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5 いざ出港
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翌日早朝、鳥羽港に軍楽隊の演奏が鳴り響いた。汽笛を高らかに鳴らして〈翔覽〉はそれに応え、ゆっくりと埠頭を離れ始めた。埠頭には大勢の見送り、そして船の舷側には乗組員たちが並んでいた。
洋一も第二種軍装でその中に混じっていた。千人以上の人間が並ぶと流石に壮観である。ましてや〈翔覽〉の飛行甲板には八十四機の搭載機が行儀良く並べられている。公試排水量二万六千トン、秋津海軍が誇る航空母艦〈翔覽〉の偉容を力強く示していた。入港の時は艦上機は近くの飛行場に向かうことが多いが、今回は洋上で一度積んでから戻ってきた。ひょっとして、今日の見栄えを良くするためだったのかもしれない。
港を離れてやがて見えなくなる。しかしまだ中に入る許可が出ない。そうしている内に菅島水道に差掛かった。南を菅島、北を答志島に挟まれた狭い水路である。
「うわぁ、いっぱい居るなぁ」
洋一は思わず声を漏らした。両脇の島の前に、多くの漁船が並んで居たのである。皆大漁旗をはためかせ、銅鑼や太鼓を派手にならしていた。さらに潮で鍛えた野太い声も聞こえてくる。
「帝都の仇討ち頼むぞぅ」
「武助をぶっ殺してくれぇ」
彼ら漁師は、どうやらこの〈翔覽〉が北方のブランドル軍を叩きに行くのを知っているらしい。それがための熱烈な見送りだった。洋一はその熱烈な歓待につい仰け反ってしまう。帝都を爆撃されたことがそれほど強い衝撃だったのだろう。
「この様子では、我々の目的も知られているかな」
中隊の先頭に彫像のように凜々しく立っている紅宮綺羅は、漁船の見送りを見てそう説明してくれた。
「帝都爆撃の仇を取りに行くと漏らして、国民の感情がおかしな方に向かないようにしているらしい」
綺羅様の言葉に寄れば、漏洩ではなく、意図的に流しているようであった。
「にしても、我々よりも詳しいんじゃないかな、あの様子では」
何しろ洋一たちはこれから北に向かうのか南に向かうのすら知らされていない。
「諸君、これは手柄を立てて帰らないと大変なことになりそうだぞ」
ぞっとしないことを何故か少し楽しそうに云いながら、綺羅様は軍帽を高らかに掲げて振った。
菅島水道も過ぎ、漁船団も遙か小さくなった。ようやく解散となり整列していた乗組員たちも艦内に戻ろうとする。
「分隊長、一枚いかがですか」
振り返ると小暮二飛曹が写真機を構えていた。気安く応じると綺羅は並んでいる十式艦戦の前に立つ。何気ない姿なのに当たり前のように様になっていた。純白の二種軍装はまるで歌劇団の衣装のようであった。
取り終わるや中隊の皆が物珍しげに近寄ってきた。
「大阪に戻ったときに買いましてね」
小暮二飛曹は新しいおもちゃを見せびらかす子供のようであった。
「ライカですか?」
さしてカメラには詳しくない洋一は、知っている単語を出してみた。
「莫迦いえ、そんな高いもの買えるか。ライカ一つで家一軒建つんだぞ」
考えてみればライカの生産国であるブランドルはもはや敵国である。今や恐ろしく貴重なはずである。
「アッカのコピー品だよ。開戦して特許無視したからか、手が届く値段になったんだ」
随分乱暴なことを云っている気がしたが、買った本人は上機嫌だった。
「そうだな、丹羽も一緒に撮ってやる。ほら並んだ並んだ」
勢いのまま綺羅様の脇に立たされて一枚撮られる。
「綺羅様と丹羽少年飛行士。うん、ブンヤのねえちゃんが良い値をつけてくれそうだ」
どうやら高く売れることを見込んで綺羅様に声をかけたらしい。
「まったく、一人もんはつまらんものに金を使いやがって」
所帯持ちの成瀬一飛曹が苦言を呈する。
「まあまあ、ご家族へのお土産に先任もいかがですか」
そう云われると何のかんの云いながら成瀬も綺羅の隣に立つ。そういえば奥方が大の綺羅様フアンだと聞いたことがあった。
そうなると我も我もと中隊の仲間が集まってくる。
「ああ、皆は一枚五十銭だからな。フィルムだって安くないんだからな」
皆文句を云いながらも列を作って綺羅様との写真を撮ろうとする。
「あ、朱音ちゃん、ちょっとちょっと」
綺羅から声をかけるとついでとばかりに二人で並ぶ。
「ほら左側を見えるように出して」
綺羅がポーズを指示して、撮っている方もよく判らないまま撮る。
「ああぁ! 朱音ちゃん、綺羅様とお揃い⁉ 何で? 何で?」
朱音と同期の女性整備員の沢村里美が目聡く二人の髪結い紐に気づいた。二人とも、登舷礼のために普段よりも少しおめかしして髪を結っていた。一月前に洋一が二人に贈ったものだった。
「えへへ、秘密」
「あぁ、ずるい!」
軍艦らしからぬ黄色い声が響く。
「何をやってるかこらぁ」
一度艦内に戻りかけた第二中隊の麻倉忠夫大尉までやってくる。
「お、麻倉大尉。両分隊長が並んでいるところをぜひ」
そう云って綺羅の隣を即されると、今までの威勢をかなぐり捨ててそそくさと並んでしまう。
「良い記念になるな」
綺羅は隣の麻倉に声をかけたが、それは全員が我がこととして受け取っていた。
間違いなく良き思い出となり、一生ものの宝になる。
「早く現像してくださいよ」
「一週間以内には届けてやるよ。写真室の奴にはいろいろ貸しがあるんだ」
どうやら艦内で現像できるあてがあるらしい。うるおいの少ない軍艦内、ましてやこれから決戦に向かおうとする航海である。そんな中で楽しみと呼べるものが出来たのは実に喜ばしかった。
伊勢湾の外で護衛の駆逐艦と隊列を組むと、〈翔覽〉は目的地へと向かった。行き先は洋一たちには知られていない。しかしその針路からいろいろ想像することは出来る。西進してから江戸あたりに来たところで、江戸鎮守府所属の空母〈比叡〉と合流する。そこから幻唐洋を北に進み始めたことで、なんとなく見当が付いた。
アイスランド。
蝦夷道の遙か北方に浮かぶ島で、現在はデンマーク王国の領土である。洋一の知識からすると、名前から寒いのだろうな程度の、北幻唐洋の奥に浮かぶ、自分と一生関わらないであろう島の筈だった。多くの秋津人にとっても似たようなものであっただろう。
本国たるデンマークは六月に奮戦むなしく一日で降伏しており、アイスランドは宙に浮いていた。どうやら八月頃にブランドルはアイスランドを支配下に置いていたようであったが、秋津皇国では詳細をつかめていなかった。
北方の孤島がひときわ注目を集めたのは、先月大いに世間を騒がせたブランドル帝国による帝都空襲が原因であった。
いずこともなく侵入した敵機は帝都中京を爆撃した。洋一も参加した追撃戦で一機は撃墜したものの、残り一機は北の彼方へと逃げ去った。最後まで付いていった陸軍の偵察機が報告した場所こそ、アイスランドであった。
爆撃機の出撃拠点がアイスランドらしいという情報は大いに関係者を混乱させた。欧州大陸の失陥がない限り、本土爆撃はないという前提条件が崩れてしまった。戦場がもう一つ増えてしまったようなものだった。
いつやるのか。だれがやるのか。洋一の周りでも噂は飛び交っていたが、遂にそれがやってきたらしい。北上するに連れて艦内の気温も下がってきた。朝起きて甲板上での体操も徐々にしんどくなってくる。
北に向かってひたすら十八ノットで進むため、飛行訓練は無い。操縦席に座って頭の中で空戦をやってみるが、所詮は畳の上の水練である。そうなるとどうしても座学が主になる。飛科練を繰り上げにしたおかげでおざなりにされた科目を改めて学び直したり、新しい技術の解説口座など、まるで空母の中に学校が出来たみたいだった。
中にはブランドル語講座なんてものまで出来て、洋一も顔を出している。希望者のみだが、講師が紅宮綺羅とあって大人気であった。
おまけに洋一には手記の執筆まであって、中々退屈しない航海であった。
艦隊は西北地方沖を通過し、津軽海峡を抜ける。空も海も、徐々に寒そうな色合いに変わってきた。
青森沖で一旦停泊し、艦内で改装作業をしていた工員たちをここでようやく降ろした。艦内ではいつまで続くのかとやきもきしていたが、彼らは彼らでこの後鉄道で鳥羽まで戻るらしい。
そして津軽海峡を越えて秋津海に入った所で、遂に舞鶴からの主力艦隊と合流した。
冬の海を進む秋津海軍連合艦隊、中でも三隻の大型艦の迫力は、遠くからでも伝わってきた。
「戦艦かな」
そうつぶやいた横から答えが返ってきた。
「前の二隻は煙突二本だから天城級だな。戦艦じゃなくって巡洋戦艦。〈高尾〉と〈愛宕〉かな」
三十五㎝砲十五門を持ち、三十ノットを出す巡洋戦艦。ひときわ力強い白波を蹴立てて鉛色の海を進んでいた。
声の主を振り返ると、洋一の同期の松岡が借りてきた双眼鏡を覗き込んでいた。
「松岡、お前軍艦詳しいな」
洋一はそこまでは見分けられない。
「近所の住職がなぜか軍艦マニアでな。習字に通ってたはずなのに、なぜか船に詳しくなっちまった。この前帰省したときもあれを見たのかこれはどうなったって随分訊かれたよ」
世の中には変わった住職もいたものだ。
「じゃあその後ろの一本煙突は」
「〈加賀〉だな。連合艦隊旗艦だ」
〈高尾〉や〈愛宕〉と同じくらいの大きさながら、少し太く見える艦、秋津海軍が世界に誇る戦艦〈加賀〉だった。四十㎝砲連装五基十門を誇る、世界最強艦であった。
「使える主力艦四隻のうち三隻持ってきたんだ。これはおおいくさになるぞぉ。またあの坊さんに自慢できるな」
そう云って双眼鏡を覗き込む松岡は随分と楽しそうであった。
洋一も第二種軍装でその中に混じっていた。千人以上の人間が並ぶと流石に壮観である。ましてや〈翔覽〉の飛行甲板には八十四機の搭載機が行儀良く並べられている。公試排水量二万六千トン、秋津海軍が誇る航空母艦〈翔覽〉の偉容を力強く示していた。入港の時は艦上機は近くの飛行場に向かうことが多いが、今回は洋上で一度積んでから戻ってきた。ひょっとして、今日の見栄えを良くするためだったのかもしれない。
港を離れてやがて見えなくなる。しかしまだ中に入る許可が出ない。そうしている内に菅島水道に差掛かった。南を菅島、北を答志島に挟まれた狭い水路である。
「うわぁ、いっぱい居るなぁ」
洋一は思わず声を漏らした。両脇の島の前に、多くの漁船が並んで居たのである。皆大漁旗をはためかせ、銅鑼や太鼓を派手にならしていた。さらに潮で鍛えた野太い声も聞こえてくる。
「帝都の仇討ち頼むぞぅ」
「武助をぶっ殺してくれぇ」
彼ら漁師は、どうやらこの〈翔覽〉が北方のブランドル軍を叩きに行くのを知っているらしい。それがための熱烈な見送りだった。洋一はその熱烈な歓待につい仰け反ってしまう。帝都を爆撃されたことがそれほど強い衝撃だったのだろう。
「この様子では、我々の目的も知られているかな」
中隊の先頭に彫像のように凜々しく立っている紅宮綺羅は、漁船の見送りを見てそう説明してくれた。
「帝都爆撃の仇を取りに行くと漏らして、国民の感情がおかしな方に向かないようにしているらしい」
綺羅様の言葉に寄れば、漏洩ではなく、意図的に流しているようであった。
「にしても、我々よりも詳しいんじゃないかな、あの様子では」
何しろ洋一たちはこれから北に向かうのか南に向かうのすら知らされていない。
「諸君、これは手柄を立てて帰らないと大変なことになりそうだぞ」
ぞっとしないことを何故か少し楽しそうに云いながら、綺羅様は軍帽を高らかに掲げて振った。
菅島水道も過ぎ、漁船団も遙か小さくなった。ようやく解散となり整列していた乗組員たちも艦内に戻ろうとする。
「分隊長、一枚いかがですか」
振り返ると小暮二飛曹が写真機を構えていた。気安く応じると綺羅は並んでいる十式艦戦の前に立つ。何気ない姿なのに当たり前のように様になっていた。純白の二種軍装はまるで歌劇団の衣装のようであった。
取り終わるや中隊の皆が物珍しげに近寄ってきた。
「大阪に戻ったときに買いましてね」
小暮二飛曹は新しいおもちゃを見せびらかす子供のようであった。
「ライカですか?」
さしてカメラには詳しくない洋一は、知っている単語を出してみた。
「莫迦いえ、そんな高いもの買えるか。ライカ一つで家一軒建つんだぞ」
考えてみればライカの生産国であるブランドルはもはや敵国である。今や恐ろしく貴重なはずである。
「アッカのコピー品だよ。開戦して特許無視したからか、手が届く値段になったんだ」
随分乱暴なことを云っている気がしたが、買った本人は上機嫌だった。
「そうだな、丹羽も一緒に撮ってやる。ほら並んだ並んだ」
勢いのまま綺羅様の脇に立たされて一枚撮られる。
「綺羅様と丹羽少年飛行士。うん、ブンヤのねえちゃんが良い値をつけてくれそうだ」
どうやら高く売れることを見込んで綺羅様に声をかけたらしい。
「まったく、一人もんはつまらんものに金を使いやがって」
所帯持ちの成瀬一飛曹が苦言を呈する。
「まあまあ、ご家族へのお土産に先任もいかがですか」
そう云われると何のかんの云いながら成瀬も綺羅の隣に立つ。そういえば奥方が大の綺羅様フアンだと聞いたことがあった。
そうなると我も我もと中隊の仲間が集まってくる。
「ああ、皆は一枚五十銭だからな。フィルムだって安くないんだからな」
皆文句を云いながらも列を作って綺羅様との写真を撮ろうとする。
「あ、朱音ちゃん、ちょっとちょっと」
綺羅から声をかけるとついでとばかりに二人で並ぶ。
「ほら左側を見えるように出して」
綺羅がポーズを指示して、撮っている方もよく判らないまま撮る。
「ああぁ! 朱音ちゃん、綺羅様とお揃い⁉ 何で? 何で?」
朱音と同期の女性整備員の沢村里美が目聡く二人の髪結い紐に気づいた。二人とも、登舷礼のために普段よりも少しおめかしして髪を結っていた。一月前に洋一が二人に贈ったものだった。
「えへへ、秘密」
「あぁ、ずるい!」
軍艦らしからぬ黄色い声が響く。
「何をやってるかこらぁ」
一度艦内に戻りかけた第二中隊の麻倉忠夫大尉までやってくる。
「お、麻倉大尉。両分隊長が並んでいるところをぜひ」
そう云って綺羅の隣を即されると、今までの威勢をかなぐり捨ててそそくさと並んでしまう。
「良い記念になるな」
綺羅は隣の麻倉に声をかけたが、それは全員が我がこととして受け取っていた。
間違いなく良き思い出となり、一生ものの宝になる。
「早く現像してくださいよ」
「一週間以内には届けてやるよ。写真室の奴にはいろいろ貸しがあるんだ」
どうやら艦内で現像できるあてがあるらしい。うるおいの少ない軍艦内、ましてやこれから決戦に向かおうとする航海である。そんな中で楽しみと呼べるものが出来たのは実に喜ばしかった。
伊勢湾の外で護衛の駆逐艦と隊列を組むと、〈翔覽〉は目的地へと向かった。行き先は洋一たちには知られていない。しかしその針路からいろいろ想像することは出来る。西進してから江戸あたりに来たところで、江戸鎮守府所属の空母〈比叡〉と合流する。そこから幻唐洋を北に進み始めたことで、なんとなく見当が付いた。
アイスランド。
蝦夷道の遙か北方に浮かぶ島で、現在はデンマーク王国の領土である。洋一の知識からすると、名前から寒いのだろうな程度の、北幻唐洋の奥に浮かぶ、自分と一生関わらないであろう島の筈だった。多くの秋津人にとっても似たようなものであっただろう。
本国たるデンマークは六月に奮戦むなしく一日で降伏しており、アイスランドは宙に浮いていた。どうやら八月頃にブランドルはアイスランドを支配下に置いていたようであったが、秋津皇国では詳細をつかめていなかった。
北方の孤島がひときわ注目を集めたのは、先月大いに世間を騒がせたブランドル帝国による帝都空襲が原因であった。
いずこともなく侵入した敵機は帝都中京を爆撃した。洋一も参加した追撃戦で一機は撃墜したものの、残り一機は北の彼方へと逃げ去った。最後まで付いていった陸軍の偵察機が報告した場所こそ、アイスランドであった。
爆撃機の出撃拠点がアイスランドらしいという情報は大いに関係者を混乱させた。欧州大陸の失陥がない限り、本土爆撃はないという前提条件が崩れてしまった。戦場がもう一つ増えてしまったようなものだった。
いつやるのか。だれがやるのか。洋一の周りでも噂は飛び交っていたが、遂にそれがやってきたらしい。北上するに連れて艦内の気温も下がってきた。朝起きて甲板上での体操も徐々にしんどくなってくる。
北に向かってひたすら十八ノットで進むため、飛行訓練は無い。操縦席に座って頭の中で空戦をやってみるが、所詮は畳の上の水練である。そうなるとどうしても座学が主になる。飛科練を繰り上げにしたおかげでおざなりにされた科目を改めて学び直したり、新しい技術の解説口座など、まるで空母の中に学校が出来たみたいだった。
中にはブランドル語講座なんてものまで出来て、洋一も顔を出している。希望者のみだが、講師が紅宮綺羅とあって大人気であった。
おまけに洋一には手記の執筆まであって、中々退屈しない航海であった。
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青森沖で一旦停泊し、艦内で改装作業をしていた工員たちをここでようやく降ろした。艦内ではいつまで続くのかとやきもきしていたが、彼らは彼らでこの後鉄道で鳥羽まで戻るらしい。
そして津軽海峡を越えて秋津海に入った所で、遂に舞鶴からの主力艦隊と合流した。
冬の海を進む秋津海軍連合艦隊、中でも三隻の大型艦の迫力は、遠くからでも伝わってきた。
「戦艦かな」
そうつぶやいた横から答えが返ってきた。
「前の二隻は煙突二本だから天城級だな。戦艦じゃなくって巡洋戦艦。〈高尾〉と〈愛宕〉かな」
三十五㎝砲十五門を持ち、三十ノットを出す巡洋戦艦。ひときわ力強い白波を蹴立てて鉛色の海を進んでいた。
声の主を振り返ると、洋一の同期の松岡が借りてきた双眼鏡を覗き込んでいた。
「松岡、お前軍艦詳しいな」
洋一はそこまでは見分けられない。
「近所の住職がなぜか軍艦マニアでな。習字に通ってたはずなのに、なぜか船に詳しくなっちまった。この前帰省したときもあれを見たのかこれはどうなったって随分訊かれたよ」
世の中には変わった住職もいたものだ。
「じゃあその後ろの一本煙突は」
「〈加賀〉だな。連合艦隊旗艦だ」
〈高尾〉や〈愛宕〉と同じくらいの大きさながら、少し太く見える艦、秋津海軍が世界に誇る戦艦〈加賀〉だった。四十㎝砲連装五基十門を誇る、世界最強艦であった。
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