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6.”失う”怖さも
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「───あなたは、誰?」
私の言葉を聞いた少女が、悲しげに目を伏せて笑った。
きっとそれは言ってはいけない事で傷つけてしまったという自覚も、不思議と胸の中にはあったのに。
「メルト、私の事忘れちゃったんだね」
「……ごめん、なさい」
「あっ、いいの!そういう病気だもん!私はめいだよ、ただ…」
”私だけは忘れないと思ってた”。
そう、言いたげだった。
その視線が、酷く痛かった。
(なんだか、一人でいるような…気持ちのやりようが無い…そんな感じ…)
自分自身なのに手が届かなくて、追いかけても追いかけても追いつかない様な、もどかしい気持ち。
伝えたい事も分かって欲しい事も沢山あるはずなのに、言葉にならなくて全て捨ててしまいたくなる気持ち。
唇を噛んだ私と嘘らしく微笑んだままのめいを見たレドが、不意に言った。
「──ごく一部の竜人にしか伝わらぬ”二度咲き病”を治療する方法が、実は存在しておるのじゃ」
「なお、る…の……?私の、この病が…?」
「じゃがな、妾はオススメはせぬのだが…」
「治るなら教えて、私がメルトを治す!」
バツが悪そうに言うレドを遮って、めいが声を上げる。
そんな彼女を見て観念したようにレドがため息を吐いたのだった。
◇
正直、心が踊らなかったと言ったら嘘になる。
私を苦しめていたこの病を治せるのなら。
もう一度世界を、景色を。
そして今まで出会ってきた皆を、両目で見ることが出来る。
だけど、どうしてか気は乗らなかった。
(もやもや、する…)
レドが言った病を治す方法。
それは薬を作る事だった。
必要な材料は。
一つ目が白金竜種の鱗。
これはレドが分けてあげると言ってくれた。
通常ならば手に入れにくい材料なのだろうが、とても運が良かった。
二つ目がメミロムの実。
非常に高い価値を持つ珍しい木の実で、貴族なんかが取り寄せては食しているらしい。
三つ目が悪魔を浄化した後に残る魂。
元々悪魔は人間の魂から生まれるらしい。
それ故にその元々の魂に取り憑いた悪魔を浄化したものが、材料になるとか。
私の気が重いのは、四つ目の材料。
──それは、春告妖精の羽根だった。
春告妖精の羽根は一度身体から取るともう再生することは無い。
羽根が必要になることを、レドが彼女の前で言わず後で私にだけ耳打ちしてくれたことは幸いである。
彼女ならきっと、自分の羽根を躊躇もせずに差し出してくるだろうから。
「思い、だせない…」
まるでそこだけ靄が掛かったように。
「メルト、こんなとこで何してんの」
「あ、りゅーざき…さん…」
一人展望台のベンチに体育座りしていた私に、ふいに竜崎が現れるとそう声をかけた。
彼は私の隣に座るとただ無言で空を眺める。
ただその沈黙が居心地悪くて、その体制のままの私は一言溢した。
「あなたは、私の様に大切なものを忘れてしまうとしたら…どう生きる…?」
「……俺は忘れても”忘れたこと”を気にしないで流れに身を任せて生きると思う」
竜崎は私の唐突な問いに、困った様に苦笑いして律儀にそう答えた。
彼は何となくそんな気がした。
忘れてしまった事すらも面白可笑しく捉えて、いつしか完全に自分が自分で無くなるその日まで、きっといつもの様に笑っているのだろう。
不意に、竜崎が口を開いた。
「──前にも、こんな風に夜空の下で話ししたね」
それはコルト峡谷に向かっていた時の夜。
あの時は眠れない私が、彼に話しかけたのだ。
「人は二回死ぬって知ってる?」
「……二度咲き病で、なら知ってるけど」
「残念ながら違うんだなー、普通の人も二回死ぬんだ」
「一回目は普通に死ぬ、二回目っていうのが皆の記憶から消えた時なんだって」
「メルトはさ、自分が周りのこととか自分のことを忘れてしまうのが怖いんだ。それは俺がその立場だったら俺も怖いとは思う」
「だけどさ、もしメルトが自分を忘れたとしても俺達を忘れてしまったとしても、俺達は絶対にメルトを忘れたりしないから」
「───もう少し、俺達を頼って良いんだ」
澄んだ星空に吸い込まれていくその言葉で、私は呆気にとられた。
確かに私の頭の中には”頼る”という概念が全く無かった。
それは生まれた時から苦な家庭環境を強いられ、病によって自分自身の心が強くあらねばと一人で生きる事を選んできたからだった。
温かくて、嬉しいから胸が痛むというのは初めての事かもしれない。
レドと話した時に枯れたはずの涙が、私の目からより一層大粒で溢れだした。
「涙腺が…崩壊、したのかもしれないわ……」
「心が楽になるまで泣けばいーよ、りゅーざきさん何も見てないからさ」
彼が言ったその一言で、私は壊れた人形の様に激しく大きく声を上げて泣き出した。
それは私が初めて”自分の弱さ”を痛感した瞬間でもある。
「わたし、は…怖いの……いつか、何もかもを忘れて…自分すらも分からなくなるのが……死ぬのと同じくらいっ……怖いの…!」
「”私らしさ”なんて分からない……!」
「もしかしたら…この”怖さ”も、いつか失うかもしれない…!」
吐く様にたくさんの言葉が口から飛び出す。
ずっと辛くて、見ない様にして、”怖くない私”が”私らしさ”だと見栄を張って。
必死に。
生きてきたんだ。
「そういえばさ、メルトはいつ黒魔法を覚えたんだ?」
「………え?」
「だって、魔法が使えるということは”教えてくれた誰か”がいるって事だろ?」
不意に竜崎が溢した言葉で、頭痛が走り回った。
また記憶のそこでちかちかと光る何かが、私の頭を締め付けている。
(私の記憶は、家族を殺した事が全てだと思ってた。でも、確かにブルームの森を抜けてシュヴェルツに逃げた…その時には魔法を使えていたのだから……)
”二度咲き病”の影響は花が咲き成長していくだけではなく、花が魔力を生み出し身体に馴染ませていくらしい。
その魔力を染み付かせた身体を養分に成長していく為、花が全身に回るほど病人の身体は高い魔力を持つようになる。
そのお陰で私は魔力が相当必要とされる”黒魔法”を使えているのだし、歴代に名を連ねた黒魔術師も二度咲き病が多かった為、黒魔術師は短命な人がとても多い。
だからといって。
知識がなければ魔力は操れないのだ。
虐待ばかりされロクに教育も受けていない少女が、どうやってその知識を手に入れた?
ぐるぐると頭の中で巡るその疑問は、突如として響いた竜崎の怒号でかき消された。
「フィル!お前今回の事は知っていたのか!?今ラートハイムには天使が捕らえられている、すぐに戦争が起こってしまってもおかしくはないぞ!!」
「違うんだ…!俺は、姉さんに言われてっ…」
「………”姉さん”?お前は一人っ子じゃ……」
「養子で、この間姉さんが出来たんだ!頭が良くて優しい姉さんで騎士団に関わりがあるんだ…その姉さんに、頼まれたんだよなんとかできないかって」
フィルが困った様に視線を泳がせると白状した。
「……っだから、俺がアンセム家を継がなくても良くなったんだ」
そう冷たい声で言い放ったフィルの目に浮かんでいたのは、”絶望”だった。
私は、あの”絶望”の形を知っている。
孤独だ。
それは誰からも必要とされず、自分の居場所を失った事が痛いほど分かるからこそ現実が突きつけてくる、そんな”絶望”の形だった。
「あなたの義姉は少なくとも”竜崎を殺す”というラートハイム国政の考えに加担している。だから、竜崎さんと親しいあなたに”魔穴を塞ぐ”という見せかけの依頼をして始末しようとした…」
「つまり俺はラートハイムに買い被られているわけね」
「……そんな…こと…」
疑問が線で繋がった答えを口に出すや否や、竜崎はそうヘラリと軽口を叩く。
魔力に頼らない実力を持った剣豪が国の内情を知ったとなれば、戦争になった時にラートハイムが不利になる未来も有り得る。
それを警戒していると言うなら。
ラートハイムは本格的に戦争を視野に考えている事になる。
「……あなたも、利用されていた。自己至上主義の王族達に。お陰で私達は大切な仲間を失うところだった」
「俺は、どうすればいい…?なぁ竜崎…今まで信じていた全てに裏切られて人の道を踏み外そうとした俺は…生きていていいのか……」
涙を堪えた私の頭をそっと撫でた竜崎は、俯いたフィルにため息を吐きながら言う。
「この間の俺もそうだった、家族を失くして、全てだったラートハイムの騎士団にも何もかもに裏切られた俺は生きていていいのかも分からなかった」
「──だけど、メルト達が教えてくれた」
「生きていなきゃいけないんだよ、償うには」
「二度と同じ思いをしない為に俺達は生きる事から逃げるのも諦めるのも出来ないんだ」
「しちゃ、いけないんだよっ……」
竜崎のその言葉に、掌をあの感触が蘇った。
柔らかな肉を裂くあの何とも言えない鈍い感触。
鼻を突く様な錆の匂い。
身体から溢れる赤黒い液体の色。
──冷たくなっていくその身体。
何度記憶を失っても忘れられないソレは、呪縛であると同時に大事な物を二度と目の前で失わない為の決意を強固にする鎖でもある。
私はフィルに言う。
「私達を、ラートハイムに…あなたの姉の元へ連れて行って」
「あなたがしたことは最終的に私の大切な物を奪う事になるかもしれない。だけどだからといってそんな結果を黙って待っていられるほど、もう私は弱くない」
「──というわけで。フィル、ラートハイムに行くからしっかり案内してねー」
呑気な声でフィルに言う竜崎は、いつの間にか涙を枯らした私を見て満足気に笑っていた。
囚われた神楽も。
この国を守る一員であるシュナも。
私達の住むこの街も。
もう、誰にも傷つけさせやしないから。
私の言葉を聞いた少女が、悲しげに目を伏せて笑った。
きっとそれは言ってはいけない事で傷つけてしまったという自覚も、不思議と胸の中にはあったのに。
「メルト、私の事忘れちゃったんだね」
「……ごめん、なさい」
「あっ、いいの!そういう病気だもん!私はめいだよ、ただ…」
”私だけは忘れないと思ってた”。
そう、言いたげだった。
その視線が、酷く痛かった。
(なんだか、一人でいるような…気持ちのやりようが無い…そんな感じ…)
自分自身なのに手が届かなくて、追いかけても追いかけても追いつかない様な、もどかしい気持ち。
伝えたい事も分かって欲しい事も沢山あるはずなのに、言葉にならなくて全て捨ててしまいたくなる気持ち。
唇を噛んだ私と嘘らしく微笑んだままのめいを見たレドが、不意に言った。
「──ごく一部の竜人にしか伝わらぬ”二度咲き病”を治療する方法が、実は存在しておるのじゃ」
「なお、る…の……?私の、この病が…?」
「じゃがな、妾はオススメはせぬのだが…」
「治るなら教えて、私がメルトを治す!」
バツが悪そうに言うレドを遮って、めいが声を上げる。
そんな彼女を見て観念したようにレドがため息を吐いたのだった。
◇
正直、心が踊らなかったと言ったら嘘になる。
私を苦しめていたこの病を治せるのなら。
もう一度世界を、景色を。
そして今まで出会ってきた皆を、両目で見ることが出来る。
だけど、どうしてか気は乗らなかった。
(もやもや、する…)
レドが言った病を治す方法。
それは薬を作る事だった。
必要な材料は。
一つ目が白金竜種の鱗。
これはレドが分けてあげると言ってくれた。
通常ならば手に入れにくい材料なのだろうが、とても運が良かった。
二つ目がメミロムの実。
非常に高い価値を持つ珍しい木の実で、貴族なんかが取り寄せては食しているらしい。
三つ目が悪魔を浄化した後に残る魂。
元々悪魔は人間の魂から生まれるらしい。
それ故にその元々の魂に取り憑いた悪魔を浄化したものが、材料になるとか。
私の気が重いのは、四つ目の材料。
──それは、春告妖精の羽根だった。
春告妖精の羽根は一度身体から取るともう再生することは無い。
羽根が必要になることを、レドが彼女の前で言わず後で私にだけ耳打ちしてくれたことは幸いである。
彼女ならきっと、自分の羽根を躊躇もせずに差し出してくるだろうから。
「思い、だせない…」
まるでそこだけ靄が掛かったように。
「メルト、こんなとこで何してんの」
「あ、りゅーざき…さん…」
一人展望台のベンチに体育座りしていた私に、ふいに竜崎が現れるとそう声をかけた。
彼は私の隣に座るとただ無言で空を眺める。
ただその沈黙が居心地悪くて、その体制のままの私は一言溢した。
「あなたは、私の様に大切なものを忘れてしまうとしたら…どう生きる…?」
「……俺は忘れても”忘れたこと”を気にしないで流れに身を任せて生きると思う」
竜崎は私の唐突な問いに、困った様に苦笑いして律儀にそう答えた。
彼は何となくそんな気がした。
忘れてしまった事すらも面白可笑しく捉えて、いつしか完全に自分が自分で無くなるその日まで、きっといつもの様に笑っているのだろう。
不意に、竜崎が口を開いた。
「──前にも、こんな風に夜空の下で話ししたね」
それはコルト峡谷に向かっていた時の夜。
あの時は眠れない私が、彼に話しかけたのだ。
「人は二回死ぬって知ってる?」
「……二度咲き病で、なら知ってるけど」
「残念ながら違うんだなー、普通の人も二回死ぬんだ」
「一回目は普通に死ぬ、二回目っていうのが皆の記憶から消えた時なんだって」
「メルトはさ、自分が周りのこととか自分のことを忘れてしまうのが怖いんだ。それは俺がその立場だったら俺も怖いとは思う」
「だけどさ、もしメルトが自分を忘れたとしても俺達を忘れてしまったとしても、俺達は絶対にメルトを忘れたりしないから」
「───もう少し、俺達を頼って良いんだ」
澄んだ星空に吸い込まれていくその言葉で、私は呆気にとられた。
確かに私の頭の中には”頼る”という概念が全く無かった。
それは生まれた時から苦な家庭環境を強いられ、病によって自分自身の心が強くあらねばと一人で生きる事を選んできたからだった。
温かくて、嬉しいから胸が痛むというのは初めての事かもしれない。
レドと話した時に枯れたはずの涙が、私の目からより一層大粒で溢れだした。
「涙腺が…崩壊、したのかもしれないわ……」
「心が楽になるまで泣けばいーよ、りゅーざきさん何も見てないからさ」
彼が言ったその一言で、私は壊れた人形の様に激しく大きく声を上げて泣き出した。
それは私が初めて”自分の弱さ”を痛感した瞬間でもある。
「わたし、は…怖いの……いつか、何もかもを忘れて…自分すらも分からなくなるのが……死ぬのと同じくらいっ……怖いの…!」
「”私らしさ”なんて分からない……!」
「もしかしたら…この”怖さ”も、いつか失うかもしれない…!」
吐く様にたくさんの言葉が口から飛び出す。
ずっと辛くて、見ない様にして、”怖くない私”が”私らしさ”だと見栄を張って。
必死に。
生きてきたんだ。
「そういえばさ、メルトはいつ黒魔法を覚えたんだ?」
「………え?」
「だって、魔法が使えるということは”教えてくれた誰か”がいるって事だろ?」
不意に竜崎が溢した言葉で、頭痛が走り回った。
また記憶のそこでちかちかと光る何かが、私の頭を締め付けている。
(私の記憶は、家族を殺した事が全てだと思ってた。でも、確かにブルームの森を抜けてシュヴェルツに逃げた…その時には魔法を使えていたのだから……)
”二度咲き病”の影響は花が咲き成長していくだけではなく、花が魔力を生み出し身体に馴染ませていくらしい。
その魔力を染み付かせた身体を養分に成長していく為、花が全身に回るほど病人の身体は高い魔力を持つようになる。
そのお陰で私は魔力が相当必要とされる”黒魔法”を使えているのだし、歴代に名を連ねた黒魔術師も二度咲き病が多かった為、黒魔術師は短命な人がとても多い。
だからといって。
知識がなければ魔力は操れないのだ。
虐待ばかりされロクに教育も受けていない少女が、どうやってその知識を手に入れた?
ぐるぐると頭の中で巡るその疑問は、突如として響いた竜崎の怒号でかき消された。
「フィル!お前今回の事は知っていたのか!?今ラートハイムには天使が捕らえられている、すぐに戦争が起こってしまってもおかしくはないぞ!!」
「違うんだ…!俺は、姉さんに言われてっ…」
「………”姉さん”?お前は一人っ子じゃ……」
「養子で、この間姉さんが出来たんだ!頭が良くて優しい姉さんで騎士団に関わりがあるんだ…その姉さんに、頼まれたんだよなんとかできないかって」
フィルが困った様に視線を泳がせると白状した。
「……っだから、俺がアンセム家を継がなくても良くなったんだ」
そう冷たい声で言い放ったフィルの目に浮かんでいたのは、”絶望”だった。
私は、あの”絶望”の形を知っている。
孤独だ。
それは誰からも必要とされず、自分の居場所を失った事が痛いほど分かるからこそ現実が突きつけてくる、そんな”絶望”の形だった。
「あなたの義姉は少なくとも”竜崎を殺す”というラートハイム国政の考えに加担している。だから、竜崎さんと親しいあなたに”魔穴を塞ぐ”という見せかけの依頼をして始末しようとした…」
「つまり俺はラートハイムに買い被られているわけね」
「……そんな…こと…」
疑問が線で繋がった答えを口に出すや否や、竜崎はそうヘラリと軽口を叩く。
魔力に頼らない実力を持った剣豪が国の内情を知ったとなれば、戦争になった時にラートハイムが不利になる未来も有り得る。
それを警戒していると言うなら。
ラートハイムは本格的に戦争を視野に考えている事になる。
「……あなたも、利用されていた。自己至上主義の王族達に。お陰で私達は大切な仲間を失うところだった」
「俺は、どうすればいい…?なぁ竜崎…今まで信じていた全てに裏切られて人の道を踏み外そうとした俺は…生きていていいのか……」
涙を堪えた私の頭をそっと撫でた竜崎は、俯いたフィルにため息を吐きながら言う。
「この間の俺もそうだった、家族を失くして、全てだったラートハイムの騎士団にも何もかもに裏切られた俺は生きていていいのかも分からなかった」
「──だけど、メルト達が教えてくれた」
「生きていなきゃいけないんだよ、償うには」
「二度と同じ思いをしない為に俺達は生きる事から逃げるのも諦めるのも出来ないんだ」
「しちゃ、いけないんだよっ……」
竜崎のその言葉に、掌をあの感触が蘇った。
柔らかな肉を裂くあの何とも言えない鈍い感触。
鼻を突く様な錆の匂い。
身体から溢れる赤黒い液体の色。
──冷たくなっていくその身体。
何度記憶を失っても忘れられないソレは、呪縛であると同時に大事な物を二度と目の前で失わない為の決意を強固にする鎖でもある。
私はフィルに言う。
「私達を、ラートハイムに…あなたの姉の元へ連れて行って」
「あなたがしたことは最終的に私の大切な物を奪う事になるかもしれない。だけどだからといってそんな結果を黙って待っていられるほど、もう私は弱くない」
「──というわけで。フィル、ラートハイムに行くからしっかり案内してねー」
呑気な声でフィルに言う竜崎は、いつの間にか涙を枯らした私を見て満足気に笑っていた。
囚われた神楽も。
この国を守る一員であるシュナも。
私達の住むこの街も。
もう、誰にも傷つけさせやしないから。
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