ゴダの少女

酒向ジロー

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少女独居編10

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 唐突な提案に困惑したが、すぐにペラさんが真剣な表情からやわらかい笑顔に戻るのに気づいた。

「冗談よ、私も徐々に自分自身を変えていかないとねぇ」

「あ、あはは」

 と、ここでようやくペラさんに隙ができたような気がした私は「失礼します」と一言だけ口にした後、櫛でペラさんの髪の毛を整えることにした。すると、彼女は特に抵抗するわけでもなく受け入れてくれた。

「あぁ、ごめんなさい、みっともない格好だったかしら」

「いえ、とてもおきれいな髪の毛です、すぐに済ませます」

「ありがとうカイア」

 いつまでも梳いていたくなるような綺麗な髪を前にうっとりしつつ、いつまでも呆けていられない私はすぐさまペラさんから離れた。
 すると、そこにはいつも通り美しいペラさんの姿があり、彼女は手鏡で自らの姿を確認した後、もう一度「ありがとう」と言った。

「所でカイア今日はどこを見に行くつもりなの?」

「えっと、見に行くというのはどういうことですか?」

「それはもちろん、今日から私たち新入生は属性見学をする日じゃない」

 ペラさんの言葉に一体何の事かと脳内整理していると、徹夜明けの頭の片隅からそれらしき記憶が引っ張り出されてきた。
 
「そ、そう言えばっ」

「今日から本格的に魔女見習いとしての日々が始まるの、どこに所属するかは入学式でほとんど決まっているようなものだけど、選択するという大切な権利を行使する日なの、だから今日は大忙しよ」

 選択できる権利、それはつまりペラさんもまたアルバ様と同じく四属性を統べる力を持った『天』か『地』の属性を持つ方なのだろう。

「あのぉ、ペラさんはどこか目星はついておられるのですか?」

「そうねぇ、特に決めてはいないけどカイアは決めてるの?」

「私は・・・・・・」

 思わず言葉が詰まる、あまり考えないようにしてはいたけど、ここにいると嫌でもこの事実を突きつけられ思い出さなくてはならない事実に私は少し憂鬱になった。けれど、それを振り払うかのようにペラさんが微笑みかけてくれた。

「カイアも私と一緒で選択できる立場にいる例外なんでしょ?」

「え?」

「あなたの事は知ってるわ、フクロウのシチフクに属性を見出されなかったのよね」

「はい」

「でも、それならそれで選び放題ってことよ、それってとっても自由じゃない?」

 自由、ペラさんから度々口にされるその言葉は彼女の中でとても重要視されるテーマなのかもしれない。そして、その自由という言葉に私はとてつもなく心を惹かれた。

「自由、ですか」

「私はこの『自由』という言葉をポジティブにとらえるようにしているわ」

 あまりにも勇気づけられてばかりの私は、この人生でいかにネガティブな生き方をしてきたのだろうと悔いた。
 もう少し愛想良く、それこそポジティブに生きていれば、もう少し違った未来もあったかもしれない。

 そう思いながら目の前でほほ笑むペラさんの真似をするかのように私は少し口角を上げてみることにした。
 すると、ペラさんは私の顔を見て驚いた顔をしたかと思えば、すぐに笑顔になってクスクスと笑い始めた。

「ちょっとカイア、突然変な顔をしないでよ」

「えっ、えっと」

 個人的には笑顔をしてみようとしたのだが、他人から見れば変な顔をしているように見えたらしい。けれど、目の前のペラさんが私で笑ってくれていたのは少し嬉しくもあった。

「笑い慣れていないわねカイア、笑顔の練習をした方がいいわよ」

「笑顔の練習をするのですか?」

「えぇ、鏡の前で笑顔の練習よ、表情筋を鍛える訓練も必要ね」

 その言葉を聞いて、真っ先に思い出されたのは鹿乃瑚おば様の怒った顔だった。

 大角邸で働いていた時、ペラさんに言われたように鹿乃瑚おば様にもよく愛想が悪いとか笑顔がぎこちないと怒られていたのを思い出した。まだ新しい記憶が鮮明によみがえり、私は笑顔というものに慣れていないのだろうと実感した。

 そんなやり取りと、苦い思い出に浸りながら今後の予定を考えていると、ペラさんが唐突にアルバ様とモモちゃんと一緒に見学をしようと言い出した。
 その提案に、あのアルバ様と行動を共にする事にとてつもない緊張感が襲ってきたが、ペラさんの提案を断ることはできなかった。

 そして、行動力に溢れるペラさんは思い付きのまま動き出て私の元から走り去ると、あっという間にアルバ様とモモちゃんを連れて私の元まで戻ってきた。
 戻ってくるなり、アルバ様は私を見つけると険しい顔つきになった。そして、まるで恨みがこもっているかのような目で見つめてきた。

 かつては彼の目にたまらなく惹かれ、いつまでも見ていたくなるようなときもあったが、今ばかりは彼の目でさえ見ていられなかった。
 そうして軽い挨拶を交わしていると、私とアルバ様の様子がおかしい事に気付いたのか、ペラさんが少し焦った様子でアルバ様と私の間を取り持ってくれた。

 そうして、ペラさんの説得の末に私達四人は属性見学へと繰り出すことになった。

 本館までの道のりはアルバ様とペラさんが仲良さげに話し込んでおり、私はそんな様子をただ眺めていた。そして、モモちゃんはというと私の事をじっと見つめながらニコニコしており、これが何とも居心地が悪かった。
 どうせなら話しかけてくれた方が幾分ましなのだが、どういう訳かモモちゃんは何も話しかけてこずジロジロと私を見つめてくるだけだった。

 そんなこんなで本館へとたどり着き、属性見学の説明会があるというと多目的ホールに向かった。すると、そこではすでに新入生と思われる人たちが大勢集まっており、私たちもその集団にまぎれた。
 ほどなくすると、周囲の喧騒を鎮めるかのようにベルの音が数回鳴り響いた。周囲は静まり返り、静寂の中からコツコツと大きな足音と共に大きな男の先生が現れた。

「よーし、新入生は集まっているな、これから属性見学についての説明を始めるから静かに聞くように」

 はきはきと喋る大柄の先生はあまり見覚えのない人だった。その人は大きな咳ばらいをした後、身にまとう黒いジャケットをピシッと着直した。

「コホン、まずは自己紹介をしておこう。私は四属性全体の管轄をしている大泉 伯耆おおいずみ ほうきだ、おもに高学年の属性魔法についての講義を行っている、よろしくっ」

 大泉先生は黒光りする髪の毛をぴっちり七三分けにセッティングし、口髭を蓄えた所謂ダンディな人だった。動物に例えるならゴリラの様な人であり、男らしさがあふれているように見えた。
 そんな大泉先生は口髭を度々触りながら私たちの様子を眺めており、まるで品定めでもするかのようだった。

「ふむ、今年の新入生は優秀だと聞いているが、聞いた通り優秀そうなのがチラホラ。しかし、それ以上に問題を抱えた生徒も同じだけいるというのもまたしかりといったところか」

 大泉先生はそんなことを言いながら口髭をいじり、ニヤニヤと笑って見せていた。その笑顔が優秀な生徒がいることを喜んでいるのか、問題児をあざ笑っているのかは彼のみが知る事だろう。
 だが、それだけに大泉先生という人がとてもミステリアスに見えてしまい、私は少し不安になった。

「まぁ、なんにせよ君たちが今日するべきことはただ一つ、我がエルメラロード魔法学校における四属性のいずれかに所属することだ。
 四属性についてはすでに斑鳩先生から学んでいるであろうから説明する必要もないと思うが、君達にはこれから四属性に所属し、多くの先生や先輩たちからご指導とご鞭撻を受けることになるだろう。
 そして、それが立派な魔女になるための最短最良の手段であることは魔女見習いの君たちは肝に銘じておかなければならない」

 長々と喋った大泉先生は疲れることなく次なる言葉を発した。

「さて、長話もつまらないだろうから早速始めるが、ここエルメラロード魔法学校の本館における四属性の拠点が四つある。
 東に風、西に雷、北に水、南に火と、それぞれの位置に四属性の拠点がありそこで各々の属性ごとに催しが行われている。自らが望む場所に行き所属する意思を示しに行くがいいだろう。
 そうそう一つ付け加えておくが、この中には四属性の囚われない枠外にいる者もいるだろうが、その者たちについては自由にするがいい。
 ようするに、どこにでも好きな属性に入ればいいというわけだ。
 ただし変な勘違いをして自惚れないように、いずれは皆同じ道を辿るものという事を忘れるな、とだけ言っておこう」

 少しそっけない言い方に思えたが、隣で一緒に話を聞いていたペラさんはなんだか嬉しそうにガッツポーズをしていた。
 大泉先生の話が終わると、先生の近くにいた魔女見習いの先輩と思われる人達が声を上げた。その人達は各々に自らの自己紹介と所属する属性を口にしていた。

 どうやら、彼らが属性ごとの先輩であり希望する属性見学へと案内してくれるらしい。そうして、徐々にざわめきだつホール内で私達はどうするのかと思い悩んでいると、ペラさんが一番に声を上げた。

「アルバ、あなたどうせ東に行くのでしょう」

「知った口をきくな、お前に俺の何がわかる」

「あら、あなたの憧れであるリードさんは東にしかいないわよ」

 アルバさんはしばらくの沈黙の後、まるで苦虫をかみつぶしているかのような苦悶を表情を浮かべたが、すぐに笑ってみせた。しかし、その笑顔は見るからにぎこちないものだった。

「ふっ、俺はこう見えても情熱的な男でな、だから、最初に行くのは火属性って決めてたんだよ、全くお前の憶測には呆れたものだなぁ」

 アルバ様は、少し無理をした様子で声を震わせながら口にした。すると、そんな彼の様子にペラさんはニヤニヤと笑いながら私に近寄って耳打ちしてきた。

「見なさいカイア、アルバは嘘がつけない純粋な男なのよ、その証拠にゆがんだ口角がピクピクと動くでしょう、あれは嘘をついているときの癖よ」

「そうなんですね」

 初めて聞くアルバ様の情報に半ば興奮しながら彼の口元に注目していると、確かに口角のあたりがピクピクと痙攣していた。とても新鮮なアルバ様の情報を脳内に大切にしまい込みながら、アルバ様の一声で火属性の見学へと向かうことになり、私たちは南に向かった。

 本館南に位置する火属性の拠点となる場所に到着すると、そこは多くのランタンやロウソクが並べられ、たくさんの明かりが揃ったとても明るい場所だった。

 火属性を案内してくれる魔女見習いの先輩の人の話だと、火属性は常に明るく灯を絶やさない光溢れる属性だと説明しており、その説明通りの薄暗い本館から南に向かうほど明るくなっていくような気がしていた。火属性と聞いたときは、まるで地獄の様な場所を想像していたが、実際に来てみるとかなり癒される空間に思えた。

 そんなことを思いながら歩いていると、徐々に何かが焦げているような匂いと体温が上昇しているような気がしてきた。
 何かおかしい、そう思いながら歩いているとすぐにその原因が分かった。開放的な大広間にたどり着くと、そこは石造りで黒いすすがそこら中にこびりついている場所に着いた。

 そんな中、私の目に入ってきたのは重厚な鎧を着た人たちだった。その人たちは皆片手に松明を持っていた。

 どうやら彼らが火属性の先輩たちなのだろう。一見すれば恐怖しか感じられない姿だったが、よくよく見れば彼らは皆幼い顔立ちに似合わぬ付け髭をつけており、かすかにほほ笑んでいるように見えた。
 どうやら何かの仮装でもしているらしい。そんなちょっと変わった雰囲気に少し安心していると、突然彼らは雄たけびを上げた。

 想像していたものよりも弱く若々しい声だったが、それでも迫力のある咆哮に驚いていると、彼らは突然動きを合わせて踊り始めた。
 一体感のある動きと揺れ動く松明の火がとても幻想的で思わず見とれてしまった。まるで、何かのお祭が始まったかのような光景の中、周囲は徐々に盛り上がり始めた。

 案内をしてくれている先輩曰く、これが火属性伝統の歓迎行事らしく新入生を歓迎するために毎年行われているようだ。太鼓や笛の音が鳴り響き、わいわいがやがやとにぎわう中、近くにいたアルバ様が「暑苦しいな」と冷めた顔と口調でボソッと呟いていた。

 思わぬ一言に、隣にいたペラさんがアルバ様の言葉に笑いがこらえられないのか、私の肩にもたれかかりながらクスクスと笑いはじめた。そんな混沌とした中で、モモちゃんだけは周りの熱気に感化されたのか、小さな体をぴょんぴょんと跳ね上げながら盛り上がった様子を見せていた。

 個人的にはアルバ様に同感だ。確かに見とれることもあるが、それ以上徐々に増していく熱気に私は耐えられそうになかった。そして、ペラさんもまたうんざりとした様子で身にまとうローブをパタパタと動かしながら涼もうとしていた。

「まぁ、なんというかこういう暑い所は悪くはないけど私には合わないわ、カイアはどうかしら?」

 ペラさんはけだるげにそう言った。

「私も暑いのは苦手です」

 私がそう言うと近くにいたモモちゃんが「僕は気に入ったけどね」と言いながら楽しそうに跳ねて踊りの真似をしようとしていた。

「悪いわねモモ、いくら歓迎とはいえここは私の性には合わないわ、あの集団行動だけでも嫌気がさしてくるもの」

「ではペラさん水属性なんかどうですか、とても涼しそうで良いと思うのですが」

 あまりの熱気に思わずそんな提案をすると、ペラさんは笑顔で指をパチンと鳴らした。

「良い案ねカイアそうしましょう、いいかしらアルバとモモ?」

「まぁ、お前たちがどうしてもそう言うのならそうするか」

「僕もいいよ、どこに行っても楽しそうだから」

 ペラさんの提案に二人はあっさりと快諾した。その様子から二人もそれほどこの場所に執着はなさそうに思えた。
 しかし、そのうちの一つの反応にいち早く疑問を感じたと思われるペラさんはアルバ様に詰め寄った。

「ちょっと、情熱的なあなたが欲していた場所よ、もう少しゆっくり見学していけばいいじゃない?」

「何言ってるんだお前は、一つの事だけに固執するのはあまりよくないと俺は思う、それに婆ちゃんもそう言っていた」

「ふーん、そう」

「あぁ、ほら、とっとと行くぞ」

 アルバ様は心広いお方だ、そう思いながら私たちは早々に南を後にした。

 しかし、こんな早々に火属性を後にする生徒は少なく、私たちはどこか異質な存在なのかもいしれないと不安になりながら北へと向かっていると、徐々に熱された体が冷やされていくような気がした。

 それが、普段の体温に戻っていくものなのか、はたまた水属性の拠点である北に向かっているからなのかはわからないが、とにかく冷やされていく体に心地よさを感じていた。

 しばらく歩いて水属性の拠点へとたどり着くと、そこにも多くの人が集まり歓迎されている様子だった。
 ここでは火属性で感じた乾燥した空気ではなく、少し湿った水属性らしい場所だった。

 個人的にはここの空気感は体に馴染むというか、居心地の良さを感じた。

 至る所に水がよく流れており、チョロチョロチャプチャプと心地の良い音まで聞こえてきていて、さながら雨の日の様な気分だった。
 そんなことを思いながら二つ巡ってみて感じたのは、人によって好みの分かれる居心地の良し悪しがあるという事だ。

 私にとって居心地の良いと思われるこの場所は嫌な人にとってはここは嫌な場所だろう。
 そんなことを考えながら、火属性に比べて落ち着いた様子で水属性の見学を行っていると、ここでは具体的な座学や実践などの魔法に関する事が繰り広げられており、私にはとても魅力的に思えた。

 また、私たちと同じ新入生達も皆静かにその話を聞き入っており、雰囲気はとても最高に思えた。
 そんなことを思いながら、他の三人にも意見を聞いてみようと思っていると、唐突に凄まじい寒気を感じ取った私は、思わずその場で立ち止まってしまった。

 ゾクゾクと足元から湧き上がる寒気、そして、その寒気の原因が何度も感じたことのあるモノだと感じ取った分かった私は、コツコツという足音が徐々に近づいてくることに気付いた。

 周りに人がいるのだから、そんな足音はただの雑音に過ぎないのだが、私の耳に入ってくる足音は妙に存在感があり、思わずその足音の方へと目を向けた。
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