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9 謎の4戦艦

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     空母〈翔覽〉

 何やら予定外の事が起きているらしい。周りの空気から洋一はそう感じとっていた。
 元々二次攻撃隊のための準備で機体を飛行甲板に並べる作業をしていた。先ほど一旦作業中断の笛が鳴ってからしばらくして、せっかく上げた機体を下ろし始めた。下げているのは七式艦攻や九式艦爆で、洋一たちの十式艦戦はそのまま飛行甲板に並べる作業が続行となった。
 何だろうと後ろの艦爆隊の方を見ると、一部の機体は甲板の上で作業を始めていた。腹の下の二十五番の爆弾を降ろすと、持ってきた別の爆弾と付け替えた。よくよく見てみると、降ろした爆弾は球形の先端で、大きめに膨らんでいた。新しく持ってきた爆弾は先端が円錐状に尖っていた。
「何だろう? あれ」
 忙しそうに走り回っていた朱音が、ちょうど十式艦戦の傍らで一休憩していた。
「艦船用の徹甲爆弾ね。ちょっとした装甲なら貫通するわよ」
「艦船用?」
 アイスランドを攻撃するんじゃなかったのか? 目標は飛行場と聞いていたのにそれが艦船用? ただならぬ事が起こっていることだけは洋一にも判った。
 艦爆隊、艦攻隊の混乱がこちらにも伝わってきた。我々戦闘機隊はこのままで良いのか? そんな不安が支配しているところを、艦橋から出てくる人影があった。
「第一中隊集合」
 洋一たちの中隊長、紅宮綺羅が声を張り上げた。
「ここより北方六〇海里で敵艦隊が発見された。第一中隊は先行して上空の制空権を取る」
 六〇海里って、すぐそこじゃないか。戦場はいつでも予想外のことが起こる。
「どうやら戦艦同士で撃ち合いになるらしい。いい席を取りに行こう」
 そして予想外のことが起こるとこの人は元気になるらしい。先ほどまで寒くて大人しくしていたというのに。
 それでも出番を待ちかねていたのは洋一も他の隊員たちも同じだった。素早く愛機に乗り、準備万端整っていることを確認すると、点火スイッチをオンに切り替え、始動スイッチを押し込んだ。小さい爆音と共にプロペラが蹴飛ばされたように回りはじめ、そして大きく身震いすると機首の両脇の排気管から煙が吐き出された。
 暖まってきて爆発音が揃い始める。九機の葛葉エンジンが軽やかに共鳴する。〈翔覽〉の艦首が風上へと進路を変えた。発艦よろしの旗が掲げられ、先頭の紅宮綺羅は付いてこいとばかりに手を振って、走り始めた。
 次から次へと十式艦戦が甲板を駆け抜け、洋一もそれに続く。〈翔覽〉の上で大きく旋回して待っている編隊に次から次へと合流していく。今日の洋一の位置は第二小隊の三番機。岩永中尉が小隊長で熊木一飛曹が二番機となる小隊の一員だった。小さな三角形の後ろの一つに洋一は滑り込んで小隊を完成させる。
 三機小隊が三つ集まった九機の編隊が揃ったところで、編隊長機、紅宮綺羅は針路を北北西に取って進み始めた。後ろの方に居る洋一は編隊から離れないようにしながらも忙しく周囲に目を走らせる。
 上は雲が多いし、まばらにしか陽が差さない。周囲も所々ムラがあるように霞んでいる。雲というか霧というか、とにかくどうにも視界が悪い。もう少し霧が増えたら飛べなくなってしまう。はぐれないようにしないと。洋一は自分の小隊長と、全体の編隊長である綺羅機にしきりに目を走らせる。
「クレナイ一番より各機、敵艦隊に空母は伴っていないそうだが、アイスランドから飛んでくる可能性がある。それと、お?」
 無線の向こうで綺羅の声が跳ね上がる。
「見えてきた見えてきた。大型艦が四つに小さいのが四つ。本当に居たのかぁ」
 何だか随分と楽しそうだった。しかし灰色の海面の中に白い筋と、その先端の黒い塊を見つけると、洋一の心も跳ね上がってきた。
「バイエルン級かな、マッケンゼン級かな。テゲトフ級だったりして」
 艦の形をよく見るかのごとく編隊は近づいていく。軍艦はそれほど詳しくない洋一だったが、なんとなくブランドルの戦艦らしくないなと思い始めた。マストが高いというか昔の帆船っぽいというか。
「ありゃネヴァ級ですよ、露助の」
 松岡が素っ頓狂な声で割り込んできた。
「そんな莫迦な。あ、でも主砲は三、二、二、三だねぇ。艦橋もロシア風だし」
 しげしげと眺めているらしい綺羅の声に、洋一も身を乗り出して小さく見える敵艦を覗き込む。全身からロシア艦らしさを醸し出しているが、その艦首部には確かにブランドルの三ツ矢が描かれていた。どうやらこれもロシア合衆国からブランドル帝国に売却されたらしい。よく見ると三連砲塔と二連砲塔が混在していた。三五㎝砲十門と、秋津の扶桑級辺りに匹敵するのがネヴァ級戦艦であった。ペテルスブルグ条約でたしか二連砲塔は二つとも降ろして練習戦艦としていたはずだが。
「主砲は復活させたみたいだけど、にしても古いからって戦艦を四隻も売るものかねぇ」
 戦艦と云えば国家の象徴のようなものである。おいそれと手放すものではないはずだが。
「お? どうやらうちの役者も登場らしい」
 振り返ると彼方にうっすらと煙がたなびいている。どうやら〈高尾〉と〈愛宕〉らしかった。自分たち制空隊がぐるぐると旋回しているのが見えたのか、真っ直ぐとこちらに向かってくる。二対四なのは判っているだろうに、ひるむ様子は無かった。
 ブランドル艦隊も煙を認めたのか、針路を〈高尾〉と〈愛宕〉の方へと向ける。正対して双方の距離が急速に縮まっていく。
「これはいよいよ始まるなぁ。おっと、仕事だ」
ネヴァ級の三番砲塔が旋回して、斜め前を向く。そちらに敵は居ないはずだがと思っていたら、砲塔の上に積まれた飛行機が、カタパルトによって打ち出された。
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