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3 ブレストへのお使い
しおりを挟む五月十二日
ところが二日後にさっそく「今度」が来てしまった。遣欧軍での会合のために向かう綺羅の護衛兼付き添いとして、洋一も同行することとなった。
二機の十式艦戦は〈翔覽〉を発艦するとブリタニー半島の先端から上陸する。市松模様のような畑が眼下に広がる。こうして上から見るとのどかに見えるのだが。
あっという間に目的地であるブレスト港の上空に差掛かる。海面を幾筋もの航跡が乱雑に描かれ、ものすごい数の船が行き交っているのが判る。ブリタニー半島に残った秋津軍、ノルマン軍二十万を支えている港なのだ。
「古くからの港町だからね、暇なら観光したかったんだけど」
そう云いながら綺羅は高度を下げて街を眺める。
「ほら、右手がタンギータワーで、左がブレスト城だ。十七世紀のお城だそうだよ」
河に沿って古めかしい城壁に囲まれた一角が、海を見下ろしていた。
「あそこにノルマン海軍の司令部がある。お城ってのは古くても軍事的価値を失わないらしい。今もなおブレスト港を護っているってわけだ」
「……あの、城壁の上の対空銃座がこっち向いているんですけど。もっと高度を」
城壁と同じ高さを飛ぶ不埒者に冷たい銃口を向けている。あれは絶対に怒っている。
「お、〈フッド〉と〈ドレイク〉が並んでる。あ、洋一君洋一君、〈ルシタニア〉だよ〈ルシタニア〉。あっちは秋津の〈摩耶〉級かな」
海上に出ると今度は船の間を縫い始める。何のことはない。これが紅宮綺羅の「観光」なのだろう。
周りの事情などお構いなしにブレスト港を堪能すると、郊外にある飛行場へと向かう。
「Brest Control, this is Scarlet 1. request to landing」
何事もなかったかのようにブレスト飛行場に着陸許可を求める。
「ブレストは混んでるからねぇ、ちゃんと許可貰わないと怒られるんだよ」
そこを気にするなら港の低空飛行も控えて欲しいのだが、当たり前のように二機並んで滑走路に滑り込んだ。
誘導路を通って駐機場に向かうと、たしかにごった返していた。幾つもの輸送機が並んで何かを降ろし、あるいは積み込んでいる。その間をノルマン空軍の戦闘機が離陸していく。ソッピースシルバーフォックスかホーカーハイランダーか。
立ち並ぶ格納庫の一つに抱き稲穂の旗が掲げられている。秋津用の格納庫であった。二機を預けると、綺羅はやってきた秋津の整備員と何やら話し込む。
交渉の結果、自動車を借りることに成功したらしい。案内された先には見慣れた〈くろがね〉四起が待っていた。
「さあ洋一君、運転頼むよ」
「まあそんな気はしてました」
護衛兼付き添いなら、そこに運転手が足されてもさほど驚かない。
「行き先はさっき見たお城だよ。道は判るね」
「いや無理ですよ」
空から見たからといって地上の道が判るわけでもない。先ほどの整備員に道順を尋ねてから、車はブレストの中心部へと向かった。
街は多くの車が行き交い、混み合っていた。ノルマン軍の無蓋車の脇を秋津軍の幌付がすれ違う。たまに鹵獲したとおぼしきブランドルの車まである。しかし。
「なんだか、活気があるのとは違いますね。切羽詰まっているというか」
みんな運転が荒いようなので気をつけなければいけない。
「後退後退でみんなここに逃げ込んで来ているからねぇ」
助手席の綺羅の眼もどこか物憂げである。着のみ着ままで逃れてきた避難民の群れを見ればそうもなろう。
「遣欧軍の司令部も今はブレスト城に間借りしているし。まああちこち回る手間が省けるのはいいんだけどね」
ブランドルによるノルマンへの侵攻が始まってからもうすぐ一年になる。何度もあった危機を凌いでここまで粘ってきたが、流れを取り戻すことはできなかった。負け戦というのはやはり気分が重くなる。
「まあ我々が気に病んでも始まらない。自分達にできることをするだけだよ」
国同士の戦争の中では一兵士のできることなどたかがしれている。
「しかしこうなると心配なのが頼まれた土産ですよ。手に入るのかなぁ」
空母を出るときに主計科の将校から貴重なポンドを渡されて、生鮮食料を調達するように頼まれている。彼らが乗ってきた十式艦戦がぶら下げている増槽は、整備科が改造した増槽型行李なのだ。
「そうだなぁ、用事はとっとと済ませて調達に時間をさきたいね」
そう云っているうちにブレスト城の前に来た。海や河に面している方は重厚な壁がそそり立っているが、陸側は複雑な形状の堡塁が折り重なっていた。護りやすいかもしれないが、役所として使うには不便そうだな。守衛に身分証を見せながら洋一はそう思った。
いくつか橋を渡って城の中に入る。車寄せに付けると綺羅はひらりと車から飛び降りた。
「駐車場で待っててね。じゃ」
云うが早いか足早に中へ入っていった。どうやら時間が押しているらしい。
残された洋一は車を駐車場へ移動させる。周囲には同じように上官を待っている運転士達がたむろしていた。当然ながら皆ノルマン人達である。目が合った洋一はどこかぎこちなく微笑んだ。
「へい、みすたー」
「お待たせ」
綺羅が戻ってきた時には随分打ち解けて話していた。ティーカップを置くと洋一は車に戻った。
「とりあえず飛行場に戻ろう。随分仲良くなったみたいだね」
去り際にノルマン兵達に手を振る洋一を見て綺羅が云った。
「ええ、互いに車の乗り比べしたりしました。レンジローバーの運転覚えましたよ」
向こうは向こうで〈くろがね〉四起の小ささを楽しんでいたらしい。
「それと市場の場所とかも聞けました。野菜の類いは意外にまだあるそうです」
「じゃあちょっと寄ってみるかな」
帰りは市街地の外側を回って郊外の市場を覗いてみた。避難民の流入とか後退してきた兵士などで混乱はしているが、まだ商品はあった。日持ちのする食材が狙われているおかげで、足のはやい野菜が残っていた。
現場で鍛えられたおかげで、洋一もだいぶノルマン語に自信が持てるようになってきた。臆せず市場の人間と価格交渉できる。ちなみに綺羅様に任せると向こうの言い値で買ってしまうので注意しなければならない。主計から貰ったポンドには限りがあるのだ。
「そろそろ車がいっぱいですね」
〈くろがね〉は三人乗りなのでさして積めない。後部座席がレタスやらアスパラガスで埋まっている。
「もう一回来るかな。いったん飛行場に行こうか」
増槽型行李二機分と考えると二倍は積めそうだった。
「戻る前にちょっと一服しようか。市街地側に行けばカフェか何かがあるよ」
任務中のはずなのだが、どこか観光のようになってきた。まあせっかくだからブレストの街を堪能するか。ハンドルを握る洋一も、どこか朗らかな気分になってきた。
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