公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

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第十一話 ヘルミーナの欠点

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(あら? この紅茶おいしい)

 ヘルミーネは甲冑姿の無骨な男が淹れてくれた紅茶が、意外なほど美味しくて目を丸くした。
 どうやら元婚約者栄誉の会の者たちの中には、紅茶を淹れる際のゴールデンルールを心得ている者がいたようだ。そんな事をヘルミーネは呑気に考えている。

 すっかり寛いでいるヘルミーネとは対照的に、元婚約者栄誉の会の面々は緊張で脂汗を滴しながら直立不動の姿勢で立っていた。
 言うまでもないが、ヘルミーネが暴れだす事を恐れて緊張しているのだ。

(おい、紅茶はちゃんと淹れたか?)
(だ、大丈夫なはずだ)
(失敗してご機嫌を損ねるなよ!)
(怖い事を言うな! もしヘルミーネ様のお怒りに触れたら俺たちはみんな……)

 などとエスパーの様に目だけで会話している彼らは、ヘルミーネがお礼参りに現れたのだと思い込んでいる。
 そして一旦お礼参りが始まれば、自分たちがどうなるかは分かりきっていた。先日の王宮での茶会で、グロリエンがヘルミーネによってぶっ飛ばされた事件と同じ目に遭うのだ。

 元婚約者たちが耳にした事件の話は、すでに尾ひれが付いて刺激的に誇張されていたゴシップであった。
 要するに事実とはかけ離れた内容なのだが、彼らはそれを信じて疑わない。どうやら恐怖は人の判断力を狂わすと言うのは本当のようだ。

(なあ、ヘルミーネ様がグロリエン殿下を半殺しにした理由。あれ本当だと思うか?)
(侮辱を受けたからってやつだろ。俺は本当だと思うぞ……)
(泣いて許しを乞うグロリエン殿下を、気絶するまで殴り続けたと言うではないか)
(それだけ侮辱が許せなかったのだろうな)
(じゃ、じゃあ、婚約破棄を願ってヘルミーネ様に恥をかかせた俺たちの事も……)

 再びエスパーの様にして目だけで会話をしていた元婚約者たちは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。ちなみに彼らは本物のエスパーというワケではない。以心伝心での会話である。

(当然許さないだろうさ。その為のお礼参りだからな……)
(い、生きて帰れるのか俺たち?)
(ふん、無理だろ。勇者の加護をお持ちだったグロリエン殿下でさえ半殺しだぞ? お前の加護は何だっけ?)
(声帯模写だ。ものまねが得意だぞ)
(ふ~ん……)
(わ、悪いかよ。ならお前のも言ってみろ)
(生け花師範だ。何れにしろ俺たちの加護じゃあ生存確率は上がらなそうだな)
(そ、そうだった。俺たち死ぬかもしれないんだったな……)

 元婚約者たちは直立不動の姿勢のままではいたが心はヘナヘナと崩れ、己の運命を想像して絶望している。
 まあ冷静に考えればグロリエンを半殺しにした時点で、ヘルミーネは死罪である。しかし彼らはその事に考えが及ばぬほど、ヘルミーネを恐怖していた。

「あの、ところでみなさん」
「はひいッ!!」

 そんな元婚約者たちの気持ちなど露知らず、ヘルミーネは普通に彼らとの会話を続けた。

「本日みなさんにお集まり頂いた理由なのですが、実は私──」
「どうかお許し下さいヘルミーネ様ッ!」

 だが元婚約者たちが普通に会話など出来るわけもなく、恐怖と緊張に耐えられなくなった彼らはヘルミーネの言葉を遮ってまでして許しを乞うた。

「えっ? えっと許すって?」
「我々はヘルミーネ様を侮辱するつもりは無かったのですッ!! むしろヘルミーネ様に比べたらゴミ虫の様な我々が婚約者で居る事が大罪なのですッ。大罪に恐れ慄き、この身を退かざるを得なかった我々の決断に、どうか御慈悲を賜りたく思いますぅッ!!」

 そうして元婚約者たちは甲冑をガチャガチャと鳴らしながら、全員で平伏して謝罪し始めてたのである。
 彼らは先日の夜会でも同じように平伏していたが、これにはさすがのヘルミーネも閉口し心の中で、「またなのっ!?」と叫んでしまった。

「ち、違いますからっ。みなさんが私との望まぬ婚約を、兄のマッドリーに無理やり押し付けられていたのは知ってますからっ。ですので申し訳なくは思っていても、侮辱を受けたなどとは思っていませんわ」

 その途端、部屋の中は静まり返り、甲冑が擦れる音さえ聞こえなくなる。

「で、ではヘルミーネ様は、我々にお礼参りをしに来られたワケではないのですか?」
「えっと、よく分かりませんが、私はみなさんからの助力を得たいと思って、本日はそのお願いに参ったのです」
「我々からの助力を、得に?」 

 拍子抜けとはまさにこの事だろう。元婚約者たちは一様にポカンとした顔をしながら、ヘルミーネが求める助力についての話を聞いていた。
 要するにヘルミーネは、自分が元婚約者たちからフラれた理由を知りたかったのだ。その上で理由となった欠点を改善する努力をして、少しでも魅力的な女性へと近づく事を望んでいたのである。

(絶対にグロリエン様を私に振り向かせてみせるんだから!)

 ヘルミーネがそう思う気持ちの全てが、グロリエンへの思慕とはいえなかろう。彼女の本質は負けず嫌いなのだ。乙女心の意地だってある。
 しかしいずれにしろ、ヘルミーネが魅力的な女性を目指そうと思ったきっかけは、グロリエンで間違いない。

「どうか正直に教えて頂きたいのです。みなさんの誰もが婚約破棄の理由を、私の筋力強化の加護のせいだと仰います。しかしそんなの到底納得の出来る理由ではありません」
「はあ、しかし……」

 確かにヘルミーネの筋力強化の加護は桁外れだ。しかしその非凡な能力に釣り合わないから婚約を辞退するというのは、世間の常識からもおかしいとヘルミーネは思っていた。
 優れた加護の能力は婚約に有利になりはすれ、不利になるなど聞いた事がない。それが世間の常識である。

 そういうヘルミーネの普通の感覚が、彼女と元婚約者たちとの間に意識の齟齬を作っていた。
 そもそもヘルミーネの筋力強化自体が非常識なのだ。世間の常識からはすでに外れている。

「私の気持ちを傷つけまいと、みなさんが無難な理由をお作り下さる優しさは有難いと思います。でもこの際ズバッと本音を教えて下さいっ。そうでなければ私の女性としての成長は望めませんわ!」

 ヘルミーネの来訪理由がお礼参りではなくてホッとしたのも束の間、これはこれで元婚約者栄誉の会にとっては難題であった。
 というのも婚約破棄をお願いした理由が、筋力強化の加護であるのは紛れもなく本音なのである。仮にヘルミーネの加護が常識の範疇のものだったら、彼らはみな狂喜乱舞して婚約を喜んでいたに違いない。

 公爵という最高の家柄の娘であり、美しい顔だちもしている。加えてスタイルもなかなかに良い。
 だがヘルミーネの筋力強化の前ではそれらの美点は全て消し飛んでしまうのだ。

(だってチョン切られたくないしっ!)

 そう思う彼らを誰が責められようか。なにせヘルミーネのあらゆる箇所の筋肉が、彼女の興奮と共に強化されてしまうのだ。
 そんな女性との結婚は男性として、いや人間として致命的である。

 かといってこの理由を正直に話す事など出来るわけもない。一体どうやってヘルミーネを納得させれば良いものかと、元婚約者たちはホトホト困ってしまった。

「さあお願いしますみなさん、ズバッと本音を仰って下さいっ!」

 ヘルミーネから鬼気迫るものを感じてきた元婚約者栄誉の会の面々は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

(お、お前、何か気の利いたこと言えよ!)
(簡単に言うな、ならお前が言え!)
(おい、不用意な事は言うなよっ)
(そうだ、逆鱗に触れたら命はないぞっ)

 相変わらずエスパーのようにして目だけで会話をする元婚約者たちは、誰かがこの難局を打開することを期待した。
 するとそこに救世主が現れたのだ。元婚約者の一人が勇気をふり絞り、ヘルミーネの要求に答えたのである。

「で、では本音を申し上げましょう……。ヘルミーネ様の最大にして唯一の欠点は、小動物を厭うそのお心にございます!」
「小動物を厭う私の心!?」

 ヘルミーネは心底驚いた。まさかそれが理由でフラれてきたとは思いもしなかったからだ。

「はい。日頃からヘルミーネ様は猫や仔犬、または小鳥といった小動物を、意図的に避けておられました。我々は常々それを残念に思っていたのです。か弱きものを愛する心は豊かな母性に通ずると考えます。我々貴族が家系の存続に重きを置くのは言うまでもありません。それを成す為の重要な要因の一つが母性なのです」

 言葉を失ってしまったヘルミーネは、ギリリと奥歯を噛み締める。
 同じく言葉を失ってしまった他の元婚約者たちは、顔面を蒼白にさせ心の中で叫ぶ。

(その理由はムリがあるだろーーッ!)

 ところがヘルミーネの口から溢れた言葉は意外にも、「そういう事だったのですね」という納得を示したものだった。 

「仰る通り貴族の女にとって、その家を守り繋いでいくのは大切な使命ですわ。なるほど将来の伴侶に母性を求めたみなさまのお気持ち、理解できました」

(納得したーーッ!?)

 呆然とする元婚約者たちに深々と頭を下げ、「至らぬ婚約者であった事をお詫びします」と謝罪するヘルミーネ。 
 やがて顔を上げた彼女の儚げな笑顔は、何とも健気で可憐だった。

「みなさんありがとう。私、貴族令嬢としてもっと成長するよう頑張りますわ」

(めちゃくちゃ素直だーっ! しかもなんか可愛いーーッ!!)

 元婚約者栄誉の会の面々は、今更ながらヘルミーネに心を掴まれてしまったようだ。
 余談ではあるが、この後二つあったうちの一つである『元婚約者被害者の会』の表札は、全員の手によって破壊され燃やされたそうである。
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