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花の名の男
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姫里東馬(ひめさととうま)は由緒正しい名家の嫡男として手厚く育てられた。小学校受験を経て小中高一貫でエスカレーター式の私立校に通い、勉強漬けながら何不自由なく暮らしてきた。
将来は父の仕事を手伝って後を継ぎ、家柄に見合った相手と見合いをして円満な家庭を築く。丁寧に舗装されたレールの上を歩く人生に対して拒否感はなかった。
確かな実力があるのならそれを充分に活かし、脈々と継いできた財産を守るべきだ。周りから強要されるまでもなく、心から自然にそう考えていた。
敬愛する父母の言いつけにそむく必要はどこにもない。単純明快にして世俗から遠い、ごく限られた箱庭の中に築かれた東馬の世界は、高校の入学式の日に一変する。
資産家の子息や息女が集まる学舎に数少ない外部生として編入してきた、一般家庭出身の少年。遠藤亜蘭(えんどうあらん)がクラスにいたことで、東馬の運命は思わぬ方向へと変わっていった。
小学校からの知己の顔ばかり並ぶ教室の中、飛び入りで加わった遠藤は初日から注目を集めていた。家のランク云々よりも、彼の外見が人目を惹いていた。
「遠藤亜蘭です。文学に興味があって、特に萩原朔太郎が好きです。えっと……よろしくお願いします」
下がり眉の控えめな笑顔をクラスメイトたちに向けて自己紹介を終え、着席する。
異国の血が入っているのか、短く切り揃えた猫毛の髪は癖のついたアッシュブラウン。くっきりとした二重で、髪と同色のまつげが縁取る大きな琥珀色の双眸。
学校指定の制服が古式ゆかしいシンプルな黒い詰襟だからこそ、整った顔立ちが際立っていた。同学年の女子と似通った小柄な体躯である点も、愛らしさを感じさせる一因に違いない。
密やかに噂話を繰り広げ、黄色い声をあげる女子たちを遠巻きに見ながら、東馬はなんとはなしに自分の身なりをかえりみた。
背丈が百八十センチ近くあり、どちらかといえば高身長の部類に入る。限りなく黒に近い焦茶の吊り目がやや鋭いのを気にしてはいるが、客観視が難しく顔の造形の良し悪しは分からない。人々の反応から極端な不細工ではないとだけ理解している。
受験の験担ぎの一環で伸ばし始め、切るタイミングを逸した長い黒髪の方が印象に残るかもしれない。邪魔にならないよう、常にハーフアップに結んでいる。
しかし先述した特徴はどれも地味なのだろう。東馬は外見の件で衆目を集めた経験がなかった。元華族の財閥関係者など、ここでは珍しくもない。悪目立ちを避けて波乱のない学生生活を送りたいと望む東馬にとって、それは願ってもないことだった。
ホームルームが済むと、遠藤は早々にクラスメイトたちに取り囲まれていた。日ごろ庶民と接する機会が少ないところ、俳優やアイドルとしてスカウトされそうな美形が現れたとあれば盛り上がるのも仕方がない。
人の輪に分け入ってまで積極的に関わろうとはしないが、遠藤は東馬にとっても気になる相手であり、帰り支度をしながらそれとなく耳をそば立てた。
「ねえ、遠藤君の髪って地毛? ひょっとしてハーフ?」
ゆるい三つ編みの女子が尋ねる。小学生の頃から在籍している資産家のご令嬢で、取り巻きも多い。十中八九、このクラスでもカースト最上位組になるだろう。
古式ゆかしい大和撫子然とした風貌ではあるが、誰に対しても軽薄な態度と言葉遣いをするため、東馬はあまり好感を持っていない。
「じ……地毛です。お父さんがイギリス人で……生まれつきです」
「すっごーい! じゃあ英語喋れる? 何か喋ってみて!」
「い、いいえ。ずっと日本にいますし……教えてもらっていますが、あまり身に付いてません。ごめんなさい」
「いーよいーよ、無理言ってごめんね!」
謝るような状況でもないのに頭を下げる遠藤に、三つ編みの女子はなだめつつも苦笑いを浮かべていた。
何かと挙動不審で腰が低い。借りてきた猫というか、初めてペットショップから飼い主の自宅に運ばれてきた小動物を連想させた。
いきなり複数人に囲われ、グイグイと距離を詰めてこられて、かわいそうですらある。
助け船を出したくなったが、下手な大立ち回りを演じてカースト上位組を妨害したとみなされたくはない。
東馬は少し頭をひねった。自分なりの妙案を思いつくと、すぐさま行動に移す。
「ねえ、編入組ってやっぱりバイトとか」
「……すまないが、どいてくれないか」
遠藤の席は出入り口近くにある。そこに居座る彼女たちの横をあえて通ろうと試み、根掘り葉掘りな会話に割り込んだ。
通行の妨げをしているのは事実なのだから、無理のない自然な介入のはずだ。
ほんの一瞬の間を置き、三つ編みの女子があっけらかんとした態度で片手を横に振る。
「あ、ごめんねー、姫里君。ほら、みんな避けて避けて」
その一声で同級生たちは数歩退き、道筋が開けた。リーダー格の女子の話の腰を折ったせいか、睨みつけてくる者もいるが構うまい。東馬は軽く会釈してドアの方へ歩いていく。
「ぼ、僕も親が待ってますから、もう帰ります。さようなら!」
早口で述べた後、遠藤が通学カバンを胸に抱えて東馬を追う。二人は意図せず連れ立って教室を後にした。親を引き合いに出されたせいか、女子の一団は追いかけてはこなかった。
下校する人々の中に紛れて、無言のまま廊下を経て階段を降りる。玄関ホールに差し掛かった辺りで、東馬はようやく足を止めて振り返った。
「平気か?」
「は、はい……あの、ありがとうございました」
礼を言いつつ、遠藤はまだ怯えの混じった気弱な表情でいた。
カバンを抱いた姿勢で東馬を見上げ、上目遣いになっているため、余計にそう感じるのかもしれない。
「気にするな。では、また明日」
「はい。ま、また……!」
ごくあっさり別れの挨拶をしただけなのに、深々とお辞儀をされた。一度も親に叱られた経験がない富裕層の者たちよりも、よほど育ちが良く見えた。
東馬が遠藤と次に会話をしたのは、それから一週間以上後だった。
月曜日の昼休み、学年問わず在校生たちでにぎわう食堂でのこと。
料理を載せたトレイを持ち、空いている席を探していると、すみのテーブルに遠藤が一人で座っているのが見えた。
日々の食事に力を入れている本校では、本場で修行を積んだシェフが手がけるフレンチをはじめ幅広いメニューを注文できるが、彼は卵焼きや唐揚げの入った素朴な手作り弁当を広げている。
初日に遠藤を囲んでいた女子たちの姿はない。移り気な彼女たちのこと、おそらく興味が他に移ったのだろう。
いつもなら一人でゆっくりと食事するのを好むのだが、にわかに好奇心が湧いてきた。
「遠藤君。向かいに座ってもいいか」
「えっ? は、はい。どうぞ」
「ありがとう」
席につき、東馬は日替わりランチのチキンステーキ定食をマイペースに食べ始める。
高級志向な牛フィレ肉やラム肉よりも、脂肪分が少なくあっさりとした鶏むね肉を好んでいる東馬には丁度いいメニューだ。味付けも優れていて、来週も頼もうと決めた。
「こ、ここの人たちってすごい人ばかりですよね。話しかけてもらっても、なかなかついていけなくて……」
切り分けた一切れを口に運ぼうとした矢先、遠藤の方から声をかけてきた。
曖昧な表現を選んでいるが、同級生との感覚の差に驚いているのだと伝わってくる。
月々の小遣いは一般的な平均額より桁違いに多く、長期の休みになれば海外旅行や別荘へ赴き、誕生日にはハイブランド品などの高額な贈り物をもらうのが当たり前。バイトなど考えたこともない。
常識そのものが異なっていて通用しないとなれば、気苦労も多そうだった。
東馬はナイフとフォークを置き、遠藤を見据えて自分なりの見解を示す。
「自慢話を無理に聞く必要はない。家柄や血筋だけで人の価値は定まらないし、親の庇護下にある未成年のうちから豪遊してもいいことはない。学生の本分は勉学に勤しむことだ」
よく機嫌が悪いのかと訊ねられる、教科書を朗読するような端的で抑揚のない口調は生来のものだ。
想定していない回答だったのか、遠藤は何度か素早いまばたきをして、短く息をついた。
「た……確かに勉強が一番大切ですよね。姫里君は、真面目なんですね」
「別に、普通だ。あと、同い年だし敬語は使わなくて良い」
遠藤の不必要なまでの低姿勢を変える要因になればと、東馬はグラスの水を飲んで指摘する。
「あ、そ……そう、だね。なんか、恐れ多いかも」
遠藤は人差し指で頬を掻いて困ったように笑った。遠慮がちな態度はあまり変わらず、緊張を解くには至らなかったらしい。
態度の軟化を願い、東馬は食事に戻らず更に会話を続けようと試みる。
「……今日は朝から小雨が降っているな」
たまたま窓際の席で外の様子が目に入った。
「うん。でも、傘立てにあまり傘がなくて驚いちゃった」
東馬は折りたたみ傘をカバンに入れてきているが、大多数の生徒はそれすら所持していない。いつも自家用車で送迎してもらっており、雨の日は運転手が傘をさして玄関から車まで付き従うのが当然だからだ。
東馬が傘を持っているのは、細かい部分まで人の手をわずらわせるのが好かないという個人的な嗜好にすぎなかった。
「君は、車では来ていないのか?」
「で、電車だよ。両親は免許持ってるけど共働きで忙しいし、家は少し遠いところにあるんだ。あの朝の渋滞に巻き込まれたら、仕事に間に合わなくなっちゃう」
遠藤の声色は働き詰めの親への気遣いで満ちていた。自分のために外部の人間を雇うなど、はなから選択肢にもないらしい。
学校前に送迎車が列を成すのは当たり前だと思っていたが、一般的には非常識な光景なのかもしれない。
「なるほど、効率的だな。部活動には入りにくそうだが」
「部活? ……た、確かに帰りが遅くなっちゃうから所属できないね。三年間、学校と実家の行き来だけになるかも」
会社勤めのサラリーマンっぽいかな、と遠藤は自嘲ぎみに笑う。
「俺も似たようなものだ」
東馬も移動手段こそ違えど無所属で家に直帰している。遠藤のような事情があるわけではなく、単に無趣味だからなのだが、わずかながら共感できた。
単なる世間話でも不思議と安らぎを感じて、遠藤ともう少し深く話をしてみたくなった。だが昼休みは瞬く間に終わる上、必ず周囲に聴かれてしまう。
ある程度の秘匿性を得たければ、放課後しかチャンスはない。
「……良ければ今日、一緒に帰らないか?」
興味本位で思いつきを口にすると、遠藤は不思議そうに首を傾げた。
「姫里君は車で帰るんじゃないの?」
「送迎車には駅に回ってもらう。長くは待たせないだろうし、気にしなくていい」
運転手は子供の頃からの付き合いがある壮年の男で、友達付き合いに乏しい東馬を日頃から心配していた。
新しく出来た友人と下校したいと言えば、嫌な顔せず了承してくれるに違いない。
「そうなんだ……じゃあ、一緒に帰ろう」
遠藤は細かく掘り下げることはせず、目を細めて微笑んだ。焼き目のついたウインナーを食べようと箸で持ち上げる。
左利きだ。何の気なしにそう思いながら、東馬も付け合わせのじゃがいもとステーキをフォークで刺し、口に運んだ。
きっかけは東馬のささいな気まぐれだったが、二人で帰路につきながら雑談をするのは予想以上に楽しかった。遠藤は想像以上に聞き上手で、ゆったりと相槌を打ち、ときおり思わぬ視点からの助言をしてくれる。
話し込むうち、あっという間に駅に着いてしまったので、その場で明日も一緒に帰る約束を取り付けた。
改札を通る遠藤を見送ってから家への車に乗り込むと、運転手から機嫌の良さを指摘された。想像以上に感情を表に出していたらしい。だらしない顔を晒してしまうなど恥ずかしく、東馬は軽く己の頬を叩いた。
先日、遠藤に絡んでいた三つ編みの女子のように同じ環境で学んできた者は沢山いて、学校のみならず不定期に開かれるパーティでもそれなりの言葉を交わしてきた。
友人と呼べる者もいないわけではない。しかし、義務が一切生じない対等なやりとりをしたのは遠藤が初めてだった。
歩きでの下校は東馬にいくつもの発見をもたらした。
車の中から漠然と眺めていた時には目に留めなかったものが、自らの足で歩いて視界に入れると妙に気になってくる。その感覚は不快ではなく、東馬は遠藤を伴って様々な寄り道を始めた。
コンビニへ立ち入り、肉まんと唐揚げ串の買い食いをしたのを皮切りに、別日にクレープやアイスクリームの注文と実食を成し遂げた。
車をはなから学校の送迎スペースに待機させず、連絡した時に駅まで来るよう頼むのに時間はかからなかった。公園や駅のベンチに座って、他愛もない雑談に興じるうちに門限が迫ることも多々あった。
ある日、テレビで繰り返し宣伝されている新作映画が気になっていると話したところ遠藤も同調してきて、週末を利用し観に行く運びになる。
待ち合わせ場所として有名な広場の銅像前に現れた遠藤の私服に、東馬は悪い意味でカルチャーショックを受けた。
筆記体の英字が横書きで大量にプリントされた黒いシャツとぶかぶかの黒いカーゴパンツ、履き古しの黒いスニーカー。夜は頭と手だけが暗闇に幽霊のごとく浮いて見えそうだった。
ファストファッションが悪いわけではなく、遠藤の組み合わせ方がいけない。
喪に服しているのか、という突っ込みが口をついて出そうになるのをこらえ、東馬は言葉を選んだ。
「……映画の前に服を見に行こう」
遠藤はなぜ予定が変わったのか分かっていそうになかったが、説明を省いて近場の比較的安価なセレクトショップに連れて行き、全身着替えさせた。
白と青のストライプシャツに紺のテーラードジャケットを合わせて、黒いスラックスを履かせ、靴は光沢のあるローファーにした。
急に応用はきかず、自分が今日着ている服装と大差ない組み合わせになったものの、わりかし上品にまとまったと自負している。
「こういうキッチリした服、あまり着たことがないよ……」
遠藤は非常に照れた様子で、しきりに鏡を見ていた。代金を払いたがっていたが、休日に時間を割いてもらった礼だから気にするなと無理やり財布をしまわせた。
その後ようやく観た映画は、期待に反してあまりにも平凡でインパクトがなかった。遠藤も隣の席でたまに船を漕いでいて、定期的に肩をトントンと叩いて起こす必要があった。
喫茶店で紅茶とカフェラテを飲みつつ、ああだこうだと感想を語り合う方がよほど面白かった。
遠藤がメンズモデルにもなれそうなポテンシャルを持っていながら、自分の見た目にはまるで無頓着でいると知ったのはその時だ。
服装だけではない。肌のケアなどほとんどしておらず最低限、眉を整えて産毛のように薄い髭を剃っているのみ。髪は三ヶ月に一度、地元の千円カットの理髪店に行って散髪していると聞いた時には眩暈がした。
「安いわりに仕上がりも綺麗でしょう。最後に掃除機みたいな機械で吸ってもらうのが面白いんだ」
片手で髪に触れながら、遠藤は朗らかに笑っていた。細く柔らかで触り心地が良さそうな髪が、定期的に掃除機で吸われているとは思いもよらない。
東馬は遠藤という原石を磨き上げたい衝動に駆られた。粗野な状態でも一目で強烈な印象を与えるのだ。手間暇をかければ、そのぶん輝くだろうという強い確信があった。
「昔はどうあれ、今の君は名門校の生徒。垢抜けない状態でいて、むやみに評判を落とすのはいただけない。最低限の体裁は整えるべきだ」
そう言って自分磨きにいまひとつ興味が薄い遠藤を説き伏せ、頷かせた。
「周りから浮いてるなって感じてたから、正直すごく助かるけど……どうしてそんなに気にかけてくれるの? 僕、何も返せないよ」
遠藤がなぜ気後れするのか、東馬には今ひとつ理解しがたかった。だから、心のまま素直な言葉を返した。
「友達の手伝いに見返りは要らないだろう」
気の置けない仲とは、目先の損得を考えるような浅い間柄ではないはずだ。
東馬の返答を聞いた遠藤は元々大きな目をより見開き、何度も素早くまばたきをしてから、深々と頭を下げてきた。
「本当に……ありがとう」
大げさではあるが、気持ちが伝わったのなら何よりだと思った。
東馬は翌日から本格的に遠藤への指南を開始した。といっても東馬自身、プロでもなんでもない。主な情報は若年層向けのメンズファッション誌から仕入れた。
本屋で参考になりそうな雑誌をいくつか買って遠藤に持ち帰らせ、ファッションの定番やカラーコーディネートの知識を学ばせてから休日にアパレルショップ巡りを行った。
遠藤の予算が想定より低く、東馬の気に入っている店では衣類を購入できそうになかったため、丈夫さとシンプルさが売りのカジュアルファッションショップに二人して出向いた。
馴染みの店なら来店早々お得意様用の特別室に通されるので、ホールに留まること自体が東馬にとっては珍しかった。
上下一揃えで何点かまとめて買い、ローテーションを組めば無駄なく着回せる。
遠藤の自主性を重んじて服選びを任せてみたところ、謎の楕円形生物が飛び跳ねる様が描かれたシャツや首元と裾にチェーンのついたシャツなど珍妙な品ばかり持ってこられて辟易とした。悪目立ちしたいのかと疑うほどだ。
却下し続けてらちが明かなくなり、最終的には東馬が全て選んでいた。自分の服装センスにさして自信はなかったのだが、少なくとも遠藤よりは優れている気がしてならなかった。
一日を終えた夕暮れ時、車で遠藤を自宅まで送った。両肩と手にショッパーバッグをたずさえてよろよろとドアをくぐる遠藤の背中に、妙な高揚感を覚えた。
二ヶ月後、遠藤の髪が伸びてきたのを機に、仕上げとして行きつけの美容院でヘアカットを頼んだ。モノトーンで統一されたシックな店内と奇抜なヘアスタイルのカリスマ美容師に遠藤は終始、身をこわばらせていた。
「綺麗な髪色ですね、地毛だなんて羨ましいです。カッコよくしちゃいますね」
「は、はい。お願いします……」
散髪中、席に用意された雑誌を読むでもなく、硬い顔のまま正面の鏡で自分と睨み合って過ごしたという。
本人の様子はさておき、多くの顧客を抱える美容師の腕は確かだった。
細い髪にボリュームを持たせ、天然パーマを生かしたマッシュショートに仕上げていて、顔の雰囲気とよく合っていた。毎日の手入れ方法と、他の美容院でも似た切り方になる注文の仕方も丁寧にレクチャーしてもらったようだ。
「よく似合ってる」
「そ、そうかな……だったら、嬉しいな」
涼しくなった首の後ろに触りながらはにかむ姿は、いつもより少し幼く感じられた。
爽やかな流行りのヘアスタイルになった遠藤は、週明けの登校から女子たちに人気を博した。
暇を見つけては正しい洗顔や保湿の方法、産毛の処理から眉の整え方まで実践していた。そんな裏の努力も実を結んだのだろう。
遠藤が上流階級でないのを理由に無条件で下に見る不届きな者は減り、からかいではない純粋な好意を寄せられていた。
編入のための難関試験に受かっただけあって、遠藤は非常に聡明だ。一度身についた習慣を忘れはしないし、将来有望だと誰もが理解したはず。彼の見目を整える計画の完遂を悟った東馬は感慨に耽った。
この上は東馬以外とも関わって友好関係を広げ、学園生活を存分に謳歌してほしい。やけに気になる存在だからといって、遠藤を独り占めにするべきではない。過剰に関わるのはやめて、気が向いたらたまに話す程度の友人の一人になろう。
独断でそう判断した東馬は放課後、同級生に呼び止められてまごつく遠藤を横目に教室を去った。
運転手へ事前に連絡を入れ、久しぶりに送迎スペースへ車を停めさせていた。
「東馬様、どうぞ」
運転手がお辞儀と共に後部座席のドアを開く。
乗り込もうとした矢先、背後から転びそうなほど急いた足音が近づいてきた。
「待って、姫里君っ!」
半ば悲鳴に近い呼びかけに振り向くと、遠藤が息を切らしつつ走り寄ってくる。東馬の後をわざわざ追いかけてきたのだ。
体育の授業以外であまり運動をしないせいか、背を丸めて胸を押さえ、苦しげに口呼吸をしていた。
「どうした?」
思いもよらない状況で呆気に取られる。
「ひ、姫里君にお礼がしたいんだ。た……沢山助けてもらったのに、僕は……姫里君に、何もしてあげられてない」
遠藤は途切れ途切れに、しかし一音一音はっきりとした口調で訴えかけてきた。
おそらく気にするなと言っても頷きはしない。彼はきわめて善良である分、頑固な面もあり、奢られる一方では我慢が出来ない。もらった分だけ必ず何かを返したがる。
一緒に過ごした期間は短くとも、遠藤の性格は大体把握していた。
東馬は軽くかがんで遠藤と目を合わせる。
「お礼と言うが、具体的には何をするつもりなんだ?」
単純な疑問を投げかけたつもりが、意図せず圧をかける言い方になってしまった。
遠藤は焦った様子で視線をさまよわせ、ふさわしい回答を考える。
「え、えっと……姫里君の行きたいところに同行するとか、荷物持ちになるとか……ごめんね、迷惑かな……?」
東馬が遠藤のために時間と労力を使ったならば、遠藤も同じことをして補填したい。言葉こそ少しおぼつかないが、意味合いは伝わってくる。
距離を置かずに今の友情を保ってくれということか。大雑把に発言の意図を汲んだ東馬は深く頷いた。
「分かった。君が俺と居たいなら、付き合おう」
「えっ」
東馬の返事に、提案した当人でありながら遠藤は面食らった。みるみるうちに白い頬が染まっていく。
恥じらうようなことを言った覚えはないが。
「ほ、本当? 僕と付き合ってくれるの?」
「ああ。嫌か?」
遠藤は激しく首を横に振る。整えられていた髪がすっかり乱れてしまった。
「そんなわけない! すごくびっくりしたけど嬉しいよ! 僕も、君のことが好きだったから」
熱に浮かされ、うわずった声など初めて聞いた。必死さのにじむ喋り方に反して、目尻が下がった至福の表情をしていた。
琥珀色の眼の輝きといい、見た者の頬まで緩む晴れやかさだ。
「……ん?」
遠藤が喜んでいて良かった、と率直に考えつつも、彼の発言の中に引っかかるフレーズがあった。
何か重大なすれ違いが起きてはいないか。
僕も君のことが……何だって?
「本当にありがとう。これからもよろしくね……えっと、また明日」
「……また」
思考が一秒とてまとまらず、適当な返事をして車に乗るのが精一杯だった。
ドアを開けたままにしていたせいで運転手にも告白を聞かれていて、情熱的でしたねと微笑ましそうに言われてしまった。
運転手にかたく口止めをして家に帰りつき、部屋でメッセンジャーアプリの通知を見ると遠藤から改まった丁寧な礼が送られてきていた。
「両思いで良かった……か」
相手の表情まで窺えるような文面の一部を読み上げる。
率直に言って、誤解だ。東馬は今まで誰かに特別な感情を持った経験はない。映画やドラマで繰り広げられる恋愛劇も、次々に舞い込んでくる見合いの話も東馬には他人事でしかなかった。
漠然と、世間一般に準じて女性が恋愛対象になるとみなしていた。けれど遠藤と恋仲になると仮定した際、拒否感は生まれなかった。それどころか、胸の鼓動が運動直後のように高鳴っている。
遠藤へ寄せる好意の正体が友情なのか愛情なのか判別はつかないが、同性同士だという点や貧富の差が気にならないのであれば。
「訂正する必要はない……のか?」
心の迷いを声に出そうと、当然ながら答えが返ってくることはない。ただ、紛らわしいことを言った以上は責任を取って、可能な限り遠藤を幸せにしてやりたかった。
それにしても。恋人になったのなら、いつかは口付けなどの愛情表現を交わしたりするのだろうか。素朴な疑問が湧いてきた。
東馬の両親は家同士の決めた政略結婚であり、日常においても浮ついた部分がなく参考にならない。長兄のプライドから、数歳下の妹たちにも聞く気が起きない。
知り合ってから常に先導を気取っていた手前、遠藤の前で無知を晒したくはないし、単純にどんなものなのか知りたくなった。
スマートフォンをインターネットに繋げば、玉石混交の情報が流れ込んでくる。気がつけば一晩中、恋人関係についてのあれこれを調べ回ってしまっていた。勉強以外の理由で夜更かしするなど今までなかった。
翌朝の授業に支障をきたしたが、今後の予習になるなら無駄ではなかったはずだと無理やり良い方向に考えた。
しかし、交際宣言から数週間経っても東馬の自主学習が生かされることはなかった。以前と同じく高校生として穏やかな日常を過ごすばかりで、休日の外出ですら特筆すべき接触はない。
それどころか隣に並んで歩く際、偶然手が当たっただけなのに大慌てで謝ってくる。公園のベンチに座る際にも間にかなりの空白を作っており、友人だった時の方がはるかに物理的距離が近かったように思う。
「触れ合うのはダメか?」
社会的距離を保ちたがる遠藤へ直接尋ねると、彼は申し訳なさそうに視線を落とす。
「ダメじゃない。姫里君といられて、すごく嬉しいよ。でも……身体が勝手に緊張しちゃうんだ。人に触ることも、触られることにも抵抗があって……上手くいかない。すっかり治ったつもりでいたけど、違ったみたい」
遠藤はぽつぽつと過去のトラウマを話してくれた。
中学三年生の頃、遠藤は教育実習生の女性と個人的に仲良くなった。女性の方から声をかけてきて、金曜の夜や土日にたびたび二人で外出していた。進路にまつわる相談事などを聞いてもらい、歳の離れた友人と呼べる間柄でいたが、ある時ホテルに誘われた。
自分たちは付き合ってもいないし、そもそもそんなことはしたくないと嫌がる遠藤の腕を女性は何度も引っ張ってきた。
客の年齢確認をしない店だから大丈夫。万が一子供が出来ても親が揉み消してくれるから気にしなくていい。むしろ、遠藤のように賢くて顔がいい子の遺伝子をもらえたら、ありがたいくらいだ。
ただの一度も言い淀まず、平然と喋る女性の姿は同じ言語を使っていながら宇宙人のようだった。恐ろしくなった遠藤は全力で女性を振りほどき、家へ帰った。すぐに女性の電話番号をブロックし、メッセンジャーアプリでもやりとりが出来ないようにした。
教育実習生は怒りも悲しみも見せず、ただただ実習期間が終わるまで遠藤を無視していた。そして、何事もなかったかのようにクラスを去って行った。
それ以来、遠藤は家族以外との接触を恐れるようになった。特に女性へ苦手意識を持つようになり、入学式初日に女子に囲まれていた時は半ばパニック状態だった。だからこそ、窮地を救った東馬に感謝と好感を抱いたのだ。
話を聞き終えた東馬は胸の奥に鬱々とした苦さを感じ、ため息をつく。
「……辛かっただろう。人間不信になってもおかしくない」
理解できない道理で動く者に理不尽な欲求をぶつけられた恐怖は、容易に消えはしない。同情し、憐憫の情を向けることしか出来ない自分に歯がゆさを覚えた。
我が事のように苦悩する東馬に、遠藤は首を横に振ってみせる。
「姫里君に会えて、僕は幸せになれた。だから……乗り越えて、触れるようになりたいよ」
何度か深呼吸をしてから、おずおずと腰を浮かせて東馬との間隔を詰めてきた。ごくんと唾を飲み込む音が聞こえる。
東馬は迎え入れるように、太ももの上に置いていた手を遠藤の方へ差し出した。
「少しずつ慣れていけばいいさ」
口角を上げて笑いかけると、遠藤の長いまつげが縁取る双眸に涙の膜が張った。東馬の顔と手を交互に見比べ、数秒の間を置いて震える手を伸ばしてくる。
指先と指先がほんのわずかに触れ合っても、遠藤は手を退けなかった。きわめて慎重に、滑らせるように手のひら同士を重ねる。少し小ぶりな白い手は手汗ですっかり冷えていた。
「べ、べとべとしてて、ごめん……」
「構わない。これが最初の一歩だ」
ごく軽く握り込んだ瞬間、ヒャッという悲鳴があがる。ことを急いでしまったかと肝を冷やしたが、遠藤は照れくさそうに頬を緩ませていた。
その日以降、リハビリを兼ねた触れ合いの練習が始まった。ネットで知った、正しいかどうかも判然としない恋人同士の『当たり前』にこだわるよりも、目の前にいる遠藤と適切に関わるべきだ。
最初は二人で道を歩く際、他の通行人がいないタイミングを見計らって手を繋いだ。
他者の肌に触れている状態でも過剰に気を張らずにいられるようになるまで、相当の時間を要した。その分、楽しそうな笑い声と共に手を握り返された時にはかなりの感動を覚えた。 次のステップは抱擁。デートを兼ねてカラオケボックスやネットカフェの個室で実践した。二十センチ弱の身長差を埋めるため、東馬は座ったまま動かずに遠藤の出方を待った。
遠藤は見慣れないものを見つけた猫のように及び腰でジリジリと近付き、東馬の肩に左手を乗せる。軽く揉んで僧帽筋の固さを確かめてから、首筋に右手を回してきた。
抱きしめるというよりは、不器用にしがみついているといった格好だ。顔のすぐ横に遠藤の頭があり、毛質の柔らかいアッシュブラウンの髪は淡いシトラスの香りがした。
冷静でいられると考えていたが、荒れた呼吸音を間近で聞くと東馬の息もつられて乱れそうになる。早鐘を打つ胸の鼓動がどちらのものなのか判別がつかない。
「人肌って、暖かいね……」
「……そうだな」
飾り気のない素直な感想に東馬は頷きを返した。
「海外では挨拶代わりにハグをする習慣があると聞くが、君の家庭でもそうなのか?」
「お父さん、あまりそういうの好きじゃないんだ。握手とかはよくするけど……たぶん、日本人と一緒だよ。僕も……家族以外とハグしたのは、これが初めて」
一対一の会話を楽しむうちに遠藤の吃音は軽くなっていて、声がすんなりと耳に入ってくる。心地よさと同時に、恐怖心からではない奇妙な震えが走った。
未知の感覚の正体が掴めず、東馬がわずかに息を詰めると遠藤は慌てた様子で飛び退く。繰り返し謝罪してくる遠藤をなだめ、嫌ではなかったと納得させるのは骨が折れた。
おっかなびっくりと形容するしかなかった抱擁は回数を重ねるほど自然になって、腕の中で遠藤の親愛を実感できた。いつしか、東馬の方から抱きついても動揺しなくなり、穏やかに抱き返してくれるようになった。
平たい胸が服越しにくっついているだけだというのに、心臓の音はいつもうるさかった。肉体的接触によって、東馬は遠藤に本気で恋心を抱き性愛を向けていると自覚した。安堵だけではない、締め付けられるようなもどかしさや切なさが芽生えていたが、自分からは言い出せなかった。
告白を済ませた両思い同士という大義名分があっても、遠藤がいわゆる無性愛者であり、恋愛感情こそあれ肉体的欲求を持たない可能性は捨てきれずにいる。叶うなら本人の口から確認しておきたいが、性的被害に遭いかけた彼に性的嗜好を尋ねるのはセカンドレイプに等しい無礼になるかもしれない。
遠藤は東馬の熟慮に良くも悪くも気付いておらず、日々の様子に変わりはなかった。目には見えない一線を越えないまま、季節は夏になっていた。
一学期終業式を経て夏休みに入ったばかりのある日、自室で宿題をしていると遠藤から電話がかかってきた。特に用はないのだが声が聞きたくなったと言われ、東馬は応じてとりとめのない雑談を始めた。
宿題の一つである英文読解がきわめて難解だと遠藤がぼやき、読書感想文の課題図書の話になり、原作映画の話題に切り替わる。
『そういえば、初めて二人で出かけた日は映画を観に行ったね。あの時は好みに合わなかったけど……近いうちに、別のを観に行こうか?』
「映画か……」
現在上映中の作品群を頭に思い浮かべたが、ピンとくるものはなかった。しかし、遠藤と過ごすのは勉強の合間の良い気分転換になりそうだ。
「映画館もいいが、DVDを借りて自宅で鑑賞するのも面白いかもしれない」
『あ、リモート鑑賞会っていうやつ? 流行ってるよね。でも僕んち、サブスク入ってないや』
「では、レンタルショップを利用して部屋のテレビで観よう。俺の家に来てくれるか?」
『えっ! ぼ、僕が……姫里君の家に!?』
動揺したのか、声がいきなりくぐもって聞こえる。東馬はフッと軽い笑みをこぼした。
「高校生の家に同級生が遊びに来るなんて珍しいことじゃないし、両親二人とも平日は仕事で不在だ。二歳ずつ歳の違う妹二人も、夏休みを利用して頻繁に外出している。不在の日を選べば、変に鉢合わせたりはしないさ」
「そ、そっか……そうだね」
仔細を説明すると幾分か気が楽になったらしく、遠藤は平静を取り戻す。両方にとって都合のいい日付をいくつか書き出し、家族の予定も加味した結果、翌週の水曜日に落ち合う約束をした。
当日、東馬はライムグリーンのリネンシャツに黒茶のストレートパンツと、動きやすいシンプルな組み合わせを選んだ。
時間的余裕をもって家の最寄りにある駅前へ向かうと、遠藤は待ち合わせの時刻よりも早く着いていた。小鳥のワンポイント刺繍が入った黒いポロシャツにジーンズを合わせていて、すっきりとした佇まいはいかにも涼しげだった。
駅近くのレンタルショップで各々好きな映画を借り、歩いて家へ向かう。車を呼びつけて、あっさりと目的地に着いてしまうのはもったいないと判断した。
照りつける日差しと、そこかしこの街路樹から響くセミの鳴き声に真夏を感じる。普段通り下ろしていると暑くなりそうだからと、髪を高い位置でポニーテールに結っていて丁度良かった。
閑静な住宅街を抜け、門を越えると東馬の母の趣味である薔薇園が姿を現す。季節柄、咲いている花は少なく葉の緑色がほとんどだ。庭木の奥に二階建てのハーフティンバー様式の邸宅が見えてきて、遠藤は感嘆の息を吐いた。
「姫里君の家って大きいんだね……洋館っていうのかな? 何だか、ドラマみたいですごいや」
「古い家に住み続けているだけだ。たびたび修繕しなければならないし、家人が五人もいれば狭いさ」
別段、謙遜のつもりはなかった。実際に住んでいるがゆえに、雨漏りや隙間風など不便な面の印象が強い。
そんなことはない、格好いいと無邪気な賞賛を横から受けつつ、東馬は玄関扉に鍵を使った。遠藤に来客用のスリッパを履かせて鈴蘭型のシャンデリアが照らす廊下を渡り、やや角度の急な階段を経て二階の自室に入る。
アンティーク調の壁紙や照明は他の家族の部屋にも一律で使われているものだ。複数ある本棚と、ベッドの横にある実用的な勉強机が書斎に近い印象を与えた。
壁掛けのテレビを見るためのソファに遠藤を座らせ、エアコンを稼働させる。
「アイスティーを作ってこようと思うのだが……飲めそうか?」
日本とは違い、イギリスでは紅茶を冷やして飲む文化がないと聞く。遠藤の生まれを鑑みるに、念のため確認しておいた方が良いと判断した。
「うん、大好きだよ。わざわざごめんね、ありがとう」
「……すぐに戻る」
大好き、という一言がやけに心に引っかかるも、決して顔には出さなかった。もてなす準備をすべく、東馬は一旦キッチンに出向いた。
淹れたてのアールグレイで作ったアイスティーと、個包装のビスケットやパウンドケーキを乗せた菓子盆をトレーに載せて慎重に運ぶ。
遠藤は部屋の扉を開いた状態で立ち、東馬が戻ってくるのを律儀に待っていた。片手でドアノブをひねるのに苦労しそうだと思われたらしい。
「座っていて良かったのに」
「そ、そんなわけにはいかないよ」
ソファ近くのサイドテーブルにトレーを置き、二人揃ってアイスティーで喉を潤した。
「美味しい! お父さん、邪道だから家じゃ作るなって言うんだよ。勿体ないよね」
「邪道?」
「アイスティーって、元々アメリカで作られた飲み物らしいんだ。よく分からないけど、変なプライドがあるみたい」
遠藤は日本生まれの日本育ちであり、父の祖国イギリスへも祖父母へ会いに数度行ったきりで、伝統的な習慣に馴染みがないと打ち明けた。幼少期から英会話教室に通っていたのに、今なお英語の読み書きが不得意である点も厳しく叱責されているという。
「親を通訳に使うなって言うんだよ。これからも日本に住み続けるなら、日本語だけでいいと思わない?」
いかにも同意を求める態度だったが、東馬は頷かなかった。
「……英語を習得すればどこの国でも通じるというし、覚えておいて損はないはずだ。少なくとも、テストで平均点を取れる程度には知っていた方がいい」
「うー、正論……耳が痛いなぁ」
飲みかけのグラスをトレーに戻した遠藤は両手で自分の耳を覆った。遠藤は学期末のテストでは軒並み良い点を取っていたが、英語だけは平均以下だった。赤点こそ免れたものの、学として身についたとはいえない状況にある。
一方、東馬は遠藤ほどの高水準ではないにせよ全教科で平均以上の点を取っていた。
遠藤の嘆きようを見た東馬は彼と同じくグラスを置き、おもむろに腕を組む。
「今度、勉強会を開こう。宿題を早めに片付けて、空いた時間に予習をすればいい」
「えっ……す、すごく助かる! ありがとうっ!」
遠藤は九死に一生を得たようにパッと表情を明るくしたが、はたと疑問を持つ。
「場所はどうしよう? ファミレスやカフェじゃ、お店の迷惑になっちゃうし……図書館とかかな?」
「持っていない参考書を使えそうだが、飲食禁止の場所が多いのが難点だな。夏場に水分を補給しにくいのは困る。ネットカフェなども誘惑が多い」
頭に浮かんだ施設を次々と却下し、霧散させていく。案に行き詰まった東馬はため息をついた。
「……あ、あのさ。勉強会は僕の家を使って……みない?」
太ももの上で組んだ手をもじもじと動かしつつ、遠藤が言った。
「君の家?」
思わぬ提案に東馬がオウム返しをすると、頷きを返される。
「僕は一人っ子だし、僕の両親も平日はお仕事してる。部屋は……ここよりずっと狭いしテレビもないけど、そのぶん集中出来るはずだよ。ど、どうかな……?」
言い出した当人のわりにメリットを語る語尾は弱く、自信なさげに東馬の顔色を伺ってくる。十中八九断られると思っていそうな態度に、東馬は目を細めて柔和な笑顔を返した。
「君さえ良ければ、お邪魔したい。よろしく頼む」
色よい返事に遠藤は反射的に息を呑み、頬を緩ませる。
「う、うん! いつにするか、また考えようね……!」
幼さの残る言い回しで天真爛漫に身を揺らしている。その仕草には、同い年であっても庇護欲をかき立てられた。東馬は雑念を払いのけてDVDプレーヤーにディスクを入れ、遠藤の隣に座ってリモコンのボタンを押す。
最初に再生したのは遠藤が選んだ映画だった。レンタルショップで夏におすすめ、という宣伝がされていただけあり人魚が主役の洋画で、自然あふれる海から煩雑な地上に降り立ち意中の人と愛を育むラブコメディ。制作年こそ古いものの、家族揃って観れる楽しく明るい内容で、高名な賞に輝いたのも頷ける名作だった。
ラストに人魚と主人公のキスシーンがあったが色っぽさはあまりなく、人間と人魚という種族上の境界線を踏み越える重大な儀式として描写されていた。
「いい映画だったな」
心に浮かんだままの率直な感想に、遠藤は涙目をこすって同意してきた。
「うん。僕、感動しちゃった……これをおすすめ映画の棚に入れてた店員さんと、お話がしたいくらいだよ」
見れば、ティッシュで何度もかんたせいで鼻が赤くなっている。上映途中の鼻をすする音を聞いて、すぐにティッシュボックスとゴミ箱を差し出しておいて正解だった。
遠藤は想像以上に感情移入する性質らしい。特にどの場面が良かったか、などの対話を経て、彼が落ち着いたのを機にディスクを入れ替える。
東馬が選んだ映画も店員おすすめの棚にあった作品だ。先ほどの人魚映画と似通った年代の邦画で、漁港に暮らす新婚夫婦がご近所や旅行者とのトラブルを乗り越えて仲を深めていく人情もの。
夫婦の何気ない日常と互いを大切に思う様子が丁寧につづられていて、リアリティに重きを置いているぶん派手さはない。良くも悪くも邦画らしい情緒的な場面が続く。
遠藤は泣くでもなく静かに鑑賞していて、東馬もそれに倣っていた。けれど、映画の中で帰宅した夫婦が抱き合い、濃厚な口付けを交わしながら囁き合い始めてギョッとする。
『海風で冷えちゃったの。暖めてちょうだい、貴方』
女優の艶めいた一言を皮切りに、二人は寝室へ向かってしまった。シーンが切り替わり、布団の上に横たわった女優に男優がゆっくりと覆い被さる。それ以上省略される気配はなく、このまま夫婦の営みまで描写されるに違いないと確信した。
「ち……違う、こんな内容だなんて、俺は」
十五歳未満の鑑賞を禁止する旨はラベルに書かれていたが、成人指定はされていない。濡れ場があると知っていれば最初から選びはしなかった。
東馬はしどろもどろになりつつ、手元のリモコンで再生を停めようとした。けれどボタンを押す寸前に遠藤が身を乗り出し、リモコンを持つ手の甲の上に手を重ねてくる。
「あ、あの……っ」
至近距離で視線がかち合った。東馬の動きを阻害する理由をはっきりと言うでもなく、琥珀色の双眸はただ不安げに東馬の顔をとらえている。
テレビでは女優が自らロングスカートをたくし上げており、ショーツに男優の手が及んでいた。衣擦れの音がしても遠藤はテレビの方を見ようとしない。東馬も、あえて確認はしなかった。
二人ともそれ以上何も言わない。スピーカーから聴こえる俳優たちの大げさな吐息や睦み合いが、やけに耳に入ってくる。
湿度を帯びた空気が漂い、見慣れた自分の部屋だというのにまるで怪しげなナイトクラブにでも迷い込んだ気分になった。
「……亜蘭」
ぽつりと、初めて名前を呼んだ。濁音のない海外風の響きは軽やかで、想像よりもずっと言いやすい。
不意を打たれた遠藤はビクリと肩を震わせ、ああ、とかうう、とか言葉にならない声を漏らす。頬を紅潮させて下を向き、肺の中を空にするような長い息を吐いた。
乗せていただけだった手に力を込めて東馬の手を握り、顔を上げる。
「東馬、君……」
ぎこちなく呼び返された。家族に呼ばれる時とは心持ちが全く異なり、心臓の辺りがきゅっと締めつけられる。唐突な息苦しさに、こちらまで体温が上がりそうだ。
遠藤はもう片方の手を東馬の頬へ添え、鼻梁の高い整った顔を近づけてくる。
「キスしたい……させて、ほしいんだ」
大胆な発言のわりに表情は自信に欠けていて、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど目を潤ませていた。家に誘った時と同様、断られるに違いないと、はなからほとんど諦めている様子だった。相手が待ち望んでいるなどとは夢にも思っていないだろう。
東馬は返答の代わりに口角を上げ、身を差し出すようにゆっくりと目を閉じる。
たっぷり五秒ほど間を置いて、唇に柔らかいものが押しつけられた。
記憶にある限り、これがファーストキスになる。相手が遠藤で良かったと惚気のように思った。単純に重ねているだけの状態から、鳥が餌をつつくように当てては離れ、じれったさから次第に息が荒くなる。
悪戯心が芽生えた東馬が舌先で遠藤の唇を舐めると、遠藤も必死にやり返してきて、互いの舌が熱く絡み合う。混ざっていく唾液の音が淫靡だった。
「ふ、ぅ、んぅ……」
かろうじて聴こえる遠藤の喘ぎ声に背筋がぞくぞくする。リモコンを手放した東馬が彼の肩や首に腕を回すと、背丈の差から遠藤に覆い被さるような姿勢になった。
人知れず育っていた独占欲が満たされた東馬は陶酔し、密かにほくそ笑んだ。だが、その薄く開いた口に遠藤がぬるりと舌を差し込んでくる。
「んっ……!」
思わず呻き、身を震わせたが遠藤は退こうとしない。むしろ東馬の後頭部を抑え、いっそう口付けを深めていく。揃った歯列をなぞり、上あごの裏を探る動きは軟体動物のように巧みで、されるがままになってしまう。
遠藤は色事に興味が薄いか、純情なあまり最低限の知識しか持っていないと思い込んでいた。それは彼の表層しか見ていない、見当違いな想定だったのだろうか。
食べられている。気持ちいい。動けない。どこか甘さすら感じる。されるばかりは怖い。もっとしてほしい。
相反する感情が入り乱れ、頭の中がひどく騒がしかった。
「っは、ぁ……」
ちゅぷ、と水音を鳴らして、ようやく唇が離れる。
東馬は浅くなっていた呼吸を正そうと肩で息をして、懸命に酸素を取り込んだ。胸に手を当てずとも分かるほど心臓の鼓動が速い。
遠藤は心配そうに東馬を見上げていたが、不意にその手が東馬の足の間に向かう。ズボン越しに膨らみを撫でられて、東馬は目を丸くした。
「な、何を……っ」
「触らせて。これは、駄目?」
反射的な制止の言葉をさえぎり、伺いを立ててくる。黒目がちな瞳には欲情の炎が点っていた。確かな優しさを残しつつも意中の者を手に入れんとする雄の顔に、抵抗する気が起きなくなる。東馬は何度も喉を鳴らし、首を横に振った。
「……服を脱ぐ。君も、そうしてくれ」
とっさに出した交換条件に遠藤はすぐさま頷き、自身のジーンズとボクサーパンツをまとめて引き下ろした。痩せた細い体つきに反して彼のものは長大で、既にある程度起き上がっている。
東馬もズボンとトランクスを足から抜き、下半身を晒した。遠藤ほど明確ではないが、こちらも充分に兆している。互いに口付けだけで興奮しているという事実は愛おしくさえあった。
「東馬君の、大きいね……」
「そ、そんなに見るな」
比較した上での発言は、たとえ悪気がなくとも気恥ずかしい。
中途半端な姿でいるよりも、いっそ裸になろうと東馬はシャツのボタンに手をかけた。
だが、一つ目のボタンを外すより先に張り出した幹に触れられてしまい、動きを止めざるを得なくなる。
「上は脱がなくていいよ。お互いに、しよう?」
胸元にあった片手を取られ、血管の浮き出た遠藤の昂りに導かれた。
幸福そうな遠藤の微笑みは底知れぬ艶めかしさがあり、澄んだ声にも唯々諾々と従いたくなる奇妙な魔力が秘められている。
潜在的な才能を意識せず発揮していると思うと、空恐ろしくさえあった。
「……分かった」
気弱で臆病に見えた男の本質を掴みきれないまま、東馬は背を丸めて手の中の陰茎に視線を落とす。上映され続ける映画を環境音に、二人は相手への手淫を始めた。
とうに精通した身である東馬は、生理的な処理としての自慰にも慣れている。しかし、動きを予測できない他者の手に急所である局部を弄られ、刺激されるなど全く未知のことだった。
「あっ、ああぁっ」
幹を扱かれ、雁首を柔らかい手のひらで撫で回されるだけで派手に腰が揺れてしまう。いくら声量を絞っても、情けない喘ぎがこぼれる。
せめて、遠藤のものを握る手に力が入らないようにと気を配るしかなかった。
「東馬君、可愛い……可愛いね」
噛みしめるような小声が鮮明に耳へ届く。上背のある痩せぎすの男への評とは、とても思えない。
間違った賛辞を否定するために顔を上げて遠藤の方を見る。すると、異論を唱える前に唇を塞がれた。
「ん……ふ、ぅうっ」
舌が絡む深いキスに東馬は眉をひそめて悶える。その隙に遠藤は雁首からしたたる先走りを指先にまとわせ、育った幹に塗りつけながら更に扱いた。
ぬるついた水音と荒れた呼吸音に、映画内の激しい腰使いや快楽の演技が混ざる。
頭が混乱して、一瞬だけ遠藤と性交をしている錯覚に陥りかけた。同性愛のポルノを観た覚えもないのに、彼に組み敷かれ、むごいほど尻を突かれる光景を生々しく想像したのだ。
自分がそんな被虐的な願望を持っていたなど、今の今まで知らなかった。
身体から力が抜けていく中、東馬は顔の角度をずらして執拗な口付けから逃れる。
「っ……あ、亜蘭! そんなに、したら……」
切羽詰まった声で訴えるも、遠藤は見惚れた笑みを向けてくるばかりで手を休めてはくれなかった。
東馬が発露の兆しに腰を引くと摩擦は余計に早くなり、無理やりにでも高みへ押し上げられていく。
「ひいっ! や、やめ……」
耐えきれないと感じて弱音を吐いた、次の瞬間。
「出して」
たった一言、ねだられた。
子供が後ろ手に隠したものを見たがるような軽さの中に、絶対に従えという重さがにじむ、到底真似できない声色。
「あっ、ああぁあ……っ!」
東馬の全身に鳥肌が立った。断末魔めいた、声にならない声が部屋に響く。混迷していた脳内が真っ白に染まり、膨張しきったものから精が勢いよく噴き出した。
濁った体液は東馬の太もものみならず、冠状溝に巻きついた遠藤の指をもドロドロと汚す。遠藤は付着した粘つきをじっと眺めた後、東馬の顔元に視線を戻した。絶頂を迎え、苦しげですらある赤ら顔を好ましげに見つめてくる。
「いっぱい出たね……」
ごく幼い言い回しで囁かれ、東馬は身震いした。男根がどくりと脈打ち、なおも少しずつ白濁を垂らしていく。ひとしきり衝動が収まると、ティッシュボックスからまとめて引き出した紙で精液を丁寧に拭われた。
世話を焼かれる気恥ずかしさは耐えがたく、穴でもあったら入りたい気分になる。
東馬は頭を振って快感の余韻を散らし、改めて遠藤の剛直に触れた。
「その……君の方も、良くしてやりたい」
自慰とは比べるべくもない心地よさを彼にも与え、共有したい一心だった。
「あ、あまり無理しないで……んっ」
遠藤は東馬を気遣いつつ、くびれを辿る手つきに熱っぽい息をつく。
性欲処理用に購入したポルノの映像を思い出しつつ、東馬は手のひらを使ってつるりとした表面を繰り返し愛撫した。
遠藤がしていたように鈴口から染み出した分泌液を全体にまぶし、片手の指先で先端を弄り、もう一方の手で充血した幹を扱く。
服越しにも、厚みのない遠藤の腹部が波打つように上下に動くのが見てとれた。
「も……もう、出そう……っ」
か細い苦しげな声に東馬は充足感を覚える。つたない技巧でも快楽を拾ってくれているのがたまらなく誇らしい。
遠藤も先ほどは同じ思いに駆られていたのだろう。それならばあの、愛おしげでどこかサディスティックな態度も頷ける。
唇を噛みしめて耐えている遠藤の顔を見て、東馬はより手の動きを急かした。ぐちゅぐちゅと露骨な水音が立つのも気にならなかった。
「あっ! あぁ、うっ……!」
むき出しの下半身をびくつかせ、遠藤が達する。彼の表情に気を取られていた東馬の頬へ、生暖かい飛沫がかかった。
とっさに指で拭う。水気を含んだ粘ついた感触と、鼻につく独特の臭い。考えるまでもなく精液だ。
「あ……か、顔に……ごめんっ!」
事態に気付いた遠藤の顔から血の気が失せる。
「……いっぱい出たな」
つい数分前に言われた言葉を軽い仕返しとして使うと、遠藤は目を見開いて息を呑んだ。
びゅる、と更に精が飛び散り、今度は唇の端にまでかかる。どうやら興奮させたらしい。
舌で舐めるかどうか数秒だけ迷い、ひとまずもう一度、指で拭き取った。
「あああぁあ……」
悲痛な呻き声をあげる遠藤を叱責する気にはなれず、東馬は無事な方の片手でティッシュボックスを引き寄せた。後始末を済ませ、下着とズボンを履き直す。
日常的なシーンに移行していた映画を停め、ディスクをレンタルケースに戻してからは性的なやりとりもなく雑談に興じた。
菓子を平らげ、すっかり氷が溶けたアイスティーを飲み干してからは、再放送のテレビ番組をぼんやりと視聴した。別段その番組が見たかったわけではなく、何かしらの音が鳴っていなくては間が持たなかった。
夕暮れ前にレンタルショップでDVD二枚を返却し、遠藤を駅まで送り届けた。
夜はなかなか眠れなかった。一人でいると部屋で起きた出来事を思い返してしまい、頭がそれ一色に染まってどうにかなりそうだった。
目を閉じて悶絶していると携帯が鳴り、遠藤からお礼のメッセージが届いていた。
感謝に満ちた長い文章は家へ招待されたことへの感謝ばかりで、キスや手淫については触れていない。東馬は少々思うところがありながらも、今日の記憶をもとに自慰をして半ば強引に寝入った。
数日後、東馬は勉強会を開くべく遠藤の家に赴いた。一軒家ではなくリノベーションされた賃貸マンションで、遠藤の部屋は玄関から入ってすぐの位置にあった。
持ち主の宣言通り東馬の部屋ほどの広さはないが、シングルベッドと一人用の机、クローゼットに細長い本棚まで揃った過ごしやすそうな空間だ。家具の色合いやダマスク織風の壁紙は、両親の英国趣味が多分に反映されているらしい。
遠藤は壁のリモコンを操作し、エアコンをつけてから部屋の中央に折りたたみ式のローテーブルを設置した。
「どうぞ、座って。母さんが最近ルイボスティーに凝ってるから冷やしたものがあるんだけど、飲めそう?」
「名前は知っているが、飲んだことはないな。試してみたい」
「そっか。じゃあ、ちょっと待っててね」
促されるままカーペットに座り、ショルダーバッグから筆記用具とノート、宿題冊子を取り出してテーブルに置いていく。
ノック音に気付いて出入り口のドアを開けると、遠藤がトレーを運んできていた。五分とかかっていない早業だ。
紅茶よりも鮮やかな赤茶色がグラスに注がれていて、柑橘類の混ざったオレンジスコーンが白い皿の上に並んでいる。小ぶりなフォークも二つ添えられていた。
「美味しそうだ」
「ふふ。お茶のお代わりは沢山あるし、他のおやつもあるよ。時間はあるし、のんびりやろうね」
テーブルの隅にトレーを乗せ、遠藤も自分の机から勉強道具と宿題の山を引っ張り出してくる。隣で遠藤の進捗状況を確認すると、東馬よりも進みが早かったり既に終わらせているものが多かったが、やはり英語で行き詰まっていた。
「何で形容詞と副詞で前後が入れ替わるの? 何でアメリカとイギリスで綴りや単語を変えちゃったの? もう全部ローマ字で良くないかなぁ?」
遠藤にとって二つめの母国語でありながら、英単語も文法も言語として扱えないとしきりに嘆く。
「ヘボン式は日本語表記の一つに過ぎない。国を出たら通じないぞ」
東馬は自分の宿題を書き進めつつ釘を刺した。
「うっ、甘えさせてくれない。現実は厳しいなぁ……」
苦笑いを浮かべていても、遠藤の声色はどこか嬉しげに聞こえた。やりとり自体を楽しんでいるのだろう。
とはいえ、独学に限界を感じて行き詰まっている者を放置する訳にはいかない。
「……数学の問題集が片付いたら助力する。それまで、他の課題に取り組むといい」
「わぁ。ありがとうっ! 東馬君も、分からないところがあったら教えてね」
科目を変えた途端、遠藤のシャープペンシルが広げたノートの上で軽快な音を立て始める。教科書の内容を簡潔にまとめて書き記す、比較的簡単な社会科の宿題を選んだようだ。
事前に半分終えていたものを小一時間ほどで仕上げた後は、東馬の手伝いをすると言い出した。ここは、ありがたく力を借りよう。
遠藤は現代文や古典を得意とする文系であると同時に、理系としても優れていて頭の回転が早い。ちょっとしたケアレスミスも見逃さず忠告し、自力で正解を導き出させる姿勢は塾講師に向いていそうだと感じた。
教師による授業よりも理解が深まった気がする。もしも遠藤がアルバイトを始めたら、顔と人格の両面で人気を博すに違いない。惚れてしまう生徒も出るだろう。遠藤に好かれたい者は、世の中にきっと数え切れないほどいる。
推測を重ねた東馬は微笑ましさの中にチクリとした胸の痛みを覚えた。解答の途中で手を止め、とっさに遠藤の方へ視線を送ると彼は目を丸くする。
「ど、どうしたの? それで合ってると思うけど……違う気がする?」
「いや……何でもない」
そっけなく返して、紙面の因数分解だの二次関数だのと再び向き合う。爽やかな甘さのスコーンを平らげ、ルイボスティーを飲み干した頃、最終頁の問題に解を出せた。
「お疲れさま!」
「ああ、お陰で早く済んだ。礼を言う」
東馬は消しゴムのカスを集めてゴミ箱に捨て、問題集と教科書をバッグにしまった。
「気にしないで。こういうの、持ちつ持たれつって言うじゃない」
遠藤は首を横に振り、空になったグラスと重ねた皿をてきぱきとトレーに載せていく。
「休憩にしよう? おかわり持ってくるね」
「助かる」
待つ間にトイレを借りた。廊下を出てすぐ隣にあって、壁に花束のようなドライフラワーが飾られていた。用を足してドアを開けたところでトレーを持った遠藤と鉢合わせ、二人で部屋に戻る。
次のおやつとして用意された、キャンディと似た包装でくるまれたチョコレートは甘さ控えめで、大粒のアーモンドが入っていた。噛み砕けば香ばしく、小腹が満たされる。
「美味いな」
「気に入った? 良かった、これ僕も好きなんだ」
近い位置の二つ目を取ろうと、二人は同時に手を伸ばした。遠藤の左手と東馬の右手、それぞれの指先が触れ合う。
当たったのはほんの一瞬だったけれど、互いに驚いて身を引いた。
「あっ……ご、ごめんね」
「いや。大したことじゃ……ない」
言葉少なに返したものの、距離の近さを妙に意識してしまう。勉強に励む以上は気に留めまいとしていたが、たった数日前に起きた出来事を思い返して顔が熱くなる。
遠藤は東馬の恥ずかしげな表情をじっと見つめていた。普段、自信に欠けて伏し目がちな双眸が、今は意中の者を捉えるために開かれている。
宙に浮いていた左手が、不意に東馬の頬からあごにかけてを伝った。
「……キスしていい?」
笑みの形を作る唇と、伺いを立てる甘い声に東馬の腰は震えた。金縛りにあったように動けなくなり、無言で頷くのがやっとだった。
目を閉じてすぐ、口に潤った弾力を感じ取る。左手がするりと動いて片耳を覆う。右手で肩を抱き寄せてきて、密着した胸が少しだけ圧迫された。
まぶたで視界をさえぎった分、肌の感覚が鋭くなる。口内を舐め合うと、炒ったナッツやビターチョコの残り香が鼻に抜けていった。
「んんっ……!」
唾液にまで甘味があると錯覚したのか音を立てて吸われ、東馬はにわかに息を荒げる。遠藤は低いうなり声に反応して、名残惜しそうに唇を離した。
呼吸がかかり、まばたきの音すら拾えそうな至近距離で何も言わずに見つめ合う。ごくりと生唾を呑んだのがどちらなのか分からない。
動くに動けず、そのまま数秒の時を置いて。
「あの……ありがとう、東馬君」
重い沈黙を破った遠藤の声は、普段通りの落ち着きを取り戻していた。姿勢を正し、テーブルの下に積んでいた英単語集と教科書、ノートなどを机上に並べていく。
独特の空気を打ち壊す行為に東馬は肩すかしを食った気分になり、眉間にしわを寄せた。歯噛みしそうになるのをこらえ、よろめくようにテーブルに突っ伏す。
やや勢いをつけすぎて額を派手に打ち付けた。
「わわっ! 大丈夫……?」
遠藤は衝突音で東馬の状態を把握し、気遣わしげに小首を傾げる。ひりひりとした痛みを感じながら、東馬は顔を上げずに喋った。
「……俺の家でやったようなことは、もうしないのか?」
「えっ? そ、それは……」
遠回しな言い方でも充分伝わったらしく、遠藤は言葉尻を弱める。明らかに言いよどみ、返事に窮していた。
その場の勢いで青い性に身を任せただけであって、二度目など考えてもいなかったのだろうか。こちらは家に行く日が確定してから、眠れない日々を過ごしていたというのに。
東馬が脳内で悲観的な推論を繰り広げていると、後頭部にそっと手を置かれた。髪の流れに沿って、優しく撫でつけられる。
わずかに頭を動かし、腕越しに遠藤へ視線を送る。
「し……したくないわけじゃないよ。東馬君はすごく可愛かったし、触ってもらって気持ち良かった。でも、ああいうことを続けてたら、その……」
視線をさまよわせていた遠藤は言い終える前に手を止めてしまう。
もどかしくなった東馬が身を起こし、続きを急かそうと口を開いた、まさにその瞬間。
遠藤は東馬の胸に飛び込み、細い両腕を腰に回してきつく抱きしめてきた。
「僕、東馬君とセックスしたくなっちゃう」
聞いた方が耳を疑うような、あまりにも直接的な表現だった。それなのに、歯切れのいい声は肉欲を感じさせない切実な響きを持っている。
見下ろしてもアッシュブロンドのつむじしか見えず、遠藤の表情はうかがい知れない。腕の力は想像以上に強く、容易には引き離せそうになかった。
東馬を抱きたいという意思が言外に感じ取れて、薄く開いたままの唇がわななく。
「駄目だよね? 子供なのに、そんなことしたら」
何の返事もしない東馬を案じてか、遠藤は上目遣いに見つめてきた。潤んで蜂蜜色に近づいた眼といい、不安げに引き絞った口元といい真剣そのものだ。
「……高校を卒業したら、良いということか?」
むき出しの性愛を良しとせず踏みとどまる理由が本当にそれだけなのか知りたくなり、確認を取ると遠藤は気恥ずかしそうに頷いた。
「付き合って日も浅いのに、重いと思われるかもしれないけど……僕は、卒業後も東馬君と一緒にいたい。未成年淫行だとかで、君との関係を咎められたくないんだ」
隠れてこっそりと行えばいい。誰かに露見しなければいい。そんな法の抜け穴を狙う意見を許さない誠実さがあった。
仮に罪に問われないとしても、行為によって一方が罪悪感を抱えてしまうなら、恐らくそれは正しい行いではない。
東馬とて、慣れない環境で必死に学業をこなし大成を目指す遠藤の妨げにはなりたくなかった。パートナーを誰にするかという決断は、自分自身の将来にも深く影響を及ぼす。
「亜蘭……君は、本当に良い男だな」
本能的な欲求を抱えずにはいられない己を恥じつつも賛辞を送った。彼のような人格者が恋人になってくれて良かったと改めて思う。
遠藤は一瞬だけきょとんとした後、はにかんで首を横に振ってみせた。
抱擁を解いてからは根気強く英文法の仕組みや基礎の復習に付き合い、遠藤の潜在的な苦手意識をなくせるよう苦心した。
その日以降、二人は口づけ以上の肉体的接触を行わないまま青春を謳歌し続けた。
昼休みも放課後も揃って行動するのが当たり前で、側にいるのが自然な状態ですらあった。外せない用事がある時は、メッセンジャーアプリと通話で寂しさを埋めた。
間柄を邪推し、からかってくる者はそれなりにいたが歯牙にもかけなかった。
つまらない噂や陰口はさえずる側の評判が落ちるだけだったし、大切な恋人と、信頼の置ける限られた友人たちさえいれば楽しくやっていけた。
瞬く間に月日は過ぎ、二年後の冬。
東馬は創立百年を超える私立大学商学部に推薦入試で受かり、遠藤は日本文学科が有名な私立学院大学に特待生としての入学を認められた。
発表当日は受験勉強に協力してくれた家族と幸せを共有し、恋人とは別日に落ち合って合格祝いのディナーに出かけた。予約したイタリアンの店にはドレスコードがあり、東馬はライトグレーのダブルスーツを身にまとい、遠藤も自前の礼服を着込んできた。
いつ親族や友人から式に誘われてもいいよう、大学生活を始める前に仕立ててもらったというダークブルーのシングルスーツは、肩のラインがハッキリとしたブリティッシュスタイルだった。
今までお忍びの姿しか見せてこなかった王子が正装してきたかのような、驚きと同時にしっくりくる感覚を味わう。店内の客もにわかに騒いでいて、若い女性などはドラマの撮影かと噂している。
遠藤自身は周りの声や視線にあまり頓着しておらず、広い窓から見える煌々とした街の夜景や照明を絞った店内の内装を興味深げに見回していた。
「何だか、結婚式の披露宴みたい」
ことさら明るく笑う遠藤に東馬はつられて頬を緩める。
幼少からパーティーに連れ出されていた東馬のワードローブには、成長別に色とりどりのスーツが並んでいる。中学から高校にかけて体型が定まってくると数は一気に増えた。
しかし、そのオーダーメイドのスーツ群よりも、大人になる遠藤のために彼の両親が愛を込めて選んだ一着の方がよほど価値があるように思えた。そして初めてスーツに袖を通す記念すべき日が、この食事会だ。
「祝い事に変わりはないな。乾杯しよう、亜蘭」
ノンアルコールのスパークリングワインが注がれたグラスを目の高さまで持ち上げて促すと、遠藤も頷いてグラスを掲げた。遠藤とタイミングを揃えて一口だけ飲めば、白桃に近い香りと独特の苦みが炭酸の泡と共に喉を通り抜けていった。
「相変わらず、薄いマスカットジュースというか……でも、何だか飲みやすいかも。アルコールが入ってたら、もっと苦いのかな?」
グラスの中のシャンパンゴールドを見ながら遠藤が呟く。クラスメイトの誕生会のみならず、東馬の学友として祝賀パーティに連れ出した回数も少なくない。それゆえ、酒精を抜いたワインの味に覚えができていた。
アルコールを含まないカクテル、俗にモクテルと呼ばれる飲み物の存在を知った時の遠藤の驚き顔と、注文したシャーリー・テンプルをおそるおそるストローで吸う様子を併せて思い起こし、東馬は心を和ませる。
「二十歳になったら飲み比べるといい」
「あ、そうだね。じゃあ、その時も二人で飲もうね」
さらりと約束を取り付け、遠藤は運ばれてきた前菜のサラダや鯛のカルパッチョに舌鼓を打つ。同じメニューを咀嚼しつつ、東馬はニヤけそうになる顔面を必死で引き締めていた。
卒業式当日は桜こそ咲いていないものの、雲の少ない快晴だった。
物々しい式典と最後のホームルームを終えて、そこかしこから笑い声や泣き声、スマートフォンで記念写真を撮るシャッター音が聞こえてくる。
「東馬君。これからも、よろしくね」
「ああ。また近いうちに連絡する」
用意していた小ぶりな花束を渡し合い、固い握手を交わす。共通の友達たちと合流し、チョークで描かれた黒板アートの前で何枚もグループ写真を撮った。エントランスに飾られた立て看板の横でも同じように撮影し、保護者たちをずいぶんと待たせた。
遠藤の両親が彼を熱く抱きしめ、祝福の言葉を矢継ぎ早に贈る光景は暖かな愛で満ちていて、見る側の胸を打つ。髪質と口元は母、彫りの深い目元と鼻筋は父に似たのだとすぐに分かった。
それと反対に、喧噪を嫌う東馬の両親は最低限の挨拶を済ませ、形ばかりの家族写真をカメラに収めるとすぐに自家用車に乗り込んだ。当然のごとく乗車を求められたが、東馬はちょっとした私用があると言って拒んだ。
何かと多忙な両親は深く詮索せず、夜に開催されるホテルでの記念パーティーには遅れるなとだけ言い残し去っていった。花束と証書を預けて身軽になった東馬は一人、カラオケボックスへ向かう。
知り合いと鉢合わせるのを避けるべく、行き慣れた店ではなく大通りから外れたビルの一角にある店舗を選んだ。清掃こそ行き届いているものの、内装には経年劣化を感じ取れる。
部屋に入ってすぐにドアを施錠する。タッチパネル式のリモコンやマイクには触らない。ここに来たのは、ただ防音性を求めてのことだった。
大きく息を吸い、肺に可能な限りの空気を取り込んで口を開く。
「よ……っしゃあぁっ!」
握りしめた拳をアッパーカットのように突き上げて叫ぶと、予想以上の声量があった。普段の自分を知る者にはとても見せられない、見せるべきではない姿だ。
十八歳という成年年齢に達して高校を卒業した今、世間的にも個人間のセックスが問題視されない身分になった。そんな当たり前であるはずの事実が、東馬に長い刑期を終えたに等しい開放感をもたらしていた。
「この日をどれだけ待ちわびたか……」
感情を込めた独り言を発するうち、両手が震えてきてしまう。
自室で遠藤と行った、あの、たった一度の手淫が脳裏に焼きついて離れなかった。
臆する東馬を熱く見つめ、日頃はおくびにも出さない性欲をあらわにした遠藤の蠱惑的な微笑み。敏感な急所を撫で回され、甘く囁かれて達する快感。
東馬にとって自慰とは、男として生まれた以上やむを得ない生理的な処理でしかなかった。それが、あの日を境に変わってしまった。男女が性交を行うポルノではあまり興奮できなくなり、遠藤のような小柄な男がタチを務める同性愛者用のポルノにばかり目がいき、それを使った自慰を続けていた。
部屋に鍵をかけて布団を被り、イヤホンをして、食い入るように液晶画面を見つめながら性器を扱く。無様だと自覚していてもやめられなかった。
雑誌類や物理的なディスクを買うには気が引けて、電子データの動画をいくつも購入したため、スマートフォンをうかつに手放せなくなった。購入履歴が万が一にも他人の目に触れないよう、キャッシュレス決済の手順を増やすなど以前にもまして工夫をした。
買い集めていった結果、当然だが自分自身の性的嗜好がサイトに一覧として表示されるようになってしまった。二者が仲の良いカップルという設定の下の和姦モノよりも、片思いをこじらせた末の強姦モノや完全な主従関係にあるSMモノの方がずっと多いと気が付いた時には愕然とした。衝撃的で刺激の強い映像に反応するのは仕方のないことだと、半ば強引に結論づけた。
そんな悶々とした苦悩も今となっては過去の話だ。愛しい恋人との一夜はもはや空想ではなく、現実に起こりうる。
一日でも早くその日が訪れるのを請い願いつつ、東馬は胸に沸き上がる激情のままマイクを手に小一時間がなり声で歌った。フリードリンクで喉を潤すのを忘れていて、帰宅した折に家族から不自然に涸れた声を指摘されてしまった。
大学入学を機に、東馬は実家を出て一人暮らしを始めた。
家政婦やハウスクリーニングといった人の手を借りず、何もかも自分でやらなければならない生活は東馬にとって慣れないもので、学業との両立に苦労させられた。悲願成就の前に、現実と戦わなければならなかった。
しかし、やり始めれば細々とした作業が性に合っていたらしい。三ヶ月もすると一通りの家事をこなせるようになっていた。
特に力を入れたのは料理だ。高校時代、遠藤が親の作った弁当を幸せそうに食べていたのが印象的で、自分もお手製の料理を振る舞ってみたいと考えていた。不要なごたつきが起こるのを避けて専門のサークルや教室には入らず、授業のない日に食材を買い込み、雑誌やレシピ動画を参考に独学で挑んだ。
最初は玉子焼きにすら手間取り、卵を割るのも巻くのも上手くいかずに焦げた殻入りの失敗作を作ってしまっていた。試行錯誤を重ねて焼き目の少ない理想的な仕上がりに出来た時には、感動のあまりスマートフォンで撮影した。
その小さな成功体験は東馬に自信を与えた。生姜焼きや野菜炒めといった定番のおかずを夕食にし、きんぴらごぼうなど作り置きに向いたものを手隙に作っておく癖ができ、趣味といっても過言ではないほどのめり込んでいた。
腕の上達を確信した東馬は、満を持して遠藤を下宿先のマンションへ誘おうと電話をかける。卒業してからほぼ毎日、メッセンジャーアプリで連絡を取り合ってはいたが、お互い新生活の多忙さで面と向かって会えてはいなかった。
サークル無所属の東馬と違い、遠藤は大学公認の文芸部サークルに入って精力的に活動していた。学習によって専門的知識を取り入れ、同好の士と価値観を共有する場もあり毎日が充実しているようだ。
『来週金曜の夜? うん、大丈夫だよ!』
急な誘いに応じてもらえるか不安に思っていたが、遠藤は電話口でも喜びが伝わってくるほど明るい声で即決した。東馬の家に一泊して土曜日の朝から近場でデート、というプランがよほど魅力的だったらしい。
東馬はホッと胸をなで下ろした。
「良かった。待ち合わせについてだが、移動を加味して……夜七時に、こちらの大学前のバス停で待ち合わせよう。直通のバスが出ているはずだ」
『そうだね、地図アプリを使えば迷わず着けそう。えへへ、楽しみだなぁ』
「君をもてなせるよう努力する。では、また」
通話を終えた東馬は、すぐさま携帯のスケジュール帳アプリを開いてフリックした。
金曜日に亜蘭と会う。
感情を抑えた短い一文のみを記しつつも、読み返すだけで自然と口角が上がる。
そして、恋人と対面した日に最も果たしたい目標のため、その日も入念な準備を行った。
指折り数える暇もなく時は流れ、約束の金曜日を迎えた。
東馬は大学生という立場を有効に使い午前中のみ授業を受け、帰り道に食材の買い出しを行い自宅で調理した。炊飯器のボタンを押し、完成した品を冷蔵庫に収めた後は長めに湯に浸かり、仮眠を取って心身を整えた。
梅雨の過ぎた七月は夜になっても気温が高く、蒸し暑い。遠藤は大きめのスポーツバッグを肩にかけ、約束の時間よりやや早めのバスで大学前の停留所へ降りてきた。
白と黒のブロッキングシャツにジーンズを合わせたコーディネートは彼の細く引き締まった体躯によく合っていた。淡い色の地毛を隠そうとしてか、キャスケットを目深に被っている。
「東馬君、久しぶり!」
「ああ。久しぶり、亜蘭」
大きく手を振る遠藤に東馬も手を軽く挙げた。白シャツに紺のテーパードパンツを履き、黒い薄手のジャケットを羽織っている。色々と悩んだが、普段大学に行く時と変わらない無難な組み合わせに落ち着いた。
寄り道はせず、二人でまっすぐマンションへ向かう。大学まで徒歩で十分圏内という距離の近さで選んだ場所だったが、遠藤は外観を見ただけでひどく狼狽していた。
「す、すごい高さ……何階建てなの?」
「二十四階、だったか? 俺の部屋は十八階にある。最上層ほどではないが、それなりに長めは良いぞ」
見上げたままポカンとしている遠藤の腕を引き、エントランスのコンシェルジュに声をかけてからエレベーターへ乗り込む。狭い箱に入り上昇する中、遠藤はぽつりと喋った。
「オートロックがあるのに、ホテルのフロントみたいな人がいるんだね、ここ」
軽く首を傾けて顔を覗くと、不可解そうな表情をしていた。口ぶりからして、遠藤の下宿先には居ない存在なのだろう。
「監視カメラも二十四時間稼働しているが、万全ではない。セキュリティを重視するなら人の目が一番だ。細かな相談事にも乗ってもらえる」
入居する物件を探していた際、不動産屋が言っていたことをほぼなぞって答える。東馬自身、必ずしも常駐する人間が必要だとは考えていなかった。借家についているサービスの一環とだけ受け取っていて、コンシェルジュと挨拶以上のやりとりをした経験もない。
「うーん。そう考えると助かる……のかも? 僕のところにも管理人さんはいるけど常駐してなくて、監視カメラに任せてるのか、たまにしか居ないんだよね」
部屋数が多く、家賃の低いランドリーとキッチンが共用の学生マンションだと話には聞いていたが、防犯の面で少々危ういかもしれない。
「もし変なことが起きたら電話してくれ。助けになりたい」
「わ、ありがとう。東馬君も気をつけてね。いつ何が起こるか分からないもの」
目的の階への到着を示す自動音声と共に、エレベーターのドアが開いた。誰とすれ違うこともなく帰り着き、遠藤には廊下を経てリビングダイニングまで進んでもらう。
食卓テーブルに着かせ、汁物を温め直しつつ料理を並べていった。
鶏肉とインゲンの炊き込みご飯。主食にアジの和風マリネ、副菜はきゅうりとハムの春雨サラダ。そこに、かきたまとワカメのみそ汁を付けた。
「すごい……! 何だかお店に来たみたい!」
「大げさだな。初心者でも作れる簡単なものばかりだ」
東馬は目を輝かせる遠藤に苦笑しながら向かいの席に座った。
「君もそれなりに自炊しているんだろう?」
「ううん、僕はすっごく適当だよ。おかず一品でご飯食べるなんてよくあるし、面倒な時は袋麺やカップ麺ばかりになったりして……お父さんとお母さんに生活費出してもらってるし、なるべく切り詰めなくちゃと思って」
遠藤はどこか申し訳なさそうに苦笑する。特待生として学費免除と奨学金の給付を受けた以上、成績を落とすまいと昼夜を問わず必死に学び、実践的なサークルにも顔を出す日々は想像以上にギリギリのようだ。
電話越しの優しく朗らかな声と、読みやすく絵文字での感情表現も多彩なメッセンジャーでの文章だけでは実情まで掴みきれなかった。
「……気持ちは分かるが栄養不足が心配になるな。具として野菜を添えたり、スーパーのお総菜を足してほしいところだ」
心配をあまり顔や態度に出すのも悪い気がして、軽口半分に改善策を打ち出す。
「ラーメンにホウレン草とかモヤシをたっぷり入れるの、いいよね……」
遠藤はしみじみと頷き、改めて机上の料理に視線を向けた。それから、東馬の顔を見る。
「ありがとう。本当に、すごく美味しそう」
ひどくゆっくりとした声色には、手間暇をいたわる思いがありありと感じ取れた。心なしか、双眸が潤んでいる気がする。
「おかわりもあるから、沢山食べてくれ。いただきます」
「いただきますっ」
両手を胸の前で合わせてから箸を手に取った。
よほど腹を空かせていたのか遠藤は手を止めず黙々と食べ、ご飯とみそ汁を一杯ずつおかわりした。全てを綺麗に平らげてから、味付けや献立のバランスの良さについて東馬へ熱心な賛辞を送った。
そのまま後片付けを買って出て、鼻歌交じりにスポンジで皿洗いを始める。東馬は食後の紅茶を用意すべく電気ケトルに水を入れ、ポットとティーセットを用意した。
「……生活費の件についてだが、一つ思いついたことがある」
早くも気泡を出し始めたケトルを何の気なしに眺めながら、遠藤へ声をかける。
「何かな?」
遠藤は洗い終えた茶碗を水切りラックに置き、東馬の方へ首を向けた。東馬は胸中のざわめきを無視し、あえて何でもないことのように切り出す。
「ここに住んでみないか、亜蘭」
「えっ!」
予想だにしない誘いに遠藤が小さく息を呑み、発言した東馬本人も片手で口元を抑えた。弁当を届けようかと冗談めかして言うつもりが、心の内の願望をさらけ出してしまった。
時間が停止してしまったかのような、何とも形容しがたい静寂が訪れる。
失敗だ。叶うなら数秒前に戻りたいと、強い自省の念を覚える。それでも無言を通すわけにはいかず、東馬はどうにか次の台詞をひねり出した。
「こ、このマンションは駅もバスも近い。そちらの大学へも通えない距離ではなさそうだ。丁度、使っていない空き部屋があるし……料理も、君に食べさせるものだと思えばずっと身が入る」
突然同居を勧めた理由について、指折り数えるように一言ずつ区切りをつけて喋った。遠藤は東馬の言葉を聞くのに集中してか長く無言でいたが、不意に東馬の手を握ってくる。
水仕事をしていたせいで、小ぶりな手のひらはひやりとしていた。
「東馬君と同棲できるなら、ものすごく嬉しい。でも、高校も大学も東馬君の好意に甘えてばかりなんて、彼氏として甲斐性がないよ」
一呼吸置き周囲を見渡してから、眉を下げた控えめな笑みを浮かべる。
「それに、ここの家賃……折半しても僕には払えそうにない。このリビングだけで、今の僕の部屋がすっぽり入っちゃいそうだもの」
実家で使っていたソファとテレビ一式に加え、食卓テーブルを足してもまだ空間に余裕があるのは確かだ。家賃についても、ワンルームとは比較にならない額だろう。
しかし、と東馬は首を横に振って食い下がる。
「出世払いではいけないか? 俺は君を、公私ともに支えたいんだ。就職後も、ずっと一緒に……」
嘘偽りない本音は、いざ口にすると想像以上に重く響いた。東馬は断言するのをためらい、押し黙る。
助けたいという思い自体は良いものかもしれないが、自分の元に縛り付けてばかりでは、無数にあるはずの遠藤の将来性を狭めてしまう。
それはきっと、対等な立場とは呼べない。
「……前言を撤回する。すまない、わがままを言ったな」
「ううん……心配してくれて、ありがとう。安心してもらえるよう頑張るよ」
遠藤は握ったままだった東馬の手を離し、身体の横に戻して両手を軽く握りしめる。
「僕、東馬君と並んで立てる人になりたいんだ。就職して、家賃も光熱費も自分のお金で出せるようになったら、一緒に暮らそう」
「ああ。それが一番だ」
親がかりから脱却し自立した大人になってこそ、責任をもって好きな人を幸せに出来る。遠藤の理念に共感した東馬は、宣誓めいた未来への約束を心に刻んだ。
会話に終止符を打つかのように、電気ケトルの給電スタンドから沸騰完了を告げるブザーが鳴った。東馬はポットに茶葉を入れ、遠藤も途中だった皿洗いを再開する。
しばらくのち、ソファに座って食後の紅茶を飲みつつテレビ番組を観た。夏休み向けの人気観光スポットを紹介していたことから、夏期休暇中の予定について話し込んだ。
夜九時をめどに風呂の湯を沸かす。客に一番風呂を譲ると言って、遠藤を先に行かせた。東馬は、どうしても後でなければならない理由があった。
歯磨きなど眠る前の準備を済ませた二人は、寝室にあるベッドの上に並んで座った。あらかじめ標準体型の男二人が寝ても余裕のあるサイズを選んでいたため、広々としている。
東馬は愛用している青いシルクのパジャマに袖を通し、遠藤はバッグに入れてきた半袖半ズボンの黒いルームウェアを着ていた。
このまま布団を被れば快適な眠りが訪れそうなものだが、今夜ばかりはそうもいかない。どちらも身をこわばらせ喋らずにいるせいで、ほんのわずかな空調の音がやけに目立った。
「……始めて、いいか?」
意を決した東馬は遠藤の肩に触れる。遠藤は頬を染めて頷き、身体を東馬の方へ向けた。声を掛けたのは東馬の方だったが、唇はどちらからともなく合わさった。
高校時代から挨拶や想いの確認として繰り返し口付けを行ってきて、もはや互いにとって珍しいものではない。しかし、当時とは心持ちが大きく異なっている。
首を少し傾け、重ねて押し当てていくうちに口を開けて舌同士を絡ませるようになり、ざらつきを舐めながらも深く吸いついた。
「ん……東馬、君……」
遠藤は吐息混じりに名前を呼び、白い手で耳朶に触れてくる。結ばず垂らしている長髪を撫でつけて指通りを確かめているかと思えば、痛みの出ない程度にかき乱された。傷ませようと意図した行動ではなく、キスに夢中になって手元がおぼつかないのだろう。
東馬は遠藤の手つきを咎めず、身体の力を抜いて後ろ向きに倒れ込んだ。伸ばした髪がバサリとシーツの上に広がる。それとなく体重をかけていた遠藤もつられて姿勢を崩し、東馬を組み敷く形になった。
「わ、わわっ」
驚いて唇を離した遠藤に東馬はうっすらと目を開け、至近距離で物言いたげな視線をぶつける。
「亜蘭……」
漏らすような小声は艶を帯びていて、誘惑の念を隠そうともしていない。煽られた遠藤はかすかに眉をひそめて身震いする。
細まった双眸はドロリとした情欲を宿し、煮詰めた蜂蜜色に見えた。
熱い吐息が顔にかかってすぐ、再び唇を奪われる。入り込んできた舌はくまなく東馬の口内を探り、頬の内側や上あごなど反応の強い箇所を幾度もなぶった。
「は、ぅん、んぶっ……」
うめき声と共に東馬は腰を揺らめかす。遠藤の手が紅潮した頬から首筋にかけてをなぞって、パジャマのボタンを外していく。
さらけ出された胸の突起を指先で捏ねられ、つまむように引っ張られた。
「っあ、う」
刺激は痛みとも呼べないほど微々たるもので、むず痒さばかりを覚える。東馬にとってそこは意味のない装飾でしかなく、性感帯として機能していなかった。
ポルノの中で弄られて快楽を得ている描写があっても、演出でしかないとみなしていた。
「可愛いね」
焦れているのが伝わったのか、遠藤は指を離して含み笑う。
「も……もっと、下を……」
「……うん」
迂遠なようで直接的な欲求を訴えるとズボンに手をかけられ、トランクスまで諸共に脱がされた。ぶるりと露出した東馬のものは既に膨らみ、反り返っている。
「もう、こんなに硬くなってる」
遠藤は汗ばんだ笑顔で見下ろす。
「い、言うな……っ」
ただの事実だとしても、羞恥心でいたたまれない。東馬はやり返すように遠藤のズボンを引っ張った。立て続けにボクサーパンツも下ろしてしまう。
相変わらず、幼さの残る顔や体躯に見合わない丈をしていた。生々しい赤黒さのせいか、たった一度だけ垣間見た、あの高校一年の時よりも大きく感じられる。
「東馬君……?」
声には探るような響きがあった。性器を物欲しげに注視する意味を、遠藤は薄々察したのだろう。それでも、東馬は決定的な言葉を口にする。
「亜蘭。俺を……抱いてくれないか。もう、準備は終えているんだ」
遠藤の喉からヒュッと息を呑む音がした。
高校卒業後の三ヶ月間、東馬は夜ごと密かに後孔の拡張を行っていた。深爪気味にした小指一本から数珠つなぎのアナルバイブ、日本人の平均的サイズを再現したディルドまで開発を進めた。
実家暮らしでは到底出来ない大胆な行動だ。スマホでアナルセックスについての指南サイトを見ながら尻を弄る様は、客観的に見れば滑稽かもしれなかった。だが、何の下準備なく後ろを使えはしない。客観的な視点など無視した。
本番となる今日はトイレである程度洗浄した後、浴室で道具を使い更なる処理を施している。万全の状態と言っても良い。
しかし、遠藤が無言で固まってしまったため急激に不安を覚えた。
「……君の意思も確かめず、前のめりに過ぎただろうか?」
否定的な言葉をかけられても仕方がない。東馬が目を伏せて反省しかけた矢先、両肩にいきなり衝撃が走った。
遠藤に肩を掴まれたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
「二人で……少しずつステップアップしていけたらなって思ってたんだ。一方的にがっついて、東馬君に嫌われたくなかったから……」
か細い声には鼻をすする音が混じっている。東馬がおそるおそる顔を上げると、遠藤は目に大粒の涙を溜めていた。しずくはやがて目尻から頬を伝い、東馬の頬に落ちてくる。
「でも、本当は……一日でも早く君と、繋がりたかった。僕のために頑張ってくれて、ありがとう……っ」
感極まった遠藤の嬉し泣きは東馬の心に深々と焼き付いた。たとえ今後どんな不幸が襲っても、今この時の記憶さえあれば生きていける気がした。
もらい泣きしかけたところに口付けられ、多幸感で頭がいっぱいになる。遠藤が東馬の首や脇下に手を回してきつく抱きしめると、東馬も遠藤を力強く抱き返し、心臓の鼓動を伝えた。
ベッド脇のサイドテーブルには隠す形で自慰や性交用の道具を収納してあった。
東馬は迷いなく、化粧品のような小型のローションボトルとコンドームの箱を取り出す。遠藤の陰茎の丈について、目視のみで正確な寸法を知らずにいたものの使用に問題はなさそうだった。
「あ、あの……東馬君。慣らすの、僕がしてもいいかな」
「……いいのか?」
「セックスは共同作業だもん。任せきりじゃなくて、二人でしたいんだ」
寸前まで自力で準備するつもりでいたが、そうまで言われると任せたくなる。東馬は頷き、遠藤にローションボトルとコンドームを手渡して四つん這いになった。
むき出しの尻が愛おしげに撫でられ、粘度の高いローションを隙間に少しずつ垂らされていく。後孔をなぞっていた細い中指が、第一関節までじわじわと潜り込んでくる。
「んっ、んん……っ」
すぐさま人肌に近い温度まで上がる温感タイプを購入していて、冷えの心配はない。しかし他者の手を介すると、あたかも生の体液を塗りつけられているような感覚がして、はしたなくも興奮を覚えた。
「ごめんね、痛かった……?」
気遣わしげな呼びかけに東馬は何度も首を横に振る。髪がシーツの上でばさばさと音を立てたが、気にしている余裕はなかった。
「平気、だから……続けて……」
大げさに息を吐いて力を抜こうとするも上手くいかず、突っ張っている手足が小刻みに震えてきてしまう。余裕のある態度を貫くはずだったのに、計画は早くも崩れかけている。
遠藤は東馬の異変を知ってか知らずか、後孔を揉みほぐすのを止めなかった。
過剰なほどローションで濡れた指が腸壁に出入りしながら円を描くように動き、時間を掛けてふちを拡げていく。まさぐられる度にそこは熱を帯び、東馬の意思とは無関係にヒクヒクと収縮した。
粘着質な水音と皮膚感覚に気を取られるうち異物はすっかり太くなり、練習に使っていたディルドと似た圧迫を与えてくる。獣のように呼吸を荒げる東馬に対し、遠藤は甘く柔らかな声で語りかけた。
「今、三本目だよ。根元まで入っちゃった……」
「ひぁあっ……!」
曲げた指の腹で粘膜を撫でられた瞬間、東馬は喉から裏返った悲鳴をあげる。膨らんだその箇所を刺激されるだけで全身に鳥肌が立ち、陰茎に痛いほど血が集まっていく。拡張を試みる際にも似た感覚を覚えたが、それとは比較にならなかった。
「大丈夫……?」
もっと擦って、気持ちよくして欲しいと本能が訴えかけてくるのに、遠藤は指を引き抜いてしまう。こじ開けられた後孔が物欲しげに窄まっても、誘いに乗ってこない。
「ちょっと待ってね」
それだけ言って何かの封を破き、包装を剥がすような軽い音だけが聞こえてくる。音の正体について思考を巡らせるのも困難で、気がおかしくなってしまいそうだった。
「は……早く、来てくれ、亜蘭、亜蘭っ……!」
頭を振って半ば泣き叫びのような状態で訴えると、両側から勢いよく腰を掴まれた。後孔に丸い先端が押し当てられる。東馬は振り向かずとも正体を察した。模造品ではない本物の陰茎だ。
「お待たせ……貰うね、東馬君」
吐息混じりの呼びかけと同時に熱い塊が体内へ入り込んでくる。ほぐされた肉輪がぎちぎちと伸び、脈打つ性器を受け入れていく。
遠藤のものは勃起のせいか想定よりも太く、内から下腹を叩けそうな長さを持っている。まるで後ろから刺し貫かれているような気分だった。
「あぁ、あ……あっ……!」
「ん……狭くて、ぬるぬるで、すごい……」
途切れ途切れの喘ぎに遠藤の興奮した声が重なる。東馬は息苦しさと鈍痛の中、自分の身体で彼が快感を得ていることに途方もない充足を覚えた。
やがて全長を収めきり、遠藤は息をついて一時的に動きを止める。腸壁が慣れるのを待っているのかもしれないが、東馬にとっては生殺しに等しかった。
「あ、亜蘭……ひどくして、いいから……っ」
早くめちゃくちゃにされたい。物のように扱われても構わない。彼に独占されたい。東馬の頭は被虐的な考えに支配されていた。
「……うん」
遠藤は東馬の投げやりな言い方を咎めず、緩慢に腰を使い始める。
引き抜きかけては届く限り奥まで差し込む単調な律動をしたかと思えば、じれったいほど慎重に中を掻き回す。摩擦によって、じゅぷじゅぷと淫らな水音が立つ。
「ひっ、ん、んぅ、んっ」
突かれる度に声が出てしまうのを情けなく思い、唇を噛みしめてこらえようとする。しかし遠藤は東馬の行動を察し、陰茎の先端で腸壁の膨らみを擦りあげてきた。
「あっ! だ、駄目だ、そんな……っ」
性感を煽る箇所をいきなり乱暴に扱われ、東馬の心臓が跳ねる。
「お願い、聞かせて。僕だけが、聞いてるから」
遠藤は返答を待たず激しい揺さぶりをかけてきた。晒された弱みを狙い澄まし、屹立したまま腹を打っていた東馬の性器も左手で扱き、追い詰めていく。
「や、あ、あぁああっ……!」
道具で慣らし、ポルノを観て慰めていた時とは比較にならない絶頂が真正面から東馬に襲いかかった。断末魔めいた弱々しい叫びは、とても自分の喉から漏れたものと思えない。
吐き出した精がシーツに飛び散り、遠藤の手にもべったりと付着した。腸壁が痙攣して引き締まり、呑み込んだ陰茎をきつく絞りあげる。
「うぅっ……」
遠藤は苦しげに小さく唸り、東馬の体内で吐精した。事前にコンドームを付けていたらしく、生温かい体液は全てスキンが受け止めた。
後孔から性器が引き抜かれると、身に全く力が入らなくなった東馬は体制を崩してうつ伏せに倒れ込んだ。目を開けてはいたが何も見てはおらず、ひたすら浅い呼吸を続ける。
気だるい疲労感が全身を包んでいた。何も気にせず、このまま眠ってしまいたいほどだった。
けれど不意に、耳がビニールを破く音を拾う。聞き覚えのあるそれが何なのか確かめる前に尻肉を掴まれ、再びぐぷりと陰茎を埋め込まれた。
「あぁあっ……!」
「もう一回だけ、ね……?」
遠藤は上に覆い被さり、東馬の両足を自身の両足で抑え込んで逃避を難しくしていた。
なだめるような声はとろけそうなほど甘い。仮に平時であれば、仕方がないなと許してしまっていただろう。しかし、実際に許可を出してはいない。
東馬がろくに喋ってもいないのに、遠藤は弛緩し敏感になった腸壁を苛烈に攻め始めた。
「あっあっ、あっ! あぅ、ん、んぉ、おっ……!」
両手でシーツを掴み、獣めいた嬌声をあげる。肌のぶつかる音やローションの粘着的な音を楽しむように、柔らかな肉筒をいたずらに捏ねられ深々と突き刺された。
「東馬君っ、好き、好きだよ……愛してる」
後ろに跨がり一方的に蹂躙する様は、先ほど以上に動物同士の交尾を彷彿とさせる。貪るように抱かれ、犯されていた。これ以上ないほどの愛を告げながら、頭からつま先まで食べ尽くそうとする。
東馬が公言せずに抱えていた、乱暴にされたいという願望を遠藤は知っていたのだろうか。あるいは遠藤の潜在的な一面を東馬が感じ取っていたのだろうか。どちらにせよ、肉欲は容易には収まらない。
「ぃぎっ、お、あ……っ」
シーツと身体の間に挟まれていた東馬の陰茎が、拷問に近い快楽に飲まれて精を放つ。低い呻きと腸壁の絞まりで絶頂を悟った遠藤は一度性器を抜き、弱々しく痙攣する東馬の身体をひっくり返した。
火照った肌には幾つも汗の玉が浮き出ている。呼吸に合わせて上下する腹部は体液と白濁で濡れそぼり、股間に至っては、まるで粗相をしたかのようだ。
遠藤は恋人の痴態をなめ回すように見つめてから、脱力して開いた足の間に身を滑り込ませる。左手を東馬の顔元へ伸ばし、汗で張り付いた乱れ髪をそっとかき分けた。
「気持ちいい? 東馬君……」
涙と鼻水と、飲み込みきれなかった唾液で汚くなっているだろう顔はとても正視に耐えられるものではないだろうに、愛おしげな微笑みを向けてくる。
東馬は残った力をふりしぼって頷き、遠藤の首筋に腕を回した。遠藤も東馬の脇下と腰を抱き、しっかりと抱擁する。薄く開いた東馬の唇が優しく塞がれた。
満ち足りた心の安らぎを感じた次の瞬間。蕩けきった後孔に陰茎がねじ込まれ、一息で貫かれる。
「んぶっ! ん、んうぅうっ!」
あまりのことに目を見開き、喉奥から叫び声をあげたが、くぐもった唸りにしかならなかった。舌を絡め取る濃厚なキスと子を孕ませるような激しい抽送を同時に叩き込まれ、頭の処理が追いつかない。
正常な神経が一つ残らず焼き切れて、ただただ苦痛にも等しい快楽を与えられる。前後不覚に陥り意識を手放しかけた時、腸壁で育ちきった欲望が激しく脈打つのを感じた。
二度目の射精を終えても、二人は微動だにせず密着し続けた。身体の一部を繋げ体温を分け合っただけだというのに、互いを隔てていた境界線が消え失せたように錯覚した。
濃密な初夜を経ても遠藤は体力を残していて、自ら後処理を買って出た。
東馬のふらつく身体を脇から支えて水分摂取と入浴を手伝い、体液とローションで使い物にならなくなったシーツを取り替えて洗濯機を回した。全ての清掃を終えた今は、ベッドで東馬への腕枕を試みている。
「重くないか?」
「ちょっと痺れてきたけど、一度やってみたかったから……」
遠藤は照れつつも頬を緩ませた。実用性はともあれ、恋愛物語でまま見られる構図を実践出来て嬉しいと言わんばかりだ。
「無理をするな」
東馬は穏やかな微笑みを返し、首を少しもたげて遠藤の片腕を解放する。遠藤がしぶしぶ姿勢を正すのを見ながら、就寝用に束ねた自身の髪に触れた。
「今日、俺が君のものになったように……君も、俺のものだと思っていいか」
抽象的な問いに遠藤は目を瞬かせた。
かすかに眉をひそめ、徐々に感覚を取り戻しつつある手で東馬の頬を撫でつける。
「……僕の心は、とっくに東馬君のものだよ。君以外にはドキドキしない。君以外とセックスしたくない。身も心も全部欲しいのは、君だけなんだ」
明瞭な答えは恐ろしいほど純度が高い。もしも目に見えない愛情を物量化出来るとしたら、遠藤のそれはとてつもなく重いのだろう。
「どちらかと言えば、君は淡泊な方だと思っていた」
先ほどの情熱的かつ粘着質な性行為を暗に示すと、遠藤は顔を真っ赤にして視線を下に向けた。東馬に向けていた手を引っ込めて、自分の火照った頬を包む。
「一度タガが外れたら、自制しにくくなっちゃうみたいで……ごめんね。君を困らせたくなかったのに、しつこく何度も……」
「わ、分かった。それ以上言わなくていい」
合意であった以上、淫らな行為の是非について深く話し合うつもりはなく途中で切り上げさせた。
東馬がコホンと咳払いをして場の空気を変えると、遠藤は幾分か表情を硬くする。
「……亜蘭。俺は姫里家の長男だ。どこにいても、何者になっても、その事実はつきまとう。これから先、迷惑をかけるかもしれない。周りに嫌な目で見られるかもしれない。それでも、俺は君といたい」
単純な愛の告白ではなく、長く連れ添うことを望む求婚に等しい思いがあった。
「東馬君がいてくれるなら大丈夫。離れないで、僕といて」
遠藤が左手の小指を立てて差し出してくる。仕草こそ子供っぽいが、表情は真剣そのものだ。東馬はそれに応じて右手の小指を引っかけ、唱え言なく指切りをした。
将来は父の仕事を手伝って後を継ぎ、家柄に見合った相手と見合いをして円満な家庭を築く。丁寧に舗装されたレールの上を歩く人生に対して拒否感はなかった。
確かな実力があるのならそれを充分に活かし、脈々と継いできた財産を守るべきだ。周りから強要されるまでもなく、心から自然にそう考えていた。
敬愛する父母の言いつけにそむく必要はどこにもない。単純明快にして世俗から遠い、ごく限られた箱庭の中に築かれた東馬の世界は、高校の入学式の日に一変する。
資産家の子息や息女が集まる学舎に数少ない外部生として編入してきた、一般家庭出身の少年。遠藤亜蘭(えんどうあらん)がクラスにいたことで、東馬の運命は思わぬ方向へと変わっていった。
小学校からの知己の顔ばかり並ぶ教室の中、飛び入りで加わった遠藤は初日から注目を集めていた。家のランク云々よりも、彼の外見が人目を惹いていた。
「遠藤亜蘭です。文学に興味があって、特に萩原朔太郎が好きです。えっと……よろしくお願いします」
下がり眉の控えめな笑顔をクラスメイトたちに向けて自己紹介を終え、着席する。
異国の血が入っているのか、短く切り揃えた猫毛の髪は癖のついたアッシュブラウン。くっきりとした二重で、髪と同色のまつげが縁取る大きな琥珀色の双眸。
学校指定の制服が古式ゆかしいシンプルな黒い詰襟だからこそ、整った顔立ちが際立っていた。同学年の女子と似通った小柄な体躯である点も、愛らしさを感じさせる一因に違いない。
密やかに噂話を繰り広げ、黄色い声をあげる女子たちを遠巻きに見ながら、東馬はなんとはなしに自分の身なりをかえりみた。
背丈が百八十センチ近くあり、どちらかといえば高身長の部類に入る。限りなく黒に近い焦茶の吊り目がやや鋭いのを気にしてはいるが、客観視が難しく顔の造形の良し悪しは分からない。人々の反応から極端な不細工ではないとだけ理解している。
受験の験担ぎの一環で伸ばし始め、切るタイミングを逸した長い黒髪の方が印象に残るかもしれない。邪魔にならないよう、常にハーフアップに結んでいる。
しかし先述した特徴はどれも地味なのだろう。東馬は外見の件で衆目を集めた経験がなかった。元華族の財閥関係者など、ここでは珍しくもない。悪目立ちを避けて波乱のない学生生活を送りたいと望む東馬にとって、それは願ってもないことだった。
ホームルームが済むと、遠藤は早々にクラスメイトたちに取り囲まれていた。日ごろ庶民と接する機会が少ないところ、俳優やアイドルとしてスカウトされそうな美形が現れたとあれば盛り上がるのも仕方がない。
人の輪に分け入ってまで積極的に関わろうとはしないが、遠藤は東馬にとっても気になる相手であり、帰り支度をしながらそれとなく耳をそば立てた。
「ねえ、遠藤君の髪って地毛? ひょっとしてハーフ?」
ゆるい三つ編みの女子が尋ねる。小学生の頃から在籍している資産家のご令嬢で、取り巻きも多い。十中八九、このクラスでもカースト最上位組になるだろう。
古式ゆかしい大和撫子然とした風貌ではあるが、誰に対しても軽薄な態度と言葉遣いをするため、東馬はあまり好感を持っていない。
「じ……地毛です。お父さんがイギリス人で……生まれつきです」
「すっごーい! じゃあ英語喋れる? 何か喋ってみて!」
「い、いいえ。ずっと日本にいますし……教えてもらっていますが、あまり身に付いてません。ごめんなさい」
「いーよいーよ、無理言ってごめんね!」
謝るような状況でもないのに頭を下げる遠藤に、三つ編みの女子はなだめつつも苦笑いを浮かべていた。
何かと挙動不審で腰が低い。借りてきた猫というか、初めてペットショップから飼い主の自宅に運ばれてきた小動物を連想させた。
いきなり複数人に囲われ、グイグイと距離を詰めてこられて、かわいそうですらある。
助け船を出したくなったが、下手な大立ち回りを演じてカースト上位組を妨害したとみなされたくはない。
東馬は少し頭をひねった。自分なりの妙案を思いつくと、すぐさま行動に移す。
「ねえ、編入組ってやっぱりバイトとか」
「……すまないが、どいてくれないか」
遠藤の席は出入り口近くにある。そこに居座る彼女たちの横をあえて通ろうと試み、根掘り葉掘りな会話に割り込んだ。
通行の妨げをしているのは事実なのだから、無理のない自然な介入のはずだ。
ほんの一瞬の間を置き、三つ編みの女子があっけらかんとした態度で片手を横に振る。
「あ、ごめんねー、姫里君。ほら、みんな避けて避けて」
その一声で同級生たちは数歩退き、道筋が開けた。リーダー格の女子の話の腰を折ったせいか、睨みつけてくる者もいるが構うまい。東馬は軽く会釈してドアの方へ歩いていく。
「ぼ、僕も親が待ってますから、もう帰ります。さようなら!」
早口で述べた後、遠藤が通学カバンを胸に抱えて東馬を追う。二人は意図せず連れ立って教室を後にした。親を引き合いに出されたせいか、女子の一団は追いかけてはこなかった。
下校する人々の中に紛れて、無言のまま廊下を経て階段を降りる。玄関ホールに差し掛かった辺りで、東馬はようやく足を止めて振り返った。
「平気か?」
「は、はい……あの、ありがとうございました」
礼を言いつつ、遠藤はまだ怯えの混じった気弱な表情でいた。
カバンを抱いた姿勢で東馬を見上げ、上目遣いになっているため、余計にそう感じるのかもしれない。
「気にするな。では、また明日」
「はい。ま、また……!」
ごくあっさり別れの挨拶をしただけなのに、深々とお辞儀をされた。一度も親に叱られた経験がない富裕層の者たちよりも、よほど育ちが良く見えた。
東馬が遠藤と次に会話をしたのは、それから一週間以上後だった。
月曜日の昼休み、学年問わず在校生たちでにぎわう食堂でのこと。
料理を載せたトレイを持ち、空いている席を探していると、すみのテーブルに遠藤が一人で座っているのが見えた。
日々の食事に力を入れている本校では、本場で修行を積んだシェフが手がけるフレンチをはじめ幅広いメニューを注文できるが、彼は卵焼きや唐揚げの入った素朴な手作り弁当を広げている。
初日に遠藤を囲んでいた女子たちの姿はない。移り気な彼女たちのこと、おそらく興味が他に移ったのだろう。
いつもなら一人でゆっくりと食事するのを好むのだが、にわかに好奇心が湧いてきた。
「遠藤君。向かいに座ってもいいか」
「えっ? は、はい。どうぞ」
「ありがとう」
席につき、東馬は日替わりランチのチキンステーキ定食をマイペースに食べ始める。
高級志向な牛フィレ肉やラム肉よりも、脂肪分が少なくあっさりとした鶏むね肉を好んでいる東馬には丁度いいメニューだ。味付けも優れていて、来週も頼もうと決めた。
「こ、ここの人たちってすごい人ばかりですよね。話しかけてもらっても、なかなかついていけなくて……」
切り分けた一切れを口に運ぼうとした矢先、遠藤の方から声をかけてきた。
曖昧な表現を選んでいるが、同級生との感覚の差に驚いているのだと伝わってくる。
月々の小遣いは一般的な平均額より桁違いに多く、長期の休みになれば海外旅行や別荘へ赴き、誕生日にはハイブランド品などの高額な贈り物をもらうのが当たり前。バイトなど考えたこともない。
常識そのものが異なっていて通用しないとなれば、気苦労も多そうだった。
東馬はナイフとフォークを置き、遠藤を見据えて自分なりの見解を示す。
「自慢話を無理に聞く必要はない。家柄や血筋だけで人の価値は定まらないし、親の庇護下にある未成年のうちから豪遊してもいいことはない。学生の本分は勉学に勤しむことだ」
よく機嫌が悪いのかと訊ねられる、教科書を朗読するような端的で抑揚のない口調は生来のものだ。
想定していない回答だったのか、遠藤は何度か素早いまばたきをして、短く息をついた。
「た……確かに勉強が一番大切ですよね。姫里君は、真面目なんですね」
「別に、普通だ。あと、同い年だし敬語は使わなくて良い」
遠藤の不必要なまでの低姿勢を変える要因になればと、東馬はグラスの水を飲んで指摘する。
「あ、そ……そう、だね。なんか、恐れ多いかも」
遠藤は人差し指で頬を掻いて困ったように笑った。遠慮がちな態度はあまり変わらず、緊張を解くには至らなかったらしい。
態度の軟化を願い、東馬は食事に戻らず更に会話を続けようと試みる。
「……今日は朝から小雨が降っているな」
たまたま窓際の席で外の様子が目に入った。
「うん。でも、傘立てにあまり傘がなくて驚いちゃった」
東馬は折りたたみ傘をカバンに入れてきているが、大多数の生徒はそれすら所持していない。いつも自家用車で送迎してもらっており、雨の日は運転手が傘をさして玄関から車まで付き従うのが当然だからだ。
東馬が傘を持っているのは、細かい部分まで人の手をわずらわせるのが好かないという個人的な嗜好にすぎなかった。
「君は、車では来ていないのか?」
「で、電車だよ。両親は免許持ってるけど共働きで忙しいし、家は少し遠いところにあるんだ。あの朝の渋滞に巻き込まれたら、仕事に間に合わなくなっちゃう」
遠藤の声色は働き詰めの親への気遣いで満ちていた。自分のために外部の人間を雇うなど、はなから選択肢にもないらしい。
学校前に送迎車が列を成すのは当たり前だと思っていたが、一般的には非常識な光景なのかもしれない。
「なるほど、効率的だな。部活動には入りにくそうだが」
「部活? ……た、確かに帰りが遅くなっちゃうから所属できないね。三年間、学校と実家の行き来だけになるかも」
会社勤めのサラリーマンっぽいかな、と遠藤は自嘲ぎみに笑う。
「俺も似たようなものだ」
東馬も移動手段こそ違えど無所属で家に直帰している。遠藤のような事情があるわけではなく、単に無趣味だからなのだが、わずかながら共感できた。
単なる世間話でも不思議と安らぎを感じて、遠藤ともう少し深く話をしてみたくなった。だが昼休みは瞬く間に終わる上、必ず周囲に聴かれてしまう。
ある程度の秘匿性を得たければ、放課後しかチャンスはない。
「……良ければ今日、一緒に帰らないか?」
興味本位で思いつきを口にすると、遠藤は不思議そうに首を傾げた。
「姫里君は車で帰るんじゃないの?」
「送迎車には駅に回ってもらう。長くは待たせないだろうし、気にしなくていい」
運転手は子供の頃からの付き合いがある壮年の男で、友達付き合いに乏しい東馬を日頃から心配していた。
新しく出来た友人と下校したいと言えば、嫌な顔せず了承してくれるに違いない。
「そうなんだ……じゃあ、一緒に帰ろう」
遠藤は細かく掘り下げることはせず、目を細めて微笑んだ。焼き目のついたウインナーを食べようと箸で持ち上げる。
左利きだ。何の気なしにそう思いながら、東馬も付け合わせのじゃがいもとステーキをフォークで刺し、口に運んだ。
きっかけは東馬のささいな気まぐれだったが、二人で帰路につきながら雑談をするのは予想以上に楽しかった。遠藤は想像以上に聞き上手で、ゆったりと相槌を打ち、ときおり思わぬ視点からの助言をしてくれる。
話し込むうち、あっという間に駅に着いてしまったので、その場で明日も一緒に帰る約束を取り付けた。
改札を通る遠藤を見送ってから家への車に乗り込むと、運転手から機嫌の良さを指摘された。想像以上に感情を表に出していたらしい。だらしない顔を晒してしまうなど恥ずかしく、東馬は軽く己の頬を叩いた。
先日、遠藤に絡んでいた三つ編みの女子のように同じ環境で学んできた者は沢山いて、学校のみならず不定期に開かれるパーティでもそれなりの言葉を交わしてきた。
友人と呼べる者もいないわけではない。しかし、義務が一切生じない対等なやりとりをしたのは遠藤が初めてだった。
歩きでの下校は東馬にいくつもの発見をもたらした。
車の中から漠然と眺めていた時には目に留めなかったものが、自らの足で歩いて視界に入れると妙に気になってくる。その感覚は不快ではなく、東馬は遠藤を伴って様々な寄り道を始めた。
コンビニへ立ち入り、肉まんと唐揚げ串の買い食いをしたのを皮切りに、別日にクレープやアイスクリームの注文と実食を成し遂げた。
車をはなから学校の送迎スペースに待機させず、連絡した時に駅まで来るよう頼むのに時間はかからなかった。公園や駅のベンチに座って、他愛もない雑談に興じるうちに門限が迫ることも多々あった。
ある日、テレビで繰り返し宣伝されている新作映画が気になっていると話したところ遠藤も同調してきて、週末を利用し観に行く運びになる。
待ち合わせ場所として有名な広場の銅像前に現れた遠藤の私服に、東馬は悪い意味でカルチャーショックを受けた。
筆記体の英字が横書きで大量にプリントされた黒いシャツとぶかぶかの黒いカーゴパンツ、履き古しの黒いスニーカー。夜は頭と手だけが暗闇に幽霊のごとく浮いて見えそうだった。
ファストファッションが悪いわけではなく、遠藤の組み合わせ方がいけない。
喪に服しているのか、という突っ込みが口をついて出そうになるのをこらえ、東馬は言葉を選んだ。
「……映画の前に服を見に行こう」
遠藤はなぜ予定が変わったのか分かっていそうになかったが、説明を省いて近場の比較的安価なセレクトショップに連れて行き、全身着替えさせた。
白と青のストライプシャツに紺のテーラードジャケットを合わせて、黒いスラックスを履かせ、靴は光沢のあるローファーにした。
急に応用はきかず、自分が今日着ている服装と大差ない組み合わせになったものの、わりかし上品にまとまったと自負している。
「こういうキッチリした服、あまり着たことがないよ……」
遠藤は非常に照れた様子で、しきりに鏡を見ていた。代金を払いたがっていたが、休日に時間を割いてもらった礼だから気にするなと無理やり財布をしまわせた。
その後ようやく観た映画は、期待に反してあまりにも平凡でインパクトがなかった。遠藤も隣の席でたまに船を漕いでいて、定期的に肩をトントンと叩いて起こす必要があった。
喫茶店で紅茶とカフェラテを飲みつつ、ああだこうだと感想を語り合う方がよほど面白かった。
遠藤がメンズモデルにもなれそうなポテンシャルを持っていながら、自分の見た目にはまるで無頓着でいると知ったのはその時だ。
服装だけではない。肌のケアなどほとんどしておらず最低限、眉を整えて産毛のように薄い髭を剃っているのみ。髪は三ヶ月に一度、地元の千円カットの理髪店に行って散髪していると聞いた時には眩暈がした。
「安いわりに仕上がりも綺麗でしょう。最後に掃除機みたいな機械で吸ってもらうのが面白いんだ」
片手で髪に触れながら、遠藤は朗らかに笑っていた。細く柔らかで触り心地が良さそうな髪が、定期的に掃除機で吸われているとは思いもよらない。
東馬は遠藤という原石を磨き上げたい衝動に駆られた。粗野な状態でも一目で強烈な印象を与えるのだ。手間暇をかければ、そのぶん輝くだろうという強い確信があった。
「昔はどうあれ、今の君は名門校の生徒。垢抜けない状態でいて、むやみに評判を落とすのはいただけない。最低限の体裁は整えるべきだ」
そう言って自分磨きにいまひとつ興味が薄い遠藤を説き伏せ、頷かせた。
「周りから浮いてるなって感じてたから、正直すごく助かるけど……どうしてそんなに気にかけてくれるの? 僕、何も返せないよ」
遠藤がなぜ気後れするのか、東馬には今ひとつ理解しがたかった。だから、心のまま素直な言葉を返した。
「友達の手伝いに見返りは要らないだろう」
気の置けない仲とは、目先の損得を考えるような浅い間柄ではないはずだ。
東馬の返答を聞いた遠藤は元々大きな目をより見開き、何度も素早くまばたきをしてから、深々と頭を下げてきた。
「本当に……ありがとう」
大げさではあるが、気持ちが伝わったのなら何よりだと思った。
東馬は翌日から本格的に遠藤への指南を開始した。といっても東馬自身、プロでもなんでもない。主な情報は若年層向けのメンズファッション誌から仕入れた。
本屋で参考になりそうな雑誌をいくつか買って遠藤に持ち帰らせ、ファッションの定番やカラーコーディネートの知識を学ばせてから休日にアパレルショップ巡りを行った。
遠藤の予算が想定より低く、東馬の気に入っている店では衣類を購入できそうになかったため、丈夫さとシンプルさが売りのカジュアルファッションショップに二人して出向いた。
馴染みの店なら来店早々お得意様用の特別室に通されるので、ホールに留まること自体が東馬にとっては珍しかった。
上下一揃えで何点かまとめて買い、ローテーションを組めば無駄なく着回せる。
遠藤の自主性を重んじて服選びを任せてみたところ、謎の楕円形生物が飛び跳ねる様が描かれたシャツや首元と裾にチェーンのついたシャツなど珍妙な品ばかり持ってこられて辟易とした。悪目立ちしたいのかと疑うほどだ。
却下し続けてらちが明かなくなり、最終的には東馬が全て選んでいた。自分の服装センスにさして自信はなかったのだが、少なくとも遠藤よりは優れている気がしてならなかった。
一日を終えた夕暮れ時、車で遠藤を自宅まで送った。両肩と手にショッパーバッグをたずさえてよろよろとドアをくぐる遠藤の背中に、妙な高揚感を覚えた。
二ヶ月後、遠藤の髪が伸びてきたのを機に、仕上げとして行きつけの美容院でヘアカットを頼んだ。モノトーンで統一されたシックな店内と奇抜なヘアスタイルのカリスマ美容師に遠藤は終始、身をこわばらせていた。
「綺麗な髪色ですね、地毛だなんて羨ましいです。カッコよくしちゃいますね」
「は、はい。お願いします……」
散髪中、席に用意された雑誌を読むでもなく、硬い顔のまま正面の鏡で自分と睨み合って過ごしたという。
本人の様子はさておき、多くの顧客を抱える美容師の腕は確かだった。
細い髪にボリュームを持たせ、天然パーマを生かしたマッシュショートに仕上げていて、顔の雰囲気とよく合っていた。毎日の手入れ方法と、他の美容院でも似た切り方になる注文の仕方も丁寧にレクチャーしてもらったようだ。
「よく似合ってる」
「そ、そうかな……だったら、嬉しいな」
涼しくなった首の後ろに触りながらはにかむ姿は、いつもより少し幼く感じられた。
爽やかな流行りのヘアスタイルになった遠藤は、週明けの登校から女子たちに人気を博した。
暇を見つけては正しい洗顔や保湿の方法、産毛の処理から眉の整え方まで実践していた。そんな裏の努力も実を結んだのだろう。
遠藤が上流階級でないのを理由に無条件で下に見る不届きな者は減り、からかいではない純粋な好意を寄せられていた。
編入のための難関試験に受かっただけあって、遠藤は非常に聡明だ。一度身についた習慣を忘れはしないし、将来有望だと誰もが理解したはず。彼の見目を整える計画の完遂を悟った東馬は感慨に耽った。
この上は東馬以外とも関わって友好関係を広げ、学園生活を存分に謳歌してほしい。やけに気になる存在だからといって、遠藤を独り占めにするべきではない。過剰に関わるのはやめて、気が向いたらたまに話す程度の友人の一人になろう。
独断でそう判断した東馬は放課後、同級生に呼び止められてまごつく遠藤を横目に教室を去った。
運転手へ事前に連絡を入れ、久しぶりに送迎スペースへ車を停めさせていた。
「東馬様、どうぞ」
運転手がお辞儀と共に後部座席のドアを開く。
乗り込もうとした矢先、背後から転びそうなほど急いた足音が近づいてきた。
「待って、姫里君っ!」
半ば悲鳴に近い呼びかけに振り向くと、遠藤が息を切らしつつ走り寄ってくる。東馬の後をわざわざ追いかけてきたのだ。
体育の授業以外であまり運動をしないせいか、背を丸めて胸を押さえ、苦しげに口呼吸をしていた。
「どうした?」
思いもよらない状況で呆気に取られる。
「ひ、姫里君にお礼がしたいんだ。た……沢山助けてもらったのに、僕は……姫里君に、何もしてあげられてない」
遠藤は途切れ途切れに、しかし一音一音はっきりとした口調で訴えかけてきた。
おそらく気にするなと言っても頷きはしない。彼はきわめて善良である分、頑固な面もあり、奢られる一方では我慢が出来ない。もらった分だけ必ず何かを返したがる。
一緒に過ごした期間は短くとも、遠藤の性格は大体把握していた。
東馬は軽くかがんで遠藤と目を合わせる。
「お礼と言うが、具体的には何をするつもりなんだ?」
単純な疑問を投げかけたつもりが、意図せず圧をかける言い方になってしまった。
遠藤は焦った様子で視線をさまよわせ、ふさわしい回答を考える。
「え、えっと……姫里君の行きたいところに同行するとか、荷物持ちになるとか……ごめんね、迷惑かな……?」
東馬が遠藤のために時間と労力を使ったならば、遠藤も同じことをして補填したい。言葉こそ少しおぼつかないが、意味合いは伝わってくる。
距離を置かずに今の友情を保ってくれということか。大雑把に発言の意図を汲んだ東馬は深く頷いた。
「分かった。君が俺と居たいなら、付き合おう」
「えっ」
東馬の返事に、提案した当人でありながら遠藤は面食らった。みるみるうちに白い頬が染まっていく。
恥じらうようなことを言った覚えはないが。
「ほ、本当? 僕と付き合ってくれるの?」
「ああ。嫌か?」
遠藤は激しく首を横に振る。整えられていた髪がすっかり乱れてしまった。
「そんなわけない! すごくびっくりしたけど嬉しいよ! 僕も、君のことが好きだったから」
熱に浮かされ、うわずった声など初めて聞いた。必死さのにじむ喋り方に反して、目尻が下がった至福の表情をしていた。
琥珀色の眼の輝きといい、見た者の頬まで緩む晴れやかさだ。
「……ん?」
遠藤が喜んでいて良かった、と率直に考えつつも、彼の発言の中に引っかかるフレーズがあった。
何か重大なすれ違いが起きてはいないか。
僕も君のことが……何だって?
「本当にありがとう。これからもよろしくね……えっと、また明日」
「……また」
思考が一秒とてまとまらず、適当な返事をして車に乗るのが精一杯だった。
ドアを開けたままにしていたせいで運転手にも告白を聞かれていて、情熱的でしたねと微笑ましそうに言われてしまった。
運転手にかたく口止めをして家に帰りつき、部屋でメッセンジャーアプリの通知を見ると遠藤から改まった丁寧な礼が送られてきていた。
「両思いで良かった……か」
相手の表情まで窺えるような文面の一部を読み上げる。
率直に言って、誤解だ。東馬は今まで誰かに特別な感情を持った経験はない。映画やドラマで繰り広げられる恋愛劇も、次々に舞い込んでくる見合いの話も東馬には他人事でしかなかった。
漠然と、世間一般に準じて女性が恋愛対象になるとみなしていた。けれど遠藤と恋仲になると仮定した際、拒否感は生まれなかった。それどころか、胸の鼓動が運動直後のように高鳴っている。
遠藤へ寄せる好意の正体が友情なのか愛情なのか判別はつかないが、同性同士だという点や貧富の差が気にならないのであれば。
「訂正する必要はない……のか?」
心の迷いを声に出そうと、当然ながら答えが返ってくることはない。ただ、紛らわしいことを言った以上は責任を取って、可能な限り遠藤を幸せにしてやりたかった。
それにしても。恋人になったのなら、いつかは口付けなどの愛情表現を交わしたりするのだろうか。素朴な疑問が湧いてきた。
東馬の両親は家同士の決めた政略結婚であり、日常においても浮ついた部分がなく参考にならない。長兄のプライドから、数歳下の妹たちにも聞く気が起きない。
知り合ってから常に先導を気取っていた手前、遠藤の前で無知を晒したくはないし、単純にどんなものなのか知りたくなった。
スマートフォンをインターネットに繋げば、玉石混交の情報が流れ込んでくる。気がつけば一晩中、恋人関係についてのあれこれを調べ回ってしまっていた。勉強以外の理由で夜更かしするなど今までなかった。
翌朝の授業に支障をきたしたが、今後の予習になるなら無駄ではなかったはずだと無理やり良い方向に考えた。
しかし、交際宣言から数週間経っても東馬の自主学習が生かされることはなかった。以前と同じく高校生として穏やかな日常を過ごすばかりで、休日の外出ですら特筆すべき接触はない。
それどころか隣に並んで歩く際、偶然手が当たっただけなのに大慌てで謝ってくる。公園のベンチに座る際にも間にかなりの空白を作っており、友人だった時の方がはるかに物理的距離が近かったように思う。
「触れ合うのはダメか?」
社会的距離を保ちたがる遠藤へ直接尋ねると、彼は申し訳なさそうに視線を落とす。
「ダメじゃない。姫里君といられて、すごく嬉しいよ。でも……身体が勝手に緊張しちゃうんだ。人に触ることも、触られることにも抵抗があって……上手くいかない。すっかり治ったつもりでいたけど、違ったみたい」
遠藤はぽつぽつと過去のトラウマを話してくれた。
中学三年生の頃、遠藤は教育実習生の女性と個人的に仲良くなった。女性の方から声をかけてきて、金曜の夜や土日にたびたび二人で外出していた。進路にまつわる相談事などを聞いてもらい、歳の離れた友人と呼べる間柄でいたが、ある時ホテルに誘われた。
自分たちは付き合ってもいないし、そもそもそんなことはしたくないと嫌がる遠藤の腕を女性は何度も引っ張ってきた。
客の年齢確認をしない店だから大丈夫。万が一子供が出来ても親が揉み消してくれるから気にしなくていい。むしろ、遠藤のように賢くて顔がいい子の遺伝子をもらえたら、ありがたいくらいだ。
ただの一度も言い淀まず、平然と喋る女性の姿は同じ言語を使っていながら宇宙人のようだった。恐ろしくなった遠藤は全力で女性を振りほどき、家へ帰った。すぐに女性の電話番号をブロックし、メッセンジャーアプリでもやりとりが出来ないようにした。
教育実習生は怒りも悲しみも見せず、ただただ実習期間が終わるまで遠藤を無視していた。そして、何事もなかったかのようにクラスを去って行った。
それ以来、遠藤は家族以外との接触を恐れるようになった。特に女性へ苦手意識を持つようになり、入学式初日に女子に囲まれていた時は半ばパニック状態だった。だからこそ、窮地を救った東馬に感謝と好感を抱いたのだ。
話を聞き終えた東馬は胸の奥に鬱々とした苦さを感じ、ため息をつく。
「……辛かっただろう。人間不信になってもおかしくない」
理解できない道理で動く者に理不尽な欲求をぶつけられた恐怖は、容易に消えはしない。同情し、憐憫の情を向けることしか出来ない自分に歯がゆさを覚えた。
我が事のように苦悩する東馬に、遠藤は首を横に振ってみせる。
「姫里君に会えて、僕は幸せになれた。だから……乗り越えて、触れるようになりたいよ」
何度か深呼吸をしてから、おずおずと腰を浮かせて東馬との間隔を詰めてきた。ごくんと唾を飲み込む音が聞こえる。
東馬は迎え入れるように、太ももの上に置いていた手を遠藤の方へ差し出した。
「少しずつ慣れていけばいいさ」
口角を上げて笑いかけると、遠藤の長いまつげが縁取る双眸に涙の膜が張った。東馬の顔と手を交互に見比べ、数秒の間を置いて震える手を伸ばしてくる。
指先と指先がほんのわずかに触れ合っても、遠藤は手を退けなかった。きわめて慎重に、滑らせるように手のひら同士を重ねる。少し小ぶりな白い手は手汗ですっかり冷えていた。
「べ、べとべとしてて、ごめん……」
「構わない。これが最初の一歩だ」
ごく軽く握り込んだ瞬間、ヒャッという悲鳴があがる。ことを急いでしまったかと肝を冷やしたが、遠藤は照れくさそうに頬を緩ませていた。
その日以降、リハビリを兼ねた触れ合いの練習が始まった。ネットで知った、正しいかどうかも判然としない恋人同士の『当たり前』にこだわるよりも、目の前にいる遠藤と適切に関わるべきだ。
最初は二人で道を歩く際、他の通行人がいないタイミングを見計らって手を繋いだ。
他者の肌に触れている状態でも過剰に気を張らずにいられるようになるまで、相当の時間を要した。その分、楽しそうな笑い声と共に手を握り返された時にはかなりの感動を覚えた。 次のステップは抱擁。デートを兼ねてカラオケボックスやネットカフェの個室で実践した。二十センチ弱の身長差を埋めるため、東馬は座ったまま動かずに遠藤の出方を待った。
遠藤は見慣れないものを見つけた猫のように及び腰でジリジリと近付き、東馬の肩に左手を乗せる。軽く揉んで僧帽筋の固さを確かめてから、首筋に右手を回してきた。
抱きしめるというよりは、不器用にしがみついているといった格好だ。顔のすぐ横に遠藤の頭があり、毛質の柔らかいアッシュブラウンの髪は淡いシトラスの香りがした。
冷静でいられると考えていたが、荒れた呼吸音を間近で聞くと東馬の息もつられて乱れそうになる。早鐘を打つ胸の鼓動がどちらのものなのか判別がつかない。
「人肌って、暖かいね……」
「……そうだな」
飾り気のない素直な感想に東馬は頷きを返した。
「海外では挨拶代わりにハグをする習慣があると聞くが、君の家庭でもそうなのか?」
「お父さん、あまりそういうの好きじゃないんだ。握手とかはよくするけど……たぶん、日本人と一緒だよ。僕も……家族以外とハグしたのは、これが初めて」
一対一の会話を楽しむうちに遠藤の吃音は軽くなっていて、声がすんなりと耳に入ってくる。心地よさと同時に、恐怖心からではない奇妙な震えが走った。
未知の感覚の正体が掴めず、東馬がわずかに息を詰めると遠藤は慌てた様子で飛び退く。繰り返し謝罪してくる遠藤をなだめ、嫌ではなかったと納得させるのは骨が折れた。
おっかなびっくりと形容するしかなかった抱擁は回数を重ねるほど自然になって、腕の中で遠藤の親愛を実感できた。いつしか、東馬の方から抱きついても動揺しなくなり、穏やかに抱き返してくれるようになった。
平たい胸が服越しにくっついているだけだというのに、心臓の音はいつもうるさかった。肉体的接触によって、東馬は遠藤に本気で恋心を抱き性愛を向けていると自覚した。安堵だけではない、締め付けられるようなもどかしさや切なさが芽生えていたが、自分からは言い出せなかった。
告白を済ませた両思い同士という大義名分があっても、遠藤がいわゆる無性愛者であり、恋愛感情こそあれ肉体的欲求を持たない可能性は捨てきれずにいる。叶うなら本人の口から確認しておきたいが、性的被害に遭いかけた彼に性的嗜好を尋ねるのはセカンドレイプに等しい無礼になるかもしれない。
遠藤は東馬の熟慮に良くも悪くも気付いておらず、日々の様子に変わりはなかった。目には見えない一線を越えないまま、季節は夏になっていた。
一学期終業式を経て夏休みに入ったばかりのある日、自室で宿題をしていると遠藤から電話がかかってきた。特に用はないのだが声が聞きたくなったと言われ、東馬は応じてとりとめのない雑談を始めた。
宿題の一つである英文読解がきわめて難解だと遠藤がぼやき、読書感想文の課題図書の話になり、原作映画の話題に切り替わる。
『そういえば、初めて二人で出かけた日は映画を観に行ったね。あの時は好みに合わなかったけど……近いうちに、別のを観に行こうか?』
「映画か……」
現在上映中の作品群を頭に思い浮かべたが、ピンとくるものはなかった。しかし、遠藤と過ごすのは勉強の合間の良い気分転換になりそうだ。
「映画館もいいが、DVDを借りて自宅で鑑賞するのも面白いかもしれない」
『あ、リモート鑑賞会っていうやつ? 流行ってるよね。でも僕んち、サブスク入ってないや』
「では、レンタルショップを利用して部屋のテレビで観よう。俺の家に来てくれるか?」
『えっ! ぼ、僕が……姫里君の家に!?』
動揺したのか、声がいきなりくぐもって聞こえる。東馬はフッと軽い笑みをこぼした。
「高校生の家に同級生が遊びに来るなんて珍しいことじゃないし、両親二人とも平日は仕事で不在だ。二歳ずつ歳の違う妹二人も、夏休みを利用して頻繁に外出している。不在の日を選べば、変に鉢合わせたりはしないさ」
「そ、そっか……そうだね」
仔細を説明すると幾分か気が楽になったらしく、遠藤は平静を取り戻す。両方にとって都合のいい日付をいくつか書き出し、家族の予定も加味した結果、翌週の水曜日に落ち合う約束をした。
当日、東馬はライムグリーンのリネンシャツに黒茶のストレートパンツと、動きやすいシンプルな組み合わせを選んだ。
時間的余裕をもって家の最寄りにある駅前へ向かうと、遠藤は待ち合わせの時刻よりも早く着いていた。小鳥のワンポイント刺繍が入った黒いポロシャツにジーンズを合わせていて、すっきりとした佇まいはいかにも涼しげだった。
駅近くのレンタルショップで各々好きな映画を借り、歩いて家へ向かう。車を呼びつけて、あっさりと目的地に着いてしまうのはもったいないと判断した。
照りつける日差しと、そこかしこの街路樹から響くセミの鳴き声に真夏を感じる。普段通り下ろしていると暑くなりそうだからと、髪を高い位置でポニーテールに結っていて丁度良かった。
閑静な住宅街を抜け、門を越えると東馬の母の趣味である薔薇園が姿を現す。季節柄、咲いている花は少なく葉の緑色がほとんどだ。庭木の奥に二階建てのハーフティンバー様式の邸宅が見えてきて、遠藤は感嘆の息を吐いた。
「姫里君の家って大きいんだね……洋館っていうのかな? 何だか、ドラマみたいですごいや」
「古い家に住み続けているだけだ。たびたび修繕しなければならないし、家人が五人もいれば狭いさ」
別段、謙遜のつもりはなかった。実際に住んでいるがゆえに、雨漏りや隙間風など不便な面の印象が強い。
そんなことはない、格好いいと無邪気な賞賛を横から受けつつ、東馬は玄関扉に鍵を使った。遠藤に来客用のスリッパを履かせて鈴蘭型のシャンデリアが照らす廊下を渡り、やや角度の急な階段を経て二階の自室に入る。
アンティーク調の壁紙や照明は他の家族の部屋にも一律で使われているものだ。複数ある本棚と、ベッドの横にある実用的な勉強机が書斎に近い印象を与えた。
壁掛けのテレビを見るためのソファに遠藤を座らせ、エアコンを稼働させる。
「アイスティーを作ってこようと思うのだが……飲めそうか?」
日本とは違い、イギリスでは紅茶を冷やして飲む文化がないと聞く。遠藤の生まれを鑑みるに、念のため確認しておいた方が良いと判断した。
「うん、大好きだよ。わざわざごめんね、ありがとう」
「……すぐに戻る」
大好き、という一言がやけに心に引っかかるも、決して顔には出さなかった。もてなす準備をすべく、東馬は一旦キッチンに出向いた。
淹れたてのアールグレイで作ったアイスティーと、個包装のビスケットやパウンドケーキを乗せた菓子盆をトレーに載せて慎重に運ぶ。
遠藤は部屋の扉を開いた状態で立ち、東馬が戻ってくるのを律儀に待っていた。片手でドアノブをひねるのに苦労しそうだと思われたらしい。
「座っていて良かったのに」
「そ、そんなわけにはいかないよ」
ソファ近くのサイドテーブルにトレーを置き、二人揃ってアイスティーで喉を潤した。
「美味しい! お父さん、邪道だから家じゃ作るなって言うんだよ。勿体ないよね」
「邪道?」
「アイスティーって、元々アメリカで作られた飲み物らしいんだ。よく分からないけど、変なプライドがあるみたい」
遠藤は日本生まれの日本育ちであり、父の祖国イギリスへも祖父母へ会いに数度行ったきりで、伝統的な習慣に馴染みがないと打ち明けた。幼少期から英会話教室に通っていたのに、今なお英語の読み書きが不得意である点も厳しく叱責されているという。
「親を通訳に使うなって言うんだよ。これからも日本に住み続けるなら、日本語だけでいいと思わない?」
いかにも同意を求める態度だったが、東馬は頷かなかった。
「……英語を習得すればどこの国でも通じるというし、覚えておいて損はないはずだ。少なくとも、テストで平均点を取れる程度には知っていた方がいい」
「うー、正論……耳が痛いなぁ」
飲みかけのグラスをトレーに戻した遠藤は両手で自分の耳を覆った。遠藤は学期末のテストでは軒並み良い点を取っていたが、英語だけは平均以下だった。赤点こそ免れたものの、学として身についたとはいえない状況にある。
一方、東馬は遠藤ほどの高水準ではないにせよ全教科で平均以上の点を取っていた。
遠藤の嘆きようを見た東馬は彼と同じくグラスを置き、おもむろに腕を組む。
「今度、勉強会を開こう。宿題を早めに片付けて、空いた時間に予習をすればいい」
「えっ……す、すごく助かる! ありがとうっ!」
遠藤は九死に一生を得たようにパッと表情を明るくしたが、はたと疑問を持つ。
「場所はどうしよう? ファミレスやカフェじゃ、お店の迷惑になっちゃうし……図書館とかかな?」
「持っていない参考書を使えそうだが、飲食禁止の場所が多いのが難点だな。夏場に水分を補給しにくいのは困る。ネットカフェなども誘惑が多い」
頭に浮かんだ施設を次々と却下し、霧散させていく。案に行き詰まった東馬はため息をついた。
「……あ、あのさ。勉強会は僕の家を使って……みない?」
太ももの上で組んだ手をもじもじと動かしつつ、遠藤が言った。
「君の家?」
思わぬ提案に東馬がオウム返しをすると、頷きを返される。
「僕は一人っ子だし、僕の両親も平日はお仕事してる。部屋は……ここよりずっと狭いしテレビもないけど、そのぶん集中出来るはずだよ。ど、どうかな……?」
言い出した当人のわりにメリットを語る語尾は弱く、自信なさげに東馬の顔色を伺ってくる。十中八九断られると思っていそうな態度に、東馬は目を細めて柔和な笑顔を返した。
「君さえ良ければ、お邪魔したい。よろしく頼む」
色よい返事に遠藤は反射的に息を呑み、頬を緩ませる。
「う、うん! いつにするか、また考えようね……!」
幼さの残る言い回しで天真爛漫に身を揺らしている。その仕草には、同い年であっても庇護欲をかき立てられた。東馬は雑念を払いのけてDVDプレーヤーにディスクを入れ、遠藤の隣に座ってリモコンのボタンを押す。
最初に再生したのは遠藤が選んだ映画だった。レンタルショップで夏におすすめ、という宣伝がされていただけあり人魚が主役の洋画で、自然あふれる海から煩雑な地上に降り立ち意中の人と愛を育むラブコメディ。制作年こそ古いものの、家族揃って観れる楽しく明るい内容で、高名な賞に輝いたのも頷ける名作だった。
ラストに人魚と主人公のキスシーンがあったが色っぽさはあまりなく、人間と人魚という種族上の境界線を踏み越える重大な儀式として描写されていた。
「いい映画だったな」
心に浮かんだままの率直な感想に、遠藤は涙目をこすって同意してきた。
「うん。僕、感動しちゃった……これをおすすめ映画の棚に入れてた店員さんと、お話がしたいくらいだよ」
見れば、ティッシュで何度もかんたせいで鼻が赤くなっている。上映途中の鼻をすする音を聞いて、すぐにティッシュボックスとゴミ箱を差し出しておいて正解だった。
遠藤は想像以上に感情移入する性質らしい。特にどの場面が良かったか、などの対話を経て、彼が落ち着いたのを機にディスクを入れ替える。
東馬が選んだ映画も店員おすすめの棚にあった作品だ。先ほどの人魚映画と似通った年代の邦画で、漁港に暮らす新婚夫婦がご近所や旅行者とのトラブルを乗り越えて仲を深めていく人情もの。
夫婦の何気ない日常と互いを大切に思う様子が丁寧につづられていて、リアリティに重きを置いているぶん派手さはない。良くも悪くも邦画らしい情緒的な場面が続く。
遠藤は泣くでもなく静かに鑑賞していて、東馬もそれに倣っていた。けれど、映画の中で帰宅した夫婦が抱き合い、濃厚な口付けを交わしながら囁き合い始めてギョッとする。
『海風で冷えちゃったの。暖めてちょうだい、貴方』
女優の艶めいた一言を皮切りに、二人は寝室へ向かってしまった。シーンが切り替わり、布団の上に横たわった女優に男優がゆっくりと覆い被さる。それ以上省略される気配はなく、このまま夫婦の営みまで描写されるに違いないと確信した。
「ち……違う、こんな内容だなんて、俺は」
十五歳未満の鑑賞を禁止する旨はラベルに書かれていたが、成人指定はされていない。濡れ場があると知っていれば最初から選びはしなかった。
東馬はしどろもどろになりつつ、手元のリモコンで再生を停めようとした。けれどボタンを押す寸前に遠藤が身を乗り出し、リモコンを持つ手の甲の上に手を重ねてくる。
「あ、あの……っ」
至近距離で視線がかち合った。東馬の動きを阻害する理由をはっきりと言うでもなく、琥珀色の双眸はただ不安げに東馬の顔をとらえている。
テレビでは女優が自らロングスカートをたくし上げており、ショーツに男優の手が及んでいた。衣擦れの音がしても遠藤はテレビの方を見ようとしない。東馬も、あえて確認はしなかった。
二人ともそれ以上何も言わない。スピーカーから聴こえる俳優たちの大げさな吐息や睦み合いが、やけに耳に入ってくる。
湿度を帯びた空気が漂い、見慣れた自分の部屋だというのにまるで怪しげなナイトクラブにでも迷い込んだ気分になった。
「……亜蘭」
ぽつりと、初めて名前を呼んだ。濁音のない海外風の響きは軽やかで、想像よりもずっと言いやすい。
不意を打たれた遠藤はビクリと肩を震わせ、ああ、とかうう、とか言葉にならない声を漏らす。頬を紅潮させて下を向き、肺の中を空にするような長い息を吐いた。
乗せていただけだった手に力を込めて東馬の手を握り、顔を上げる。
「東馬、君……」
ぎこちなく呼び返された。家族に呼ばれる時とは心持ちが全く異なり、心臓の辺りがきゅっと締めつけられる。唐突な息苦しさに、こちらまで体温が上がりそうだ。
遠藤はもう片方の手を東馬の頬へ添え、鼻梁の高い整った顔を近づけてくる。
「キスしたい……させて、ほしいんだ」
大胆な発言のわりに表情は自信に欠けていて、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど目を潤ませていた。家に誘った時と同様、断られるに違いないと、はなからほとんど諦めている様子だった。相手が待ち望んでいるなどとは夢にも思っていないだろう。
東馬は返答の代わりに口角を上げ、身を差し出すようにゆっくりと目を閉じる。
たっぷり五秒ほど間を置いて、唇に柔らかいものが押しつけられた。
記憶にある限り、これがファーストキスになる。相手が遠藤で良かったと惚気のように思った。単純に重ねているだけの状態から、鳥が餌をつつくように当てては離れ、じれったさから次第に息が荒くなる。
悪戯心が芽生えた東馬が舌先で遠藤の唇を舐めると、遠藤も必死にやり返してきて、互いの舌が熱く絡み合う。混ざっていく唾液の音が淫靡だった。
「ふ、ぅ、んぅ……」
かろうじて聴こえる遠藤の喘ぎ声に背筋がぞくぞくする。リモコンを手放した東馬が彼の肩や首に腕を回すと、背丈の差から遠藤に覆い被さるような姿勢になった。
人知れず育っていた独占欲が満たされた東馬は陶酔し、密かにほくそ笑んだ。だが、その薄く開いた口に遠藤がぬるりと舌を差し込んでくる。
「んっ……!」
思わず呻き、身を震わせたが遠藤は退こうとしない。むしろ東馬の後頭部を抑え、いっそう口付けを深めていく。揃った歯列をなぞり、上あごの裏を探る動きは軟体動物のように巧みで、されるがままになってしまう。
遠藤は色事に興味が薄いか、純情なあまり最低限の知識しか持っていないと思い込んでいた。それは彼の表層しか見ていない、見当違いな想定だったのだろうか。
食べられている。気持ちいい。動けない。どこか甘さすら感じる。されるばかりは怖い。もっとしてほしい。
相反する感情が入り乱れ、頭の中がひどく騒がしかった。
「っは、ぁ……」
ちゅぷ、と水音を鳴らして、ようやく唇が離れる。
東馬は浅くなっていた呼吸を正そうと肩で息をして、懸命に酸素を取り込んだ。胸に手を当てずとも分かるほど心臓の鼓動が速い。
遠藤は心配そうに東馬を見上げていたが、不意にその手が東馬の足の間に向かう。ズボン越しに膨らみを撫でられて、東馬は目を丸くした。
「な、何を……っ」
「触らせて。これは、駄目?」
反射的な制止の言葉をさえぎり、伺いを立ててくる。黒目がちな瞳には欲情の炎が点っていた。確かな優しさを残しつつも意中の者を手に入れんとする雄の顔に、抵抗する気が起きなくなる。東馬は何度も喉を鳴らし、首を横に振った。
「……服を脱ぐ。君も、そうしてくれ」
とっさに出した交換条件に遠藤はすぐさま頷き、自身のジーンズとボクサーパンツをまとめて引き下ろした。痩せた細い体つきに反して彼のものは長大で、既にある程度起き上がっている。
東馬もズボンとトランクスを足から抜き、下半身を晒した。遠藤ほど明確ではないが、こちらも充分に兆している。互いに口付けだけで興奮しているという事実は愛おしくさえあった。
「東馬君の、大きいね……」
「そ、そんなに見るな」
比較した上での発言は、たとえ悪気がなくとも気恥ずかしい。
中途半端な姿でいるよりも、いっそ裸になろうと東馬はシャツのボタンに手をかけた。
だが、一つ目のボタンを外すより先に張り出した幹に触れられてしまい、動きを止めざるを得なくなる。
「上は脱がなくていいよ。お互いに、しよう?」
胸元にあった片手を取られ、血管の浮き出た遠藤の昂りに導かれた。
幸福そうな遠藤の微笑みは底知れぬ艶めかしさがあり、澄んだ声にも唯々諾々と従いたくなる奇妙な魔力が秘められている。
潜在的な才能を意識せず発揮していると思うと、空恐ろしくさえあった。
「……分かった」
気弱で臆病に見えた男の本質を掴みきれないまま、東馬は背を丸めて手の中の陰茎に視線を落とす。上映され続ける映画を環境音に、二人は相手への手淫を始めた。
とうに精通した身である東馬は、生理的な処理としての自慰にも慣れている。しかし、動きを予測できない他者の手に急所である局部を弄られ、刺激されるなど全く未知のことだった。
「あっ、ああぁっ」
幹を扱かれ、雁首を柔らかい手のひらで撫で回されるだけで派手に腰が揺れてしまう。いくら声量を絞っても、情けない喘ぎがこぼれる。
せめて、遠藤のものを握る手に力が入らないようにと気を配るしかなかった。
「東馬君、可愛い……可愛いね」
噛みしめるような小声が鮮明に耳へ届く。上背のある痩せぎすの男への評とは、とても思えない。
間違った賛辞を否定するために顔を上げて遠藤の方を見る。すると、異論を唱える前に唇を塞がれた。
「ん……ふ、ぅうっ」
舌が絡む深いキスに東馬は眉をひそめて悶える。その隙に遠藤は雁首からしたたる先走りを指先にまとわせ、育った幹に塗りつけながら更に扱いた。
ぬるついた水音と荒れた呼吸音に、映画内の激しい腰使いや快楽の演技が混ざる。
頭が混乱して、一瞬だけ遠藤と性交をしている錯覚に陥りかけた。同性愛のポルノを観た覚えもないのに、彼に組み敷かれ、むごいほど尻を突かれる光景を生々しく想像したのだ。
自分がそんな被虐的な願望を持っていたなど、今の今まで知らなかった。
身体から力が抜けていく中、東馬は顔の角度をずらして執拗な口付けから逃れる。
「っ……あ、亜蘭! そんなに、したら……」
切羽詰まった声で訴えるも、遠藤は見惚れた笑みを向けてくるばかりで手を休めてはくれなかった。
東馬が発露の兆しに腰を引くと摩擦は余計に早くなり、無理やりにでも高みへ押し上げられていく。
「ひいっ! や、やめ……」
耐えきれないと感じて弱音を吐いた、次の瞬間。
「出して」
たった一言、ねだられた。
子供が後ろ手に隠したものを見たがるような軽さの中に、絶対に従えという重さがにじむ、到底真似できない声色。
「あっ、ああぁあ……っ!」
東馬の全身に鳥肌が立った。断末魔めいた、声にならない声が部屋に響く。混迷していた脳内が真っ白に染まり、膨張しきったものから精が勢いよく噴き出した。
濁った体液は東馬の太もものみならず、冠状溝に巻きついた遠藤の指をもドロドロと汚す。遠藤は付着した粘つきをじっと眺めた後、東馬の顔元に視線を戻した。絶頂を迎え、苦しげですらある赤ら顔を好ましげに見つめてくる。
「いっぱい出たね……」
ごく幼い言い回しで囁かれ、東馬は身震いした。男根がどくりと脈打ち、なおも少しずつ白濁を垂らしていく。ひとしきり衝動が収まると、ティッシュボックスからまとめて引き出した紙で精液を丁寧に拭われた。
世話を焼かれる気恥ずかしさは耐えがたく、穴でもあったら入りたい気分になる。
東馬は頭を振って快感の余韻を散らし、改めて遠藤の剛直に触れた。
「その……君の方も、良くしてやりたい」
自慰とは比べるべくもない心地よさを彼にも与え、共有したい一心だった。
「あ、あまり無理しないで……んっ」
遠藤は東馬を気遣いつつ、くびれを辿る手つきに熱っぽい息をつく。
性欲処理用に購入したポルノの映像を思い出しつつ、東馬は手のひらを使ってつるりとした表面を繰り返し愛撫した。
遠藤がしていたように鈴口から染み出した分泌液を全体にまぶし、片手の指先で先端を弄り、もう一方の手で充血した幹を扱く。
服越しにも、厚みのない遠藤の腹部が波打つように上下に動くのが見てとれた。
「も……もう、出そう……っ」
か細い苦しげな声に東馬は充足感を覚える。つたない技巧でも快楽を拾ってくれているのがたまらなく誇らしい。
遠藤も先ほどは同じ思いに駆られていたのだろう。それならばあの、愛おしげでどこかサディスティックな態度も頷ける。
唇を噛みしめて耐えている遠藤の顔を見て、東馬はより手の動きを急かした。ぐちゅぐちゅと露骨な水音が立つのも気にならなかった。
「あっ! あぁ、うっ……!」
むき出しの下半身をびくつかせ、遠藤が達する。彼の表情に気を取られていた東馬の頬へ、生暖かい飛沫がかかった。
とっさに指で拭う。水気を含んだ粘ついた感触と、鼻につく独特の臭い。考えるまでもなく精液だ。
「あ……か、顔に……ごめんっ!」
事態に気付いた遠藤の顔から血の気が失せる。
「……いっぱい出たな」
つい数分前に言われた言葉を軽い仕返しとして使うと、遠藤は目を見開いて息を呑んだ。
びゅる、と更に精が飛び散り、今度は唇の端にまでかかる。どうやら興奮させたらしい。
舌で舐めるかどうか数秒だけ迷い、ひとまずもう一度、指で拭き取った。
「あああぁあ……」
悲痛な呻き声をあげる遠藤を叱責する気にはなれず、東馬は無事な方の片手でティッシュボックスを引き寄せた。後始末を済ませ、下着とズボンを履き直す。
日常的なシーンに移行していた映画を停め、ディスクをレンタルケースに戻してからは性的なやりとりもなく雑談に興じた。
菓子を平らげ、すっかり氷が溶けたアイスティーを飲み干してからは、再放送のテレビ番組をぼんやりと視聴した。別段その番組が見たかったわけではなく、何かしらの音が鳴っていなくては間が持たなかった。
夕暮れ前にレンタルショップでDVD二枚を返却し、遠藤を駅まで送り届けた。
夜はなかなか眠れなかった。一人でいると部屋で起きた出来事を思い返してしまい、頭がそれ一色に染まってどうにかなりそうだった。
目を閉じて悶絶していると携帯が鳴り、遠藤からお礼のメッセージが届いていた。
感謝に満ちた長い文章は家へ招待されたことへの感謝ばかりで、キスや手淫については触れていない。東馬は少々思うところがありながらも、今日の記憶をもとに自慰をして半ば強引に寝入った。
数日後、東馬は勉強会を開くべく遠藤の家に赴いた。一軒家ではなくリノベーションされた賃貸マンションで、遠藤の部屋は玄関から入ってすぐの位置にあった。
持ち主の宣言通り東馬の部屋ほどの広さはないが、シングルベッドと一人用の机、クローゼットに細長い本棚まで揃った過ごしやすそうな空間だ。家具の色合いやダマスク織風の壁紙は、両親の英国趣味が多分に反映されているらしい。
遠藤は壁のリモコンを操作し、エアコンをつけてから部屋の中央に折りたたみ式のローテーブルを設置した。
「どうぞ、座って。母さんが最近ルイボスティーに凝ってるから冷やしたものがあるんだけど、飲めそう?」
「名前は知っているが、飲んだことはないな。試してみたい」
「そっか。じゃあ、ちょっと待っててね」
促されるままカーペットに座り、ショルダーバッグから筆記用具とノート、宿題冊子を取り出してテーブルに置いていく。
ノック音に気付いて出入り口のドアを開けると、遠藤がトレーを運んできていた。五分とかかっていない早業だ。
紅茶よりも鮮やかな赤茶色がグラスに注がれていて、柑橘類の混ざったオレンジスコーンが白い皿の上に並んでいる。小ぶりなフォークも二つ添えられていた。
「美味しそうだ」
「ふふ。お茶のお代わりは沢山あるし、他のおやつもあるよ。時間はあるし、のんびりやろうね」
テーブルの隅にトレーを乗せ、遠藤も自分の机から勉強道具と宿題の山を引っ張り出してくる。隣で遠藤の進捗状況を確認すると、東馬よりも進みが早かったり既に終わらせているものが多かったが、やはり英語で行き詰まっていた。
「何で形容詞と副詞で前後が入れ替わるの? 何でアメリカとイギリスで綴りや単語を変えちゃったの? もう全部ローマ字で良くないかなぁ?」
遠藤にとって二つめの母国語でありながら、英単語も文法も言語として扱えないとしきりに嘆く。
「ヘボン式は日本語表記の一つに過ぎない。国を出たら通じないぞ」
東馬は自分の宿題を書き進めつつ釘を刺した。
「うっ、甘えさせてくれない。現実は厳しいなぁ……」
苦笑いを浮かべていても、遠藤の声色はどこか嬉しげに聞こえた。やりとり自体を楽しんでいるのだろう。
とはいえ、独学に限界を感じて行き詰まっている者を放置する訳にはいかない。
「……数学の問題集が片付いたら助力する。それまで、他の課題に取り組むといい」
「わぁ。ありがとうっ! 東馬君も、分からないところがあったら教えてね」
科目を変えた途端、遠藤のシャープペンシルが広げたノートの上で軽快な音を立て始める。教科書の内容を簡潔にまとめて書き記す、比較的簡単な社会科の宿題を選んだようだ。
事前に半分終えていたものを小一時間ほどで仕上げた後は、東馬の手伝いをすると言い出した。ここは、ありがたく力を借りよう。
遠藤は現代文や古典を得意とする文系であると同時に、理系としても優れていて頭の回転が早い。ちょっとしたケアレスミスも見逃さず忠告し、自力で正解を導き出させる姿勢は塾講師に向いていそうだと感じた。
教師による授業よりも理解が深まった気がする。もしも遠藤がアルバイトを始めたら、顔と人格の両面で人気を博すに違いない。惚れてしまう生徒も出るだろう。遠藤に好かれたい者は、世の中にきっと数え切れないほどいる。
推測を重ねた東馬は微笑ましさの中にチクリとした胸の痛みを覚えた。解答の途中で手を止め、とっさに遠藤の方へ視線を送ると彼は目を丸くする。
「ど、どうしたの? それで合ってると思うけど……違う気がする?」
「いや……何でもない」
そっけなく返して、紙面の因数分解だの二次関数だのと再び向き合う。爽やかな甘さのスコーンを平らげ、ルイボスティーを飲み干した頃、最終頁の問題に解を出せた。
「お疲れさま!」
「ああ、お陰で早く済んだ。礼を言う」
東馬は消しゴムのカスを集めてゴミ箱に捨て、問題集と教科書をバッグにしまった。
「気にしないで。こういうの、持ちつ持たれつって言うじゃない」
遠藤は首を横に振り、空になったグラスと重ねた皿をてきぱきとトレーに載せていく。
「休憩にしよう? おかわり持ってくるね」
「助かる」
待つ間にトイレを借りた。廊下を出てすぐ隣にあって、壁に花束のようなドライフラワーが飾られていた。用を足してドアを開けたところでトレーを持った遠藤と鉢合わせ、二人で部屋に戻る。
次のおやつとして用意された、キャンディと似た包装でくるまれたチョコレートは甘さ控えめで、大粒のアーモンドが入っていた。噛み砕けば香ばしく、小腹が満たされる。
「美味いな」
「気に入った? 良かった、これ僕も好きなんだ」
近い位置の二つ目を取ろうと、二人は同時に手を伸ばした。遠藤の左手と東馬の右手、それぞれの指先が触れ合う。
当たったのはほんの一瞬だったけれど、互いに驚いて身を引いた。
「あっ……ご、ごめんね」
「いや。大したことじゃ……ない」
言葉少なに返したものの、距離の近さを妙に意識してしまう。勉強に励む以上は気に留めまいとしていたが、たった数日前に起きた出来事を思い返して顔が熱くなる。
遠藤は東馬の恥ずかしげな表情をじっと見つめていた。普段、自信に欠けて伏し目がちな双眸が、今は意中の者を捉えるために開かれている。
宙に浮いていた左手が、不意に東馬の頬からあごにかけてを伝った。
「……キスしていい?」
笑みの形を作る唇と、伺いを立てる甘い声に東馬の腰は震えた。金縛りにあったように動けなくなり、無言で頷くのがやっとだった。
目を閉じてすぐ、口に潤った弾力を感じ取る。左手がするりと動いて片耳を覆う。右手で肩を抱き寄せてきて、密着した胸が少しだけ圧迫された。
まぶたで視界をさえぎった分、肌の感覚が鋭くなる。口内を舐め合うと、炒ったナッツやビターチョコの残り香が鼻に抜けていった。
「んんっ……!」
唾液にまで甘味があると錯覚したのか音を立てて吸われ、東馬はにわかに息を荒げる。遠藤は低いうなり声に反応して、名残惜しそうに唇を離した。
呼吸がかかり、まばたきの音すら拾えそうな至近距離で何も言わずに見つめ合う。ごくりと生唾を呑んだのがどちらなのか分からない。
動くに動けず、そのまま数秒の時を置いて。
「あの……ありがとう、東馬君」
重い沈黙を破った遠藤の声は、普段通りの落ち着きを取り戻していた。姿勢を正し、テーブルの下に積んでいた英単語集と教科書、ノートなどを机上に並べていく。
独特の空気を打ち壊す行為に東馬は肩すかしを食った気分になり、眉間にしわを寄せた。歯噛みしそうになるのをこらえ、よろめくようにテーブルに突っ伏す。
やや勢いをつけすぎて額を派手に打ち付けた。
「わわっ! 大丈夫……?」
遠藤は衝突音で東馬の状態を把握し、気遣わしげに小首を傾げる。ひりひりとした痛みを感じながら、東馬は顔を上げずに喋った。
「……俺の家でやったようなことは、もうしないのか?」
「えっ? そ、それは……」
遠回しな言い方でも充分伝わったらしく、遠藤は言葉尻を弱める。明らかに言いよどみ、返事に窮していた。
その場の勢いで青い性に身を任せただけであって、二度目など考えてもいなかったのだろうか。こちらは家に行く日が確定してから、眠れない日々を過ごしていたというのに。
東馬が脳内で悲観的な推論を繰り広げていると、後頭部にそっと手を置かれた。髪の流れに沿って、優しく撫でつけられる。
わずかに頭を動かし、腕越しに遠藤へ視線を送る。
「し……したくないわけじゃないよ。東馬君はすごく可愛かったし、触ってもらって気持ち良かった。でも、ああいうことを続けてたら、その……」
視線をさまよわせていた遠藤は言い終える前に手を止めてしまう。
もどかしくなった東馬が身を起こし、続きを急かそうと口を開いた、まさにその瞬間。
遠藤は東馬の胸に飛び込み、細い両腕を腰に回してきつく抱きしめてきた。
「僕、東馬君とセックスしたくなっちゃう」
聞いた方が耳を疑うような、あまりにも直接的な表現だった。それなのに、歯切れのいい声は肉欲を感じさせない切実な響きを持っている。
見下ろしてもアッシュブロンドのつむじしか見えず、遠藤の表情はうかがい知れない。腕の力は想像以上に強く、容易には引き離せそうになかった。
東馬を抱きたいという意思が言外に感じ取れて、薄く開いたままの唇がわななく。
「駄目だよね? 子供なのに、そんなことしたら」
何の返事もしない東馬を案じてか、遠藤は上目遣いに見つめてきた。潤んで蜂蜜色に近づいた眼といい、不安げに引き絞った口元といい真剣そのものだ。
「……高校を卒業したら、良いということか?」
むき出しの性愛を良しとせず踏みとどまる理由が本当にそれだけなのか知りたくなり、確認を取ると遠藤は気恥ずかしそうに頷いた。
「付き合って日も浅いのに、重いと思われるかもしれないけど……僕は、卒業後も東馬君と一緒にいたい。未成年淫行だとかで、君との関係を咎められたくないんだ」
隠れてこっそりと行えばいい。誰かに露見しなければいい。そんな法の抜け穴を狙う意見を許さない誠実さがあった。
仮に罪に問われないとしても、行為によって一方が罪悪感を抱えてしまうなら、恐らくそれは正しい行いではない。
東馬とて、慣れない環境で必死に学業をこなし大成を目指す遠藤の妨げにはなりたくなかった。パートナーを誰にするかという決断は、自分自身の将来にも深く影響を及ぼす。
「亜蘭……君は、本当に良い男だな」
本能的な欲求を抱えずにはいられない己を恥じつつも賛辞を送った。彼のような人格者が恋人になってくれて良かったと改めて思う。
遠藤は一瞬だけきょとんとした後、はにかんで首を横に振ってみせた。
抱擁を解いてからは根気強く英文法の仕組みや基礎の復習に付き合い、遠藤の潜在的な苦手意識をなくせるよう苦心した。
その日以降、二人は口づけ以上の肉体的接触を行わないまま青春を謳歌し続けた。
昼休みも放課後も揃って行動するのが当たり前で、側にいるのが自然な状態ですらあった。外せない用事がある時は、メッセンジャーアプリと通話で寂しさを埋めた。
間柄を邪推し、からかってくる者はそれなりにいたが歯牙にもかけなかった。
つまらない噂や陰口はさえずる側の評判が落ちるだけだったし、大切な恋人と、信頼の置ける限られた友人たちさえいれば楽しくやっていけた。
瞬く間に月日は過ぎ、二年後の冬。
東馬は創立百年を超える私立大学商学部に推薦入試で受かり、遠藤は日本文学科が有名な私立学院大学に特待生としての入学を認められた。
発表当日は受験勉強に協力してくれた家族と幸せを共有し、恋人とは別日に落ち合って合格祝いのディナーに出かけた。予約したイタリアンの店にはドレスコードがあり、東馬はライトグレーのダブルスーツを身にまとい、遠藤も自前の礼服を着込んできた。
いつ親族や友人から式に誘われてもいいよう、大学生活を始める前に仕立ててもらったというダークブルーのシングルスーツは、肩のラインがハッキリとしたブリティッシュスタイルだった。
今までお忍びの姿しか見せてこなかった王子が正装してきたかのような、驚きと同時にしっくりくる感覚を味わう。店内の客もにわかに騒いでいて、若い女性などはドラマの撮影かと噂している。
遠藤自身は周りの声や視線にあまり頓着しておらず、広い窓から見える煌々とした街の夜景や照明を絞った店内の内装を興味深げに見回していた。
「何だか、結婚式の披露宴みたい」
ことさら明るく笑う遠藤に東馬はつられて頬を緩める。
幼少からパーティーに連れ出されていた東馬のワードローブには、成長別に色とりどりのスーツが並んでいる。中学から高校にかけて体型が定まってくると数は一気に増えた。
しかし、そのオーダーメイドのスーツ群よりも、大人になる遠藤のために彼の両親が愛を込めて選んだ一着の方がよほど価値があるように思えた。そして初めてスーツに袖を通す記念すべき日が、この食事会だ。
「祝い事に変わりはないな。乾杯しよう、亜蘭」
ノンアルコールのスパークリングワインが注がれたグラスを目の高さまで持ち上げて促すと、遠藤も頷いてグラスを掲げた。遠藤とタイミングを揃えて一口だけ飲めば、白桃に近い香りと独特の苦みが炭酸の泡と共に喉を通り抜けていった。
「相変わらず、薄いマスカットジュースというか……でも、何だか飲みやすいかも。アルコールが入ってたら、もっと苦いのかな?」
グラスの中のシャンパンゴールドを見ながら遠藤が呟く。クラスメイトの誕生会のみならず、東馬の学友として祝賀パーティに連れ出した回数も少なくない。それゆえ、酒精を抜いたワインの味に覚えができていた。
アルコールを含まないカクテル、俗にモクテルと呼ばれる飲み物の存在を知った時の遠藤の驚き顔と、注文したシャーリー・テンプルをおそるおそるストローで吸う様子を併せて思い起こし、東馬は心を和ませる。
「二十歳になったら飲み比べるといい」
「あ、そうだね。じゃあ、その時も二人で飲もうね」
さらりと約束を取り付け、遠藤は運ばれてきた前菜のサラダや鯛のカルパッチョに舌鼓を打つ。同じメニューを咀嚼しつつ、東馬はニヤけそうになる顔面を必死で引き締めていた。
卒業式当日は桜こそ咲いていないものの、雲の少ない快晴だった。
物々しい式典と最後のホームルームを終えて、そこかしこから笑い声や泣き声、スマートフォンで記念写真を撮るシャッター音が聞こえてくる。
「東馬君。これからも、よろしくね」
「ああ。また近いうちに連絡する」
用意していた小ぶりな花束を渡し合い、固い握手を交わす。共通の友達たちと合流し、チョークで描かれた黒板アートの前で何枚もグループ写真を撮った。エントランスに飾られた立て看板の横でも同じように撮影し、保護者たちをずいぶんと待たせた。
遠藤の両親が彼を熱く抱きしめ、祝福の言葉を矢継ぎ早に贈る光景は暖かな愛で満ちていて、見る側の胸を打つ。髪質と口元は母、彫りの深い目元と鼻筋は父に似たのだとすぐに分かった。
それと反対に、喧噪を嫌う東馬の両親は最低限の挨拶を済ませ、形ばかりの家族写真をカメラに収めるとすぐに自家用車に乗り込んだ。当然のごとく乗車を求められたが、東馬はちょっとした私用があると言って拒んだ。
何かと多忙な両親は深く詮索せず、夜に開催されるホテルでの記念パーティーには遅れるなとだけ言い残し去っていった。花束と証書を預けて身軽になった東馬は一人、カラオケボックスへ向かう。
知り合いと鉢合わせるのを避けるべく、行き慣れた店ではなく大通りから外れたビルの一角にある店舗を選んだ。清掃こそ行き届いているものの、内装には経年劣化を感じ取れる。
部屋に入ってすぐにドアを施錠する。タッチパネル式のリモコンやマイクには触らない。ここに来たのは、ただ防音性を求めてのことだった。
大きく息を吸い、肺に可能な限りの空気を取り込んで口を開く。
「よ……っしゃあぁっ!」
握りしめた拳をアッパーカットのように突き上げて叫ぶと、予想以上の声量があった。普段の自分を知る者にはとても見せられない、見せるべきではない姿だ。
十八歳という成年年齢に達して高校を卒業した今、世間的にも個人間のセックスが問題視されない身分になった。そんな当たり前であるはずの事実が、東馬に長い刑期を終えたに等しい開放感をもたらしていた。
「この日をどれだけ待ちわびたか……」
感情を込めた独り言を発するうち、両手が震えてきてしまう。
自室で遠藤と行った、あの、たった一度の手淫が脳裏に焼きついて離れなかった。
臆する東馬を熱く見つめ、日頃はおくびにも出さない性欲をあらわにした遠藤の蠱惑的な微笑み。敏感な急所を撫で回され、甘く囁かれて達する快感。
東馬にとって自慰とは、男として生まれた以上やむを得ない生理的な処理でしかなかった。それが、あの日を境に変わってしまった。男女が性交を行うポルノではあまり興奮できなくなり、遠藤のような小柄な男がタチを務める同性愛者用のポルノにばかり目がいき、それを使った自慰を続けていた。
部屋に鍵をかけて布団を被り、イヤホンをして、食い入るように液晶画面を見つめながら性器を扱く。無様だと自覚していてもやめられなかった。
雑誌類や物理的なディスクを買うには気が引けて、電子データの動画をいくつも購入したため、スマートフォンをうかつに手放せなくなった。購入履歴が万が一にも他人の目に触れないよう、キャッシュレス決済の手順を増やすなど以前にもまして工夫をした。
買い集めていった結果、当然だが自分自身の性的嗜好がサイトに一覧として表示されるようになってしまった。二者が仲の良いカップルという設定の下の和姦モノよりも、片思いをこじらせた末の強姦モノや完全な主従関係にあるSMモノの方がずっと多いと気が付いた時には愕然とした。衝撃的で刺激の強い映像に反応するのは仕方のないことだと、半ば強引に結論づけた。
そんな悶々とした苦悩も今となっては過去の話だ。愛しい恋人との一夜はもはや空想ではなく、現実に起こりうる。
一日でも早くその日が訪れるのを請い願いつつ、東馬は胸に沸き上がる激情のままマイクを手に小一時間がなり声で歌った。フリードリンクで喉を潤すのを忘れていて、帰宅した折に家族から不自然に涸れた声を指摘されてしまった。
大学入学を機に、東馬は実家を出て一人暮らしを始めた。
家政婦やハウスクリーニングといった人の手を借りず、何もかも自分でやらなければならない生活は東馬にとって慣れないもので、学業との両立に苦労させられた。悲願成就の前に、現実と戦わなければならなかった。
しかし、やり始めれば細々とした作業が性に合っていたらしい。三ヶ月もすると一通りの家事をこなせるようになっていた。
特に力を入れたのは料理だ。高校時代、遠藤が親の作った弁当を幸せそうに食べていたのが印象的で、自分もお手製の料理を振る舞ってみたいと考えていた。不要なごたつきが起こるのを避けて専門のサークルや教室には入らず、授業のない日に食材を買い込み、雑誌やレシピ動画を参考に独学で挑んだ。
最初は玉子焼きにすら手間取り、卵を割るのも巻くのも上手くいかずに焦げた殻入りの失敗作を作ってしまっていた。試行錯誤を重ねて焼き目の少ない理想的な仕上がりに出来た時には、感動のあまりスマートフォンで撮影した。
その小さな成功体験は東馬に自信を与えた。生姜焼きや野菜炒めといった定番のおかずを夕食にし、きんぴらごぼうなど作り置きに向いたものを手隙に作っておく癖ができ、趣味といっても過言ではないほどのめり込んでいた。
腕の上達を確信した東馬は、満を持して遠藤を下宿先のマンションへ誘おうと電話をかける。卒業してからほぼ毎日、メッセンジャーアプリで連絡を取り合ってはいたが、お互い新生活の多忙さで面と向かって会えてはいなかった。
サークル無所属の東馬と違い、遠藤は大学公認の文芸部サークルに入って精力的に活動していた。学習によって専門的知識を取り入れ、同好の士と価値観を共有する場もあり毎日が充実しているようだ。
『来週金曜の夜? うん、大丈夫だよ!』
急な誘いに応じてもらえるか不安に思っていたが、遠藤は電話口でも喜びが伝わってくるほど明るい声で即決した。東馬の家に一泊して土曜日の朝から近場でデート、というプランがよほど魅力的だったらしい。
東馬はホッと胸をなで下ろした。
「良かった。待ち合わせについてだが、移動を加味して……夜七時に、こちらの大学前のバス停で待ち合わせよう。直通のバスが出ているはずだ」
『そうだね、地図アプリを使えば迷わず着けそう。えへへ、楽しみだなぁ』
「君をもてなせるよう努力する。では、また」
通話を終えた東馬は、すぐさま携帯のスケジュール帳アプリを開いてフリックした。
金曜日に亜蘭と会う。
感情を抑えた短い一文のみを記しつつも、読み返すだけで自然と口角が上がる。
そして、恋人と対面した日に最も果たしたい目標のため、その日も入念な準備を行った。
指折り数える暇もなく時は流れ、約束の金曜日を迎えた。
東馬は大学生という立場を有効に使い午前中のみ授業を受け、帰り道に食材の買い出しを行い自宅で調理した。炊飯器のボタンを押し、完成した品を冷蔵庫に収めた後は長めに湯に浸かり、仮眠を取って心身を整えた。
梅雨の過ぎた七月は夜になっても気温が高く、蒸し暑い。遠藤は大きめのスポーツバッグを肩にかけ、約束の時間よりやや早めのバスで大学前の停留所へ降りてきた。
白と黒のブロッキングシャツにジーンズを合わせたコーディネートは彼の細く引き締まった体躯によく合っていた。淡い色の地毛を隠そうとしてか、キャスケットを目深に被っている。
「東馬君、久しぶり!」
「ああ。久しぶり、亜蘭」
大きく手を振る遠藤に東馬も手を軽く挙げた。白シャツに紺のテーパードパンツを履き、黒い薄手のジャケットを羽織っている。色々と悩んだが、普段大学に行く時と変わらない無難な組み合わせに落ち着いた。
寄り道はせず、二人でまっすぐマンションへ向かう。大学まで徒歩で十分圏内という距離の近さで選んだ場所だったが、遠藤は外観を見ただけでひどく狼狽していた。
「す、すごい高さ……何階建てなの?」
「二十四階、だったか? 俺の部屋は十八階にある。最上層ほどではないが、それなりに長めは良いぞ」
見上げたままポカンとしている遠藤の腕を引き、エントランスのコンシェルジュに声をかけてからエレベーターへ乗り込む。狭い箱に入り上昇する中、遠藤はぽつりと喋った。
「オートロックがあるのに、ホテルのフロントみたいな人がいるんだね、ここ」
軽く首を傾けて顔を覗くと、不可解そうな表情をしていた。口ぶりからして、遠藤の下宿先には居ない存在なのだろう。
「監視カメラも二十四時間稼働しているが、万全ではない。セキュリティを重視するなら人の目が一番だ。細かな相談事にも乗ってもらえる」
入居する物件を探していた際、不動産屋が言っていたことをほぼなぞって答える。東馬自身、必ずしも常駐する人間が必要だとは考えていなかった。借家についているサービスの一環とだけ受け取っていて、コンシェルジュと挨拶以上のやりとりをした経験もない。
「うーん。そう考えると助かる……のかも? 僕のところにも管理人さんはいるけど常駐してなくて、監視カメラに任せてるのか、たまにしか居ないんだよね」
部屋数が多く、家賃の低いランドリーとキッチンが共用の学生マンションだと話には聞いていたが、防犯の面で少々危ういかもしれない。
「もし変なことが起きたら電話してくれ。助けになりたい」
「わ、ありがとう。東馬君も気をつけてね。いつ何が起こるか分からないもの」
目的の階への到着を示す自動音声と共に、エレベーターのドアが開いた。誰とすれ違うこともなく帰り着き、遠藤には廊下を経てリビングダイニングまで進んでもらう。
食卓テーブルに着かせ、汁物を温め直しつつ料理を並べていった。
鶏肉とインゲンの炊き込みご飯。主食にアジの和風マリネ、副菜はきゅうりとハムの春雨サラダ。そこに、かきたまとワカメのみそ汁を付けた。
「すごい……! 何だかお店に来たみたい!」
「大げさだな。初心者でも作れる簡単なものばかりだ」
東馬は目を輝かせる遠藤に苦笑しながら向かいの席に座った。
「君もそれなりに自炊しているんだろう?」
「ううん、僕はすっごく適当だよ。おかず一品でご飯食べるなんてよくあるし、面倒な時は袋麺やカップ麺ばかりになったりして……お父さんとお母さんに生活費出してもらってるし、なるべく切り詰めなくちゃと思って」
遠藤はどこか申し訳なさそうに苦笑する。特待生として学費免除と奨学金の給付を受けた以上、成績を落とすまいと昼夜を問わず必死に学び、実践的なサークルにも顔を出す日々は想像以上にギリギリのようだ。
電話越しの優しく朗らかな声と、読みやすく絵文字での感情表現も多彩なメッセンジャーでの文章だけでは実情まで掴みきれなかった。
「……気持ちは分かるが栄養不足が心配になるな。具として野菜を添えたり、スーパーのお総菜を足してほしいところだ」
心配をあまり顔や態度に出すのも悪い気がして、軽口半分に改善策を打ち出す。
「ラーメンにホウレン草とかモヤシをたっぷり入れるの、いいよね……」
遠藤はしみじみと頷き、改めて机上の料理に視線を向けた。それから、東馬の顔を見る。
「ありがとう。本当に、すごく美味しそう」
ひどくゆっくりとした声色には、手間暇をいたわる思いがありありと感じ取れた。心なしか、双眸が潤んでいる気がする。
「おかわりもあるから、沢山食べてくれ。いただきます」
「いただきますっ」
両手を胸の前で合わせてから箸を手に取った。
よほど腹を空かせていたのか遠藤は手を止めず黙々と食べ、ご飯とみそ汁を一杯ずつおかわりした。全てを綺麗に平らげてから、味付けや献立のバランスの良さについて東馬へ熱心な賛辞を送った。
そのまま後片付けを買って出て、鼻歌交じりにスポンジで皿洗いを始める。東馬は食後の紅茶を用意すべく電気ケトルに水を入れ、ポットとティーセットを用意した。
「……生活費の件についてだが、一つ思いついたことがある」
早くも気泡を出し始めたケトルを何の気なしに眺めながら、遠藤へ声をかける。
「何かな?」
遠藤は洗い終えた茶碗を水切りラックに置き、東馬の方へ首を向けた。東馬は胸中のざわめきを無視し、あえて何でもないことのように切り出す。
「ここに住んでみないか、亜蘭」
「えっ!」
予想だにしない誘いに遠藤が小さく息を呑み、発言した東馬本人も片手で口元を抑えた。弁当を届けようかと冗談めかして言うつもりが、心の内の願望をさらけ出してしまった。
時間が停止してしまったかのような、何とも形容しがたい静寂が訪れる。
失敗だ。叶うなら数秒前に戻りたいと、強い自省の念を覚える。それでも無言を通すわけにはいかず、東馬はどうにか次の台詞をひねり出した。
「こ、このマンションは駅もバスも近い。そちらの大学へも通えない距離ではなさそうだ。丁度、使っていない空き部屋があるし……料理も、君に食べさせるものだと思えばずっと身が入る」
突然同居を勧めた理由について、指折り数えるように一言ずつ区切りをつけて喋った。遠藤は東馬の言葉を聞くのに集中してか長く無言でいたが、不意に東馬の手を握ってくる。
水仕事をしていたせいで、小ぶりな手のひらはひやりとしていた。
「東馬君と同棲できるなら、ものすごく嬉しい。でも、高校も大学も東馬君の好意に甘えてばかりなんて、彼氏として甲斐性がないよ」
一呼吸置き周囲を見渡してから、眉を下げた控えめな笑みを浮かべる。
「それに、ここの家賃……折半しても僕には払えそうにない。このリビングだけで、今の僕の部屋がすっぽり入っちゃいそうだもの」
実家で使っていたソファとテレビ一式に加え、食卓テーブルを足してもまだ空間に余裕があるのは確かだ。家賃についても、ワンルームとは比較にならない額だろう。
しかし、と東馬は首を横に振って食い下がる。
「出世払いではいけないか? 俺は君を、公私ともに支えたいんだ。就職後も、ずっと一緒に……」
嘘偽りない本音は、いざ口にすると想像以上に重く響いた。東馬は断言するのをためらい、押し黙る。
助けたいという思い自体は良いものかもしれないが、自分の元に縛り付けてばかりでは、無数にあるはずの遠藤の将来性を狭めてしまう。
それはきっと、対等な立場とは呼べない。
「……前言を撤回する。すまない、わがままを言ったな」
「ううん……心配してくれて、ありがとう。安心してもらえるよう頑張るよ」
遠藤は握ったままだった東馬の手を離し、身体の横に戻して両手を軽く握りしめる。
「僕、東馬君と並んで立てる人になりたいんだ。就職して、家賃も光熱費も自分のお金で出せるようになったら、一緒に暮らそう」
「ああ。それが一番だ」
親がかりから脱却し自立した大人になってこそ、責任をもって好きな人を幸せに出来る。遠藤の理念に共感した東馬は、宣誓めいた未来への約束を心に刻んだ。
会話に終止符を打つかのように、電気ケトルの給電スタンドから沸騰完了を告げるブザーが鳴った。東馬はポットに茶葉を入れ、遠藤も途中だった皿洗いを再開する。
しばらくのち、ソファに座って食後の紅茶を飲みつつテレビ番組を観た。夏休み向けの人気観光スポットを紹介していたことから、夏期休暇中の予定について話し込んだ。
夜九時をめどに風呂の湯を沸かす。客に一番風呂を譲ると言って、遠藤を先に行かせた。東馬は、どうしても後でなければならない理由があった。
歯磨きなど眠る前の準備を済ませた二人は、寝室にあるベッドの上に並んで座った。あらかじめ標準体型の男二人が寝ても余裕のあるサイズを選んでいたため、広々としている。
東馬は愛用している青いシルクのパジャマに袖を通し、遠藤はバッグに入れてきた半袖半ズボンの黒いルームウェアを着ていた。
このまま布団を被れば快適な眠りが訪れそうなものだが、今夜ばかりはそうもいかない。どちらも身をこわばらせ喋らずにいるせいで、ほんのわずかな空調の音がやけに目立った。
「……始めて、いいか?」
意を決した東馬は遠藤の肩に触れる。遠藤は頬を染めて頷き、身体を東馬の方へ向けた。声を掛けたのは東馬の方だったが、唇はどちらからともなく合わさった。
高校時代から挨拶や想いの確認として繰り返し口付けを行ってきて、もはや互いにとって珍しいものではない。しかし、当時とは心持ちが大きく異なっている。
首を少し傾け、重ねて押し当てていくうちに口を開けて舌同士を絡ませるようになり、ざらつきを舐めながらも深く吸いついた。
「ん……東馬、君……」
遠藤は吐息混じりに名前を呼び、白い手で耳朶に触れてくる。結ばず垂らしている長髪を撫でつけて指通りを確かめているかと思えば、痛みの出ない程度にかき乱された。傷ませようと意図した行動ではなく、キスに夢中になって手元がおぼつかないのだろう。
東馬は遠藤の手つきを咎めず、身体の力を抜いて後ろ向きに倒れ込んだ。伸ばした髪がバサリとシーツの上に広がる。それとなく体重をかけていた遠藤もつられて姿勢を崩し、東馬を組み敷く形になった。
「わ、わわっ」
驚いて唇を離した遠藤に東馬はうっすらと目を開け、至近距離で物言いたげな視線をぶつける。
「亜蘭……」
漏らすような小声は艶を帯びていて、誘惑の念を隠そうともしていない。煽られた遠藤はかすかに眉をひそめて身震いする。
細まった双眸はドロリとした情欲を宿し、煮詰めた蜂蜜色に見えた。
熱い吐息が顔にかかってすぐ、再び唇を奪われる。入り込んできた舌はくまなく東馬の口内を探り、頬の内側や上あごなど反応の強い箇所を幾度もなぶった。
「は、ぅん、んぶっ……」
うめき声と共に東馬は腰を揺らめかす。遠藤の手が紅潮した頬から首筋にかけてをなぞって、パジャマのボタンを外していく。
さらけ出された胸の突起を指先で捏ねられ、つまむように引っ張られた。
「っあ、う」
刺激は痛みとも呼べないほど微々たるもので、むず痒さばかりを覚える。東馬にとってそこは意味のない装飾でしかなく、性感帯として機能していなかった。
ポルノの中で弄られて快楽を得ている描写があっても、演出でしかないとみなしていた。
「可愛いね」
焦れているのが伝わったのか、遠藤は指を離して含み笑う。
「も……もっと、下を……」
「……うん」
迂遠なようで直接的な欲求を訴えるとズボンに手をかけられ、トランクスまで諸共に脱がされた。ぶるりと露出した東馬のものは既に膨らみ、反り返っている。
「もう、こんなに硬くなってる」
遠藤は汗ばんだ笑顔で見下ろす。
「い、言うな……っ」
ただの事実だとしても、羞恥心でいたたまれない。東馬はやり返すように遠藤のズボンを引っ張った。立て続けにボクサーパンツも下ろしてしまう。
相変わらず、幼さの残る顔や体躯に見合わない丈をしていた。生々しい赤黒さのせいか、たった一度だけ垣間見た、あの高校一年の時よりも大きく感じられる。
「東馬君……?」
声には探るような響きがあった。性器を物欲しげに注視する意味を、遠藤は薄々察したのだろう。それでも、東馬は決定的な言葉を口にする。
「亜蘭。俺を……抱いてくれないか。もう、準備は終えているんだ」
遠藤の喉からヒュッと息を呑む音がした。
高校卒業後の三ヶ月間、東馬は夜ごと密かに後孔の拡張を行っていた。深爪気味にした小指一本から数珠つなぎのアナルバイブ、日本人の平均的サイズを再現したディルドまで開発を進めた。
実家暮らしでは到底出来ない大胆な行動だ。スマホでアナルセックスについての指南サイトを見ながら尻を弄る様は、客観的に見れば滑稽かもしれなかった。だが、何の下準備なく後ろを使えはしない。客観的な視点など無視した。
本番となる今日はトイレである程度洗浄した後、浴室で道具を使い更なる処理を施している。万全の状態と言っても良い。
しかし、遠藤が無言で固まってしまったため急激に不安を覚えた。
「……君の意思も確かめず、前のめりに過ぎただろうか?」
否定的な言葉をかけられても仕方がない。東馬が目を伏せて反省しかけた矢先、両肩にいきなり衝撃が走った。
遠藤に肩を掴まれたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
「二人で……少しずつステップアップしていけたらなって思ってたんだ。一方的にがっついて、東馬君に嫌われたくなかったから……」
か細い声には鼻をすする音が混じっている。東馬がおそるおそる顔を上げると、遠藤は目に大粒の涙を溜めていた。しずくはやがて目尻から頬を伝い、東馬の頬に落ちてくる。
「でも、本当は……一日でも早く君と、繋がりたかった。僕のために頑張ってくれて、ありがとう……っ」
感極まった遠藤の嬉し泣きは東馬の心に深々と焼き付いた。たとえ今後どんな不幸が襲っても、今この時の記憶さえあれば生きていける気がした。
もらい泣きしかけたところに口付けられ、多幸感で頭がいっぱいになる。遠藤が東馬の首や脇下に手を回してきつく抱きしめると、東馬も遠藤を力強く抱き返し、心臓の鼓動を伝えた。
ベッド脇のサイドテーブルには隠す形で自慰や性交用の道具を収納してあった。
東馬は迷いなく、化粧品のような小型のローションボトルとコンドームの箱を取り出す。遠藤の陰茎の丈について、目視のみで正確な寸法を知らずにいたものの使用に問題はなさそうだった。
「あ、あの……東馬君。慣らすの、僕がしてもいいかな」
「……いいのか?」
「セックスは共同作業だもん。任せきりじゃなくて、二人でしたいんだ」
寸前まで自力で準備するつもりでいたが、そうまで言われると任せたくなる。東馬は頷き、遠藤にローションボトルとコンドームを手渡して四つん這いになった。
むき出しの尻が愛おしげに撫でられ、粘度の高いローションを隙間に少しずつ垂らされていく。後孔をなぞっていた細い中指が、第一関節までじわじわと潜り込んでくる。
「んっ、んん……っ」
すぐさま人肌に近い温度まで上がる温感タイプを購入していて、冷えの心配はない。しかし他者の手を介すると、あたかも生の体液を塗りつけられているような感覚がして、はしたなくも興奮を覚えた。
「ごめんね、痛かった……?」
気遣わしげな呼びかけに東馬は何度も首を横に振る。髪がシーツの上でばさばさと音を立てたが、気にしている余裕はなかった。
「平気、だから……続けて……」
大げさに息を吐いて力を抜こうとするも上手くいかず、突っ張っている手足が小刻みに震えてきてしまう。余裕のある態度を貫くはずだったのに、計画は早くも崩れかけている。
遠藤は東馬の異変を知ってか知らずか、後孔を揉みほぐすのを止めなかった。
過剰なほどローションで濡れた指が腸壁に出入りしながら円を描くように動き、時間を掛けてふちを拡げていく。まさぐられる度にそこは熱を帯び、東馬の意思とは無関係にヒクヒクと収縮した。
粘着質な水音と皮膚感覚に気を取られるうち異物はすっかり太くなり、練習に使っていたディルドと似た圧迫を与えてくる。獣のように呼吸を荒げる東馬に対し、遠藤は甘く柔らかな声で語りかけた。
「今、三本目だよ。根元まで入っちゃった……」
「ひぁあっ……!」
曲げた指の腹で粘膜を撫でられた瞬間、東馬は喉から裏返った悲鳴をあげる。膨らんだその箇所を刺激されるだけで全身に鳥肌が立ち、陰茎に痛いほど血が集まっていく。拡張を試みる際にも似た感覚を覚えたが、それとは比較にならなかった。
「大丈夫……?」
もっと擦って、気持ちよくして欲しいと本能が訴えかけてくるのに、遠藤は指を引き抜いてしまう。こじ開けられた後孔が物欲しげに窄まっても、誘いに乗ってこない。
「ちょっと待ってね」
それだけ言って何かの封を破き、包装を剥がすような軽い音だけが聞こえてくる。音の正体について思考を巡らせるのも困難で、気がおかしくなってしまいそうだった。
「は……早く、来てくれ、亜蘭、亜蘭っ……!」
頭を振って半ば泣き叫びのような状態で訴えると、両側から勢いよく腰を掴まれた。後孔に丸い先端が押し当てられる。東馬は振り向かずとも正体を察した。模造品ではない本物の陰茎だ。
「お待たせ……貰うね、東馬君」
吐息混じりの呼びかけと同時に熱い塊が体内へ入り込んでくる。ほぐされた肉輪がぎちぎちと伸び、脈打つ性器を受け入れていく。
遠藤のものは勃起のせいか想定よりも太く、内から下腹を叩けそうな長さを持っている。まるで後ろから刺し貫かれているような気分だった。
「あぁ、あ……あっ……!」
「ん……狭くて、ぬるぬるで、すごい……」
途切れ途切れの喘ぎに遠藤の興奮した声が重なる。東馬は息苦しさと鈍痛の中、自分の身体で彼が快感を得ていることに途方もない充足を覚えた。
やがて全長を収めきり、遠藤は息をついて一時的に動きを止める。腸壁が慣れるのを待っているのかもしれないが、東馬にとっては生殺しに等しかった。
「あ、亜蘭……ひどくして、いいから……っ」
早くめちゃくちゃにされたい。物のように扱われても構わない。彼に独占されたい。東馬の頭は被虐的な考えに支配されていた。
「……うん」
遠藤は東馬の投げやりな言い方を咎めず、緩慢に腰を使い始める。
引き抜きかけては届く限り奥まで差し込む単調な律動をしたかと思えば、じれったいほど慎重に中を掻き回す。摩擦によって、じゅぷじゅぷと淫らな水音が立つ。
「ひっ、ん、んぅ、んっ」
突かれる度に声が出てしまうのを情けなく思い、唇を噛みしめてこらえようとする。しかし遠藤は東馬の行動を察し、陰茎の先端で腸壁の膨らみを擦りあげてきた。
「あっ! だ、駄目だ、そんな……っ」
性感を煽る箇所をいきなり乱暴に扱われ、東馬の心臓が跳ねる。
「お願い、聞かせて。僕だけが、聞いてるから」
遠藤は返答を待たず激しい揺さぶりをかけてきた。晒された弱みを狙い澄まし、屹立したまま腹を打っていた東馬の性器も左手で扱き、追い詰めていく。
「や、あ、あぁああっ……!」
道具で慣らし、ポルノを観て慰めていた時とは比較にならない絶頂が真正面から東馬に襲いかかった。断末魔めいた弱々しい叫びは、とても自分の喉から漏れたものと思えない。
吐き出した精がシーツに飛び散り、遠藤の手にもべったりと付着した。腸壁が痙攣して引き締まり、呑み込んだ陰茎をきつく絞りあげる。
「うぅっ……」
遠藤は苦しげに小さく唸り、東馬の体内で吐精した。事前にコンドームを付けていたらしく、生温かい体液は全てスキンが受け止めた。
後孔から性器が引き抜かれると、身に全く力が入らなくなった東馬は体制を崩してうつ伏せに倒れ込んだ。目を開けてはいたが何も見てはおらず、ひたすら浅い呼吸を続ける。
気だるい疲労感が全身を包んでいた。何も気にせず、このまま眠ってしまいたいほどだった。
けれど不意に、耳がビニールを破く音を拾う。聞き覚えのあるそれが何なのか確かめる前に尻肉を掴まれ、再びぐぷりと陰茎を埋め込まれた。
「あぁあっ……!」
「もう一回だけ、ね……?」
遠藤は上に覆い被さり、東馬の両足を自身の両足で抑え込んで逃避を難しくしていた。
なだめるような声はとろけそうなほど甘い。仮に平時であれば、仕方がないなと許してしまっていただろう。しかし、実際に許可を出してはいない。
東馬がろくに喋ってもいないのに、遠藤は弛緩し敏感になった腸壁を苛烈に攻め始めた。
「あっあっ、あっ! あぅ、ん、んぉ、おっ……!」
両手でシーツを掴み、獣めいた嬌声をあげる。肌のぶつかる音やローションの粘着的な音を楽しむように、柔らかな肉筒をいたずらに捏ねられ深々と突き刺された。
「東馬君っ、好き、好きだよ……愛してる」
後ろに跨がり一方的に蹂躙する様は、先ほど以上に動物同士の交尾を彷彿とさせる。貪るように抱かれ、犯されていた。これ以上ないほどの愛を告げながら、頭からつま先まで食べ尽くそうとする。
東馬が公言せずに抱えていた、乱暴にされたいという願望を遠藤は知っていたのだろうか。あるいは遠藤の潜在的な一面を東馬が感じ取っていたのだろうか。どちらにせよ、肉欲は容易には収まらない。
「ぃぎっ、お、あ……っ」
シーツと身体の間に挟まれていた東馬の陰茎が、拷問に近い快楽に飲まれて精を放つ。低い呻きと腸壁の絞まりで絶頂を悟った遠藤は一度性器を抜き、弱々しく痙攣する東馬の身体をひっくり返した。
火照った肌には幾つも汗の玉が浮き出ている。呼吸に合わせて上下する腹部は体液と白濁で濡れそぼり、股間に至っては、まるで粗相をしたかのようだ。
遠藤は恋人の痴態をなめ回すように見つめてから、脱力して開いた足の間に身を滑り込ませる。左手を東馬の顔元へ伸ばし、汗で張り付いた乱れ髪をそっとかき分けた。
「気持ちいい? 東馬君……」
涙と鼻水と、飲み込みきれなかった唾液で汚くなっているだろう顔はとても正視に耐えられるものではないだろうに、愛おしげな微笑みを向けてくる。
東馬は残った力をふりしぼって頷き、遠藤の首筋に腕を回した。遠藤も東馬の脇下と腰を抱き、しっかりと抱擁する。薄く開いた東馬の唇が優しく塞がれた。
満ち足りた心の安らぎを感じた次の瞬間。蕩けきった後孔に陰茎がねじ込まれ、一息で貫かれる。
「んぶっ! ん、んうぅうっ!」
あまりのことに目を見開き、喉奥から叫び声をあげたが、くぐもった唸りにしかならなかった。舌を絡め取る濃厚なキスと子を孕ませるような激しい抽送を同時に叩き込まれ、頭の処理が追いつかない。
正常な神経が一つ残らず焼き切れて、ただただ苦痛にも等しい快楽を与えられる。前後不覚に陥り意識を手放しかけた時、腸壁で育ちきった欲望が激しく脈打つのを感じた。
二度目の射精を終えても、二人は微動だにせず密着し続けた。身体の一部を繋げ体温を分け合っただけだというのに、互いを隔てていた境界線が消え失せたように錯覚した。
濃密な初夜を経ても遠藤は体力を残していて、自ら後処理を買って出た。
東馬のふらつく身体を脇から支えて水分摂取と入浴を手伝い、体液とローションで使い物にならなくなったシーツを取り替えて洗濯機を回した。全ての清掃を終えた今は、ベッドで東馬への腕枕を試みている。
「重くないか?」
「ちょっと痺れてきたけど、一度やってみたかったから……」
遠藤は照れつつも頬を緩ませた。実用性はともあれ、恋愛物語でまま見られる構図を実践出来て嬉しいと言わんばかりだ。
「無理をするな」
東馬は穏やかな微笑みを返し、首を少しもたげて遠藤の片腕を解放する。遠藤がしぶしぶ姿勢を正すのを見ながら、就寝用に束ねた自身の髪に触れた。
「今日、俺が君のものになったように……君も、俺のものだと思っていいか」
抽象的な問いに遠藤は目を瞬かせた。
かすかに眉をひそめ、徐々に感覚を取り戻しつつある手で東馬の頬を撫でつける。
「……僕の心は、とっくに東馬君のものだよ。君以外にはドキドキしない。君以外とセックスしたくない。身も心も全部欲しいのは、君だけなんだ」
明瞭な答えは恐ろしいほど純度が高い。もしも目に見えない愛情を物量化出来るとしたら、遠藤のそれはとてつもなく重いのだろう。
「どちらかと言えば、君は淡泊な方だと思っていた」
先ほどの情熱的かつ粘着質な性行為を暗に示すと、遠藤は顔を真っ赤にして視線を下に向けた。東馬に向けていた手を引っ込めて、自分の火照った頬を包む。
「一度タガが外れたら、自制しにくくなっちゃうみたいで……ごめんね。君を困らせたくなかったのに、しつこく何度も……」
「わ、分かった。それ以上言わなくていい」
合意であった以上、淫らな行為の是非について深く話し合うつもりはなく途中で切り上げさせた。
東馬がコホンと咳払いをして場の空気を変えると、遠藤は幾分か表情を硬くする。
「……亜蘭。俺は姫里家の長男だ。どこにいても、何者になっても、その事実はつきまとう。これから先、迷惑をかけるかもしれない。周りに嫌な目で見られるかもしれない。それでも、俺は君といたい」
単純な愛の告白ではなく、長く連れ添うことを望む求婚に等しい思いがあった。
「東馬君がいてくれるなら大丈夫。離れないで、僕といて」
遠藤が左手の小指を立てて差し出してくる。仕草こそ子供っぽいが、表情は真剣そのものだ。東馬はそれに応じて右手の小指を引っかけ、唱え言なく指切りをした。
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