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第四章 三つの世界の謎

決定

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 時間はあっと言う間にたち、とうとうその時がやってきた。
 リオは、キムに向かってありったけの言い訳を並べ、恥を捨てて甘えながら、先のばしを懇願したけれど、当然ながら聞き入れられず、引きずられるようにして、一星の部屋に運ばれてしまった。
 部屋には先に光がいて、部屋の入り口に仁王立ちしている。一星は、ゆったりと黒革のソファの背もたれに寄り掛かり、不機嫌そうに眉を顰めていた。
「それで? どっちにしたんだ。最初の相手」
 金色の前髪をうるさそうにかき上げながら、一星は聞いた。
「あのね、それがね……」
  おそるおそる少年は口を開く。
「先に言っとくが、嫌だとか無理だとか、一言でも言ったら、紅龍の餌にするぜ。わかってるだろうな」
 一星は両目を眇めた。
「最近紅龍の様子がおかしい。その事で、ずっとぴりぴりしてんだ。憂さ晴らしできるなら、俺はなんだって飛びつくぜ。まあ、まさかいくら往生際悪いお前でも、今更そんな事言わねえだろうけどな」
 痛いところを突かれてリオはしょんぼりと口をつぐむ。やっぱり、自分で決めねばならないらしい。少年は二人の候補者を交互に見た。キムは余裕に満ちた表情で穏やかに視線を受けとめ、光は口を固く結び、挑むようにこちちを見返す。リオは一星に視線を戻した。鋭く苛立ちのまじった眼光が、早くしろと暗に告げている。
「俺にしとけよ。年も近いし、きっとお前の力になれる。な。俺、お前の事、すごい、大事にするから」
 光が言った。
「リオ。わかってるだろう。君みたいな純情な子には、私くらい大人が丁度いいんだよ。私と君との相性は最高だよ。初めてでも、きっと悦楽の高みへと導いてあげるから」
 キムも、対抗するように口を添える。
「バトルらしくなってきたじゃねえか。そうこなくっちゃな。腐っても赤夜叉の花嫁候補だ。熱くなってもらわねえと、つまらねえ」
 一星はにやりと笑って、長い足を組み直す。
 リオは両目を瞑って、しばらく考え、そして思い切ったように目を開けた。
「決めたか」
 一星が尋ねる。
「……うん」
 ためらいながらもリオは答えた。
「どっちだ」
 リオは、男たちの視線を避けるように俯きながら、そっとキムを指さした。
「だろうな。そうと決めたら、ちゃっちゃとすませて来い。光。依存はないよな」
「……俺も予想してましたから」
 くぐもった声に、リオの心はつきりと痛む。本当は、キムとだってセックスなんてしたくない。だけど、どこかエキセントリックな面のある光より、キムのほうが、まだましに思える。
「一星……」
 鈴を転がしたような、か細い声が流れてきて、一星は後ろを振り返った。
「もうすぐ行く。待ってろ」
 いつもクールな男の目が、打って変わって柔和になる。リオの心臓は早鐘を打ち始めた。その声は、よく知っている。隣室のドアの向こう側に、彼がいるのだ。
「ねえ、沙蘭がいるなら、会わせてよ」
 リオは言った。
「初夜が目前だっていうのに、余裕綽々だな。事が済んだら会わせてやるよ。今あの手この手で口説いてる最中なのに、お前の優柔不断が伝染して、また殻にとじこもられちゃあ、困るからな」
「まだ……口説いてるんだ」
「悪いか。こう見えても、俺はシャイな男なんだぜ」
 照れたように呟く一星を前に、リオは沙蘭の体で、この男に抱かれた時の事を思い出した。あの時はあんなに強引だったのに。本物の沙蘭の前では、そんなに慎重になっているとは意外である。沙蘭の赤いさらりとした髪と、そしてバラ色の頬が脳裏に浮かぶ。第二と第三の世界で陥った窮状のきっかけは全部沙蘭が作った。問いただしたい事は山のようにある。だけど、会いたいのはそんな理由だけじゃない。この龍の統べる町に捕らわれた同士というだけでなく、たった二人しかいない赤夜叉の花嫁候補でもあり、沙蘭と自分には共通点が沢山ある。同じ孤独を抱えたただの友達として、心を通わせてみたかった。
「じゃあ、行こうか。君用の特別な部屋を用意してある」
 キムの手がそっとリオの背中に回る。そのままエスコートされながら、ドアの手前で、くるりと少年は振り返った。
「一星、京ちゃんはどこに行ったの?」
「知るか。そのうち帰ってくるだろ」
 事もなげに一星は言い、リオはほうっとため息をつく。もう、今更何を思っても、何に気がついても仕方がない。初めての夜をキムに捧げると決めたのだ。
 キムとリオに続いて光もドアの外に出た。まるで連行される囚人のように間を挟まれながら、リオはとぼとぼと廊下を進んだ。
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