22 / 185
衣類品店に現れた厄災
#6
しおりを挟む
穏やかな気候のオランディも、収穫期を終えた頃から上着が必要な季節になりました。
最近はジャケットだけでは寒い日も増えてきていて、コートも用意するか悩み始めています。
「最近はコートとセーターを購入されるお客様が増えてきてて、色々取り揃えてますよ! キーノスさんに合いそうなものも幾つかあるので、今度遊びに来てください!」
メル様はすっかり常連のお客様になりつつあります。
ここで普通に接してくださるようになってからは、私にとても懐いてくれている……という表現が一番しっくりきます。
「ありがとうございます、それは楽しみですね」
「言ったわね、来るのね? 大歓迎よ!」
「それは光栄です」
「あなたの容姿、立ち振る舞い、仕事! ワタシのインスピレーションを何度刺激したかしら! いつ来るの?」
「では今度開店前の買い出しのついでに寄らせていただきます」
メル様からのお誘いのはずが、少し違うものになりましたね。
コートが欲しかったので、良い機会なので今度お邪魔してみましょう。
「良かったら私の店にも来てください、珍しいデザインのソファを入荷したんですよ」
「それはそれは、どちらの品ですか?」
「オリジナルの商品ですよ、新しい生地の開発に成功しまして。斬新なデザインをいくつか作れるようになったのですよ」
「ねー、あの布すっごく良いの! さすがシオ、凄い人脈ね!」
「いやいや、カーラとの共同開発のお陰ですよ」
そこでカーラ様がハッと何かに気づいて、こちらへくるっと向き直ります。
「そうそう! 結構前にユメノが来た話したじゃない? ある意味アレのお陰なのよ!」
「僕がここに初めて来た日ですね!」
「あなたあの時は大変だったわね……」
「全然です! そのお陰でキーノスさん達と知り合えたと思うと、お釣り詐欺でも安いくらいです!」
お釣り詐欺、巷で流行ってる冗談の1つです。
「今、カーラんとこにユメノが来たとか言わなかったか?」
アツカンを飲んでいたミケーノ様が会話に参加されます。
確かにあの日以降、彼女の装備のお話を聞きませんね。
メル様とミケーノ様は何度か顔を合わせていて、今は年の離れた兄弟のようになってますが。
「そうなの、アイツウチに鎧買いに来たのよ! 笑えるでしょ?」
「ぶはっ……ち、ちょっと待て、鎧? お前んとこで?」
口の中にお酒が無くて何よりです。
「そうよ、しかもオーダーメイドで! あったま悪い内容で!」
「待て、色々追いつかないぞ? オーダーメイドの鎧を高級衣類品店で?」
「そうよ! それをここで愚痴った時シオから一緒に作ろうって誘われて」
「え? 鎧を高級家具店と衣類品店で共同制作? お前ら頭でも打ったのか……?」
「しっつれいね! 全然違うわよ!」
「私から説明しますね」
シオ様が小さく咳払いをし、例の契約の経緯を聞かせてくださいました。
───────
サラマンダー討伐のニュースが流れる少し前、生地問屋の間ではある話題で持ち切りだった。
なんでも、火でしばらく煽っても燃え移らない生地の開発に成功したというものだ。
それは大型のカエルの皮を剥いだもので、大量発生した後に冒険者から納品される。
カエルが発生しやすい地域で財布や小物入れなどの民芸品に使われていた。
発見のきっかけはささいなものだった。
ある商人がそのカエルの財布に、誤ってタバコの吸殻を落としてしまった。
慌てて財布から灰を払ったところ、そこには本来あるはずの焦げ跡の痕跡すらなかった。
不思議に思った彼は財布からお金を取り出し、マッチで軽く炙ってみたそうだが、やはり焦げない。
いっその事……と暖炉に投げ込んでみたが、しばらくは原型を保っていた。
こんなすごい効果、なんで今まで誰も気づかなかった?
と疑問に思い、財布を幾つか取り寄せ作り方を調べたところ。
カエルの皮にその土地で採れる染料とツヤ出しを塗るだけで、特別なことはない。
更に取り寄せた財布を全て火で炙ったところ、深緑の財布だけが非常に燃えにくいというのがわかった。
深緑は人気のありそうな色だが、染料がその土地では手に入りくく、更にツヤ出しに失敗する事も多いため、そもそもの数が少ないそうだ。
商人は自分の伝手を使えばこの布を量産出来ると踏み、技師を集め生地としての開発を進めた結果、商品として販売出来るまてまに至った。
「……という話を酒の肴に聞いてまして。商人、と言いましたが本人からの話なんです」
「アレってカエルの皮加工した物だったの!?」
「はい。売れ行きは良いのですがどうしても一つのサイズが小さいため、大きな受注にはなかなか繋げられないそうです」
「カエルだし一色じゃねぇ……」
「唯一あったのは騎士団からの依頼で。防火性の効果の高さに注目した装備開発の担当者が取り寄せて。出来た物が先日ニュースになったサラマンダー討伐で使われたそうです」
モウカハナを出てからの道中で簡単に説明した。
この生地……ガマノツラを以前からリビング用の家具に活かせないか悩んでいた。
キセルの灰で穴が開かない、熱々の鉄板皿を誤って落としても焦げあとがつかない……となれば、家具としての価値はかなり高い。
どうしたものかと悩んでいたところで、今日カーラからの愚痴を聞いた。
「生地が小さいだけなら問題ないわね」
「そうなのですか?」
「えぇ。あまり出回らないけどネズミのコートとかあるでしょ? 上手いこと繋ぎ合わせる必要はあるけど、騎士団の装備もそうしたんじゃないかしら」
カーラに相談して正解だった。
シオの中での一番の問題が解決するかもしれない。
頭の中でこれからの進め方を計算する。
「事務所に着きましたし、入って先程の契約の件を詰めませんか?」
「そうね、是非聞きたいわ」
───────
「私としては大型でデザイン性の高いガマノツラが欲しかったのですが、友人の腰をあげるに至らず……何か彼を動かす動機が欲しかったのです」
「繋ぎ合わせれば良いんだろ? 難しいのか?」
「問題は繋ぎ合わせる糸です。万が一糸の部分に火が付いたら、場合によってはソファが一瞬で壊れてしまいます」
「なるほど、燃えないのはカエルだけだからか」
「騎士団の装備は、火が直接当たる位置だけガマノツラを使用しているようでしたし」
「で、シオとワタシがタッグ組んで。シオのお友達説き伏せて開発する事になったの!」
そうして出来た素材で出来たのが、カーラ様とシオ様の今季の目玉商品になったのですね。
「店長が作った革のバッグ、どれもすごく人気なんですよ!」
「あの生地軽い上に耐久性も高いのよ。みんな喜んで買っていくわ!」
「でもやっぱ安くはないんだろ?」
その質問に不敵に笑いながらカーラ様が応えました。
「それがね、革製品の中でもかなりのお買い得価格なのよ!」
「そうなのか? 騎士団の装備で使われたなんて言ったらとても手が届かなそうだが」
「材料の一つ一つは高くないし、一番のネックだったカエルの養殖ができそうなのよ」
「ハァ? カエルの?」
「そ! あのカエルって成長がすごく早いみたいで。定期的な討伐が必要になるんだけど、簡単な依頼でほとんど危険もないのよ」
「餌にしているものも安価で、皮以外の素材は人気のあるものだそうです」
養殖を進めるまで話が進んでいたとは驚きました。
たしかラナディムッカとかいう名前で、食用で有名ですね。
「材料が安く手に入る見込みがあるから、少~しだけお安く値段設定したけど正解だったわ~」
「皆さん喜んで買っていきます!」
「家具の方も喫茶店に卸す話が出てますよ。焦げないソファなら焦げ穴の補修の必要がなくなりますからね」
「なぁ、椅子はあるのかい? ベンチか薄手のクッションはどうだ?」
「これから開発を進める予定です」
「おぉ! ウチの店にソファは無いが、椅子は結構あってな。鉄板落として焦がす客がたまに居てな……」
既に人気商品のになっているようですね。
水をさすわけにもいきませんから、思い出していただけるまで少し様子を拝見することしますが……
皆様、なぜこの話になったかをお忘れのようです。
最近はジャケットだけでは寒い日も増えてきていて、コートも用意するか悩み始めています。
「最近はコートとセーターを購入されるお客様が増えてきてて、色々取り揃えてますよ! キーノスさんに合いそうなものも幾つかあるので、今度遊びに来てください!」
メル様はすっかり常連のお客様になりつつあります。
ここで普通に接してくださるようになってからは、私にとても懐いてくれている……という表現が一番しっくりきます。
「ありがとうございます、それは楽しみですね」
「言ったわね、来るのね? 大歓迎よ!」
「それは光栄です」
「あなたの容姿、立ち振る舞い、仕事! ワタシのインスピレーションを何度刺激したかしら! いつ来るの?」
「では今度開店前の買い出しのついでに寄らせていただきます」
メル様からのお誘いのはずが、少し違うものになりましたね。
コートが欲しかったので、良い機会なので今度お邪魔してみましょう。
「良かったら私の店にも来てください、珍しいデザインのソファを入荷したんですよ」
「それはそれは、どちらの品ですか?」
「オリジナルの商品ですよ、新しい生地の開発に成功しまして。斬新なデザインをいくつか作れるようになったのですよ」
「ねー、あの布すっごく良いの! さすがシオ、凄い人脈ね!」
「いやいや、カーラとの共同開発のお陰ですよ」
そこでカーラ様がハッと何かに気づいて、こちらへくるっと向き直ります。
「そうそう! 結構前にユメノが来た話したじゃない? ある意味アレのお陰なのよ!」
「僕がここに初めて来た日ですね!」
「あなたあの時は大変だったわね……」
「全然です! そのお陰でキーノスさん達と知り合えたと思うと、お釣り詐欺でも安いくらいです!」
お釣り詐欺、巷で流行ってる冗談の1つです。
「今、カーラんとこにユメノが来たとか言わなかったか?」
アツカンを飲んでいたミケーノ様が会話に参加されます。
確かにあの日以降、彼女の装備のお話を聞きませんね。
メル様とミケーノ様は何度か顔を合わせていて、今は年の離れた兄弟のようになってますが。
「そうなの、アイツウチに鎧買いに来たのよ! 笑えるでしょ?」
「ぶはっ……ち、ちょっと待て、鎧? お前んとこで?」
口の中にお酒が無くて何よりです。
「そうよ、しかもオーダーメイドで! あったま悪い内容で!」
「待て、色々追いつかないぞ? オーダーメイドの鎧を高級衣類品店で?」
「そうよ! それをここで愚痴った時シオから一緒に作ろうって誘われて」
「え? 鎧を高級家具店と衣類品店で共同制作? お前ら頭でも打ったのか……?」
「しっつれいね! 全然違うわよ!」
「私から説明しますね」
シオ様が小さく咳払いをし、例の契約の経緯を聞かせてくださいました。
───────
サラマンダー討伐のニュースが流れる少し前、生地問屋の間ではある話題で持ち切りだった。
なんでも、火でしばらく煽っても燃え移らない生地の開発に成功したというものだ。
それは大型のカエルの皮を剥いだもので、大量発生した後に冒険者から納品される。
カエルが発生しやすい地域で財布や小物入れなどの民芸品に使われていた。
発見のきっかけはささいなものだった。
ある商人がそのカエルの財布に、誤ってタバコの吸殻を落としてしまった。
慌てて財布から灰を払ったところ、そこには本来あるはずの焦げ跡の痕跡すらなかった。
不思議に思った彼は財布からお金を取り出し、マッチで軽く炙ってみたそうだが、やはり焦げない。
いっその事……と暖炉に投げ込んでみたが、しばらくは原型を保っていた。
こんなすごい効果、なんで今まで誰も気づかなかった?
と疑問に思い、財布を幾つか取り寄せ作り方を調べたところ。
カエルの皮にその土地で採れる染料とツヤ出しを塗るだけで、特別なことはない。
更に取り寄せた財布を全て火で炙ったところ、深緑の財布だけが非常に燃えにくいというのがわかった。
深緑は人気のありそうな色だが、染料がその土地では手に入りくく、更にツヤ出しに失敗する事も多いため、そもそもの数が少ないそうだ。
商人は自分の伝手を使えばこの布を量産出来ると踏み、技師を集め生地としての開発を進めた結果、商品として販売出来るまてまに至った。
「……という話を酒の肴に聞いてまして。商人、と言いましたが本人からの話なんです」
「アレってカエルの皮加工した物だったの!?」
「はい。売れ行きは良いのですがどうしても一つのサイズが小さいため、大きな受注にはなかなか繋げられないそうです」
「カエルだし一色じゃねぇ……」
「唯一あったのは騎士団からの依頼で。防火性の効果の高さに注目した装備開発の担当者が取り寄せて。出来た物が先日ニュースになったサラマンダー討伐で使われたそうです」
モウカハナを出てからの道中で簡単に説明した。
この生地……ガマノツラを以前からリビング用の家具に活かせないか悩んでいた。
キセルの灰で穴が開かない、熱々の鉄板皿を誤って落としても焦げあとがつかない……となれば、家具としての価値はかなり高い。
どうしたものかと悩んでいたところで、今日カーラからの愚痴を聞いた。
「生地が小さいだけなら問題ないわね」
「そうなのですか?」
「えぇ。あまり出回らないけどネズミのコートとかあるでしょ? 上手いこと繋ぎ合わせる必要はあるけど、騎士団の装備もそうしたんじゃないかしら」
カーラに相談して正解だった。
シオの中での一番の問題が解決するかもしれない。
頭の中でこれからの進め方を計算する。
「事務所に着きましたし、入って先程の契約の件を詰めませんか?」
「そうね、是非聞きたいわ」
───────
「私としては大型でデザイン性の高いガマノツラが欲しかったのですが、友人の腰をあげるに至らず……何か彼を動かす動機が欲しかったのです」
「繋ぎ合わせれば良いんだろ? 難しいのか?」
「問題は繋ぎ合わせる糸です。万が一糸の部分に火が付いたら、場合によってはソファが一瞬で壊れてしまいます」
「なるほど、燃えないのはカエルだけだからか」
「騎士団の装備は、火が直接当たる位置だけガマノツラを使用しているようでしたし」
「で、シオとワタシがタッグ組んで。シオのお友達説き伏せて開発する事になったの!」
そうして出来た素材で出来たのが、カーラ様とシオ様の今季の目玉商品になったのですね。
「店長が作った革のバッグ、どれもすごく人気なんですよ!」
「あの生地軽い上に耐久性も高いのよ。みんな喜んで買っていくわ!」
「でもやっぱ安くはないんだろ?」
その質問に不敵に笑いながらカーラ様が応えました。
「それがね、革製品の中でもかなりのお買い得価格なのよ!」
「そうなのか? 騎士団の装備で使われたなんて言ったらとても手が届かなそうだが」
「材料の一つ一つは高くないし、一番のネックだったカエルの養殖ができそうなのよ」
「ハァ? カエルの?」
「そ! あのカエルって成長がすごく早いみたいで。定期的な討伐が必要になるんだけど、簡単な依頼でほとんど危険もないのよ」
「餌にしているものも安価で、皮以外の素材は人気のあるものだそうです」
養殖を進めるまで話が進んでいたとは驚きました。
たしかラナディムッカとかいう名前で、食用で有名ですね。
「材料が安く手に入る見込みがあるから、少~しだけお安く値段設定したけど正解だったわ~」
「皆さん喜んで買っていきます!」
「家具の方も喫茶店に卸す話が出てますよ。焦げないソファなら焦げ穴の補修の必要がなくなりますからね」
「なぁ、椅子はあるのかい? ベンチか薄手のクッションはどうだ?」
「これから開発を進める予定です」
「おぉ! ウチの店にソファは無いが、椅子は結構あってな。鉄板落として焦がす客がたまに居てな……」
既に人気商品のになっているようですね。
水をさすわけにもいきませんから、思い出していただけるまで少し様子を拝見することしますが……
皆様、なぜこの話になったかをお忘れのようです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる