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魂の戯れ part.13 後編
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「私と何百年も共にしている友人が、ここの生活よりも人間を体験したいという。それについて、君はどう思う? 」
「おかしいとは思いません。ここでの体験はあくまで地上の代わりなので、本物には勝てないんです。でも、地上で自分が思うように生きるのはとても難しい。それでもその可能性を追求するなら、称えたいですね。尊敬します」
この満ち足りた世界から出て、苦しみのある地上を望む。そんな相方の行動は変だと思っていたが、最近どうもそればかりではない意見を聞くようになってきた。私の方が間違っているのではないかと思う位だ。ただ、彼女が私の心境を代弁するように続けた。
「もちろん、それが本当なら私にはとても出来ませんが」
「そうだよな。俺もそう思うよ」
暗闇を淡々と走るように、彼女が話を続けた。
「地上最大のメリットは本気にならざるを得ない瞬間があることです。ここでは真に切迫した場面は作れないので、地上にいる方々は本当に勇気があると思います。でも、ピンチを乗り越えて好きなことを出来る方ばかりじゃない。だからそういう意味ではここには大きな存在意義があると思っていますし、ここのスタッフをやらせていただいてることを誇りに思います」
「ありがとう。ちなみに、君自身は地上に下りたいと思う? 」
「憧れがあるのは否定しません。でもアタシにはそんな自信はないです」
「そうか。本当はそんなこと尋ねられたくなかったろう。すまない」
「いえ、それもお客様へのサービスですから」
彼女がにこっと笑うと同時に、元の姫の表情に戻った。同時に、目の前の林が途切れる。
「間もなく林を抜けます」
段差を下りて公道に出た。すると、見計らったかのように追手が姿を現した。どうやら待機していたらしい。
コマンドは、クライマックスになっている。
台数は三つ。山道だが、対向車がちょくちょく来るので思ったようにスピードを出せない。
電話が入った。
「悪い。予想より敵の立て直しが早かった。追いつかれたか? 」
「ああ」
「逃げ切ってくれ。こっちも逃げてるんだ」
「健闘を祈る」
追手は強引に車線を変え、追いついて来た。馬力が違うので、最高速度には差が出る。真横に並ばれた。体辺りを食らう。姫が声を上げた。態勢を崩したが、立て直す。その瞬間に、二回目の体当たりが来た。
「食らったらまずいわ!」
コマンドを使う。
路面に張り付いていたタイヤが、重力を無視し、壁にかかった。潰しにかかっていた追手の車が思い切り、壁にぶつかって派手な音を立てる。
「スゴい!どうなってるの!? 」
「姫様のためなら、これ位はなんのその」
ふとタイヤに衝撃があった。後ろから放たれた弾が当たったようだ。明らかに失速している。
コマンドを検索した。そろそろオチの時間だ。
国境からの援軍を呼ぶという王道でもいいのだが、私は一番大勢が選ばないであろうコマンドを選択した。
すると、今まであった自信がみるみる失われていくのが分かった。ハンドルを握る手から力が抜けていく。
「すいません。姫様。追いつかれちゃうかも。どーしよー」
「さっきまでの自信はどこ行ったのよ。だらしないわね。何か無いの? 」
姫が後ろの座席を漁り始めた。シートベルトを外さないので、キツそうだ。
車の中をあらゆるものが舞う。食べかけのポテチが床に散乱し、使用済みの消臭剤のスプレーが転がり、バターロールを買った時のレシートが私の膝の上に乗った。
ふと、彼女が落ちていた布キレを手にした。
「何これ? 」
「パンツです」
「捨てなさい!」
「いやそれはまだはいてない...。封は切っちゃったけど」
ついには何か策をないかとばかりに、ゴミ箱まで漁り始めた。躊躇なく探る姿は、もはや王女のそれではない。
「バナナばっかり食べてるのね」
「適度なカロリーと腹もちの観点から選んでいるんですよ。城に忍び込む前にも五本ほど」
「食べ過ぎじゃないの」
ゴミ箱の底にはバナナの皮がみっしり詰まっていた。彼女がそれを見て苦い顔をしていたが、一瞬のうちに何か閃いた。
「スピード、落としなさい」
「え?自分から追いつかれることを選ぶんですか? 」
「いいから、王女の命令よ!」
言われるがまま、車のスピードを落とす。後ろの車がおあつらえ向きとばかりに接近してきた。姫は窓を開け放つ。暗闇に一瞬、鮮やかな黄色が舞った。
後ろの車がスピンした。そのまま後続車に追突する。
「よっしゃ!見たかぁぁぁぁ!」
姫がキャラ崩壊と言うが如く、雄たけびを上げた。
私が選んだコマンドは、コメディだった。
面白い展開だったが、さすがにこのままだと結末がおかしなことになりそうなので、元に戻した。膝に置いてあったレシートがはらりと床に落ちる。
「助かったわね」
姫は元の気品溢れる姿に戻っていた。
そのまま、終わりが近いことを象徴するように、車内は無言のまま国境に差しかかった。前方に教えられたものと一緒のナンバーの車が止まっているのを見つけた。
「下りる準備をして下さい」
スピードを落とす。車のパンクはいつの間にか気にならなくなっていたようだ。彼女が視線をこちらに寄越した。
「行っちゃうのね? 」
「ええ。それが王室のエージェントの務めです」
「また、守ってくれる? 」
「それが今後もないことが、姫に仕える者の願いです」
「そうよね」
その言葉と同時に、すっと周りが明るくなった。部屋が真っ白な空間に戻る。今まで別の役柄に扮していた魂たちが拍手をした。
「ありがとうございました。今日のアトラクションは終了です。またお越し下さい」
大がかりなセットだ。これを一人で貸し切れるのだから、人気が出るのも当然だ。上には観覧室というところがあり、一般客が芝居内容を見れる部屋もあるらしい。私も見られていたということだ。
私は数々のスタッフに頭を下げ、外に出ようとした。入口のところで、姫に呼び止められられる。
「お疲れ様でした。それでなんですが、さっきの話は本当なんですね? 」
「もちろん。天国では嘘は付けないし」
「では、もし本当に地上に下りる意志があるのでしたら、アタシの知り合いに生まれ変わりの訓練を受けた方がいます。その方にあなたのパートナーを会わせる斡旋をします。ただ生半可な気持ちでは、地上には下りれないみたいですが」
「ほう。生まれ代わりに訓練があるのかい? 」
「ええ、今度詳しくお話しますよ」
そう言えば、彼女から名前を聞いていなかった。尋ねると、彼女はツカサと名乗った。
今度はスタッフの顔に戻って、見送ってくれた。
外は心地の良い風に満ちていた。天国の最大の贅沢は何でも体験できる中で、やはり何もしないことを選択することだろうと思った。
「おかしいとは思いません。ここでの体験はあくまで地上の代わりなので、本物には勝てないんです。でも、地上で自分が思うように生きるのはとても難しい。それでもその可能性を追求するなら、称えたいですね。尊敬します」
この満ち足りた世界から出て、苦しみのある地上を望む。そんな相方の行動は変だと思っていたが、最近どうもそればかりではない意見を聞くようになってきた。私の方が間違っているのではないかと思う位だ。ただ、彼女が私の心境を代弁するように続けた。
「もちろん、それが本当なら私にはとても出来ませんが」
「そうだよな。俺もそう思うよ」
暗闇を淡々と走るように、彼女が話を続けた。
「地上最大のメリットは本気にならざるを得ない瞬間があることです。ここでは真に切迫した場面は作れないので、地上にいる方々は本当に勇気があると思います。でも、ピンチを乗り越えて好きなことを出来る方ばかりじゃない。だからそういう意味ではここには大きな存在意義があると思っていますし、ここのスタッフをやらせていただいてることを誇りに思います」
「ありがとう。ちなみに、君自身は地上に下りたいと思う? 」
「憧れがあるのは否定しません。でもアタシにはそんな自信はないです」
「そうか。本当はそんなこと尋ねられたくなかったろう。すまない」
「いえ、それもお客様へのサービスですから」
彼女がにこっと笑うと同時に、元の姫の表情に戻った。同時に、目の前の林が途切れる。
「間もなく林を抜けます」
段差を下りて公道に出た。すると、見計らったかのように追手が姿を現した。どうやら待機していたらしい。
コマンドは、クライマックスになっている。
台数は三つ。山道だが、対向車がちょくちょく来るので思ったようにスピードを出せない。
電話が入った。
「悪い。予想より敵の立て直しが早かった。追いつかれたか? 」
「ああ」
「逃げ切ってくれ。こっちも逃げてるんだ」
「健闘を祈る」
追手は強引に車線を変え、追いついて来た。馬力が違うので、最高速度には差が出る。真横に並ばれた。体辺りを食らう。姫が声を上げた。態勢を崩したが、立て直す。その瞬間に、二回目の体当たりが来た。
「食らったらまずいわ!」
コマンドを使う。
路面に張り付いていたタイヤが、重力を無視し、壁にかかった。潰しにかかっていた追手の車が思い切り、壁にぶつかって派手な音を立てる。
「スゴい!どうなってるの!? 」
「姫様のためなら、これ位はなんのその」
ふとタイヤに衝撃があった。後ろから放たれた弾が当たったようだ。明らかに失速している。
コマンドを検索した。そろそろオチの時間だ。
国境からの援軍を呼ぶという王道でもいいのだが、私は一番大勢が選ばないであろうコマンドを選択した。
すると、今まであった自信がみるみる失われていくのが分かった。ハンドルを握る手から力が抜けていく。
「すいません。姫様。追いつかれちゃうかも。どーしよー」
「さっきまでの自信はどこ行ったのよ。だらしないわね。何か無いの? 」
姫が後ろの座席を漁り始めた。シートベルトを外さないので、キツそうだ。
車の中をあらゆるものが舞う。食べかけのポテチが床に散乱し、使用済みの消臭剤のスプレーが転がり、バターロールを買った時のレシートが私の膝の上に乗った。
ふと、彼女が落ちていた布キレを手にした。
「何これ? 」
「パンツです」
「捨てなさい!」
「いやそれはまだはいてない...。封は切っちゃったけど」
ついには何か策をないかとばかりに、ゴミ箱まで漁り始めた。躊躇なく探る姿は、もはや王女のそれではない。
「バナナばっかり食べてるのね」
「適度なカロリーと腹もちの観点から選んでいるんですよ。城に忍び込む前にも五本ほど」
「食べ過ぎじゃないの」
ゴミ箱の底にはバナナの皮がみっしり詰まっていた。彼女がそれを見て苦い顔をしていたが、一瞬のうちに何か閃いた。
「スピード、落としなさい」
「え?自分から追いつかれることを選ぶんですか? 」
「いいから、王女の命令よ!」
言われるがまま、車のスピードを落とす。後ろの車がおあつらえ向きとばかりに接近してきた。姫は窓を開け放つ。暗闇に一瞬、鮮やかな黄色が舞った。
後ろの車がスピンした。そのまま後続車に追突する。
「よっしゃ!見たかぁぁぁぁ!」
姫がキャラ崩壊と言うが如く、雄たけびを上げた。
私が選んだコマンドは、コメディだった。
面白い展開だったが、さすがにこのままだと結末がおかしなことになりそうなので、元に戻した。膝に置いてあったレシートがはらりと床に落ちる。
「助かったわね」
姫は元の気品溢れる姿に戻っていた。
そのまま、終わりが近いことを象徴するように、車内は無言のまま国境に差しかかった。前方に教えられたものと一緒のナンバーの車が止まっているのを見つけた。
「下りる準備をして下さい」
スピードを落とす。車のパンクはいつの間にか気にならなくなっていたようだ。彼女が視線をこちらに寄越した。
「行っちゃうのね? 」
「ええ。それが王室のエージェントの務めです」
「また、守ってくれる? 」
「それが今後もないことが、姫に仕える者の願いです」
「そうよね」
その言葉と同時に、すっと周りが明るくなった。部屋が真っ白な空間に戻る。今まで別の役柄に扮していた魂たちが拍手をした。
「ありがとうございました。今日のアトラクションは終了です。またお越し下さい」
大がかりなセットだ。これを一人で貸し切れるのだから、人気が出るのも当然だ。上には観覧室というところがあり、一般客が芝居内容を見れる部屋もあるらしい。私も見られていたということだ。
私は数々のスタッフに頭を下げ、外に出ようとした。入口のところで、姫に呼び止められられる。
「お疲れ様でした。それでなんですが、さっきの話は本当なんですね? 」
「もちろん。天国では嘘は付けないし」
「では、もし本当に地上に下りる意志があるのでしたら、アタシの知り合いに生まれ変わりの訓練を受けた方がいます。その方にあなたのパートナーを会わせる斡旋をします。ただ生半可な気持ちでは、地上には下りれないみたいですが」
「ほう。生まれ代わりに訓練があるのかい? 」
「ええ、今度詳しくお話しますよ」
そう言えば、彼女から名前を聞いていなかった。尋ねると、彼女はツカサと名乗った。
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