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前日の夜、リナルドは夕刻に互いの労をねぎらう食事会をしようと提案してきた。
三人とも快諾し、特にメルレットは美味い地酒の出る店を探すと強い意欲を示した。
ルネも愛用の手帳を確認していた辺り、何らかの私用があるようだ。
しかしアシャは疲労のあまり、食事会以外の用事を自ら付け足そうとは考えなかった。
寝に帰るばかりだった豪華な個室のベッドで昼過ぎまで昏々と眠り、空腹で目覚めるとルームサービスを呼んだ。
瞬く間に供された小エビのフライと白身魚のカルパッチョを平らげた後は、隣接された公衆浴場で婦人たちに紛れて汗を流した。
獅子の口から惜しげもなく注がれる天然温泉を楽しみ、いつも以上の長風呂になった。
市場で売られていた桃のジェラートに舌鼓を打つ頃には、身も心も軽くなっていた。
メルレットの選んだ大衆酒場は仕事帰りの従僕とみられる人々であふれていた。
誰しも雇用主に充分な見返りをもらっているのか、非常に和気あいあいとしていて、客同士の口論や喧嘩の気配すらない。
茹でタコと葉物を和えたサラダを始めとする数種の前菜がテーブルに置かれ、酒のつまみに向いた丸いチーズとサラミの皿もあった。
特に、とれたての魚介類を米と煮込んだリゾットは奥深い味わいで食が進んだ。
質の良い高級レモンで作られた蒸留酒を、メルレットはまるで水のように軽々と飲み干していた。
酒豪を羨ましげに見ていたリナルドは普段、飲酒をしないのに名の知れた赤ワインを試し、一杯目にして酔いが回ってしまった。
目にうっすらと涙を浮かべながら意味の通らないくだを巻き、奇妙な依頼を共にこなした仲間たちへ感謝と謝罪を唱えて椅子から転げ落ちた。
アシャとルネが床に倒れたリナルドを心配して助け起こすも一向に目覚めず、腕力のあるメルレットが彼を宿まで引っ張っていった。
「こいつを部屋に叩き込んだらアタシも寝る。食事代の会計は済ませてあるから、あとは適当にやっておきな。出発が早いから、あまり遅くならないようにするんだよ」
飲酒量に反して彼女の顔色は平時と何ら変わりなく、滑舌もはっきりしていた。
言い方から察するに、相棒の尻拭いには慣れているのだろう。
「ありがとう、メルレット!」
「どうかお気をつけて。ゆっくり休んで下さいまし」
颯爽とした逞しい背中を見送り、アシャとルネは飲みかけだったハーブティーに口をつける。
オリーブオイルをふんだんに使った料理の油っこい残り香が消えていき、幾分かすっきりした。
慣れない土地で全員が酔っ払いになってはまずいし、現地ならではのディナーの味に集中しようと思い、今回は飲酒していない。隣席にいたルネも酒を頼んでいなかった。
あとは二人でまっすぐ帰るばかりか。アシャはそう予想しつつ、空になったティーカップをソーサーに置いた。
すると、一足早く飲み終えていたルネが遠慮がちに喋り始める。
「アシャ。実は私、行ってみたい場所がありますの」
「こんな時間に? 一体どこへ行くんだ?」
もっともな指摘に対し、ルネは私服のポケットから手帳を取り出す。
中ごろに挟んでいた真珠と鱗の絵が描かれた名刺と、金色に塗られた四枚のチケットをアシャへ渡してきた。
「人魚専門店マリンブルー……こっちは、招待券?」
ルネは頷き、上背を丸めてアシャにだけ声が届くようにする。
「南方首都近郊の浄化術を担当されている方が、手紙で送ってくださったんです。掛け直しの人員は足りているので、近年評判の店を冒険者パーティの皆さんとお楽しみください……と書かれていました」
「お、お楽しみってことは、男性の人魚と……する店?」
第二都市では客引きする様子を遠目に見かけただけで、詳しく知る機会もなかった。
いきなり性的な話題を振られて戸惑うアシャに、ルネは気まずそうな顔で訂正を加える。
「プレイが中心ではなく、人魚と寄り添う癒しの時間を売りにしているようです。宿からそう遠くありませんし、試しに覗いてみますわ。私のことは気にせず、宿へお帰りになってください」
ルネが自身の単独行動を前提とした言い回しをするのは、先日起きた獣人店事件のせいだろう。
被害を被りかけたアシャの恐怖の記憶を呼び起こさぬよう、慎重に言葉を選んでいる。
けれど、退院直後にスイと会った影響か、アシャは男性への嫌悪を抱えずに済んでいた。
「招待券が余ってるなら、あたしも行きたいな」
「えっ!」
気負わせないよう軽率な笑みを浮かべると、ルネは予想外の提案に目を白黒させた。
髪の覆いを無視し、伸びあがりそうな兎耳をとっさに両手で抑えている。
三人とも快諾し、特にメルレットは美味い地酒の出る店を探すと強い意欲を示した。
ルネも愛用の手帳を確認していた辺り、何らかの私用があるようだ。
しかしアシャは疲労のあまり、食事会以外の用事を自ら付け足そうとは考えなかった。
寝に帰るばかりだった豪華な個室のベッドで昼過ぎまで昏々と眠り、空腹で目覚めるとルームサービスを呼んだ。
瞬く間に供された小エビのフライと白身魚のカルパッチョを平らげた後は、隣接された公衆浴場で婦人たちに紛れて汗を流した。
獅子の口から惜しげもなく注がれる天然温泉を楽しみ、いつも以上の長風呂になった。
市場で売られていた桃のジェラートに舌鼓を打つ頃には、身も心も軽くなっていた。
メルレットの選んだ大衆酒場は仕事帰りの従僕とみられる人々であふれていた。
誰しも雇用主に充分な見返りをもらっているのか、非常に和気あいあいとしていて、客同士の口論や喧嘩の気配すらない。
茹でタコと葉物を和えたサラダを始めとする数種の前菜がテーブルに置かれ、酒のつまみに向いた丸いチーズとサラミの皿もあった。
特に、とれたての魚介類を米と煮込んだリゾットは奥深い味わいで食が進んだ。
質の良い高級レモンで作られた蒸留酒を、メルレットはまるで水のように軽々と飲み干していた。
酒豪を羨ましげに見ていたリナルドは普段、飲酒をしないのに名の知れた赤ワインを試し、一杯目にして酔いが回ってしまった。
目にうっすらと涙を浮かべながら意味の通らないくだを巻き、奇妙な依頼を共にこなした仲間たちへ感謝と謝罪を唱えて椅子から転げ落ちた。
アシャとルネが床に倒れたリナルドを心配して助け起こすも一向に目覚めず、腕力のあるメルレットが彼を宿まで引っ張っていった。
「こいつを部屋に叩き込んだらアタシも寝る。食事代の会計は済ませてあるから、あとは適当にやっておきな。出発が早いから、あまり遅くならないようにするんだよ」
飲酒量に反して彼女の顔色は平時と何ら変わりなく、滑舌もはっきりしていた。
言い方から察するに、相棒の尻拭いには慣れているのだろう。
「ありがとう、メルレット!」
「どうかお気をつけて。ゆっくり休んで下さいまし」
颯爽とした逞しい背中を見送り、アシャとルネは飲みかけだったハーブティーに口をつける。
オリーブオイルをふんだんに使った料理の油っこい残り香が消えていき、幾分かすっきりした。
慣れない土地で全員が酔っ払いになってはまずいし、現地ならではのディナーの味に集中しようと思い、今回は飲酒していない。隣席にいたルネも酒を頼んでいなかった。
あとは二人でまっすぐ帰るばかりか。アシャはそう予想しつつ、空になったティーカップをソーサーに置いた。
すると、一足早く飲み終えていたルネが遠慮がちに喋り始める。
「アシャ。実は私、行ってみたい場所がありますの」
「こんな時間に? 一体どこへ行くんだ?」
もっともな指摘に対し、ルネは私服のポケットから手帳を取り出す。
中ごろに挟んでいた真珠と鱗の絵が描かれた名刺と、金色に塗られた四枚のチケットをアシャへ渡してきた。
「人魚専門店マリンブルー……こっちは、招待券?」
ルネは頷き、上背を丸めてアシャにだけ声が届くようにする。
「南方首都近郊の浄化術を担当されている方が、手紙で送ってくださったんです。掛け直しの人員は足りているので、近年評判の店を冒険者パーティの皆さんとお楽しみください……と書かれていました」
「お、お楽しみってことは、男性の人魚と……する店?」
第二都市では客引きする様子を遠目に見かけただけで、詳しく知る機会もなかった。
いきなり性的な話題を振られて戸惑うアシャに、ルネは気まずそうな顔で訂正を加える。
「プレイが中心ではなく、人魚と寄り添う癒しの時間を売りにしているようです。宿からそう遠くありませんし、試しに覗いてみますわ。私のことは気にせず、宿へお帰りになってください」
ルネが自身の単独行動を前提とした言い回しをするのは、先日起きた獣人店事件のせいだろう。
被害を被りかけたアシャの恐怖の記憶を呼び起こさぬよう、慎重に言葉を選んでいる。
けれど、退院直後にスイと会った影響か、アシャは男性への嫌悪を抱えずに済んでいた。
「招待券が余ってるなら、あたしも行きたいな」
「えっ!」
気負わせないよう軽率な笑みを浮かべると、ルネは予想外の提案に目を白黒させた。
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