柴イヌのコテツですが異世界ってなんですか?

灰色テッポ

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第二章 柴イヌと犬人族のお姫様

第二十六話 モニカの元カレ

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 タリガの町の真ん中辺に冒険者ギルドはありました。この町はなんとなく元気がない感じで、歩いている人も少ないです。
 ご主人様の匂いもしませんし、ここで捜すのは難しいかもしれません。

 オレはモニカさんとリリアンさんが来るのを待って、三人でギルドの中へと入りました。

「誰も、居ませんわね……」

「ふぅ疲れた。なあモニカ、荷物は宿やどが見つかるまでギルドに置いておいていいか?」

「構いませんわ、けど変ねえ。業務の引継ぎもあるし、前の支部長が居ないはずがないんだけど」

「出掛けているんだろ。小さなギルドだし、のんびりしたもんさ」

 リリアンさんが言う通りで、すごく狭い家です。しかも埃っぽくてゆかで寝て休もうと思いましたが、汚くて寝られません。

「リリアン、私ちょっと事務所の方を見てくるわね」

「分かったモニカ、私は依頼書掲示板を見てみるよ。コテツ殿も一緒にどうですか?」

 特にすることもないオレは、リリアンさんと依頼書掲示板を見にいったのですが……

「なんだこれ!? Aランク依頼が一つもないぞ? てか、どれも一年以上前の古いものだらけで、新しい依頼が一つもないっ!」

「オレのBランクのもないのですか?」

「ないです……期待していた獣人からの依頼もないですし、これじゃ冒険者として生活できませんっ!」

 ってことは、ご飯が食べられないのでしょうか? それは困ります!

「おい、モニカっ! ここのギルドって、確か冒険者は十人以上はいたよな? 彼らが全部依頼を受けている最中なのか!?」

「あ、リリアン、それがいま事務所の依頼関係の書類を調べてたんだけど、一年以上前から新規の依頼を受けた形跡がないのよ……」

「ええっ!? どういうことだよ?」

「分からないわ……」

 どうやらピンチな感じですね。
 あ、ちょうど外から大勢の人たちが、このギルドに向かって来る匂いがしています。
 もしかしたら冒険者のみなさんかもしれません。

「大勢の人がここに来ますよ。その人たちに聞いてみては?」

「そう……ですわね」

「それしかないな」

 モニカさんがこっちに来て、リリアンさんと顔を見合わせていますね。二人ともすごく不安そうです。
 何かの間違いであって欲しいとモニカさんがつぶやいた時、入口のドアが開かれました。

「おや? おやおやおやぁ!? 君はモニカじゃないか?」

 一番最初に入ってきた男の人が、モニカさんを見るなり親しげに話しかてきましたね。
 この人がモニカさんをイジメる元カレとかいうくそ野郎さんでしょうか?
 
「ええ、モニカですわ。お久しぶりね、オスカー」

「えーっ! もしかして僕に会いたくて、わざわざこんな辺境にまで来てくれたの?」

「もちろん違いますわ」

「冒険者のみなさんも大勢いるようなので、自己紹介させて頂きます。この度タリガのギルド支部長として赴任して参りました、モニカ・ローチスです。どうぞよろしくお願いします──メガネクイッ」

「へえ……君が支部長ねえ。すごい出世だね、おめでとう! その眼鏡もよく似合っているよっ!」

 はて? やはりモニカさんがイヤがっていた糞野郎さんはこの人のようですが……とてもフレンドリーで感じが良い人に見えますね。

「私は今日から世話になるAランク冒険者のリリアン・バルボーレだ。よしなに頼む」

 おや、リリアンさんも自己紹介をしました。これはオレもしたほうがよさそうです。

「オレは柴イヌのコテツですっ! Bランク冒険者ですっ!」

「柴犬? 君は獣人の犬人族けんじんぞくと関係があるのかい?」

 糞野郎さんがオレに話しかけてきました。ちょっとだけ警戒した匂いをさせています。
 なぜでしょうかね?

「関係ありません! オレは人間の姿をしたイヌなんで!」

「コテツ殿は人間だ、獣人とは関係ない」

 リリアンさん、嘘はいけません。

「関係ないならいいや。僕はオスカー・パティス、コテツ君と同じBランカーだよ。もっとも元Aランカーだけどね」

「オスカー、ちょっといいかしら?」

「なんだいモニカ? 昔は恋人同士だったんだ、遠慮はしないでおくれ」

 あ、いまモニカさんが、またイラっとした匂いをさせました。
 てか、糞野郎さんって名前じゃなかったんですね。ヒドい名前だと思いましたが、本当はオスカーさんと言うようです。

「あなたこのギルドでは顔役だって聞いて来たのだけれど、ならここ一年以上新規依頼がない事情もご存知よね? 教えて下さるかしら。あと前支部長はいつ頃お戻りになるか知ってます?」

「なんだい、ずいぶんと色気の無い話だね。まあいいや、前支部長はね一年位前に失踪してしまってもう居ないよ」

「うそっ!? そんな話は本部から聞いていませんわよ?……」

「そりゃそうさ、僕が彼に成り代わってギルドの面倒を見ていたからね。新規の依頼の受付は面倒だからやめちゃったけど、そのかわり僕への個人的依頼を冒険者全員でやっているから問題ないよ!」

「も、問題ないって……そういうのは成り済ますと言うのですわ! 明らかな違法行為ですッ」

 モニカさん、すごく怒っていますね。なんで怒っているのか全然わかりませんけど。
 それより他の冒険者さんたちの態度のほうがオレは気になります。

 少しずつ敵意の匂いが濃くなってきているんです……

「コテツ殿……気づいてますか?」

「はいっ! リリアンさんも匂いますか?」

「匂いは分かりませんが、嫌な空気です。たいしたランカーは居ないようですが、十二人と数がいますので一応ご注意を……」

 リリアンさんがいつになく真剣です。頼もしいですね、番犬二号にしてあげましょう。

「大袈裟だなあ……前支部長がまた戻ってくるかも知れないと思って、僕は善意でやっていたのにさ。モニカは相変わらず可愛げがないね!」

「余計なお世話ですわ。じゃあオスカーは本部からの辞令を見て、私がここに支部長として赴任する事は知っていたのですね?」

「あはは、そういう事。びっくりして見せた方が感動の再会っぽいだろ?」

「はぁ、もういいですわ。とにかく今後のギルドの運営は私が行います。新規の依頼も受付てゆきますので、冒険者のみなさんもよろしくお願いしますね」

「あらら、だそうだよ。みんなどうしよう?」

 オスカーさんが冒険者のみなさんにそういたのを合図に、みんなが一斉に笑い出しました。
 イヤな感じですね、リリアンさんの顔も何だか険しいです。

「なあ姉ちゃん、俺たちさ、とっくに冒険者なんか辞めてんだわ。今はオスカーさんの下で働いてんの」

「そうそう、今更ギルドなんかどうでもいいんだよ。今日俺たちがここに来たのはな、あんたらに釘を刺すためなのよ」

「俺らの商売の邪魔するようなら、てめえら潰すぞっ! カーッペッ!」

 うわっ、床にたんを吐くとは不潔ですね。これ以上汚さないで欲しいです。

「おいおい、言葉遣いが乱暴だぞ。モニカは僕の元カノなんだし、また仲良くしたいんだよ。だから失礼のないようにしてくれよ」

「また仲良くなんかなりませんわ。それよりオスカー、あなたがご商売をなさるのは勝手ですけれど、ギルドに脅迫めいた事を言うのはどういう訳かしら?」

「それなんだけどね、獣人たちがギルドに依頼をだしてくるのは知ってるだろ? その中に僕の商売の邪魔になる依頼がたまにあるんだよ」

「何の依頼ですの?」

「なに、単なる人捜しさ。でも実際に捜されると色々と面倒なんだ」

 あっ! 人捜しで思いだしました! ここにいる冒険者のみなさんに、ご主人様のことを知っている人がいるかもしれません。
 さっそく訊いてみましょう!

 なのでオレはみなさんにご主人様の似顔絵を見せたんです。

「はぁ? 知らねえよ! てかいまオスカーさんとあの女が大事な話をしているところだろが、気持ち悪い絵をみせんなっ!」

「こっちだって大事な話ですよ!」

 まったくご主人様を何だと思っているのでしょうかね。他の人にも訊いてみましょう。

「キモオタだぁ? こんな顔の豚なら知ってるぜ、ガッハハ」

「知るかボケッ! 潰すぞっ! カーッ」

「アーッ! ちょっと待って! 汚いので床に痰を吐かないでくださいよっ!」

「……ごっくん。って、飲んじまったじゃねえかっ! 床に吐かれなくなかったら痰壺でも持ってきやがれ、潰すぞっ!」

 壺ですか? そういえばリリアンさんが壺を沢山持ってましたね、一つお借りしましょう。

「どうぞ、壺です」

「おっ? こりゃいいな! カーッペッ」

「き、貴様っ! い、いま結婚できる壺に何をしたッ!」

 リリアンさんが血相を変えてこっちにやって来ましたね。壺を借りたとお伝えしておきましょう。

「あ? 何って痰壺に痰を吐いたんだよ。邪魔するなら潰すぞ! カーッペッギャーッ」

 あ、リリアンさんの渾身のパンチが炸裂して男の人がぶっ飛びました……

「あぎゃーっ! 俺の鼻が潰されたーっ!」

「ちょっ! ちょっとリリアン、何しているのよっ!」

「モニカ聞いてくれっ! こ、こいつが私の大切な結婚できる壺に痰を吐いたんだっ! これでご利益がなくなったらこの男、ぶった斬ってやるっ!」

 なるほど……大切な壺だったのですね。だからこんなに怒っているのですか……
 よし! オレが勝手に壺を借りたことは黙っておきましょう。

 だって絶対怒られそうなのでっ!

「あはは、君はリリアンと言ったかな? そんな怪しい壺に頼らなくても、君ほど可愛ければ結婚なんて簡単だよ!」

「だ、黙れっオスカー! この壺は怪しくなどはないっ。私の願いが込められた奇跡の壺だぞっ!」

「あれ? 僕の名前もう覚えてくれたんだね、嬉しいな! なんなら僕と結婚しようか?」

「う、うるさいっ! だ、誰でもいいという訳ではないのだッ! チラッ」 

 ひいっ! い、いまリリアンさんがオレをチラッと見ましたっ!
 壺を勝手に借りたのがバレているのでしょうか……

「ふぅーん、まあいいや。とにかくモニカ、ギルドの運営を再開するのは好きにしておくれ。二人だけの冒険者で何ができるか知らないけどさっ」

「あなたに許可されるまでもなく再開しますわ!」

「だけどね……さっきも言ったけど、獣人からの人捜しの依頼だけは受けないようにしてくれよ? でないとこのギルドは、僕の商売の邪魔とみなすからね」

「…………」

「その時は、僕がこのギルドをどうするか……フフ、僕の恋人だった君なら分かるだろ?」

「お、オスカー、あなた一体何のご商売をなさっていますの?」

「あれ? まだ言ってなかったっけ? 獣人たちの奴隷売買だよ」

 そう答えたオスカーさんはとっても悪い顔をして邪悪な匂いをさせていました。

 まあオスカーさんがフレンドリーでも悪い人でも、正直どっちでもいいです。

 オレのやることはただひとつ。番犬としてモニカさんを守ることだけですから──
 
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