退魔士学園記

むにゃむにゃ

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2話目

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ずっと顔を背けている俺を不審に思ったのか、こちらに近づいて来ようと少女が立ち上がる。

バサッ
立った拍子にスカートが元に戻る。少女はつまらなそうにそれを見て……もう一度見返した。
そして何かに気づいたのか、急速に赤面する。

「あ、あなた……まさか……」

羞恥と怒りが入り混じった顔でこちらを見る。
今、彼女の中で俺が顔を背けたこととスカートがはだけたことが繋がったのだろう。

「なんのこと?」

「そ、それはっ」

その先を言おうとして気付いたようだ。もし違ってたら自分は、ただの自意識過剰な人というレッテルを貼られてしまうと。
どう質問しようか。少女は頭を悩ませた。

「ん?」

その間に俺は、一体なんのことなのか。さもそういった感情を表しながら首を傾げる。

「くっ……ぅぅぅ」

少女は今悩んでいる様子。言おうか言うまいか。
たまにこちらの目を見て、何かを探ろうとしてくるので、その時は純粋な目で返した。すると、少女は一層深く頭を抱えて頭をふるふると動かす。


実際は思いっきり見えていたのだが。

ただ、態度に出したりしない。こういう時は、何のことかわからない純粋な男の子を演じるのがいいのだ。
実際に興奮したわけでもないので、そんな演技は容易かった。

悩んでいる少女はとても可愛らしいのだが、場所に合ってないのが残念だ。

「はぁ……もういいわよ……」

肩をがっくりと落とし、はぁ。と息を吐く。
結局少女は諦めたようだ。

「それで、あなたはこんな奴と何してたの?
逃げているのかと思ったらそうじゃなさそうだったし。
まさか、追いかけっこしてた。なんて言うんじゃないでしょうね」

爪先で肉片を弄りながらなので、本当にそうとは思ってないのだろう。そんなことをする馬鹿なんているはずない。という目もしてる。

「いや、追いかけっこしてたんだけど」

「ふぅん……はあ?」

グチョッと、肉が潰れる音。
そんな馬鹿がいて驚いた……いや、呆れたのだろう。それで力加減を間違えたらしい。靴とソックスの下までが赤黒く汚れてしまっている。

「いやいやいや。ふざけてるの?
あなたなら簡単に勝てたでしょ。実際あの巨体を投げ飛ばしていたし。何の目的があってそんなことを」

「別に。被害を少なくするためだよ。街中で戦ったら迷惑でしょ」

「それはそうだけど……なら、何でこんなとこまで引きつけたのよ。森に入ったところとか、幾らでも戦える場所はあったでしょ」

「……ここのが慣れてるからね。暗い中、地理が分かってる方が有利でしょ」

そう答えると、少女は訝しむような視線を向けた。
最後、どう答えようか少し考えて、間を開けてしまったのが原因だろうか。
しかし少女はそれよりも、もっと気になることがあったようだ。

「ふうん。あと、もう一つ聞きたいんだけど」

少女が鬼の首の方、結界のある方へ近づいていく。
鬼の頭は結界に入っているので、外からだと頭だけスパッと消えているように見える。

「これ、どういうこと」

ビシッと。首の先を指して言う。

「どういうことって……何が?」

「何がじゃないわよ。こいつの首から上。これ、どうなってるのよ」

「君が斬ったんじゃないの」

ほら、あれだけ細切れにしたんだし。と続けると、心外だ。という風に顔を曇らせた。

「あなたねえ。どこをどう斬ったか分からなくなるほど、私は素人じゃないわよ。
私は、首から上は傷一つつけてないわ」

地面に落ちて潰れることはあったかもしれないけど。と続けるが、潰れたところで首から上が消えた説明にはならないのは両者とも分かりきっている。

「ここから先、見させてもらうわよ」

俺が制止させる間もなく、彼女はつかつかと結界の方へ近づいていき––––顔を向こう側にのめり込ませた。

「止めといたほうが……って、もう遅かったか」

向こうの景色を見たのだろう。表情は見えないが、身体は小刻みに震えている。

「っ! ……これは」

少女は素早く飛び退くと、腰の鞘に手をかける。
こちらを見る目からは、先ほどまでは僅かにだがあった温かみの一切は無くなっていた。
ただこちらを観察し、いつでも動けるようにする。
警戒心むき出しである。

目が合った。意図したことではない。

––––ザワッ
空間が凍りつくような殺気。
それを向けられた俺の全身は総毛立った。
首筋に刃が当てられているような。そんな錯覚すら覚える。
中々に熟練されているようだ。この年代の子で、こんなに出来る奴はいただろうかと思案するも、思い浮かぶその年代の顔があまりに少ないため、早々に諦めた。

「……ねえ。答えてくれる?」

否。と答えたいが我慢した。
そんなことを言ったら……まあ、いい予感なんてしないよな。
俺が口ごもっていると、彼女はさらにこちらへ向かい歩みを進めた。

……一歩
……二歩
……三歩

ついに目の前まで来た。
害を与える気はないことを示すため、その間一切の動きはしていない。

スッと腰の刀を抜き、俺の首筋に添える。

「……いやさぁ、ちょっと乱暴過ぎない?」

「安心して。あなたが関係ないとわかったら解放してあげるつもりだから」

「関係ないって言ったって……」

一体どう証明すればいいのか。言葉だけで信じる訳がない。

「何をしている?」

「時計を見てるんだよ」

時刻は午前1時になろうとしている。これ以上長引かせると、我慢できなくなったあの子が……
と思っていると予想通りに、結界の中から一匹の狐が飛び出してきた。
土煙を上げながらこちらへ向かってきて、俺の足元で丁度止まる。そしてすり寄ってきた。

「くうぅん」

「あ、こらこら。くすぐったいだろ」

そう言いつつも、体を屈め顎を撫でてあげる。狐は気持ちよさそうに目を細めた。

「……」

一方少女は狐を視界に収め、不審に思ったのだろう。じっと見つめていた。

ちなみに、狐が目に入った時点で、俺から刀は離してくれていた。狐が妖である可能性を考慮した故、すぐに動けるようにしたのだろう。

少し時間が経ち、気付いたようだ。ただ、どう動くか悩んでいる様子。
その間にも狐は“ご飯ご飯”と急かしてくる。

「ごめんな。待たせちゃって。ご飯持ってきたぞ」

懐に手を入れて、持ってきた油揚げを手のひらに乗せる。
狐は直ぐにそれに食いついてきた。
歯で細かく千切り、少しずつ食べていく。たまに当たる舌の感触も可愛らしい。

パクパク……ごっくん

数分後、俺の手にあった油揚げは全て、この狐のお腹に収まった。

「くぷぅ」

「ふふ、満足したか」

「くうん!」

「そりゃ良かった」

その後、再び擦り寄ってきた狐とじゃれていたら、後ろから少女が近づいてきた。
さっきまでの強気な態度はどこにいったのか。もじもじしているように見える。

「あ、あの」

「何、またさっきの話?」

「い、いや……そうじゃなくって、できたら、そのぉ……」

「何が言いたい」

はっきりしない少女に少しイライラして、口調も厳しめになる。

「そ、その狐さんに、ちょっと触らせてれないかなぁ、なんて……」

予想外のお願い。それに少し戸惑ってしまった。
やっぱり女の子らしく可愛いものが好きらしい。
ただ、どうしようか。少女はさっき気づいていたし、ならば、狐の身が害される可能性もある。

……さっきの言葉に他意があったようには見えないが、万が一があっては困るのだ。

「あ、おいっ!」

そんなことを考えていると、さっきまで警戒していた様子だった狐が、彼女の方に向かって歩き出していた。
足元まで来て、上目遣いで少女を見る。
ぱっちりした瞳が可愛らしい。

「くぅ?」

「え……ねえ、これって触っていいの?」

少女は触りたいとは言ったものの、俺の許可が出てないのに、狐の方から近寄ってきてくれたので、どうすればいいのか困っているようだ。目で、撫でていいのか訴えてくる。

「その子が撫でて欲しいみたいようだし。俺は口出しできないよ」

別に、困らせて喜ぶような趣味はないので答えてやった。
俺の許可が下りると、少女は恐る恐る腰をかがめて狐に近づき、優しくそっと触れた。

「くぅん」

「……可愛い」

ゆっくりと、手を動かし、体を撫でる。
狐は気持ちよさそうに身じろぎをした。その反応に嬉しくなったのか、少女の撫でる手つきも大胆なものに変わっていった。

五分ほど経った頃であろう。
先ほどまで少女とじゃれついていた狐が、突然動きを止め、ぐてっと彼女の腕に凭れ掛かった。
彼女は手を止め、顔を覗き込み、どうしたのー。と鼻を撫でながら尋ねる。
けれども反応はない。
これに少し焦ったのか、彼女の手の強さ、声の大きさが大きくなった。
これに対しては、狐の方も薄眼を開けた。……が、すぐに閉じてしまった。

少女は両手を狐の体にかけ、大きく揺さぶろうとする。
ただ、それは俺が掴んだことによって制止された。

「何で止めるのよ。あなた、この子のこと心配じゃないの?」

「いや。そうじゃなくってさ」

「そうじゃなくて何よ」

シー。と人差し指を口の前に立て、静かに。と訴える。
少女はしぶしぶながらもそれに従った。

言葉が無くなったことにより、夜の冷え切り、研ぎ澄まされた空気が体に染み入る。
枯葉の落ちる音。風の擦れる音。
自然の作り出す音の他には何もない。
普段触れないそれらの声は、皮膚を刺し、果ては体の芯までも貫いていく。
まるで生物を排斥しているかのように感じさせる。

ただ、芯まで凍てつかせるような静寂の中でも、注意しなければ聞き取れないほど微かな、それでいて温もりも感じさせる音がただ一つ残されていた。

すぅ。すぅ。と、胸を膨らませ、しぼませる。生物の……狐の寝息の音。
狐は体を丸め、少女の腕の中で安らかに眠っていた。

不満そうにしていた少女の表情も和らぐ。

「何だ。……寝てたのね」

「今日はご飯が遅くなっちゃったから。いつもならもう、この子は寝てる時間だ」

そっと、起こさないように、狐を少女の腕から抱え取る。
そして結界のある方へ向かった。少女も付いてくる。
あまり人に見せたい景色ではないが少女はもう、さっき見てしまっているから、止めるようなことはしない。

結界内に入る。
景色が一変して、先ほどまでの景色も明るい景色とは言えなかったが、より暗い。生気の感じられない景色が広がる。
木々は朽ち果て、地面はカラカラに乾燥している。空気も錆び付いたようで、呼吸をするたびにザラザラとした感触が喉を通り過ぎ、その度に肺が痛んでいくのを感じた。
すこし離れたところには、先程の鬼の首らしきものが落ちていた。“らしきもの”という表現をしたのは、すでに顔の上半分は塵化してしまっており、詳しく判別出来なかったからだ。

そんな死んだ景色に囲まれ、少女は強く体を抱きしめた。

ここに一日でもいたら、間違いなくここの空気に侵食されてしまうだろう。と少女は感じた。
侵食された後はどうなるか……そこまで考えて、思考を止めた。呑まれると気づいたからである。
努めて何も考えず、自分に意識を集中して、前を歩く少年に着いて行った。
黒い髪は少し目を離すと、この景色と同化して見失ってしまいそう。
もしそうなったら生存が危ぶまれるため、少年の観察という意味も込めて、彼を凝視し続けた。
少年は視線に気づいたのだろう。後ろを振り返る。
そして私の反応がないのを見ると、あははと苦笑いして、また前を向いた。

道中それが何度かあった。困らせてしまっているという罪悪感を、少し感じた。


少し歩くと、神社のような建物が見えてきた。
そこだけは周りと違く草木が青々と茂り、清涼な空気が流れていた。
円形に地面から青い光が発せられている。この空間に入る時に通った結界とは、また違ったものを張っているようだ。
中に入るとみずみずしい空気が満ちていて、思わず深呼吸をしてしまった。


「さてと。それじゃあお休み」

境内の中。あらかじめ置いているクッションの上に、狐をそっと下ろす。
人肌の温もりがなくなったのが分かるのだろうか。狐は何かを探すように体をくねらせ、目当てのものが見つからないと悟ったのか、今度はキュッと丸くなった。
数回鼻の頭を撫でてから、少女の方へ振り返った。
羨ましそうにこちらを見ていたが、俺が振り返ると直ぐ真顔に戻った。

「ここだと起こしちゃうかもしれないから。ついてきて」

少女は無言で頷いた。
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