22 / 47
21
しおりを挟む
仲間と何度か入店した覚えのある酒場に行くと、予想に反して魚料理が多かった。しかも、普段よく食べる肉料理より安い。
席でメニュー表を眺めていたアシャは、ふと今日が名門貴族ヴァルフート家の誕生祭だと思い出した。
王家に代々仕える宰相の一族だが、大衆の前にはめったに姿を現さない。
特に今の宰相は、記念式典などで国王に随伴する際も分厚いベールで顔を隠している。
挨拶もせず常に沈黙を保つため、かなり背の高い男性であることしか分かっていない。
そんな謎多き貴族の名をアシャが覚えていたのは、誕生祭の前後には必ず漁獲量が増すからだ。
旬の魚介類が市場へ大量に流れて、庶民でも質の良い海産物を食べられる。
秋開催の農作物の収穫祭に次ぎ、実益のある恒例行事となっていた。
出発前にルネから噂を聞いていたはずが、旅行を挟んだせいで半ば忘れかけていた。
ギリギリでも恩恵に預かれて良かった。
配膳担当者を呼び止めて注文を終えたアシャは、得した気分で一人ほくそ笑んだ。
とはいえ普段のような話し相手がおらず、周囲の会話に聞き耳を立てる気にもならない。
真っ先に届いたレモネードを飲みながら、料理が来るまで誕生祭と漁獲量の因果関係について考えを巡らせた。
魚の回遊周期と日取がたまたま合致しているだけかと思いきや、同じく海に面した隣国ではこの現象は起きていない。
よもや、ヴァルフート家が何らかの方法で漁師たちに利益をもたらし、箝口令を敷いて神秘性を保っているのか。
「魚たちの居場所が察知出来る術とか……いや、まさかね」
アシャはすぐさま自己否定した。
不可解な出来事を自分の得意分野と繋げたがるのは専門家の悪い癖である。
索敵や探知能力を与える魔術は存在するが、どれも高度で、漁船に豊漁をもたらすほど多用出来る者はほとんどいない。
仮に優秀な術者を複数人お抱えにしていても、国を潤すほどの利益は出ないはずだ。
「はい、お待ちどうさま!」
アシャが脳内の試算につまづくと、まるで見計らったように白身魚のフライ、イカのグリル焼きが配膳されてきた。
揚げたての衣と焼き目の香ばしい匂いに思わず唾を飲み込む。
細かく考えるのは止めにしよう。美味しいものを安く食べられるなら、それに越したことはない。
アシャは食事に集中し、黙々と食べ進めた。
付け合わせのサラダとレモネードが油っこさを軽減し、次の一口へ導いてくれる。
白ワインを飲みたい気分になったが、浮ついた気分で夜道を歩く酔っぱらいなど、財布を盗んでくれと喧伝して回っているようなものだ。
グッとこらえて全てを食べ切った。
代金を支払い、客の出入りの隙を縫って酒場を後にする。
もののついでに、青空市目当てで大広場へ赴いた。
祭りの目玉であるヴァルフート家を称える御輿の行列は既に通り過ぎていて、人々もまばらだった。
アシャは見ようとも思わないが、大勢の護衛を連れて城から教会まで練り歩く様は、国王の誕生祭にも引けを取らないと有名だ。
下手をすれば権力の誇示、王族への不敬とみなされそうなのに、他の王侯貴族が反感を抱いたという噂は流れてこない。
よほど内外から信用を得ているのか、逆にあらゆる権力者の弱みを握っているのか。
どちらにせよ、一介の冒険者にとっては雲の上の存在だった。
今頃、ルネは教会で同僚たちと貴賓の対応に追われているだろう。
アシャは露天を見つつ、友へ思いを馳せた。
ルネのように冒険者登録を行い、活動拠点が教会と異なる聖職者は本来、祭や式典への参加が任意である。
迷宮攻略や魔物討伐による安全化活動は区切りが難しく、予定を理由に中途半端に切り上げると事態の悪化を招く。
重要かつ不定期な職務に軸足を置いているなら、そちらに注力せよということだ。
よって、祭日に休暇が重なっていようと咎められはしない。
休みを切り上げ苦労を買って出ているルネは、相当な変わり者といえた。
「裏口から差し入れでもしようかな……」
人混みの只中に飛び込むのは避けたいが、このまま宿に帰って呑気に過ごすのも性に合わなかった。
アシャは割高で脂の乗った塩漬けをいくつか包んでもらい、小脇に抱えると、早足で教会への道を進んだ。
王都で最も大きな孤児院が併設された、星飾りをちりばめた聖女像で知られる聖エステル教会。
信者でもないアシャが出向くのは、これが初めてだった。
席でメニュー表を眺めていたアシャは、ふと今日が名門貴族ヴァルフート家の誕生祭だと思い出した。
王家に代々仕える宰相の一族だが、大衆の前にはめったに姿を現さない。
特に今の宰相は、記念式典などで国王に随伴する際も分厚いベールで顔を隠している。
挨拶もせず常に沈黙を保つため、かなり背の高い男性であることしか分かっていない。
そんな謎多き貴族の名をアシャが覚えていたのは、誕生祭の前後には必ず漁獲量が増すからだ。
旬の魚介類が市場へ大量に流れて、庶民でも質の良い海産物を食べられる。
秋開催の農作物の収穫祭に次ぎ、実益のある恒例行事となっていた。
出発前にルネから噂を聞いていたはずが、旅行を挟んだせいで半ば忘れかけていた。
ギリギリでも恩恵に預かれて良かった。
配膳担当者を呼び止めて注文を終えたアシャは、得した気分で一人ほくそ笑んだ。
とはいえ普段のような話し相手がおらず、周囲の会話に聞き耳を立てる気にもならない。
真っ先に届いたレモネードを飲みながら、料理が来るまで誕生祭と漁獲量の因果関係について考えを巡らせた。
魚の回遊周期と日取がたまたま合致しているだけかと思いきや、同じく海に面した隣国ではこの現象は起きていない。
よもや、ヴァルフート家が何らかの方法で漁師たちに利益をもたらし、箝口令を敷いて神秘性を保っているのか。
「魚たちの居場所が察知出来る術とか……いや、まさかね」
アシャはすぐさま自己否定した。
不可解な出来事を自分の得意分野と繋げたがるのは専門家の悪い癖である。
索敵や探知能力を与える魔術は存在するが、どれも高度で、漁船に豊漁をもたらすほど多用出来る者はほとんどいない。
仮に優秀な術者を複数人お抱えにしていても、国を潤すほどの利益は出ないはずだ。
「はい、お待ちどうさま!」
アシャが脳内の試算につまづくと、まるで見計らったように白身魚のフライ、イカのグリル焼きが配膳されてきた。
揚げたての衣と焼き目の香ばしい匂いに思わず唾を飲み込む。
細かく考えるのは止めにしよう。美味しいものを安く食べられるなら、それに越したことはない。
アシャは食事に集中し、黙々と食べ進めた。
付け合わせのサラダとレモネードが油っこさを軽減し、次の一口へ導いてくれる。
白ワインを飲みたい気分になったが、浮ついた気分で夜道を歩く酔っぱらいなど、財布を盗んでくれと喧伝して回っているようなものだ。
グッとこらえて全てを食べ切った。
代金を支払い、客の出入りの隙を縫って酒場を後にする。
もののついでに、青空市目当てで大広場へ赴いた。
祭りの目玉であるヴァルフート家を称える御輿の行列は既に通り過ぎていて、人々もまばらだった。
アシャは見ようとも思わないが、大勢の護衛を連れて城から教会まで練り歩く様は、国王の誕生祭にも引けを取らないと有名だ。
下手をすれば権力の誇示、王族への不敬とみなされそうなのに、他の王侯貴族が反感を抱いたという噂は流れてこない。
よほど内外から信用を得ているのか、逆にあらゆる権力者の弱みを握っているのか。
どちらにせよ、一介の冒険者にとっては雲の上の存在だった。
今頃、ルネは教会で同僚たちと貴賓の対応に追われているだろう。
アシャは露天を見つつ、友へ思いを馳せた。
ルネのように冒険者登録を行い、活動拠点が教会と異なる聖職者は本来、祭や式典への参加が任意である。
迷宮攻略や魔物討伐による安全化活動は区切りが難しく、予定を理由に中途半端に切り上げると事態の悪化を招く。
重要かつ不定期な職務に軸足を置いているなら、そちらに注力せよということだ。
よって、祭日に休暇が重なっていようと咎められはしない。
休みを切り上げ苦労を買って出ているルネは、相当な変わり者といえた。
「裏口から差し入れでもしようかな……」
人混みの只中に飛び込むのは避けたいが、このまま宿に帰って呑気に過ごすのも性に合わなかった。
アシャは割高で脂の乗った塩漬けをいくつか包んでもらい、小脇に抱えると、早足で教会への道を進んだ。
王都で最も大きな孤児院が併設された、星飾りをちりばめた聖女像で知られる聖エステル教会。
信者でもないアシャが出向くのは、これが初めてだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
いじめられっ子、朝起きたら異世界に転移していました。~理不尽な命令をされてしまいましたがそれによって良い出会いを得られました!?~
四季
恋愛
いじめられっ子のメグミは朝起きたら異世界に転移していました。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる