公爵令嬢は今日も筋肉で愛を語る~好きって伝えたいだけなのに、破壊オチになる件~

灰色テッポ

文字の大きさ
17 / 36

第十七話 兄、孤軍奮闘す

しおりを挟む
 ヘルミーネ誘拐事件は、営利目的による犯行であったと結論付けられた。
 もっともフェンブリア王国では今回の事件を、アグネス誘拐事件と思って疑っていない。

 捕まった五人の男たち全員が、美人な方の貴族令嬢を狙ったと白状したからだ。
 もちろん王国は彼らを拷問にかけ、その背後関係を探ってみたが、彼らからその気配を見付ける事は出来なかった。

 改めて言うが五人の正体は、ペイルディス帝国の秘密諜報員たちである。
 しかし彼らは自国にいる家族たちの事を思い、必死でその正体と目的を隠し通した。もし正体をバラしたならば家族たち全員が連座させられ、本人の代わりに裏切りの代償を支払わされるからだ。そういう点において帝国は容赦がないのである。

 ともあれ今回の誘拐事件は、一応の解決をみた事となったわけである。
 たった一人、この男を除いては────
 
「本日、本領より呼び寄せた三百名の騎士と兵士が我らに合流する! 合わせて四百の兵団となるわけだ。皆には命がけで忠義を果たす事を望む。よいなッ!」

 広い庭に規律正しく整列している騎士と兵士達は、その言葉に応と力強くこたえた。
 言葉を発した男は他でもない、マッドリー・ロックスである。彼は王都にあるロックス公爵家別邸の庭で、ロックス家の家臣たちを指揮している真っ最中だった。

 マッドリー本人も完全武装をしており、まるでこれから戦争でもしようという出立ちであった。いや、本人はすっかりそのつもりかもしれない。

「帝国の魔の手から、我れらが世界の至宝ヘルミーネを護るのだ! ヘルミーネの命は我らの命より重いと知れッ!」

 そう、マッドリーだけは今回の誘拐事件の主犯は帝国であり、しかも誘拐はヘルミーネを対象としたものだと思っていた。
 ゆえに解決などはしていないと、グロリエンを始め宰相や国王にまで帝国の関与を訴えた。図らずもマッドリーの推測は真実を見抜いていたのだ。

 ところが誰も彼の言うことを真面目に受け取りはしなかった。
 王国でも一部の者たちにとって、マッドリーの病的なシスコンは有名であったからだ。

 事実マッドリーが示した帝国関与の根拠というのが余りにも異常だった。帝国が持ちかけた平和友好会議自体、世界の至宝ヘルミーネを欲しがった皇帝による偽装工作だと言うのだ。
 もはや根拠というより妄想でしかない。いつもの病気がまた始まったと思われても仕方がないだろう。

 当然ながらヘルミーネもまた、誘拐についてのマッドリーの話は異常だと思っている。
 屋敷の窓から冷めた視線で兄を見つめている彼女は、いつになく無表情だ。だがその口だけは呪文を唱えるようにして、何か言葉を繰り返し呟き続けていた。

「馬鹿なの? 病気なの? イジメなの? ブッ飛ばされたいの? 馬鹿なの? 病気なの?……」

 そんな妹の気持ちも知らぬまま、マッドリーは孤軍奮闘してヘルミーネを護っている。いや、孤軍というのは少し違う。彼には頼もしい味方もいたのであるから。

「マッドリー団長! 正門にエリスティア王女殿下の馬車がご到着致しましたっ!」
「これは元婚約者栄誉の会の皆さん。報告ご苦労様です。貴方達が我が家の門衛をして下さり、私はとても心強く思っています!」

 元婚約者栄誉の会といえば、言わずと知れたヘルミーネの元婚約者たちである。
 彼らはマッドリーがヘルミーネの危難を訴えているという噂を聞きつけて、その助力にと馳せ参じたという訳だ。

「なんのこれしき、これもすべて我らが女神ヘルミーネ様の為! ところで王女殿下の馬車をお通ししても宜しいでしょうか?」

 マッドリーの許可を得た元婚約者栄誉の会の面々は、意気揚々としてエリスティアの馬車を邸内へと誘導した。
 馬車の窓からこの騒ぎを見ていたエリスティアは、玄関で自分を待っているマッドリーに気づくと深く溜め息をつく。

(ほんとぉ、鋭いんだか馬鹿なんだかぁ、昔から分かんない人よねぇー)

 エリスティアにとってマッドリーもまた幼い頃からよく一緒に遊んだ友人だ。
 とはいえマッドリーはあくまでもグロリエンの従者という立場を崩さなかったので、ヘルミーネのような親しさはない。

 どちらかと言えば幼い頃から秀才であったマッドリーへは、異性への淡い想いにも似た憧れを抱いていた。
 まあそれもマッドリーが極度のシスコンだと、エリスティアが知るまでの事ではあったのだが。

「エリスティア王女殿下、我らへの陣中見舞い恐れ入ります」

 馬車から降りるエリスティアをエスコートしながら、マッドリーはそう感謝の言葉を述べた。だがそれに対してエリスティアは、露骨に眉根を寄せて嫌な顔をする。
 あまり感情を表に出さないエリスティアにしては珍しい事である。

「これって戦争ごっこぉ? 悪いけどぉ、私はぁヘルミンに会いに来たんでぇ、マッドリーのお遊びには付き合わないよぉー」
「お遊びとは心外ですな。帝国は必ずやまたヘルミーネを狙ってきますぞ」
「ふぅーん、本気で言ってるんだぁ」
「むろんです」

 ロックス公爵家の家臣と元婚約者栄誉の会の者たち以外、マッドリーの警鐘を信じる者は誰一人いない。
 当然シスコンマッドリーの異常性を知り抜いているエリスティアも、他の者と同様に無視するつもりでいた。しかし何故か今日に限ってはそう出来ないでいる。

「ほんとぉ、あんたって厄介な奴ぅ。けどぉ、そんなに心配ならお兄様に言ってぇ、ヘルミンを護らせればいいのにぃー」
「もはやグロリエン殿下に頼るつもりはありませんな」
「なんでぇ?」
「殿下と私は、すでに訣別した関係でありますので!」

 実をいうとマッドリーは、グロリエンの補佐官を辞してこの場に来ている。
 簡単に経緯を話せば、ヘルミーネが帝国に狙われているというマッドリーの進言を、グロリエンが一笑に付してしまったのがその原因だ。

 しかもグロリエンは五人の誘拐犯をヘルミーネが瞬殺したと聞き、その手際の良さを喜んでしまったのだ。
 マッドリーにしてみれば大切な妹の災難を喜ぶグロリエンの態度は、まったくもって許しがたいものである。だから謝罪するようにと申し入れた。

 だがあろう事かグロリエンは、むしろ災難だったのはヘルミーネと戦った誘拐犯達だろうと笑って言ったのである。
 これではシスコンでなくとも腹を立てると言うものだ。グロリエンにしてみればヘルミーネの強さを称賛するつもりで言ったのであろうが、あまりにも非常識でデリカシーに欠けている。

「お兄様が死にそうになってるのはそう言うワケかぁー」
「死にそうとは?」
「公務の量が倍増したんだってぇー」
「それは重畳。私の調整無しの公務では早晩くたばることでしょう」
「許してあげないのぉ?」
「お断りです。殿下のヘルミーネへの言葉は万死に値しますので!」
「もぉ、ほんっとマッドリーってめんどくさいよねぇー」
「めんどくさいの通り越して、兄上は絶対に異常だよ!」

 最後に言ったその声は、エリスティアのものでもマッドリーのものでもなく、ヘルミーネの声であった。

「エリスンが遅いから玄関の外まで迎えに来ちゃったよおっ」
「ヘルミ~ン、久しぶりぃー」

 二人は手に手を取り合いながら小さく跳ねて、少女のように再会を喜びあっている。
 だがその後ろでは、この世の終わりに直面しているかの様な絶望的な顔をしたマッドリーがいた。

「へ、ヘルミーネ。いまお兄ちゃんの事を異常とか言わなかったかな?」
「ん? 言ったわよ。だって本当だもの」

 どうやらマッドリーはヘルミーネに自分の事をお兄ちゃんと呼んで欲しいようだ。
 まあ、それは置いておいて。ヘルミーネはこの馬鹿げた警戒状態にほとほと嫌気がさしていた。マッドリーが自分を大事に思ってくれる気持ちは有難いが、それにしても限度がある。

 近所迷惑も申し訳ないし、自意識過剰だと笑われるのも恥ずかしい。
 加えてヘルミーネは自分が原因となって、グロリエンに迷惑をかけている事にも我慢がならなかった。

「兄上っ!」
「お兄ちゃん……って呼んで欲しい」
「兄上ッ!!」
「は、はいっ!」
「今すぐこの馬鹿騒ぎを止めないと、もう兄上とは絶交ですっ」
「えっ!? でも帝国が……」
「兄上は心得違いをなさってますわ。グロリエン殿下がいま公務に支障を来している現状を、どうお考えですか?」
「いい気味だと思います!」
「兄上っ!」

 ひときわ高く声を上げたヘルミーネに、マッドリーはビクリとして叱られた子供の様な顔をした。

「お、怒っているのか?……」
「怒るに決まってますッ。王族の公務の停滞はすなわち国家の停滞に繋がりましょう。それこそ他国の思う壺ですわ」
「た、確かにその通りだ。さすがは人類の奇跡ヘルミーネ!」
「だったら早急にグロリエン様の補佐官へと復帰して下さい!」
「し、しかし……」
「もうさぁヘルミン、こんな分からず屋とは兄妹の縁を切っちゃえばぁー?」
「ゲェッ!!」

 どうやらエリスティアのその一言が決め手となったようだ。マッドリーは「それだけはお許しをッ!」と涙ながらにヘルミーネにしがみつき、軍団の解散と補佐官の復帰を約束したのである。
 こうしてマッドリーの奮闘は終わりを告げたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

処理中です...