王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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小さな友は嵐と共に

#7

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「招集に使用する用紙は君の上司の王妃様に承認を頂いてからお渡しするもので、気軽に使用して良いものではなく」
「はーい」
「騎士団長もバルトロメオ氏もだが、そもそも留学生が模擬戦に出たいなどと言ったから簡単に許すのは良くない、外交の面で考えてこちらが全ての要求を飲む必要はなく」
「すみませんでしたー」
「事後承諾にするしかない状況をにしても解決させない、事後処理をするのは君だけではなく」
「お手数おかけしまーす」


 模擬戦での顛末を説明を終えたあと、エルミーニ様がテーブルを指先でコツコツと叩き始めました。
 それからビャンコ様に詰問なさりながら今に至ります。
 長い言い回しですが至極真っ当な物ばかりに思え、私の気持ちを代弁して下さっているのかと錯覚してしまいそうになります。

 私はあれからまだ応接間におり、説明の間に殿下から頂いたお茶を飲んでおります。
 言って下されば私が用意したものの、他の誰かに触らせたくないのかもしれません。

「でもお陰で関税率全面低下に繋がったよ、本当にありがとうキーノスさん!」
「お役に立てて何よりです」
「どうやったか知りたい?」
「殿下のご判断にお任せします」

 私が知るべきかのご判断は殿下にお任せするべきだと考えます。
 エルミーニ様とビャンコ様のやりとりはまだ続きそうですが、それを聞いているだけでも私は少し楽しく思います。

「エルミーニさんはもう少しかかりそうだし、その間雑談として聞いてもらおうかな。今日は僕休みなんだし」

​───────

 留学してきてから数ヶ月。
 一緒に来た学生たちはまだ課題の最中だ。
 新しい勉強も良いが、せっかくなのでオランディの印象を良くなるような活動がしたい。

 こういう時に王太子という立場は便利だ、さっそく首相の実の息子という方に面会を申し出た。
 時々会話をする機会はあったが、正式に会うのは今までなかった。
 彼はとても好感の持てる人物で、怪我さえなければ間違いなく次期首相となっていただろう。

「こんにちは、突然の申し出を受けて頂きありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ落ち着いて話してみたかったので光栄です」

 人の良さそうな笑顔を浮かべて答えて下さる。
 足の怪我が原因で二十代を前に退役したそうだが、精悍な顔つきからは鋭さを感じる。
 彼の私室の隣だという応接間で、事前に用意してあった紅茶のポットからお茶を注いでくれる。

「どうぞ。俺のお気に入りです、お口に合えば良いですが」
「ありがとうございます、こちらはこの時期でも暖かいお茶が美味しいですね」
「オランディは今の時期はまだ暑いですか?」
「そうですね、王都の海辺はまだまだ人が多いと思いますよ」

 お茶を飲みながら世間話をする。

「留学に行ってる彼らが心配です、強い暑さを経験した事はないでしょうから」
「元気にやっているみたいですよ、昨日ウチの行政機関の局長から手紙が届きまして」
「へぇ……どんな内容でしたか?」

 少し彼の目付きが鋭くなる。
 この様子を見るに、恐らく彼も既に知っているのだろう。

「王都に有名な手品師が遊びにいらしたそうで、ケータ君が騎士団の模擬戦で対戦したそうですよ」

 その発言を聞いた彼が口にしていたお茶でむせかえり咳をする。
 知らないはずないのに、どうしてここまで驚いているのだろう?

「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「あれ、ご存知ありませんでしたか?」
「いえ、まさかそのお話がここで出るとは思わなかったので」

 どんな話題を想像していたのか気になるが、とりあえず問題はそこでは無いので今は置いておくとして。

「その手品師、多分リモワにいる一国民だと思うんですよ。だって都合よく有名な手品師がいるなんて有り得ないと思いませんか?」
「そうかもしれませんが、一応弟は術を扱えるのでただの一国民では危険だと思いますよ」
「そうですよね、危険ですよね」

 悲しげにため息をついてみせる、ちょっとした化かし合いだ。

「それでも騎士団のために、出てくれたんだろうなぁ……」
「え、本当に一国民が手品師のフリをしたんですか?」
「さっき言った局長って聖獣局の彼なんですよ、僕に手品師の自慢をしたかったみたいなんです」

 自慢めいた内容は全くなかったけど、まさか手紙を見せろとは言わないと踏んで明るく笑って言う。

「その方って、そちらの筆頭術士ですよね?」
「他国の方から見たらそう見えるのでしょうね、あくまでこちらでは局長という扱いです」
「その、一国民というのも術士なのですか?」
「いえ、術士は局長の彼しかいませんから曲芸が得意な方が手品師のフリをしたんだろうなぁと」
「まさかそんな、その手品師はマーゴ・フィオリトゥーラと聞いてますが」
「あれ、ご存知だったんですか! 羨ましいですよ本当に、見たかったなぁ」

 これは本当に羨ましい。
 小さい頃に一度見たきりだし、庁舎でだなんて羨ましい。
 父と母は見たのだろうか、帰国後に聞いてみよう。

「なんでそんな事になったんでしょうね……」
「ケータ君からの発案らしいですよ。異文化交流で術士の局長かサラマンダーと戦ってみたかったそうです、積極的で良い子ですね!」

 これは推測だ。
 オランディ側がそんな事を言い出すとはとても思えない、サラマンダーに会わせてくれない事に対して留学生が何かした結果だろう。
 そしてビャンコは彼との接触を嫌がっていたから、キーノスに頼んだのではないかと思う。

 心当たりがあるのか、彼は額に手を当てて頭を振ってため息をつく。

「……あの子ならやりかねません」
「本当に素晴らしいですね、留学生と国民の交流なんて!」
「いや、そういう考え方もできますけど」

 もっと違う観点から見れば、マルモワの次期首相が権力を振りかざして一国民に決闘を挑んだとも言える。

「これからの関税率を下げる事になりましたし、交流が増えそうですね!」
「そ、そうですね」
「しかもマーゴ・フィオリトゥーラと言えばヴァローナの筆頭術士ですよ、そう考えると三カ国ですね。本当に素晴らしいですね!」
「ヴァローナ、まぁそうかもしれませんね」

 あれ、反応が薄い。
 ついでにヴァローナも巻き込んだよ弟君、という意味が伝わっているのか微妙な反応だ。

「弟のケータ君、優秀とは聞いてましたが流石です。僕の弟は大人しい性格で、ケータ君の積極的な性格が少しでも影響してくれると良いんですけどね」

 少し違う話題を振ってみる。

「殿下にもご兄弟がいらっしゃるんですね」
「えぇ! かわいい弟ですよ、今回の留学を代わってくれるような優しい弟です!」
「ははは、お陰でこうして知り合う事が出来ましたしね」
「そうですね、異文化交流も出来たし関税率も下がるし良い事ばかりですよ!」
「本当に光栄です」
「弟は薬草に興味がありましてね、マルモワには変わった薬草も多いそうで」

 薬草に関しても関税率の低下をして欲しいことを暗に提示してみる。
 それに快諾して貰えたような反応を得てからは雑談のような会話をして、面会を終えた。

​───────

「薬草でも大したことない物の関税率落とせたらな~って話して、それだと薬草全般じゃないと無理だよね! って話にして、薬草がありなら他にもアレもコレも……って話してる内に全般的に低下してくれる事になったんだよ! どうかな、これで君の怪我への代償になったかな?」
「畏れ多くて今日の手品だけでは返礼できるものとは思えません」

 とは言ったものの、殿下の計算高さが垣間見えて以前とはお変わりになられたように思えます。
 王妃様のお優しい雰囲気はそのままですが、陛下の強かさが出てきたように見えます。

「良かった! 本当にあの時はすみませんでした、僕のせいで二度と会えなくなるかと思って」
「そんな、大袈裟です」

 思わず軽い口の聞き方になってしまいました。
 これはハーロルトの影響でしょうか。

「いえ、本当にあの時はキーノスさんが死んでもおかしくなかったんです。僕の甘えのせいでこんな事になって……しかも手紙の末尾で書いた冗談の手品も見せてくれて、僕の方こそ全然足りません」
「私にそのような事を仰らないで下さい」
「これからもキーノスさんは勿論、オランディの人達が幸せになるように頑張ります!」
「陰ながら応援しております」

 私は無難な返答をします。
 それ以外に出来ることがありません。
 しかし未だにあの件を気になさっているのはとても心苦しいです。

「あの怪我の事はもう気になさらないで下さい。殿下のご提案を承諾したのは私ですし、実際の原因はユメノ様でしたから」

 彼女はもうこの国にはいませんし、あの事故に関して殿下が責任を感じるような事は一切ないと思います。

「キーノスさんの言う通りです、あの小娘の事はもう気になさらないのが得策です」

 私の言葉に同意してくださったのは、先程までビャンコ様に注意を促していたエルミーニ様です。

「もし彼女が外務局を希望したら私は辞めてました」
「分かってるよ、それに彼女は外語が苦手だからね」
「これからの事を思うと、本当にあの小娘がいなくて本当に何よりです」
「そうだね……リュンヌがオランディに、かぁ」

 何を言いたいのか私には分かります。
 かの帝国から来る公爵様の情報を彼らも入手したのでしょう。

 それより、エルミー二様とビャンコ様のやり取りは落ち着いたようです。
 リュンヌの話題が気にならないわけではありませんが、本格的になる前に私はこの部屋から消えることにしましょう。
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