蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻 ブレストにて

初音幾生

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7 サーカスは華やかに

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 半島の幅はおよそ100㎞。速度は200ノット(370㎞/h)なので20分足らずで横断できる。運が良ければ敵が来る前に終わらせられるだろうか。
 半分までは何事もなかった。
敵機Bandits発見。8時方向8 o'clock上方High
 第303飛行隊の列機が敵機を発見したらしい。云われた方に眼をこらすと、確かに1000m位上空に黒い影が見えた。
 近づいてくるが数㎞手前で並走するようになった。明らかにこちらに気がついている。まあ当然か。わざわざ4本も色つきの煙を曳いて場所を教えているのだから。
 おなじみのフォッカーFo109かな。眼をこらして見てみたら双発で一回り大きい。同じフォッカーでもFo110双発戦闘機か。航続距離を重視してエンジンを二つ搭載した重戦闘機。2機でパトロールしていたところを妙な編隊を発見して様子を見に来た、と云ったところだろうか。
「左前方にも敵影接近、えーっと、てんおくろっく。こっちは109。4機」
 今度は陸軍が知らせてくる。あちこちから敵が集まってきて、彼らを遠巻きに眺め始めた。ただこちらの意図を図りあぐねてるのか、手を出そうとはしてこない。
 こちらは一騎当千と云うだけあって敵が現れようとも編隊に乱れはない。しかし無線は忙しく飛び交っていた。
「……あれより近づくようなら自分達が行きます、隊長はそのままで」
「おいおい、俺抜きで始めちまうのか?」
「大丈夫です。煙出す機体が残っていれば下からは判りませんよ」
 発煙器を抱えた指揮官機の方が落ち着かなくなってきた。
 うちはどうするのかな。特に云ってないけど。洋一は3番機の方を見た。成瀬一飛曹は無線は使わないけれど、手信号で何やら4番機に指示を出していた。どうも始まったらこちらも分離して向かうつもりらしい。
「こちらクレナイ二番、じゃあ自分もクレナイ三番に続いて援護をしますんで」
「おいおい行くなよ洋一君、君は2番機だろ。寂しいじゃないか」
 こっちの指揮官機も泣き言を言い始めた。
「まあ慌てるな諸君、もう20㎞/h増速だ」
 早く終わらせようとノルマンの指揮官も加速を始める。それでも煙で描かれた三色の帯は一糸の乱れなく鮮やかに空に描かれていた。
視界の向こうに海が広がり始める。そろそろロリアンだろうか。もうすぐブリタニー半島の南側に出る。こちらもそわそわし始めるし、どんどん増えていく敵の群れもなにやら落ち着かなくなってきた。
 遂に海上に出た。三色旗を表した煙がブリタニー半島を横断しきった。
「諸君、ノルマンとその同盟国の団結を天下に示す良い飛行であった。では最後に少しばかり身体ををほぐそうか。スモークオフ」
 ノルマンのマラン少佐が告げると同時に、全機が翼を翻した。4つの編隊がそれぞれの獲物めがけて周囲の敵に襲いかかる。羊の群れを取り囲んでいたはずの狼のはずが、一瞬にしてその立場が逆転した。
 十式艦戦の編隊は翼を翻すと右後方の敵影に向かう。双発のフォッカーFo110だ。数は四。相手の左前、斜め下から突き上げるような格好になる。敵も慌ててこちらに機首を向けようとした。その瞬間に綺羅機は反対側に切り返した。
「110はあの辺が死角なんだよ」
 双発エンジンが影になる隙を突いて相手の左前から右前にずらす。殆ど向かい合っているのであっという間に距離が詰まるが、相手はまだ見失って気づかない。
 フォッカーFo110双発戦闘機に、容赦なく銃弾が浴びせられた。綺羅の一撃で右のエンジンが派手に黒煙を吹き出し、次いで炎を吐き出した。洋一が撃つまでもなく、炎が翼に回ると右の主翼がポッキリと折れた。
 彼らの真上を十式艦戦の編隊が駆け抜ける。振り返るともう一機も成瀬機と小暮機によって両の主翼から派手に炎を吹き出しながら地上に向かっていった。
 彼らクレナイ小隊は緩やかに上昇して高度を取る。洋一は急いで周囲を見回す。どこもかしこも敵とおぼしき編隊ばかりだった。欧州中から集まってきたのではと思えるような光景だ。
 しかしそんな中でも十式艦戦も、隼も、シルバーフォックスも、ハイランダーも、思うがままに暴れている。さすがは音に聞こえた腕利き揃いだ。数は未だに敵の方が多いはずだが、正直負ける気がしない。
 洋一は紅い尾翼に眼を向ける。隊長はどうするのかな。反転してさっきの110の生き残りを追うのか、別の編隊に向かうのか。次の瞬間に尾翼が動き、針路を大きく変えた。
「クレナイ各機、10時からこっちに向かってくる」
 視線を向けると二機がこちらに向かってきてるのが洋一にも判った。うっすらと白煙を曳いているのですぐに見つけられた。
 単発機ということはFo109かな? 被弾しているのに向かってくるとは良い度胸だ。そう考えたところで洋一は首をひねった。煙を吹いているのに来るか?
「109じゃないなぁ。それに速い」
 こちらが思っていたよりも早く接近してきた。ほぼ向かい合って突っ込んでくる。正面からの撃ち合いを嫌って綺羅機は針路を少しずらした。
 二つの編隊がすれ違う。洋一は眼で敵を追った。小柄なフォッカー109より更に小さいのでは無いか。翼の印象も少し違うし、何より機首が違う。エンジンカウリングと一体に見えるほど、プロペラスピナーが大きい。
「これは驚きだ。ハルバーシュタットHl100だよ!」
 綺羅が教えてくれたので洋一もようやく相手の正体が判った。たしかブランドル空軍の制式戦闘機の座を巡ってフォッカーFo109と争っていた機体だった。ハルバーシュタットの方が速かった筈なのに結局フォッカーが採用されたので、何か不味いところでもあったのだろうと云われていた。
 反転して追おうとしたが、もう豆粒のように小さくなっている。
「たしかに速いなぁ。10ノット、いや20ノットはこちらより上だね」
 その代わり旋回半径は恐ろしく大きい。遙か向こうで反転しようとしているらしいが、あの様子では戻ってくるのに相当かかりそうだ。全然曲がれない機体らしい。
 小さな機体が遠くまでいってしまったので見失いそうだが、白い線を曳いているおかげで目で追うことはできる。
「あの白煙は何ですかね。どこか壊れているとか」
 まさか空中サーカスの発煙器とか。こちらに張り合うつもりとか。
「あれは多分冷却水だよ。シリンダーに直接水を吹き付けて気化熱で冷やすんだ。フォッカーも209でやっていた。カウリングを絞れるから空気抵抗を減らせるらしい」
 速度記録を狙ったフォッカー209ならそんな無茶も有りかもしれない。ブランドル人は奇妙な方法を考えるものだ。
「でもあれ、目立ちません?」
 蒸発した水蒸気が再び凝固して白煙のように見えるのだろうが、おかげで青空に白い線を描いて自分の居場所を周囲に知らしめていた。
「速度記録を狙うならいいけど、戦場では派手すぎるねあれは」
 向こうも尾翼が紅い人には云われたくないだろうが、目立つおかげでこちらも対処できてしまう。戦場では不味い欠陥だった。
「あと水が無くなったら冷ませなくなるし、その辺が不採用の理由かもね」
 そんな不採用になった機体がどうしてこんなところに居るのやら。空中サーカスをしている怪しい奴を墜として名を上げたいのだろうか。
「確かに速いなぁ」
 珍しい機体に興味と未練があるらしい。
「周りも見てくださいよ」
「判ってるよ」
 釘を差したら返事と同時に翼を翻していた。先ほどまで居た空間をフォッカー109が駆け抜け、ひらりと躱した十式艦戦はバレルロール一回でその後ろにつく。
 鮮やかな手並みで一機を墜とすと、目移りしたように別の獲物へと機首を翻す。洋一は付いていくだけで精一杯だ。
 腕利きも曲者も揃ったこの混乱した戦場で、最も人の眼を惹きつけるのは間違いなく紅宮綺羅だ。追いかけながら洋一はそう確信し、それが何だか誇らしかった。
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