人ならざるはオムファタル

坂本雅

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 仲間と何度か入店した覚えのある酒場に行くと、予想に反して魚料理が多かった。しかも、普段よく食べる肉料理より安い。
 席でメニュー表を眺めていたアシャは、ふと今日が名門貴族ヴァルフート家の誕生祭だと思い出した。
 王家に代々仕える宰相の一族だが、大衆の前にはめったに姿を現さない。
 特に今の宰相は、記念式典などで国王に随伴する際も分厚いベールで顔を隠している。
 挨拶もせず常に沈黙を保つため、かなり背の高い男性であることしか分かっていない。
 そんな謎多き貴族の名をアシャが覚えていたのは、誕生祭の前後には必ず漁獲量が増すからだ。
 旬の魚介類が市場へ大量に流れて、庶民でも質の良い海産物を食べられる。
 秋開催の農作物の収穫祭に次ぎ、実益のある恒例行事となっていた。
 出発前にルネから噂を聞いていたはずが、旅行を挟んだせいで半ば忘れかけていた。
 ギリギリでも恩恵に預かれて良かった。
 配膳担当者を呼び止めて注文を終えたアシャは、得した気分で一人ほくそ笑んだ。
 とはいえ普段のような話し相手がおらず、周囲の会話に聞き耳を立てる気にもならない。
 真っ先に届いたレモネードを飲みながら、料理が来るまで誕生祭と漁獲量の因果関係について考えを巡らせた。
 魚の回遊周期と日取がたまたま合致しているだけかと思いきや、同じく海に面した隣国ではこの現象は起きていない。
 よもや、ヴァルフート家が何らかの方法で漁師たちに利益をもたらし、箝口令を敷いて神秘性を保っているのか。
「魚たちの居場所が察知出来る術とか……いや、まさかね」
 アシャはすぐさま自己否定した。
 不可解な出来事を自分の得意分野と繋げたがるのは専門家の悪い癖である。
 索敵や探知能力を与える魔術は存在するが、どれも高度で、漁船に豊漁をもたらすほど多用出来る者はほとんどいない。
 仮に優秀な術者を複数人お抱えにしていても、国を潤すほどの利益は出ないはずだ。
「はい、お待ちどうさま!」
 アシャが脳内の試算につまづくと、まるで見計らったように白身魚のフライ、イカのグリル焼きが配膳されてきた。
 揚げたての衣と焼き目の香ばしい匂いに思わず唾を飲み込む。
 細かく考えるのは止めにしよう。美味しいものを安く食べられるなら、それに越したことはない。
 アシャは食事に集中し、黙々と食べ進めた。
 付け合わせのサラダとレモネードが油っこさを軽減し、次の一口へ導いてくれる。
 白ワインを飲みたい気分になったが、浮ついた気分で夜道を歩く酔っぱらいなど、財布を盗んでくれと喧伝して回っているようなものだ。
 グッとこらえて全てを食べ切った。
 代金を支払い、客の出入りの隙を縫って酒場を後にする。
 もののついでに、青空市目当てで大広場へ赴いた。
 祭りの目玉であるヴァルフート家を称える御輿の行列は既に通り過ぎていて、人々もまばらだった。
 アシャは見ようとも思わないが、大勢の護衛を連れて城から教会まで練り歩く様は、国王の誕生祭にも引けを取らないと有名だ。
 下手をすれば権力の誇示、王族への不敬とみなされそうなのに、他の王侯貴族が反感を抱いたという噂は流れてこない。
 よほど内外から信用を得ているのか、逆にあらゆる権力者の弱みを握っているのか。
 どちらにせよ、一介の冒険者にとっては雲の上の存在だった。
 今頃、ルネは教会で同僚たちと貴賓の対応に追われているだろう。
 アシャは露天を見つつ、友へ思いを馳せた。
 ルネのように冒険者登録を行い、活動拠点が教会と異なる聖職者は本来、祭や式典への参加が任意である。
 迷宮攻略や魔物討伐による安全化活動は区切りが難しく、予定を理由に中途半端に切り上げると事態の悪化を招く。
 重要かつ不定期な職務に軸足を置いているなら、そちらに注力せよということだ。
 よって、祭日に休暇が重なっていようと咎められはしない。
 休みを切り上げ苦労を買って出ているルネは、相当な変わり者といえた。
「裏口から差し入れでもしようかな……」
 人混みの只中に飛び込むのは避けたいが、このまま宿に帰って呑気に過ごすのも性に合わなかった。
 アシャは割高で脂の乗った塩漬けをいくつか包んでもらい、小脇に抱えると、早足で教会への道を進んだ。
 王都で最も大きな孤児院が併設された、星飾りをちりばめた聖女像で知られる聖エステル教会。
 信者でもないアシャが出向くのは、これが初めてだった。
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