してくれたユイルー! 勇者をさがすとしよう、もっと根性入れて!!」
「思ってたのとちが~う……!」
どんな答えを想像してたんだ?
まあいい。
アードランツの例の鎧を着たくないってのも、相変わらずあるが……
こうしちゃいられんぞ!
「アリーシャ~~~! アリーシャちょっと来てくれえ!」
「お呼びでしょうか」
「うお早っ」
マロネかと思った。
「頼みたいことがある! この村の人間に、えーと、なんだ、その、アレだ! 手紙、そう、手紙だ!」
「村に手紙を書くのですか?」
「違う! 村から手紙を出してほしいんだ、この国の都に! 魔王が暴れててやばいですと!」
「ああ……なるほど。ですがそういうのは、村人が自発的に行うものでは?」
「俺だってそれを待つつもりだったさ、あちこち楽しく襲いながら。だが、そうも言っていられん! めっちゃ焦った手紙を書いてもらおう!」
「すこぶるふしぎな要求ですが、まあできなくはないでしょうね」
「アリーシャの裁量でうまいことやってくれ! この国で最高の勇者が討伐に来るように!」
そして、その勇者を……
その勇者を、や、やるぞ。
やっちまうぞ……!
「俺はっ……俺はやれるんだあーーーッ!!」
「田舎の不良少年のようですが……ところで、ユイルー様はどちらに?」
「ん? あれ、いないな?」
さっきまで、そこであきれてくれてたんだが。
おなかでも減ったのかな?
アンデッドって、何食うんだったっけか。
**********
お読みくださり、ありがとうございます。
次は3/5、19時ごろの更新です。
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