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外界において、魔術とは専門的知識を以て研究される学問の一種に過ぎない。
「あたしが知らずにいただけで、裕福な商家の屋敷には優れた魔術具の数々が揃っていました」
食材の腐敗を防ぐ氷結魔術がかけられた保存箱。
金庫など重要な品を盗難から守るための封印。開錠を誤った際に発動する罠。
純度の高い火や水を生み出す結晶化した魔石。
「魔力に乏しい人でも扱えるそれらを見て、ようやく理解しました。ここは、元素の神秘を解き明かした人々が豊かに暮らす平和な世界。あたしは一人で身を立てて、居場所を作って良いんだ……って」
「……そうか」
恵まれた土壌があれば安心して種を植えられる。寄る辺のない根無し草を続けなくても良いかもしれない。
未来への希望を抱いた日まで回想が進み、ようやく弾むような語り口になったアシャにスイは短い相槌を返すに留めた。
「魔術の基礎は、引退した元魔術師の青空教室で学びました。喉の使い方から呪文の構成の仕方まで、とても丁寧に指導を受けました」
似通った境遇の生徒たちが揃って太い木の枝を構え、人型のかかしを相手取る。
少ない休暇のたび目にした、そんな穏やかな授業風景を今もなお覚えている。
アシャは治癒呪文の適正がなく、かすり傷ひとつ癒せなかった。
代わりに攻撃呪文には才気があり、習得も早かった。
「数年後、先生からもう教えることがないと言われました。その頃には私物を置ける場所が出来ていたので、古書店で魔術書の写本を買い求めるようになりました」
正確には数人の女中が結婚などを理由に屋敷を退き、空いたベッドを使えるようになっただけなのだが、そういった裏事情は省いた。
「写しとはいえ、子供が買えるような額とは思えないが……」
「値段の安さを売りにした田舎の店ですから。もちろん品質も金額相当で、肝心な部分が擦り切れて読めなかったり、それらしいだけの偽書だったりしました。ハズレの本に当たるたび腹が立ちましたけど、世の中って案外適当なんだなって思うと、気が楽になりました」
平日の夜は枕元で少しずつ、休日にはまとめて読みふけった。
内容はどうあれ読破した本を手放すのを惜しみベッドの下へ積み重ねた結果、使用人部屋の大掃除の日に家政婦長から雷を落とされもした。
粗雑な複製の山の中から詠唱短縮と破棄の術を見出せたのは、ひとえに運が良かったと言う他ない。
「数少ない有用な呪文を頭に叩き込むうち、根拠のない自信が湧いてきて……もう大丈夫、今こそ旅立ちの時だ、なんて決意して。お金も貯まってないのに家女中を辞めて、冒険者ギルドへ登録しました」
安価なシャツに古着の外套を羽織り、修繕跡のあるリュックを背負った、吹けば飛びそうな新米冒険者。
元魔術師が餞別にくれた三角帽子と魔石を嵌めた杖がなければ、魔女にも見えなかったに違いない。
杖は長い旅の最中に折れてしまい、違う物へと買い替えたものの帽子だけは現在も使い続けている。
「長々と語ってしまって、ごめんなさい」
アシャは打ち明け話の区切りに小さく頭を下げた。
感情を省き端的に話すつもりでいたが、今まで誰にも明かさずにいたせいか歯止めが効かなかった。
「そういうわけで、あたしは変な生まれのせいで魔力があるだけのつまらない庶民です。スイ様が気にかけるような存在じゃ……」
「あと一つ、知りたいことがある」
「えっ……な、何ですか?」
ひととおり説明し終えて、高貴な方の好奇心も満たされたろうと思っていたアシャは予期せぬ横槍に目をみはる。
「故郷に悪印象しか抱いていないなら、我の……見知らぬ男のたわごとを聞き流さなかったのは、何故だ?」
アシャの胸中を見透かし、核心を突こうとする問いだ。スイの顔には言い知れぬ憂いがあった。
美形に話しかけられたから嬉しくなってしまっただけで、深い理由はない。
そんなふうに茶化し、強引に切り上げれば開きかけの傷が痛まずに済む。
けれど今この瞬間を逃せば、抱えた思いを口にする機会などそうそう訪れない。
アシャは花束を持つ手の力を少しだけ強め、深い吐息と共に唾を飲み込んだ。
「……あたしたちにも故郷があって、生みの親が今もどこかで探しているかもしれない。そんな、都合の良い望郷があったからです。おかしいですよね。自分から遠い国に逃げ出して繋がりを断ち切ったくせに、まだ未練があるなんて」
あくまでも軽く、さらりと言ってのけるつもりだったが現実は上手くいかなかった。
自嘲という形で吐き出した本音を自分の耳で拾うほど、目尻からはらはらと涙がこぼれた。
「あたしが知らずにいただけで、裕福な商家の屋敷には優れた魔術具の数々が揃っていました」
食材の腐敗を防ぐ氷結魔術がかけられた保存箱。
金庫など重要な品を盗難から守るための封印。開錠を誤った際に発動する罠。
純度の高い火や水を生み出す結晶化した魔石。
「魔力に乏しい人でも扱えるそれらを見て、ようやく理解しました。ここは、元素の神秘を解き明かした人々が豊かに暮らす平和な世界。あたしは一人で身を立てて、居場所を作って良いんだ……って」
「……そうか」
恵まれた土壌があれば安心して種を植えられる。寄る辺のない根無し草を続けなくても良いかもしれない。
未来への希望を抱いた日まで回想が進み、ようやく弾むような語り口になったアシャにスイは短い相槌を返すに留めた。
「魔術の基礎は、引退した元魔術師の青空教室で学びました。喉の使い方から呪文の構成の仕方まで、とても丁寧に指導を受けました」
似通った境遇の生徒たちが揃って太い木の枝を構え、人型のかかしを相手取る。
少ない休暇のたび目にした、そんな穏やかな授業風景を今もなお覚えている。
アシャは治癒呪文の適正がなく、かすり傷ひとつ癒せなかった。
代わりに攻撃呪文には才気があり、習得も早かった。
「数年後、先生からもう教えることがないと言われました。その頃には私物を置ける場所が出来ていたので、古書店で魔術書の写本を買い求めるようになりました」
正確には数人の女中が結婚などを理由に屋敷を退き、空いたベッドを使えるようになっただけなのだが、そういった裏事情は省いた。
「写しとはいえ、子供が買えるような額とは思えないが……」
「値段の安さを売りにした田舎の店ですから。もちろん品質も金額相当で、肝心な部分が擦り切れて読めなかったり、それらしいだけの偽書だったりしました。ハズレの本に当たるたび腹が立ちましたけど、世の中って案外適当なんだなって思うと、気が楽になりました」
平日の夜は枕元で少しずつ、休日にはまとめて読みふけった。
内容はどうあれ読破した本を手放すのを惜しみベッドの下へ積み重ねた結果、使用人部屋の大掃除の日に家政婦長から雷を落とされもした。
粗雑な複製の山の中から詠唱短縮と破棄の術を見出せたのは、ひとえに運が良かったと言う他ない。
「数少ない有用な呪文を頭に叩き込むうち、根拠のない自信が湧いてきて……もう大丈夫、今こそ旅立ちの時だ、なんて決意して。お金も貯まってないのに家女中を辞めて、冒険者ギルドへ登録しました」
安価なシャツに古着の外套を羽織り、修繕跡のあるリュックを背負った、吹けば飛びそうな新米冒険者。
元魔術師が餞別にくれた三角帽子と魔石を嵌めた杖がなければ、魔女にも見えなかったに違いない。
杖は長い旅の最中に折れてしまい、違う物へと買い替えたものの帽子だけは現在も使い続けている。
「長々と語ってしまって、ごめんなさい」
アシャは打ち明け話の区切りに小さく頭を下げた。
感情を省き端的に話すつもりでいたが、今まで誰にも明かさずにいたせいか歯止めが効かなかった。
「そういうわけで、あたしは変な生まれのせいで魔力があるだけのつまらない庶民です。スイ様が気にかけるような存在じゃ……」
「あと一つ、知りたいことがある」
「えっ……な、何ですか?」
ひととおり説明し終えて、高貴な方の好奇心も満たされたろうと思っていたアシャは予期せぬ横槍に目をみはる。
「故郷に悪印象しか抱いていないなら、我の……見知らぬ男のたわごとを聞き流さなかったのは、何故だ?」
アシャの胸中を見透かし、核心を突こうとする問いだ。スイの顔には言い知れぬ憂いがあった。
美形に話しかけられたから嬉しくなってしまっただけで、深い理由はない。
そんなふうに茶化し、強引に切り上げれば開きかけの傷が痛まずに済む。
けれど今この瞬間を逃せば、抱えた思いを口にする機会などそうそう訪れない。
アシャは花束を持つ手の力を少しだけ強め、深い吐息と共に唾を飲み込んだ。
「……あたしたちにも故郷があって、生みの親が今もどこかで探しているかもしれない。そんな、都合の良い望郷があったからです。おかしいですよね。自分から遠い国に逃げ出して繋がりを断ち切ったくせに、まだ未練があるなんて」
あくまでも軽く、さらりと言ってのけるつもりだったが現実は上手くいかなかった。
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