王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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雪景色に踊る港の暴風

#5

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 更衣室へ入ってすぐ、私は自分のカバンの元へ向かいました。
 カズロ様はご同行いただいた後、近くのベンチに腰掛けました。

「今の時間は誰もいないみたいだな」
「そのようですね、急ぎ準備いたします」

 カバンには今日の着替えと少しだけ料理が入っています。
 先程急いで着替えたため、私の衣類がカバンに仕舞われておりません。
 まずはそれらを片付け始めます。

「ビャンコさんと街中で同行したのって、キーノスだよね?」
「はい、ビャンコ様から聞きましたか?」
「報告書に『飲食店の従業員』って書かれてて。さっきのお泊まり会カーラの話で多分……と思っただけ」

 畳んだ衣類をカバンの中にしまい込みます。

「いつ言うか悩んでたけど、ビャンコさんから伝言預かっててね」
「はい」
「年明けには解決するよ、だってさ」
「……左様でございますか」

 カバンにしまう前にコートの内側にあったシガレットケースとマッチを取り出し、今着ている服のポケットへ忍ばせます。

「ビャンコさんの報告で見たもの、本当なの?」
「報告書を拝見しておりませんが、その通りかと思います」
「推定体重120キロ、糸目の不健康そうな女性って書いてあったよ?」
「……その通りですね」

 過剰表現などなさらなかったようです、やはり仕事はしっかりなさる方のようですね。

「そっか……機密だからあの場で聞けなくてね。答えてくれてありがとう」

 私はカバンを手にし立ち上がります。

「お待たせしました、準備は大丈夫です」
「分かった。僕も話せてよかった」

 私達は更衣室を後にし、会場へ戻りました。

​───────

 会場に戻ると、ミケーノ様が私達のテーブルに座っておりました。

「おーす! おつかれー!」
「あっ戻ってきた! 着替えてなくて良かったわ~」

 ……思いつきもしませんでした。
 急いで片付けることに集中してしまいましたが、着替えることも出来ましたね。

「ほらミケーノ。まずはキーノスに……」

 シオ様が何かをミケーノ様に促します。

「キーノス、騙すようなマネして悪かったな……本当は最初から打ち上げ中は裏方必要ないようにしてたんだ」
「もう気にしておりませんよ。せめて最後の片付けくらいは、手伝わせてくださいね」

 ミケーノ様が手を差し出しましたので、握り返します。
 これで裏方の件は解決、ですね。

「アナタ達がいない間に料理とお酒運んどいたわ!」

 私の席には赤ワインがあります。
 先日の飲み会で私が飲んでいたのを覚えていて下さったのですね。
 私とカズロ様は元々座っていた席に座り、グラスを手にしました。

「カズロ今年は災難だったな! おつかれ!」
「もう済んだ事けど、あの時は助かったよ。お疲れ様」

 二人がグラスを軽く合わせます。

「キーノスは来年こそポンコツ直るといいな! おつかれ!」
「否定したいところですが、お疲れ様です」

 私も先程の二人に倣い、グラスを合わせました。

「キーノスさんがポンコツってなんですか?」
「くっくっ………メル、ひとつ聞くが、キーノスの見た目ってどう思うよ?」
「それは、氷の王子様って感じです! ちょっと近寄り難い感じで、そこも良いですね!」
「そうだろうそうだろう、コイツはちょっと近寄り難いレベルのイケメンなんだよなぁ」
「そうだね、でも……ポンコツって? 頭も良いと思うし接客も……」

 ミケーノ様がグラス置きニヤリ、と笑います。

「……とみんな言うけど、キーノスはどう思うよ?」
「大変光栄に思います」
「あっクソっ、仮面モードに入ってやがるな! よし、店長命令だ。敬語はなしでリラックス! この店の年末キーノス専用ルールだ!」
「そのような事は宜しくないかと思いますが」
「別に私は構いませんよ」
「へぇ、見てみたいね」
「ワタシはもう知ってるしね!」
「僕見てみたいです!」
「そういうことだ、頼んだぞ?」

 正直必要ないと思いますが、仕方ありません。
 先日の店での言動と同様に振る舞えるように切りかえます。

「かしこま、承知した」
「じゃあさっきの質問の続きだ。キーノス、女にモテた経験談教えてくれ!」

 そんな経験ないと申し上げたかと思いますが……。
 カーラ様の服を気崩すのは抵抗がありますが、シャツの第一ボタンを外します。

「そんな経験はない」
「え、キーノスさんこの間ウチの試着で女の人達に囲まれてましたよね?」
「遠巻きにだ、警戒されていたようだ」
「えぇ? だってみんな黄色い声で大喜びでしたよ、キーノスさんのファッションショー」
「あれは君の賛辞に対しての声だ」
「そんな訳ないですよ、僕あんな扱い受けたことないですよ?」
「普段気付いてないだけだ」

 私はシガレットケースを取り出し、タバコに火を付けた。

「あ、分かりました。この噛み合わなさですね?」
「シオ! 正解!」
「あぁ、確かにこれはポンコツって言われても仕方ないね」
「そうなんだよ。こんなやりとりしてたら、ビャンコさんがキーノスのことポンコツって言い出してな!」
「あれ笑ったわ~今までモヤモヤしてたのがスッキリした感じだったし!」
「ふふっ、確かにぴったりな表現ですね」

 煙をため息と一緒に吐き出します。
 お願いですから否定してください。

「ビャンコさんが言ったの?」
「そうだぞ、しかもあの人だけキーノスの事キーちゃんって呼ぶしな」
「……やめてくれその呼び方」
「嘘だろ……そんなビャンコさん、全然想像できない……」

 カズロ様は軽く頭を抱えてしまいました。
 お隣に座っているシオ様が、カズロ様のグラスに追加のワインを注ぎます。

「あ~そうか、モウカハナで会ってないもんなカズロとシオは」
「僕も想像できないですね、あんな綺麗な人がそんな軽い事言うんですか?」
「言うぞ、ていうかものすごく緩いぞあの人。本人も言ってたがローブと千匹の猫を被ってるそうだぞ」
「そうよ、メカブを手で摘んで食べるからキーノスの小言も炸裂したわ」
「手でですか? すごくキレイにフォークで食べてそうなのにっ」
「……フォークには全く手を付けない」
「きっとモウカハナ限定スタイルね。本人も誰も信じないって言ってたし」
「そうですね、まだイメージつきませんし」

 ビャンコ様の狙い通りですね。

「僕はキーノスのタバコにも少し驚いてるくらいだよ」
「今日の服とも合ってますし、カーラはコレを知ってたんですね」
「そうよ! そこも考えて用意したのよ~」
「服は本当に感謝しているが、本当に良かったのか?」
「高いものでもないから大丈夫よ! それにジャケット脱いでも良いように選んだから安心してちょうだい!」
「店長楽しそうでしたからね、この一週間!」
「年末の地獄のオアシスだったわ~」

 そのように考えて頂けるなら本当に嬉しいです。

「僕も一本吸おうかな。シオ良かったら場所変わって?」
「いや、私も……と考えていたので、カーラと変わって貰えますか?」

 ここは六人が一度に座れる壁に近いテーブル席で、壁とテーブルの間の通路に椅子が置かれています。
 入口を背にした席に壁からメル様、私、カーラ様。反対側はカズロ様、シオ様。廊下の椅子にミケーノ様が座っています。
 私の正面にはシオ様がおりますが、カーラ様とカズロ様が入れ替われば、テーブルの半分が喫煙者の集まる席になります。
 カーラ様も煙管を嗜まれますが、まだテーブルの上にはないようです。

 カズロ様とカーラ様は小さく「失礼」といい席を立ち、グラスとお皿を持って席を入れ替わります。
 飲み会ではこういう移動があるのですね。

 シオ様とカズロ様もタバコに火をつけます。

「キーノスと飲める日が来るとはね」
「そうですね、ミケーノの力技ですが」
「初めてなんだ、飲み会」
「普段はワインを飲むのですか?」
「そうだな、洋酒が多い」
「へぇ、僕はてっきりニホンシュばかりかと思ってたよ」
「あれは店で出すものだし、実際手に入りにくいんだ」

 商品だからと言って飲まないわけではありませんが。

「やはりそうなんですね。市場でもあまり見かけないから不思議だったんですよ」
「僕も探したなー、街の酒屋には置いてなかったね。市場にはあったんだ」
「かなり少なかったですよ。モウカハナほど種類もありませんでしたし」
モウカハナウチは酒造から直接仕入れてるから、量と種類は他より多いと思う」
「なるほど、流通が確保されてるから固定のメニューに出来るんですね」

 実はリモワでは入手しにくいものだったりします。
 他の材料も探すのは難しいでしょう。

「ワイン以外なら、ウィスキーとかも飲まれますか?」
「あぁ。あとはジンが多い」
「へぇ、じゃあ今度シオの店の通りにあるあのバー行かない? ジンの種類が多くて、洋酒が好きならオススメなんだけど」
「そんな店があるのか?」
「あぁ、『パレート』ですね。確かにあそこは良い店です、あのジンはマスターのこだわりらしいですよ」
「数すごいよね、モウカハナのニホンシュくらいはあるよね」
「それならかなりの数だ」
「よし、じゃあ年明けにでも行こうよ三人で」
「良いですね、ぜひそうしましょう」
「ありがとう、楽しみにしている」

 またしても飲み会のお誘いをいただけました。
 なんと光栄な事でしょうか。
 こうして普通に会話出来る関係性が楽しく、思わず顔が綻びます。

「キーノスは普段はそんな風に笑うんですね」
「すまない、少し気が緩んでいるようだ」
「飲み会ですから。ほら、あっちのテーブルなんてベンチの上で横になってる人がいますよ」
「ホントだ、あのまま寝ちゃいそうだねって……あっ落ちた」


 ベンチで寝ていた男性が寝返りをうった際に、誤って床に落ちてしまいました。
 その様子を見て、テーブルの人と落ちた本人が大きな声で笑っています。

「ふ、ちょっと、あれは……」
「すごい瞬間見ちゃったよ……」
「酔いが回るのが早いな」

 自然と笑いが込み上げてきます。
 なるほど、飲み会とは楽しいものなのですね。
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