家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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1章

(11)知りたい

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 音がしそうなほど勢いよく目を開ける。
 見えたのは、崩壊した施設でも砂漠でもなく、樹海に囲われた渓谷の上だった。右側にはバルド村の時を告げる鐘楼があり、左には村へ降りるための階段が長々と遥か下の川まで続いている。崖の近くへ一歩踏み出せば、絶壁から大きくせり出すように置かれた広い訓練場が見下ろせた。

「戻ってきてる……?」

 さっきまでの光景は夢だったのだろうか。

 記憶を少しひっくり返すだけでも生々しい痛みや絶望を思い出せるが、あまりにも壮絶すぎるあまり一周回って現実味がなかった。白昼堂々居眠りして悪夢を見たと思った方がより受け入れやすい。あれが実際にあったことなんて認めたくない。

 顔に手のひらを押し付けて指に力を込める。握力でつぶされた顔の筋肉から鈍い痛みが伝わってきて、狂いそうだった意識がいくらかマシになった。

 生きている。手足も問題なく動く。耳にチューブはなく、思考も明瞭だ。

 あれはただの悪夢だ。

 何も起きていなかった。全部嘘だ。

「リョーホ!」

 背後から名を呼ばれたと思いきや、固い棒のようなもので後頭部をひっぱたかれた。

「ぶへぁ!?」
「この馬鹿! どこに行っていたんだ!」

 頭を押さえながら振り返ると、息を切らして愛槍を握りしめているエトロがいた。顔が赤くなって前髪が濡れるほど汗をかいているところから察するに、ついさっきまで全力疾走していたらしい。

 そういえば、訓練場で別れる前にエトロは狩りに出ると言っていたから、今はその帰りなのだろう。しかし別れてからそれなりに時間がたっているだろうに、まだ怒っているなんて執念深いにもほどがあるだろう。

 とりあえずもう一発槍柄で殴られては叶わないので、俺は馬をなだめるように両手を向けた。

「ま、まあまあ落ち着いてくれ」
「これが落ち着いていられるか! いきなりお前が消えて、村の者総出で捜索していたんだぞ!」
「え?」

 悪夢でもなんでもなく、本当にベートに拉致されていた事実が露呈した。

 現実逃避の道が途絶えて冷や汗が噴き出たが、それよりも──エトロになんて説明すればいいのだろう。見たままを口にしたところで信じてもらえるわけがない。俺が日本から来たこともエトロたちは信じていないのだから、そこに加えて「拉致されてきました」なんて言ったら完璧に狂人だ。ようやくバルド村の人々から信頼を勝ち取れそうなときに不信感を与えるのは避けたかった。

 だが、代わりの妙案なんて浮かぶわけもなく、俺は口をパクパクさせながら結局何も言えずにいた。エトロも俺の優柔不断な態度に我慢できず、槍先を俺の喉元に突きつけながら怒鳴りだした。

「黙っていても分からないぞ! 言え! どこに行ってたんだ!」
「え、っと、ていうかなんでエトロが怒って──」
「怒るに決まってるだろう!」
「ひぇ、わ、悪かっ……」

 一喝したエトロにびくりと飛び跳ねて俺は縮こまった。だがエトロの真っ青な目が潤んでいるのを見て、俺の安っぽい謝罪の言葉が消え失せた。

「え、エトロ、何かあったのか? 俺でよければ、いやお前は嫌だろうけど、話ぐらいなら聞けるぞ?」
「……っ泣いてなんかない! この馬鹿!」

 慰めるつもりが強烈に拒絶されてしまった。ショックで俺は愕然としたが、かといって泣いているエトロを放っておくわけにもいかない。行き場をなくした両手をうろうろさせていると、森の方から大きな声がした。

「あー! いた! エトロお手柄だよ!」

 ばさっと木の上から飛び降りてきたのはアンリだった。腰には双剣をぶら下げ、背中に大弓を下げた完全武装だ。血の匂いはしないので、守護狩人らしくバルド村の警護に当たっていたのかもしれない。

 アンリは額の汗を指先で払った後、腰にぶら下げていたものを引き抜いた。朱色に染められた、二十センチ前後の棒だ。一見するとダイナマイトに見えなくもない。

「なんだそれ?」
「んー? 発煙筒。君が見つかったっていう合図に使うんだー」

 にこやかに説明しながら、アンリは発煙筒の先端をナイフで切り落とした。途端、断面から吹き上がるように火花が飛び散り、白煙が天高くまで登っていく。
 俺は白煙を見上げながら、遅まきながらになぜ二人が来たのかを察した。

「……もしかして、みんなで俺のこと探してくれてたのか?」
「そりゃあね。いやよかったよかった。ドラゴンの餌になってたら、俺たちレオハニーさんに半殺しにされちゃうよ」

 告げられた事実に俺は引き攣った笑みを浮かべるしかない。ただでさえ狩りにも出られない穀潰しのくせに、バルド村の狩人全員に迷惑をかけてしまうなんて、穴があったら入ってそのまま埋まってしまいたい。

 それはそうと、レオハニーの半殺し発言は狩人たちの間で冗談ではないらしい。アンリとエトロは若干顔色が悪くなっており、俺に怪我がないのを確認してはほっとしていた。

 何とも言えない気まずさの中、俺は目を泳がせながら二人に頭を下げた。

「その……いきなりいなくなって悪かった。二人とも」
「無事に見つかったんだしいいよいいよ。こっちも首が繋がったからね。ハハハ」

 乾いた笑い声で遠くを見つめるアンリには、ブラック企業勤めの社畜の雰囲気がにじみ出ていた。

 一体レオハニーはどれだけ皆に恐れられているんだ。それはそれとして、俺のことを気にかけすぎだろうとも思う。別に俺がいなくなってもレオハニーは気にしなそうなものだが。

 くしゃくしゃと頭を掻きながら俺が首をひねっていると、アンリがエトロの顔を見て怪訝そうな表情になった。

「あれ、エトロどした? 泣いてるじゃん」

 あ、と俺が思い出した時にはもう手遅れで、エトロの頬がみるみる赤く茹で上がった。

「な、なななな、泣いてない! 揃いも揃って、お前も殴られたいか!」
「うっわ、いつになくガルガルしてるね。リョーホ君が見つかって安心したのは分かるけど、俺に当たるのはやめてくれよ」
「エトロが、安心?」

 並ぶはずのない単語の数々に首をかしげる。
 アンリはエトロから繰り出される槍技をいなしながら、俺の反応を見てきょとんとした。それから納得したように声を上げて悪ガキのような笑みを浮かべた。

「鈍感な君にアンリ様が直々に教えたげようか。リョーホが見当たらないって真っ先に気づいたのはエトロだよ」
「え?」
「いやーすごかったなあぁエトロの顔。竜王みたいなすごい形相で俺に掴みかかってきてさぁ、散々俺に責任押し付けた後に村中走り回って叫んでんの。リョーホーどこにいったのー? リョーホーって」
「喋るな! 二度と口を聞けなくしてやろうか!?」
「できないことは口にするもんじゃないよ」
「うぐぅ!」

 顔を真っ赤にしたエトロが襲い掛かるが、アンリは難なく間合いを詰めて槍をもぎ取った。完膚なきまでの敗北にエトロは悔し気に顔を歪め、涙目になりながらぽかぽかとアンリの胸を叩き始めた。

 その微笑ましい光景を見ながら、俺はアンリが口にした言葉に心が温かくなった。

「そっか。探してくれたのか」

 数時間前はエトロに俺の努力を馬鹿にされてくじけそうだったのに、心配してもらえただけで喜んでしまうなんて現金な心だ。

 どうせエトロが俺を探した理由なんて、レオハニーの怒りに触れたくないからに決まっているだろう。
 卑屈な推測が頭をもたげるが、エトロの青い瞳に滲んだ涙を見た後ではそれも霧散する。

「ありがとな。エトロ」

 気づけば感謝の声が出てきた。
 エトロはアンリを殴る手を止めて、目を見開きながら俺を見つめている。

 俺は、エトロのことが苦手だ。エトロも弱い俺のことが大嫌いだ。
 なのに俺は彼女と仲良くなるのを諦められない。

 俺はエトロのことを何も知らない。いかなる理由でレオハニーに師事を仰いで狩人になったのかも、嫌いな俺のために泣きそうになっていることも、彼女の家族関係すらも、何一つ答えられない。今日になってやっと自分の無知に気づいた。

 強くなるだけでは駄目なのかもしれない。俺の最終目的は徹頭徹尾日本の家に帰ることだが、だからといってこの世界の人々との関りを蔑ろにしていいわけじゃない。
 だからこれから続くだろう長い時間で、エトロのことを知っていきたいと思う。

 じっとエトロの美しい瞳を見つめ返していると、彼女は急にそっぽを向いた。

「お前に死なれたら師匠に顔向できないだけだ。心配してない。勘違いするな」

 まるで拗ねたような口調だ。エトロの喋り方は男勝りで時々冷淡さを感じるが、意外と分かりやすいかもしれない。小さな気づきに思わず口元を緩ませながら、俺はエトロの横顔に呼びかけた。

「分かってるよ。それでもありがとう」
「……お前は弱いんだから、もう村から出るな」
「悪い。俺は狩人になるから」
「ダメだ。無駄死にするだけだぞ」

 背けられていた青い瞳が再び俺に向けられる。その目は再び怒りで燃え上がっていたが、俺は目を逸らすことなくきっぱりと告げた。

「俺は弱いままでいたくない」

 今日はたまたまアルビノの少女が助けてくれただけで、村の中に引きこもっても死ぬときは死ぬのだと俺は理解した。ベートは俺の体質に執心しているため、必ずまた狙ってくるだろう。守られてばかりでは故郷に帰るなんて夢のまた夢だ。

「俺はお前になんと言われようと守護狩人になるよ」

 リィン、と鐘楼の上で鈴が震える音がした。次いで、森の匂いを纏った風が俺とエトロの間を吹き抜けていき、空に残っていた発煙筒の煙をかき散らしていった。

「……勝手にしろ」

 エトロはアンリの手から槍をひったくると、鐘楼の横に連なる村への階段へと歩き去った。
 彼女と仲良くなれるのはまた今度だな、と俺が肩をすくめると、頭上の鐘楼が本格的に重々しい音色を奏で、木漏れ日に霞む夕暮れ時を告げた。
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