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それから二年後のお話し
41 失った物の代償
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都会の大きな病院の、小さな待ち合い室で。
私は俯いて座っていた。
走った子供がぶつかってくると、母親がごめんなさいと私に向けて言った。
そんな母親へ私は軽く会釈をして再び俯いた。
声は出さなかった。
否。
出せなかった。
先生は泣く私に言った。
「何か、声を出したくなくなる様な強いショックを受けてしまったから、声が出なくなってしまったのではないか」
それは、私にとっては死刑宣告さながらの辛い事実であった。
私は病院を出ると、走った。
人通りの多い、都会の大きな交差点。
人をすり抜けるようにただ走り続けた。
前の住んでいた町みたいに、緑を見かけたりはしない。
全部全部近代文化の先駆けで、人は機械に勝てないんだって言うみたいに、ハイテクな技術が普段の何気無い生活に侵食してくる。
「…………!!」
大きく口を開いてもパクパク言うだけで、声帯は機能してくれはしなかった。
どうして。
なんで急に声が出なくなったの?
「っ!…………っ!!」
涙が溢れてくる。
先生は言っていた。
機械で声を出せるようにすることも可能だ。
けれど前の自分の声は失われてしまうと。
なんということだろう。
こんな形で夢を諦めなきゃいけないなんて。
これもエルケンを裏切った罰なのかな。
あぁ私ってば最低だったな、自分が傷付きたくなかったがばかりに、大切なエルケンを二倍傷付けちゃったんだ。
膝からガクリと崩れ落ちた時に、親切な少女は私に声をかけてきてくれた。
「おねーさん大丈夫?体調悪そうだよ?」
少女は私より年下で、高校生だろうか。
よく言う「ギャル」とかいうやつで、なんだか騒いだりするのが好きそうなタイプの子。
「……!………………っ!」
「あれ、おねーさんもしかして喋れないの?あ、お腹すいてるでしょ、ウチ来てよ!ご飯美味しいからさ」
口をパクパクさせた私に、少女はあっけからんと笑ってそう言うと私の手を引いて歩き出した。
完全に彼女のペースに飲まれてる。
だが助けてもらったのだ、喋れないからと言って礼も言わずに逃げる訳にはいかない。
十分ほど歩き続けて彼女は立ち止まった。
「ここ、ウチなの。ほら早く上がっておねーさん」
そこは以外にももんじゃ焼きのお店で、畳に座ると鉄板が目の前にあるタイプのやつだ。
少女はカウンターの奥に声をかけた。
「おとーさん、ちょっともんじゃ三人前」
「あいよ、ちょっと待ってな」
家族かな?仲がすごく良さそうだ。
いいなぁ家族って。
少女はピンクの可愛らしいスケッチブックと、きらきらした細かい飾りのついた綺麗なペンを私に手渡す。
「はい、おねーさん。これでおねーさんの言いたい事書けるでしょ?」
そんな少女に、私は事細やかに事情を書いた。
助けてもらったのだから、事情はちゃんと話したい。
(田舎からアイドルになるために都会へ来たけど、今日急に声が出なくなっちゃって。絶望してたの、この辺には友達も仲間もいないし、この世に家族がいないし)
「おねーさんアイドルになりたかったんだ、確かにおねーさん綺麗だもんね」
私は続けて紙に書いていく。
(それに、都会へ来る時に大切な人を傷付けちゃった。だから、もう私には何にも残ってない)
私の存在意義なんて、ちっぽけだった。
小さい頃からクラスメイトには「歌だけは上手いね」っていつも言われてた。
歌が私の生きる理由だったのに。
神は声を私から取り上げてしまったんだ。
枯れたはずの涙がまた溢れた。
結局、私は逃げてる。
何もかもから目を背けてた。
だからきっと罰が当たったんだ。
「…それは違うと思うよ」
その少女はぽつりと言った。
悲しげに、苦しげに、何かを知ろうとしてるみたいに。
「おねーさんの事を待ってる人、いるよ。私さ、見ての通りギャルだし、頭悪いから良く分かんないけどっ。でも、絶対におねーさんが帰ってきてくれるのを待ってる人、いると思うんだ」
それを聞いて、正直心から震えた。
私に、待ってる人がいる……?
そして少女は続けて笑った。
「もちろん私も、おねーさんが声戻ってアイドルになるの待ってるからさっ」
「……っっっ!!」
紙に私の名前と礼を書いて、お辞儀をした。
そして、店を出ると走って駅へ向かった。
行き先は、皆の所だ。
黙って出てきた事を許して、なんて言わない。
だけどもし、私を待っててくれているなら。
私はもう、他の何を失っても構わない。
私は俯いて座っていた。
走った子供がぶつかってくると、母親がごめんなさいと私に向けて言った。
そんな母親へ私は軽く会釈をして再び俯いた。
声は出さなかった。
否。
出せなかった。
先生は泣く私に言った。
「何か、声を出したくなくなる様な強いショックを受けてしまったから、声が出なくなってしまったのではないか」
それは、私にとっては死刑宣告さながらの辛い事実であった。
私は病院を出ると、走った。
人通りの多い、都会の大きな交差点。
人をすり抜けるようにただ走り続けた。
前の住んでいた町みたいに、緑を見かけたりはしない。
全部全部近代文化の先駆けで、人は機械に勝てないんだって言うみたいに、ハイテクな技術が普段の何気無い生活に侵食してくる。
「…………!!」
大きく口を開いてもパクパク言うだけで、声帯は機能してくれはしなかった。
どうして。
なんで急に声が出なくなったの?
「っ!…………っ!!」
涙が溢れてくる。
先生は言っていた。
機械で声を出せるようにすることも可能だ。
けれど前の自分の声は失われてしまうと。
なんということだろう。
こんな形で夢を諦めなきゃいけないなんて。
これもエルケンを裏切った罰なのかな。
あぁ私ってば最低だったな、自分が傷付きたくなかったがばかりに、大切なエルケンを二倍傷付けちゃったんだ。
膝からガクリと崩れ落ちた時に、親切な少女は私に声をかけてきてくれた。
「おねーさん大丈夫?体調悪そうだよ?」
少女は私より年下で、高校生だろうか。
よく言う「ギャル」とかいうやつで、なんだか騒いだりするのが好きそうなタイプの子。
「……!………………っ!」
「あれ、おねーさんもしかして喋れないの?あ、お腹すいてるでしょ、ウチ来てよ!ご飯美味しいからさ」
口をパクパクさせた私に、少女はあっけからんと笑ってそう言うと私の手を引いて歩き出した。
完全に彼女のペースに飲まれてる。
だが助けてもらったのだ、喋れないからと言って礼も言わずに逃げる訳にはいかない。
十分ほど歩き続けて彼女は立ち止まった。
「ここ、ウチなの。ほら早く上がっておねーさん」
そこは以外にももんじゃ焼きのお店で、畳に座ると鉄板が目の前にあるタイプのやつだ。
少女はカウンターの奥に声をかけた。
「おとーさん、ちょっともんじゃ三人前」
「あいよ、ちょっと待ってな」
家族かな?仲がすごく良さそうだ。
いいなぁ家族って。
少女はピンクの可愛らしいスケッチブックと、きらきらした細かい飾りのついた綺麗なペンを私に手渡す。
「はい、おねーさん。これでおねーさんの言いたい事書けるでしょ?」
そんな少女に、私は事細やかに事情を書いた。
助けてもらったのだから、事情はちゃんと話したい。
(田舎からアイドルになるために都会へ来たけど、今日急に声が出なくなっちゃって。絶望してたの、この辺には友達も仲間もいないし、この世に家族がいないし)
「おねーさんアイドルになりたかったんだ、確かにおねーさん綺麗だもんね」
私は続けて紙に書いていく。
(それに、都会へ来る時に大切な人を傷付けちゃった。だから、もう私には何にも残ってない)
私の存在意義なんて、ちっぽけだった。
小さい頃からクラスメイトには「歌だけは上手いね」っていつも言われてた。
歌が私の生きる理由だったのに。
神は声を私から取り上げてしまったんだ。
枯れたはずの涙がまた溢れた。
結局、私は逃げてる。
何もかもから目を背けてた。
だからきっと罰が当たったんだ。
「…それは違うと思うよ」
その少女はぽつりと言った。
悲しげに、苦しげに、何かを知ろうとしてるみたいに。
「おねーさんの事を待ってる人、いるよ。私さ、見ての通りギャルだし、頭悪いから良く分かんないけどっ。でも、絶対におねーさんが帰ってきてくれるのを待ってる人、いると思うんだ」
それを聞いて、正直心から震えた。
私に、待ってる人がいる……?
そして少女は続けて笑った。
「もちろん私も、おねーさんが声戻ってアイドルになるの待ってるからさっ」
「……っっっ!!」
紙に私の名前と礼を書いて、お辞儀をした。
そして、店を出ると走って駅へ向かった。
行き先は、皆の所だ。
黙って出てきた事を許して、なんて言わない。
だけどもし、私を待っててくれているなら。
私はもう、他の何を失っても構わない。
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