王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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余談集

夏の湖畔と惨劇の館:肝試し前の怪談トーク

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 湖畔の別荘の夜は、リモワの夏のそれより早く訪れました。
 海にも反射する日光もここでは見ることができませんし、湖面には夕日が刺さず日没前には暗くなりました。

 私たちはアトリエで食事を終えたあと、今夜のメインイベントに向けて準備をしているはず……なのですが。
 リビングの照明を落とし、部屋の中央に置かれたテーブルに置いたろうそくに火が灯っています。
 テーブルを中心に設置されているソファに腰かけた我々は、ビャンコ様の指示で一人一つ怖い話をすることになりました。

「怖い話をするとね、幽霊が寄ってくるんだよ……」
「そんな話聞いたことないぞ」
「情報源はサチさんだからね?」
「それ、多分だまされ」
「えぇっ! ビャンコさんサチ様とお知り合いなんですか!?」
「知り合いだよ、でも知り合った時はもう若くはなかったけどね」
「へぇー! すごいです! じゃあこれからする怖い話も……」
「サチさんから教わったんよ」

 サチ様がこういう眉唾な話をするとき、大体が異世界の遊びの一種です。
 他にもコックリサンというものがあったと思いますが、こちらの方がまだ適切だったように記憶しています。

「では、これからここで怪奇現象が起きるかもしれないのですか?」
「うん、今日ここでオレまだ見てないんよね」

 どうにも掃除で別荘内を一通り回ったそうですが、ポルターガイストに遭遇することがなかったそうです。

「でも何かいるんだよね。精霊さんが掃除したがらない場所もあったし」
「ならそこにいるんじゃねぇのか?」
「うーん、なんかハッキリしないんだよね。だから呼び出すのが良いかなって」
「それが怖い話をすることなんですか?話ってなんでもいいんですか?」
「多分? 雰囲気が大事なんだって」

 確かに、この別荘は何かいます。
 明らかに何かの気配はしますが、ビャンコ様が見つけられなかったというのも気になります。

「じゃあ、最初の話僕からでも良いですか?」
「お、一番手いくのか? 聞きながらオレも考えとくか」

​───────

 学園に通っていた頃の話です。
 校舎の四階に入っちゃいけない教室があったんです。
 そこ、噂だと幽霊が出るって話で! 見た子もいるって聞いたことあったんです。
 友達の一人が肝試しをしようって言い出して僕も行ってきました。
 夜に学校に忍び込んで、四階の教室の前に着いて。言い出しっぺの子が職員室から盗んできた鍵で、教室を開けようとしたんですが……開いてたんです!
 僕たちびっくりしたんですが、そのまま静かに教室に入ったんです。
 そしたら……
 教室の真ん中に大きな魔法陣があったんです。周りには溶けたろうそくがあって……
 教室に入った言い出しっぺの子が強気に魔法陣の周りを探し始めたんです。
 僕は怖かったので入り口の近くにいたんですが、窓の外に人が落ちてったの見ちゃって!
 僕以外の子も見たみたいで、叫びながら教室から走って逃げちゃって……僕もそれに続いて走って逃げました。
 みんなで校舎から出た後、人が落ちているはずの場所みたんですけど……
 そこには何もなかったんです! あの時落ちたのはなんだったのかは今でもわからないです。

​───────

「魔法陣も怖かったし、人が落ちたのにいないし! 僕の経験した怖い話です」
「死体がないなら事件にもできませんしね、不思議な話ですね」
「学園にいたときオレも似た話あったな、魔法陣がある教室はなかったが」

 不思議な点がいくつかありますね。

「魔法陣に何か特徴はなかったか? 目立つ模様とか」
「うーん、確か細かい文字と星が書かれてました」
「星はどんなものだったかわかるか?」
「五つとがってる大きな星でした」
「なるほど、肝試しに行ったのは全員男子だったんじゃないのか?」
「え! はい! なんで分かるんですか?」
「見てみないとわからないが、状況から考えて女性に効果があるものだろう。女子がいなくて何よりだ」
「えっ……」

 入ってはいけないなら何かあるのでしょう。
 おそらく窓の外に落ちていった人影は女性だったのではないかと思われます。

「最初から結構怖い話になったね、次誰話す?」
「なら俺が」
「あ、キーちゃんは後ね」
「では、私から一つ。少しメル君とは毛色が違う話ですが問題ありませんか?」
「シオのも怖そうなんだけどな……」

​───────

 仕事の帰りで、歩いて自宅に向かっていた時です。
 いきなり目の前に女の人が倒れてきたんですよ。
 驚いて声をかけたんですけど、何も反応が無くて。
 人通りもなかったので、隣の人の多い通りに出て人を呼びに行こうとしたんです。
 そしたら、倒れていた女性がいた場所とは別の方向から男性の声が聞こえたんですね。

「お前が悪いんだ……」

 驚いて振り向いたら、男性も倒れていた女性もいませんでした。

​───────

「これで終わりです。男性の声は道側から聞こえたので見逃すことはないと思うんですけどね」
「お前、やっぱり女関係で恨み買ってんだな」
「私は歩いていただけですよ、何もしてません」
「女の人が倒れてきたのに男の人の声だったんですか?」
「はい、そこも間違えたとは思えないんですよ」

 腕を組んで唸っていたビャンコ様がそのままシオ様に声を掛けます。

「その女の人って背の高い赤毛の人でしょ?」
「はい、有名な話でしたか?」
「いんや。でもシオさんやっぱモテるんだねー、そういう人の前に出るんだよその二人」
「ビャンコさんも会ったことあるのか?」
「ないけど、ネっすんから相談されたことあんだよね」
「じ、じゃあ本当に」
「……次からその通り通るのやめますね」

 シオ様が少しうつむきながら溜息をつきます。

「じゃあ次オレ! 今の話聞いて思い出した!」
「ビャンコさんなら、術っぽい話ですか?」
「違う違う、そんなんじゃないけど」

​───────

 ネっすん……えっとネストレから聞いたんだけど。
 夜に女の人とデートしてて、晩御飯食べて帰る途中だったんだって。
 積極的なコで、帰り際キスしようとしてきたらしいんだけど……
 そのコ、後ろに立ってた女の人に刺されたんだって。

​───────

「びっくりだよね、キスしてる相手がいきなり刺されるとか」
「事件じゃねぇか!」
「ど、どうなったんですかその後!」
「傷は浅かったみたいだから病院連れてってすぐ治療できたって」
「犯人は捕まったんですか?」
「捕まったよ。てかネっすんも刺そうとしたみたいで、すぐ取り押さえられたんだって」

 女性もネストレ様も災難でしたね……
 ここでの話は幽霊は関係ないものでも良いみたいですね。

「次はオレかキーノスだが」
「俺が」
「却下で。ミケーノさんでお願い!」
「なんで俺の話を避けるんだ?」
「ま、期待値がでかいってことだな! じゃあ次はオレだが……」

​───────

 前に港で窃盗が増えててな、港で働く関係者って事でオレも一応呼ばれたんだ。
 最初は注意喚起みたいなもんだったが、その内の誰かが「あいつが犯人だ!」とか言い出したんだ。
 犯人だって言われたやつは、最近商売がうまくいってないみたいでよ。それが理由だって言われたんだ。
 そしたら……次々とそいつが怪しい、窃盗の現場で見た、盗まれたものを持っていた、っていう証言がボロボロ出てきてな。今まで何もなかったのにだぞ?
 集まりの主催の奴も困ってはいたんだが、場の空気に押されてそいつに対して個別で尋問する流れになったんだ。
 その後なんだが、犯人は見つかったぞ。主催のやつが犯人だったんだ。
 なんで窃盗に関しての話し合いの主催をしたのかとか、疑問は残るんだが……今はもうわからねぇ。
 盗んだものの中でヤバいもんがあったみたいでな、呪われたとか言われてたな。
 凄惨な最期を遂げたらしい。詳細も噂ですら聞いたことねぇな。

​───────

「そのヤバいものってのが何かはわからねぇが、そいつが死んだあと無くなったとか……結局どれも噂でしかねぇな」
「呪われた道具……」
「たまに紛れ込むそうですよ、私も見たことはありませんが」
「この話店長には言えませんね、港に行かなくなっちゃいます」

 港で窃盗事件に巻き込まれた、酷い効果を発揮する道具……ですか。

「それさ、キーちゃんのお店で使ってるよね」
「多分アレだな」
「えっ店にあるのか!?」
「店で気が張らないようにするために、ごく弱い油断ステイアテントがかけてある。話を聞く限り、先に効いていたのは呪いマレディツィオーネだったんだろう」
「呪いって、じゃあその道具って」
「盗まれて良かったな、受け取る人」

 件の道具というのは、小さな絵画です。
 術の種類によって絵が変わるもので、今は小さな花が描かれています。
 私が譲り受けた時は髑髏が描かれていたように思います。

「最後はキーノスさんですね!」
「メル君、覚悟した方がいいよ。キーちゃんは怖い話を根本的に勘違いしてるから」
「そんな事はない、今思い出したのはよくある怪談の一種だ」

 怪談というのは「話の内容より演出のさせ方に重きをおくべきだ」と以前師匠から教わりました。
 過剰に効果音や大きな声は必要なく、間の取り方や視線の向け方ひとつで相手の話への集中力を操るのが効果的です。
 手品でも同じような手法で、手の中にあったコインがポケットの中に移動するものなどで同じ手法を使います。
 そんなことを考えながら怪談を話し終え、皆様のリアクションを確認します。

「よく聞くだろう、こういう話」
「聞くけどよ、お前こんな特技あったのかよ……」
「話の内容ではないんですね……勉強になります」

 メル様がこくこくと頷きます。

「……よし。良い感じに場があったまったし、そろそろ始めよっか」
「この流れでか……確かに雰囲気は文句ねぇな」

 ようやく本題の幽霊退治を始めるようです。
 依然として何かの気配はありますが、怪奇現象が起きる様子はありません。
 先ほどの話では場所の目星はついているようですので、ビャンコ様についていく形になるでしょう。
 危険な霊ではないことを祈る限りです。
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