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おむかえにあがりました
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導明の未来を視たような断言も、帝の意志を変えるには至らなかった。
十五日後の夜、邸宅の外は強固な兵が埋めることとなった。
兵だけを置くのを良しとしなかった帝自身が身分を顧みず武士の装束をまとって長を務め、まともに扱ったことのない弓をおっかなびっくり携えた義父も付近に立っている。
固く閉ざされた門の奥、邸内では導明と薫子が座して時が来るのを待っていた。
「導明さん……」
心細さをにじませながら呟く薫子の目は、細い布で封じられていた。
天の使いがもたらす光は彼女にとって害にしかならないと言われ、それでも傍らに居たいと望んだ結果がこれだった。
布越しに目を開けることさえ危ないと禁じられた薫子はせめてとばかりに想い人の手を握り、導明もまた片手で彼女の肩を寄せている。
「申し訳ありません、薫子さま」
「いいえ……手を、離さないで下さいね」
薫子がまるで命綱を確かめるように手の甲をひと撫でし、再び強く掴みなおすのを導明は微笑ましくも辛い心境で見ていた。
少しでも落ち着けたらと羽で包んでみたものの、少女のかすかな震えは止まってくれない。
助けたいと願う気持ちは誰にも負けないというのに、敵を追い払う武器さえ振るえない己の身が薫子は呪わしかった。
ここに居てくれるだけで十分だと笑う導明を、一瞬だけ遠くに感じた理由は自身にもよく分からない。
今にも不安に潰されそうな薫子の白い髪に触れようと、導明が手を伸ばしかけ――はっと戸の方に意識を取られる。
羽がはためく音を聞いた薫子もまた、異変に気付いた。
満月に、針の穴のような一点の影があった。
影は少しずつ肥大化していき、やがて人の群れであると気付かされる。
布を折り重ねた白く輝く天衣に滑らかな羽衣をまとい、各々の背には古の絵巻と相違ない後光が差していた。
皆一様に導明と似た色素の薄い金髪だったが、先頭に居る巨大な鳥に騎乗した少女だけは灰色の髪をしていた。
悠然と邸宅の前に降り立った彼らの放つ光に臆しつつも、すぐさま兵が取り囲む。
少女は黄金色の羽根を持つ大鳥の首元を撫でて労った後、剛剣に手をかけて抜刀をも辞さない構えを取る帝と兵達を無表情で一瞥した。
敵を前にしてもおよそ感情といったものが感じられない琥珀色の眼に、帝以外の者が一瞬身じろぐ。
帝は前に進み出ると、少女へ深く頭を下げた。
「金鵄(きんし)……まさしく天の御使いということか。ご足労頂いたところ悪いが、どうかお帰りを」
「……それは出来ないわ」
帝の言葉に小さな、けれどよく通る声で返答したかと思うと、少女は首から提げていた蒼玉の首飾りに手をかざした。
石が光り始めたのを機に、祝詞を思わす唄を歌い始める。
この国でかつて使われていた古語と音の響きが似ていたが、それらが何を意味するか把握出来る者はいない。
「なっ……何だ!?」
厳かに空気を揺らし、耳に入ってくる唄に兵達がざわついた。
戸惑いながら止めようと動くも、沈黙を保つ他の天人たちに阻まれる。
直後、兵の一人がうめき声をあげて槍を手から落とした。
そのまま地面に倒れた彼を助け起こそうとした者もまた糸が切れた人形のように身が傾き、動かなくなる。
その二人を皮切りに、兵達は次々と意識を失っていった。
天人は戦えなくなった兵に危害を加える気はないらしく、ただただ邸の方へと視線を注いでいる。
「くっ……」
帝は気絶こそしていなかったが、刀を抜く姿勢のまま地に片膝をついてしまった。
唄を聞いてそう経たないうちに身体が鉛のように重くなり、今では目を開けていることさえ困難だった。
少女の唄は間違いなく術の類であろうが、瞬時にこれほどの人間を無力化する術など聞いた覚えがない。
もし相手に殺意があれば、すぐに首が飛んでいただろう。
「驚いたわ。まだ意識を保てるなんて……でも、それだけね」
歌い終えた少女は身をかがめた帝を見下ろすとわずかに目を細めた。
そっと膝を曲げて帝の耳元に唇を寄せ、ごく小さな声で囁く。
「……貴方は本当の王ではないもの」
帝は目を見開いた。
「何故、それを……」
首を無理やり動かして至近距離にいる少女をじっと睨む。
薫子と帝の入れ替わりの件は当時の家臣や血縁者が決定と同時にもみ消し、固く口外を禁じている。
今まさに降り立ったばかりの少女が知り得る情報ではないはずだ。
少女は帝の燃えるような目を見つめ返し、半ば断罪的に呟く。
「貴方は常人に過ぎないということよ」
唱えたのは、地上の民を従える為のもの。
はるか昔、民を導く王として遣わされた天女の末裔――皇帝一族には通じない。
通じたならば、相手は影武者に過ぎないということだ。
説明すれば簡単な話だったが、影武者に皇帝の始祖の素性を教えても意味がない。
少女は大した間も置かずに立ち上がると再び唄い始めた。
わずかに詩の異なるそれは身を切るような局地的な大風を生み、閉ざされた門戸や下げられた御簾が瞬く間に破られ、開け放たれていく。
しかし、内に居る導明と薫子が出てくる様子はなかった。
「ま、待て……っ!」
無表情で横をすり抜けようとする少女に向かって帝は懸命に叫んだ。
言葉などで彼らが止まらないのは承知の上だったが、どうしても何かせざるを得なかった。
光を身にまとった者と薫子が接触すれば、起こる悲劇は想像がつく。
意思に反して指の一本たりとも動かすことが叶わず、武者震いにしかならない。
眉に深く皺を寄せて食い下がろうと足掻く帝に、少女は一瞬動きを止めた。
それでも長くは保たない。周囲の天人たちが自分の後に続いて行動を始めたのを機に再び歩き出す。
じきに天人の陰に隠れ、少女の姿は見えなくなっていった。
十五日後の夜、邸宅の外は強固な兵が埋めることとなった。
兵だけを置くのを良しとしなかった帝自身が身分を顧みず武士の装束をまとって長を務め、まともに扱ったことのない弓をおっかなびっくり携えた義父も付近に立っている。
固く閉ざされた門の奥、邸内では導明と薫子が座して時が来るのを待っていた。
「導明さん……」
心細さをにじませながら呟く薫子の目は、細い布で封じられていた。
天の使いがもたらす光は彼女にとって害にしかならないと言われ、それでも傍らに居たいと望んだ結果がこれだった。
布越しに目を開けることさえ危ないと禁じられた薫子はせめてとばかりに想い人の手を握り、導明もまた片手で彼女の肩を寄せている。
「申し訳ありません、薫子さま」
「いいえ……手を、離さないで下さいね」
薫子がまるで命綱を確かめるように手の甲をひと撫でし、再び強く掴みなおすのを導明は微笑ましくも辛い心境で見ていた。
少しでも落ち着けたらと羽で包んでみたものの、少女のかすかな震えは止まってくれない。
助けたいと願う気持ちは誰にも負けないというのに、敵を追い払う武器さえ振るえない己の身が薫子は呪わしかった。
ここに居てくれるだけで十分だと笑う導明を、一瞬だけ遠くに感じた理由は自身にもよく分からない。
今にも不安に潰されそうな薫子の白い髪に触れようと、導明が手を伸ばしかけ――はっと戸の方に意識を取られる。
羽がはためく音を聞いた薫子もまた、異変に気付いた。
満月に、針の穴のような一点の影があった。
影は少しずつ肥大化していき、やがて人の群れであると気付かされる。
布を折り重ねた白く輝く天衣に滑らかな羽衣をまとい、各々の背には古の絵巻と相違ない後光が差していた。
皆一様に導明と似た色素の薄い金髪だったが、先頭に居る巨大な鳥に騎乗した少女だけは灰色の髪をしていた。
悠然と邸宅の前に降り立った彼らの放つ光に臆しつつも、すぐさま兵が取り囲む。
少女は黄金色の羽根を持つ大鳥の首元を撫でて労った後、剛剣に手をかけて抜刀をも辞さない構えを取る帝と兵達を無表情で一瞥した。
敵を前にしてもおよそ感情といったものが感じられない琥珀色の眼に、帝以外の者が一瞬身じろぐ。
帝は前に進み出ると、少女へ深く頭を下げた。
「金鵄(きんし)……まさしく天の御使いということか。ご足労頂いたところ悪いが、どうかお帰りを」
「……それは出来ないわ」
帝の言葉に小さな、けれどよく通る声で返答したかと思うと、少女は首から提げていた蒼玉の首飾りに手をかざした。
石が光り始めたのを機に、祝詞を思わす唄を歌い始める。
この国でかつて使われていた古語と音の響きが似ていたが、それらが何を意味するか把握出来る者はいない。
「なっ……何だ!?」
厳かに空気を揺らし、耳に入ってくる唄に兵達がざわついた。
戸惑いながら止めようと動くも、沈黙を保つ他の天人たちに阻まれる。
直後、兵の一人がうめき声をあげて槍を手から落とした。
そのまま地面に倒れた彼を助け起こそうとした者もまた糸が切れた人形のように身が傾き、動かなくなる。
その二人を皮切りに、兵達は次々と意識を失っていった。
天人は戦えなくなった兵に危害を加える気はないらしく、ただただ邸の方へと視線を注いでいる。
「くっ……」
帝は気絶こそしていなかったが、刀を抜く姿勢のまま地に片膝をついてしまった。
唄を聞いてそう経たないうちに身体が鉛のように重くなり、今では目を開けていることさえ困難だった。
少女の唄は間違いなく術の類であろうが、瞬時にこれほどの人間を無力化する術など聞いた覚えがない。
もし相手に殺意があれば、すぐに首が飛んでいただろう。
「驚いたわ。まだ意識を保てるなんて……でも、それだけね」
歌い終えた少女は身をかがめた帝を見下ろすとわずかに目を細めた。
そっと膝を曲げて帝の耳元に唇を寄せ、ごく小さな声で囁く。
「……貴方は本当の王ではないもの」
帝は目を見開いた。
「何故、それを……」
首を無理やり動かして至近距離にいる少女をじっと睨む。
薫子と帝の入れ替わりの件は当時の家臣や血縁者が決定と同時にもみ消し、固く口外を禁じている。
今まさに降り立ったばかりの少女が知り得る情報ではないはずだ。
少女は帝の燃えるような目を見つめ返し、半ば断罪的に呟く。
「貴方は常人に過ぎないということよ」
唱えたのは、地上の民を従える為のもの。
はるか昔、民を導く王として遣わされた天女の末裔――皇帝一族には通じない。
通じたならば、相手は影武者に過ぎないということだ。
説明すれば簡単な話だったが、影武者に皇帝の始祖の素性を教えても意味がない。
少女は大した間も置かずに立ち上がると再び唄い始めた。
わずかに詩の異なるそれは身を切るような局地的な大風を生み、閉ざされた門戸や下げられた御簾が瞬く間に破られ、開け放たれていく。
しかし、内に居る導明と薫子が出てくる様子はなかった。
「ま、待て……っ!」
無表情で横をすり抜けようとする少女に向かって帝は懸命に叫んだ。
言葉などで彼らが止まらないのは承知の上だったが、どうしても何かせざるを得なかった。
光を身にまとった者と薫子が接触すれば、起こる悲劇は想像がつく。
意思に反して指の一本たりとも動かすことが叶わず、武者震いにしかならない。
眉に深く皺を寄せて食い下がろうと足掻く帝に、少女は一瞬動きを止めた。
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