81 / 185
花を愛する残暑の雷鳴
#10
しおりを挟む
秋の香りが強くなってきた最近は、長袖で外を出歩くことが増えています。
まだ上着が必要な程ではありませんが、夏の終わりがようやく訪れたようです。
本日は市場でよく利用する薬草問屋のお店に向かっています。
関税率低下を受け、以前から話していた薬草が今日届くとお伺いしていたからです。
どうやらどの店舗でも似た事が起きているようで、いつもより市場にいる人が多いようです。
私はフードを深く被り直し、薬草問屋のお店へ急ぎました。
「お、いらっしゃーい。届いてるよー」
私が店に入るとのんびりとした声で店主様が声をかけてくださいました。
お酒が入らない時の彼はとても穏やかで自分のペースを崩さないお方です。
「ご無沙汰しております、早速拝見してもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 良い運送の人に頼んだから良い質で届いてるよ」
「それは素晴らしいです」
ここのお店の良いところは品揃えが他とは異なり、市場ではまず並ばないものばかり揃えているところです。
そのせいか特殊な調薬をするような方ばかり訪れ、私が買い物に来る時刻に居合わせるお客様がほとんどいらっしゃいません。
「丁度娘と店番代わるところだし、良かったらお茶に付き合わない?」
「よろしいのですか?」
「僕の欲しかったお茶を自慢したくてね、ただクロモジとかを知ってる君くらいにしか伝わらなそうだから付き合ってほしいんだ」
「そういった事でしたら喜んでお付き合いいたします」
リモワの市場は様々な商品が入手しやすいのですが、特殊な調薬のための材料となると探すのに苦労します。
こちらのお店を見つけてからは殆どの材料が入手出来るので、市場を歩き回ることが減りました。
その分モウカハナで使用する食材を選ぶ時間を増やしております。
私は店主様に案内されるままお店の奥へ導かれ、折りたたみが出来るテーブルセットへと腰掛けました。
店主様は私を案内した後、奥で読書をしていた女性に声をかけ店番を交代なさったご様子です。
「とりあえず、これが君の欲しがってたオタネニンジンだよ」
そう言って一束の薬草をテーブルに置いてくださいました。
そこに置かれたのは間違いなくオタネニンジンです。
私の目当てにしている根も太くとても良い素材です。
「これは素晴らしいですね……特に鮮度が良いです、これなら活用する幅も広そうです」
「それだけじゃないよ、種も手に入ったんだよ」
「そちらはおいくらでゆずっていただけますか?」
「ははは、キー君ならそう言うと思ってたよ」
店主様は一度テーブルから離れ、お茶をテーブルへ運び私の前にカップを差し出しました。
お茶が青いです、しかしバタフライピーのお茶の割には色が濃いように見えます。
「これが僕の欲しかったお茶なんだよ、キー君どう思う?」
「通常のものと比べて色が濃いですね」
「そうなんだよ! 本来暖かいところのものなのが、寒いところで育つと薬効と色が濃くなるらしいんだ!」
「なるほど……オタネニンジンの種と合わせるとおいくらになりますか?」
私はそう言いながらお茶を口にします。
味そのものは個性が強くなく、葉より豆の味がして扱いやすいのが特徴です。
これに様々な薬草を混ぜ、少し高額の薬茶として売られるのをよく目にします。
「種と茶葉安くするから、今度キー君の作った薬ウチの隅に置かせてよ」
「私の薬ですか?」
「そ、前に貰った花のシロップとか催淫材とか。レシピ見てもあそこまでの効果作れなくてねー、ウチの材料でここまでのもの作れます! ってサンプルあるだけでも違うんだよね」
「サンプルとしてなら今度いくつかお渡しします、それと合わせて……」
「助かるよ! あと余談だけどちょっと相談があって」
入手していただいたオタネニンジンはマルモワでしか手に入らない上質なものです。
しかも鮮度が保たれているので、私の室内に栽培環境を整えれば種を増やすことも出来るでしょう。
土の影響に関しては一度調べる必要がありますが、試してみる価値は充分にあります。
「ちょっと見てて欲しいんだけどね」
グラスを新たに二つ用意しそれにバタフライピーのお茶をそれぞれ注ぎます。
片方にはレモンを絞り、もう片方には白い粉末を加えます。
どちらも鮮やかに色が変わります。
「この黄色くなった方を飲めるようにしたいんだよね」
「その粉末は、重曹ですか?」
「やっぱり知ってた? 重曹じゃ飲めないからどうにかならないかなぁって。キー君興味あるでしょ、こういうの」
「そうですね、興味があります」
「茶葉と種をキー君の作った薬とお茶の依頼で交換はどうかな? オタネニンジンはお代を貰うけど」
これはとても魅力的なお話です。
今日はオタネニンジン以外にも何か新種があればと考え、少し多めにお金を持ち歩いておりましたが。
今いただいたバタフライピーの茶葉も購入するつもりでしたが、楽しい依頼も付いてくるなどこんなに嬉しい話はありません。
「喜んでお受け致します。他に入荷された物も拝見したいので、お代はその後でもよろしいですか?」
「もちろん! 商品の紹介も僕がしたいからこのままついてくよ」
そう言って、私を店内へとご案内してくださいました。
そのまましばらくマルモワから安価で入手出来た商品や、それに合わせて他から入荷したものなどの説明をされました。
どれも興味深い内容で、しばらく楽しく会話をしておりました。
「いらっしゃいませ」
店主様ではなく店番をなさっていたご息女様が店の入口へ声をかけます。
どうやら新しいお客様がご来店されたようですね。
先程奥へ導かれた際に取ったフードを再び被ろうとしたところ、店主様から静止の声がかかりました。
「多分君に用だよ」
「え? 私ですか?」
よく分かりませんが、フードを被らず顔半分だけ今来たお客様の方へ顔を向けます。
軍服姿ではないギュンター様とゾフィ様でした。
「ご無沙汰しております」
ギュンター様が私の方へ歩みを進めてきます。
私は彼の方へ向き直ります。
「ここによくいらっしゃると聞き、今日は必ず来るとも聞いていたので……事前にご相談出来れば良かったのですが申し訳ありません」
「ごめんね、薬草の話が楽しくて忘れちゃってた。僕も言っとけば良かったね」
街中で声を掛けられなかっただけ良かったように思います。
彼らが何の用があるのかは分かりませんが、このお店の商品に用がある訳では無さそうです。
「店主様、お会計をお願いできますか?」
ここでこのまま会話するのは適切とは思えません。
場所を変えるべく、まずは会計を済ませることにしましょう。
「はーい、じゃあ商品まとめるからちょっと待っててね」
───────
薬草問屋のお店から一番近くにある飲食店で、私が知っているのはミケーノ様のお店です。
お二人を連れてリストランテ・ロッソの中へ入りました。
昼食を済ませている上にその時間帯が過ぎているのが悔やまれます。
「いらっしゃい……ってキーノスさん! ようこそ!」
ジャン様が私を見つけて席へご案内してくれます。
私が人見知りと覚えてくださっていたのか、一番人目に付きにくい奥の席へ連れてってくださいました。
私とゾフィ様は冷たい紅茶を、ギュンター様はコーヒーをご注文されました。
「長くなるかと思い落ち着ける場所へ変えましたが、問題ありませんでしたか?」
「いえ、助かります。モウカハナに姉を連れていくのが難しいと考えまして」
「そうでしたか。女性のお客様もいらっしゃいますので、機会があればご来店ください」
薬草問屋のお店との時からですが、ゾフィ様は俯き気味でこちらをあまり見ようとしません。
リストランテに入ってから正面におかけになっておりますが、顔を背けはしないもののこちらを見ようとはなさいません。
演習場の時は正面から私をご見ていましたが、今になってやはり正視に耐えられないものとお気付きになったのでしょうか?
「早速ですが、ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
早々に用件を済ませてしまうのが良さそうです。
先程購入したオタネニンジンやバタフライピーのお茶を試したいという理由もありますが、あまり相手に不快な思いをさせるのは心苦しいです。
わざわざ店に来ないで私を探して会おうとして下さったのですから、きっと何か重要な用件なのでしょう。
胸の前で手を固く結んだゾフィ様が私を真っ直ぐ見てきます。
ようやく、用件に関してお話してくださるようです。
まだ上着が必要な程ではありませんが、夏の終わりがようやく訪れたようです。
本日は市場でよく利用する薬草問屋のお店に向かっています。
関税率低下を受け、以前から話していた薬草が今日届くとお伺いしていたからです。
どうやらどの店舗でも似た事が起きているようで、いつもより市場にいる人が多いようです。
私はフードを深く被り直し、薬草問屋のお店へ急ぎました。
「お、いらっしゃーい。届いてるよー」
私が店に入るとのんびりとした声で店主様が声をかけてくださいました。
お酒が入らない時の彼はとても穏やかで自分のペースを崩さないお方です。
「ご無沙汰しております、早速拝見してもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 良い運送の人に頼んだから良い質で届いてるよ」
「それは素晴らしいです」
ここのお店の良いところは品揃えが他とは異なり、市場ではまず並ばないものばかり揃えているところです。
そのせいか特殊な調薬をするような方ばかり訪れ、私が買い物に来る時刻に居合わせるお客様がほとんどいらっしゃいません。
「丁度娘と店番代わるところだし、良かったらお茶に付き合わない?」
「よろしいのですか?」
「僕の欲しかったお茶を自慢したくてね、ただクロモジとかを知ってる君くらいにしか伝わらなそうだから付き合ってほしいんだ」
「そういった事でしたら喜んでお付き合いいたします」
リモワの市場は様々な商品が入手しやすいのですが、特殊な調薬のための材料となると探すのに苦労します。
こちらのお店を見つけてからは殆どの材料が入手出来るので、市場を歩き回ることが減りました。
その分モウカハナで使用する食材を選ぶ時間を増やしております。
私は店主様に案内されるままお店の奥へ導かれ、折りたたみが出来るテーブルセットへと腰掛けました。
店主様は私を案内した後、奥で読書をしていた女性に声をかけ店番を交代なさったご様子です。
「とりあえず、これが君の欲しがってたオタネニンジンだよ」
そう言って一束の薬草をテーブルに置いてくださいました。
そこに置かれたのは間違いなくオタネニンジンです。
私の目当てにしている根も太くとても良い素材です。
「これは素晴らしいですね……特に鮮度が良いです、これなら活用する幅も広そうです」
「それだけじゃないよ、種も手に入ったんだよ」
「そちらはおいくらでゆずっていただけますか?」
「ははは、キー君ならそう言うと思ってたよ」
店主様は一度テーブルから離れ、お茶をテーブルへ運び私の前にカップを差し出しました。
お茶が青いです、しかしバタフライピーのお茶の割には色が濃いように見えます。
「これが僕の欲しかったお茶なんだよ、キー君どう思う?」
「通常のものと比べて色が濃いですね」
「そうなんだよ! 本来暖かいところのものなのが、寒いところで育つと薬効と色が濃くなるらしいんだ!」
「なるほど……オタネニンジンの種と合わせるとおいくらになりますか?」
私はそう言いながらお茶を口にします。
味そのものは個性が強くなく、葉より豆の味がして扱いやすいのが特徴です。
これに様々な薬草を混ぜ、少し高額の薬茶として売られるのをよく目にします。
「種と茶葉安くするから、今度キー君の作った薬ウチの隅に置かせてよ」
「私の薬ですか?」
「そ、前に貰った花のシロップとか催淫材とか。レシピ見てもあそこまでの効果作れなくてねー、ウチの材料でここまでのもの作れます! ってサンプルあるだけでも違うんだよね」
「サンプルとしてなら今度いくつかお渡しします、それと合わせて……」
「助かるよ! あと余談だけどちょっと相談があって」
入手していただいたオタネニンジンはマルモワでしか手に入らない上質なものです。
しかも鮮度が保たれているので、私の室内に栽培環境を整えれば種を増やすことも出来るでしょう。
土の影響に関しては一度調べる必要がありますが、試してみる価値は充分にあります。
「ちょっと見てて欲しいんだけどね」
グラスを新たに二つ用意しそれにバタフライピーのお茶をそれぞれ注ぎます。
片方にはレモンを絞り、もう片方には白い粉末を加えます。
どちらも鮮やかに色が変わります。
「この黄色くなった方を飲めるようにしたいんだよね」
「その粉末は、重曹ですか?」
「やっぱり知ってた? 重曹じゃ飲めないからどうにかならないかなぁって。キー君興味あるでしょ、こういうの」
「そうですね、興味があります」
「茶葉と種をキー君の作った薬とお茶の依頼で交換はどうかな? オタネニンジンはお代を貰うけど」
これはとても魅力的なお話です。
今日はオタネニンジン以外にも何か新種があればと考え、少し多めにお金を持ち歩いておりましたが。
今いただいたバタフライピーの茶葉も購入するつもりでしたが、楽しい依頼も付いてくるなどこんなに嬉しい話はありません。
「喜んでお受け致します。他に入荷された物も拝見したいので、お代はその後でもよろしいですか?」
「もちろん! 商品の紹介も僕がしたいからこのままついてくよ」
そう言って、私を店内へとご案内してくださいました。
そのまましばらくマルモワから安価で入手出来た商品や、それに合わせて他から入荷したものなどの説明をされました。
どれも興味深い内容で、しばらく楽しく会話をしておりました。
「いらっしゃいませ」
店主様ではなく店番をなさっていたご息女様が店の入口へ声をかけます。
どうやら新しいお客様がご来店されたようですね。
先程奥へ導かれた際に取ったフードを再び被ろうとしたところ、店主様から静止の声がかかりました。
「多分君に用だよ」
「え? 私ですか?」
よく分かりませんが、フードを被らず顔半分だけ今来たお客様の方へ顔を向けます。
軍服姿ではないギュンター様とゾフィ様でした。
「ご無沙汰しております」
ギュンター様が私の方へ歩みを進めてきます。
私は彼の方へ向き直ります。
「ここによくいらっしゃると聞き、今日は必ず来るとも聞いていたので……事前にご相談出来れば良かったのですが申し訳ありません」
「ごめんね、薬草の話が楽しくて忘れちゃってた。僕も言っとけば良かったね」
街中で声を掛けられなかっただけ良かったように思います。
彼らが何の用があるのかは分かりませんが、このお店の商品に用がある訳では無さそうです。
「店主様、お会計をお願いできますか?」
ここでこのまま会話するのは適切とは思えません。
場所を変えるべく、まずは会計を済ませることにしましょう。
「はーい、じゃあ商品まとめるからちょっと待っててね」
───────
薬草問屋のお店から一番近くにある飲食店で、私が知っているのはミケーノ様のお店です。
お二人を連れてリストランテ・ロッソの中へ入りました。
昼食を済ませている上にその時間帯が過ぎているのが悔やまれます。
「いらっしゃい……ってキーノスさん! ようこそ!」
ジャン様が私を見つけて席へご案内してくれます。
私が人見知りと覚えてくださっていたのか、一番人目に付きにくい奥の席へ連れてってくださいました。
私とゾフィ様は冷たい紅茶を、ギュンター様はコーヒーをご注文されました。
「長くなるかと思い落ち着ける場所へ変えましたが、問題ありませんでしたか?」
「いえ、助かります。モウカハナに姉を連れていくのが難しいと考えまして」
「そうでしたか。女性のお客様もいらっしゃいますので、機会があればご来店ください」
薬草問屋のお店との時からですが、ゾフィ様は俯き気味でこちらをあまり見ようとしません。
リストランテに入ってから正面におかけになっておりますが、顔を背けはしないもののこちらを見ようとはなさいません。
演習場の時は正面から私をご見ていましたが、今になってやはり正視に耐えられないものとお気付きになったのでしょうか?
「早速ですが、ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
早々に用件を済ませてしまうのが良さそうです。
先程購入したオタネニンジンやバタフライピーのお茶を試したいという理由もありますが、あまり相手に不快な思いをさせるのは心苦しいです。
わざわざ店に来ないで私を探して会おうとして下さったのですから、きっと何か重要な用件なのでしょう。
胸の前で手を固く結んだゾフィ様が私を真っ直ぐ見てきます。
ようやく、用件に関してお話してくださるようです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる