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( BL)バレンタインデー
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隣クラスのサッカー部同期、加藤ユウスケは、ちょっと目を引くワイルドな美形の男。性格も成績も運動神経もよくって、一見非の打ち所ないナイスガイだ。
だから、ひとしきりボールを追いかけた後の二月十四日の夕方、二人肩を並べて家路をたどりながら、
「なあ、お前、今日チョコレートいくつもらった?」
そんな俺の問いかけに
「ん? 一個ももらってないけど」
こんな答えがかえってくるとは夢にも思わなくて。
「マジか? なんで? 俺ですら十はもらってるのに?」
俺は、下げていた自分のスポーツバックを揺らしてチョコの存在を確かめながら、思わずでかい声を出してしまった。
「別におかしかねーだろ。クラスに男しかいねーんだし」
いや、確かに理系はそうだけれども。
「けど、一歩外に出たら普通科の女子なんか、いっぱいいるじゃん。俺のクラスの女の子たちだってお前のこと結構噂してるぜ。サッカー部次期キャプテン候補はイケメンでかっこいいって」
「……ふうん。初耳。けど、別にどーでもいいよ」
ユウスケは鼻のあたりまで垂れた長い前髪をうるさそうに払う。笑みのない、固く結ばれた唇は奴の内心を物語っていてるような気がして、俺はちょっと同情してしまった。
「おい、そんな早足になんなよ。いや、悪かったな。まさかお前がもらってねーとは思ってもなかったから、無神経なこと聞いちゃってさ」
俺は、ぽんぽん、と奴の肩を叩いた。
「ま、気にすんな。家に帰ったら、お母さんくらいはくれるだろ。あ、そういや、妹もいたっけ。よかったな。二個は固いぜ」
「なんだよ、それ。俺に気をつかってるつもりかよ」
ユウスケは、うざそうに言うと、鋭い目でこっちを見る。
「おい、睨むな。お前、なまじ顔がいいだけに、怖いんだよ」
俺は踵を伸ばして、奴の肩をがしっと抱いてやった。
「なあ、機嫌直せよ。あ、そうだ。俺のチョコ、食う? 俺あんまり甘党じゃねえし」
「いらねーよ」
「ああ、完璧拗ねてるな。謝ったじゃねーか。無神経でごめんって。でもさ「あ、お前みたいな奴がバレンタインに一個もチョコをもらえねーなんて、世の中間違ってるんじゃね? 達也ですらアニ研の子に一つはもらったのに。義理でもあいつ泣いて喜んでたぜ」
ふん、とユウスケは鼻を鳴らす。
いかんいかん。二次元オタクの達也にまで負けたとなると、ますますこいつは浮上できないじゃんか。
「……お前は誰にもらったんだよ。チョコレート」
ふいに、前を向いたままユウスケはそう聞いてきた。
「へ? クラスの子たちだけど」
「そん中に好きな奴とか、いるのか。お前、そーいうの、全然いわねーけど」
「いねーよ。つか、俺のも義理ばっかだよ」
「ほんとか?」
「ああ。友チョコだって、全員に釘さされた。だから、お前が引け目感じることなんか全然ねーんだよ」
ユウスケは立ち止まり、そっか、と小さくつぶやいた。
なんだか妙に嬉しげで、俺はちょっと引いてしまう。
「……お前、そんなに俺がモテたらいやなわけ」
「ああ、いやだ」
即答すると、ユウスケは肩にまわした俺の手を、反対側の手でぎゅっと握り返してきた。
「お前は、俺だけのもんだ。誰にも渡しません」
「なんだ。それ。まるでなんかみたいじゃん」
「その、なんか、だよ」
ユウスケは右手でがしりと俺の肩を抱く。がっちり肩を組み合ってても、身長差で俺のほうが捕獲された宇宙人みたいになってしまうのは、毎回かなり不満なんだけど。
でも。
横を見ると、さっきまでの不機嫌さが嘘みたいに、無邪気な笑顔がそこにあって、なんだか嬉しくなってしまった。
「あっ、そうだ。今日、俺んち来る? モンハンの新作買ったばかりでさ、一緒に旅に出ないか?」
「いいな。それ。でも夕飯時に悪いんじゃねえの」
「大丈夫。とーちゃんもかーちゃんも、バレンタインデートで帰り遅いし。ラーメンくらいなら俺作るし」
「わかった。行く」
「やったー」
俺は心の中でガッツポーズを取る。バレンタインの夜、一人っきりで過ごすのも、虚しい気がしてたんだよな。
「そうだな。そろそろ俺たちの関係も、一歩進めといたほうが良い気もするし」
ぽつりと、至近距離でユウスケは呟く。
「え? 何?」
聞き返す俺に、奴は、悪人みたいな顔でにやりと笑って
「いい加減覚悟決めろってことだよ」
ちゅっと、耳たぶにキスをした。
「て、てめっ、またやりやがったなっ」
俺は触れられた箇所に手を当てて、ぱっと奴から離れた。
「あのなあ、お前がもてねーのって、そーいう態度が問題なんだと思うぜ?スキンシップ過剰すぎだっつーの。てめえはアメリカ人か!」
「どうした。顔真っ赤だぜ。何回やっても慣れないねえ。薫クン」
ユウスケは、にやにや笑いながら、俺の頭をがしがしと叩くように撫でる。
ったく。スキンシップを控えろって言ったばかりのに、早速こうだ。
「あのなあ、お前にとっては、ただの挨拶かもしれねーけどさ、誤解する奴も絶対いるって。俺らって、なんかなんじゃないかって」
「だから、そのなんか、だって言ったろ」
ユウスケは、ひゅう、と口笛を吹きながら前を歩く。
モデルみたいに均整のとれた後ろ姿を見ていたら、今度はなんだか腹がたってきた。
「せっかく俺が忠告してやってるのに。おい、待てって。コンパスの長さが違うんだから、早足になんなって言ってるだろ!」
俺は、小走りでユウスケに追いつき、後から奴の肩をぐーで殴った。
終わり
だから、ひとしきりボールを追いかけた後の二月十四日の夕方、二人肩を並べて家路をたどりながら、
「なあ、お前、今日チョコレートいくつもらった?」
そんな俺の問いかけに
「ん? 一個ももらってないけど」
こんな答えがかえってくるとは夢にも思わなくて。
「マジか? なんで? 俺ですら十はもらってるのに?」
俺は、下げていた自分のスポーツバックを揺らしてチョコの存在を確かめながら、思わずでかい声を出してしまった。
「別におかしかねーだろ。クラスに男しかいねーんだし」
いや、確かに理系はそうだけれども。
「けど、一歩外に出たら普通科の女子なんか、いっぱいいるじゃん。俺のクラスの女の子たちだってお前のこと結構噂してるぜ。サッカー部次期キャプテン候補はイケメンでかっこいいって」
「……ふうん。初耳。けど、別にどーでもいいよ」
ユウスケは鼻のあたりまで垂れた長い前髪をうるさそうに払う。笑みのない、固く結ばれた唇は奴の内心を物語っていてるような気がして、俺はちょっと同情してしまった。
「おい、そんな早足になんなよ。いや、悪かったな。まさかお前がもらってねーとは思ってもなかったから、無神経なこと聞いちゃってさ」
俺は、ぽんぽん、と奴の肩を叩いた。
「ま、気にすんな。家に帰ったら、お母さんくらいはくれるだろ。あ、そういや、妹もいたっけ。よかったな。二個は固いぜ」
「なんだよ、それ。俺に気をつかってるつもりかよ」
ユウスケは、うざそうに言うと、鋭い目でこっちを見る。
「おい、睨むな。お前、なまじ顔がいいだけに、怖いんだよ」
俺は踵を伸ばして、奴の肩をがしっと抱いてやった。
「なあ、機嫌直せよ。あ、そうだ。俺のチョコ、食う? 俺あんまり甘党じゃねえし」
「いらねーよ」
「ああ、完璧拗ねてるな。謝ったじゃねーか。無神経でごめんって。でもさ「あ、お前みたいな奴がバレンタインに一個もチョコをもらえねーなんて、世の中間違ってるんじゃね? 達也ですらアニ研の子に一つはもらったのに。義理でもあいつ泣いて喜んでたぜ」
ふん、とユウスケは鼻を鳴らす。
いかんいかん。二次元オタクの達也にまで負けたとなると、ますますこいつは浮上できないじゃんか。
「……お前は誰にもらったんだよ。チョコレート」
ふいに、前を向いたままユウスケはそう聞いてきた。
「へ? クラスの子たちだけど」
「そん中に好きな奴とか、いるのか。お前、そーいうの、全然いわねーけど」
「いねーよ。つか、俺のも義理ばっかだよ」
「ほんとか?」
「ああ。友チョコだって、全員に釘さされた。だから、お前が引け目感じることなんか全然ねーんだよ」
ユウスケは立ち止まり、そっか、と小さくつぶやいた。
なんだか妙に嬉しげで、俺はちょっと引いてしまう。
「……お前、そんなに俺がモテたらいやなわけ」
「ああ、いやだ」
即答すると、ユウスケは肩にまわした俺の手を、反対側の手でぎゅっと握り返してきた。
「お前は、俺だけのもんだ。誰にも渡しません」
「なんだ。それ。まるでなんかみたいじゃん」
「その、なんか、だよ」
ユウスケは右手でがしりと俺の肩を抱く。がっちり肩を組み合ってても、身長差で俺のほうが捕獲された宇宙人みたいになってしまうのは、毎回かなり不満なんだけど。
でも。
横を見ると、さっきまでの不機嫌さが嘘みたいに、無邪気な笑顔がそこにあって、なんだか嬉しくなってしまった。
「あっ、そうだ。今日、俺んち来る? モンハンの新作買ったばかりでさ、一緒に旅に出ないか?」
「いいな。それ。でも夕飯時に悪いんじゃねえの」
「大丈夫。とーちゃんもかーちゃんも、バレンタインデートで帰り遅いし。ラーメンくらいなら俺作るし」
「わかった。行く」
「やったー」
俺は心の中でガッツポーズを取る。バレンタインの夜、一人っきりで過ごすのも、虚しい気がしてたんだよな。
「そうだな。そろそろ俺たちの関係も、一歩進めといたほうが良い気もするし」
ぽつりと、至近距離でユウスケは呟く。
「え? 何?」
聞き返す俺に、奴は、悪人みたいな顔でにやりと笑って
「いい加減覚悟決めろってことだよ」
ちゅっと、耳たぶにキスをした。
「て、てめっ、またやりやがったなっ」
俺は触れられた箇所に手を当てて、ぱっと奴から離れた。
「あのなあ、お前がもてねーのって、そーいう態度が問題なんだと思うぜ?スキンシップ過剰すぎだっつーの。てめえはアメリカ人か!」
「どうした。顔真っ赤だぜ。何回やっても慣れないねえ。薫クン」
ユウスケは、にやにや笑いながら、俺の頭をがしがしと叩くように撫でる。
ったく。スキンシップを控えろって言ったばかりのに、早速こうだ。
「あのなあ、お前にとっては、ただの挨拶かもしれねーけどさ、誤解する奴も絶対いるって。俺らって、なんかなんじゃないかって」
「だから、そのなんか、だって言ったろ」
ユウスケは、ひゅう、と口笛を吹きながら前を歩く。
モデルみたいに均整のとれた後ろ姿を見ていたら、今度はなんだか腹がたってきた。
「せっかく俺が忠告してやってるのに。おい、待てって。コンパスの長さが違うんだから、早足になんなって言ってるだろ!」
俺は、小走りでユウスケに追いつき、後から奴の肩をぐーで殴った。
終わり
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