家に帰りたい狩りゲー転移

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2章

(23)薄明の塔 2

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 ──ハウラには、かけがえのない友がいた。
 家族を失った悲しみを糧に、共に強くなろうと誓い合った友だ。

 ハウラは十二年前、ミカルラとヨルドの里を助けらなかった己の無力さを悔いていた。自分がもっとしっかりしていれば、もっと多くの人が生き残ったはずだった。自分がミカルラの代わりにドラゴンの群れと対抗できるほどに能力を扱えれば、ミカルラがベアルドルフに殺されることもなかったのだ。

 だから、何もかもが終わって絶望しきっていた時に、バルド村でヨルドの里の生き残りがいると聞いた時はいてもたってもいられなくなった。

 まだ自分でも助けられる人がいるはず。あの日救えなかった人々の分まで、生き残った人々に手を差し伸べたい。ハウラはそんな思いに突き動かされ、ほとんど独断でバルド村の避難民をエラムラの里に受け入れることにした。

 『腐食』のせいで素手で人に触れることが出来ないハウラは、受け入れた避難民から嫌厭された。避難民たちはミカルラがヨルドの里を見捨てたと思い込んでおり、慈善のためにハウラが顔を出すたびに石を投げてきた。外に出るたびにハウラの生傷は絶えなかったが、それでも避難民たちが普通の生活を送れるよう、できうる限りの手を差し伸べ続けた。

 そんな時に、ハウラはエトロと出会った。
 当時のエトロは氷のように冴え冴えとした子供だった。全く笑いもせず怒りもしなかったが、ハウラが石を投げられたときは、決まって石を投げ返し相手を懲らしめてくれた。

 エトロはエラムラの里に来る前から、無表情の仮面の下で荒々しい復讐の炎を燃やし続けていた。来る日も来る日も訓練に明け暮れ、六歳にして大の大人に勝利を収めるほど凄まじい努力だった。

 母のために泣けなかったハウラにとって、目的のために邁進するエトロは眩しくて仕方がなかった。悲嘆にくれるのではなく、望む結果を引き寄せようとするエトロの努力に憧れた。

 エトロがいなければ、ハウラはベアルドルフの恐怖に怯えたままだった。エトロのお陰で、ハウラは持て余していた憎しみの使い道を知った。ニヴィが激しい憎しみで狂ってしまったように、ハウラもまた正しい狂い方・・・・・・を学んだのだ。

 すべての元凶を殺そう。

 ミカルラが残してくれた美しいエラムラの里を守るため、ハウラがベアルドルフを自らの手で打ち滅ぼす。その思いが、巫女の重責に押しつぶされそうだったハウラの心の支えとなった。

 十二年もの間、ハウラたちがダウバリフとシャルを里の外に放置していたのはただの怠慢ではない。行方知れずとなったベアルドルフを確実に誘き出すためにも、ダウバリフたちに下手に善意を見せてエラムラに対する怨念を薄れさせるわけにはいかなかったのだ。

 ニヴィがノーニャを殺した時も、シャルが関与していたからハウラたちは黙認した。シャルが苦しめられればベアルドルフは怒り狂い、直接ハウラを殺しに来る確率も高くなるはずだから。

 シャルの身代わりになったノーニャのことは胸が痛む。

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 里にどれほどの血が流れようと、その先にまた新たな命が芽吹くのなら犠牲は必要だ。ベアルドルフに皆殺しにされる未来よりも、たった一人でも生き残った誰かが、再びエラムラを再興できるようにしなければならない。

 それが、エラムラを守ると誓った巫女の役目だ。

「ついにこの時が来た」

 戦慄く声色でエトロは笑う。
 ハウラもまた、彼女の後ろで目を閉じながら微笑んだ。

 自分たちから大切なものを奪った者への復讐。そのためだけに少女と巫女は雌伏の時を経て、今日という日を待ち望んでいたのだ。

 赤々と夕日が差し込む祈祷場の中で、獣じみた風格の大男と、クラゲのように儚げな少女が対峙する。

 露出の高い装備に身を包んだエトロの臍と手首の中で、雪のような菌糸模様が淡く光る。やがて菌糸の光は黄昏に染まる祈祷場を凍てつかせ、薄明の塔の風車をも巻き込んで吹雪となった。

 少女は吹雪を振り払うように一歩進み出ると、ベアルドルフに氷の槍先を向けた。
 
「私はバルド村の狩人、エトロ。大罪人ベアルドルフよ、お相手願う」
「……いいだろう」

 肌が切れてしまいそうな極寒の中、二人は手足から動作を読み合い、実力を把握し、そして──。

「シッ──!」

 押し殺すようなエトロの裂帛が、開戦の幕を上げた。

 エトロとベアルドルフの戦いは薄明の塔全体が震えるほど熾烈であった。
 氷の槍とセスタスの三枚刃が交わるたびに火花が散り、極寒の空気を蒸気で引き裂く。冷気に触れて一瞬で消える火花は線香花火のように美しく、夕暮れに染まる祈祷場を激しく明滅させた。

 床に置かれていた行燈や壁の蝋燭は、すべてエトロの発した冷気でかき消された。今や部屋を照らすのは両者の剣戟だけだ。暗がりの中で見えるのは二人の狂暴な相形だけとなる。

 待ち侘びた長年の仇敵を前に、エトロはかつてないほどに殺意を滾らせていた。

 ベアルドルフのせいで、エトロの両親も、友人も、好きだった人も、何もかもがドラゴンの雑踏で引き潰された。思い出の品を一つも持ち出す暇がないほど、ヨルドの里を襲った災厄はあまりにも突然の出来事だった。

 逃げた先の人々も、自分の匂いを追ってきたドラゴンのせいで同じ運命を辿った。逃げれば逃げるほど、積み上げてきた生活が踏み潰される絶望。まるで自分が死神か災害にでもなった気分だった。

 そしてようやくバルド村で安息を得られた時に、エトロは知ってしまった。自分が最初からバルド村に避難していれば、他の村までスタンピードに巻き込まれなかったという可能性に。

 自分があの時、家族と共にヨルドの里で死んでいれば、他の村の人々まで殺されるようなことにならなかったかも知れない。だが命がけで逃がしてくれた両親を思うと、エトロは何が何でも生き残らなければならなかった。何度あの時間をやり直したとしても、エトロは逃げることを諦めなかっただろう。

 分かっていても、暗い夜が来るたびに考えてしまう。家族の思いと、巻き込まれてしまった大勢の人々と、どちらを優先するべきだったのか。故郷を失う痛みを、むざむざ他の人にまで振りまいてまで、自分に生きる価値はあったのか?

 大人たちは優しく慰めてくれたが、どの言葉も真の意味でエトロを救ってはくれなかった。

 せめて、己の身は己で守れるように強くなろう。それ以外に、幼いエトロができることは何もない。ベッドの上で膝を抱えながら時間を浪費するだけでは、いつか憤死してしまいそうだった。そんな夜を一年もの間、毎日のように過ごし続けていた。

 ある時、エラムラの里から避難民を受け入れるという話が出て、エトロは大人たちに連れられて引っ越すことになった。その先でエトロは、ようやく自分が恨むべき相手を見つけたのだ。

 ヨルドの里が滅びたのはベアルドルフのせいだ。

 討滅者たる巫女ミカルラの力があれば、ああも完膚なきまでにヨルドの里が壊滅することもなかった。

 ベアルドルフさえいなければエトロは過ちを犯さなかった。

 この男さえ、いなければ!

「せいやぁッ!」

 青白い槍が空気を引き裂くたび、周囲にダイヤモンドダストのような煌めきが散る。細氷は自らの冷気でみるみる肥大化すると、矢の雨へその身を作り替えた。

 矢の一つ一つは人間の腕に匹敵するほど長く、先端は凶悪な棘でびっしりと覆われている。それらが打ち出された瞬間、甲高く泣き叫ぶような音が祈祷場に響き渡った。

「小細工を!」

 ベアルドルフは獰猛に笑い、素手の右手と左のセスタスを交差させるように氷の矢を薙ぎ払った。

 破壊された氷の破片が燐光を放ちながら祈祷場に溶ける。

 幻想的な光景の中、ベアルドルフは無感動に視線を走らせた。隻眼は優雅に空中を薙いでいくが、肝心の青白い髪がどこにも見当たらない。

 刹那、ベアルドルフの顎を狙って槍が真下から突き上げられた。エトロが氷の破片に紛れるよう、床を這うほどの低い位置から襲い掛かったのだ。

 即座にベアルドルフが上半身を逸らして避けるが、その脇腹へエトロの回し蹴りが直撃した。下位ドラゴンの頭部なら簡単に砕け散る威力だ。普通の人間なら骨が砕け、立っていることすらできないだろう。

 エトロは口を引き結んだまま巨躯が倒れるのを待ち望む。

 しかし、ベアルドルフはじっと佇んだまま全く倒れる気配がなかった。

「エトロと言ったな」

 前触れもなくベアルドルフは言う。

「その戦い方、まるでレオハニーとよく似ている。……そうか、貴様があいつの弟子か」
「はっ、師匠と戦った男と相まみえるとは光栄だ」
「心にもない事を」

 淡々と口を動かすエトロに、ベアルドルフも口角を吊り上げる。
 感情を装いあう二人は大根役者の演劇じみており現実感がない。だが、交わされる剣戟の激しさは紛い物ではなかった。

 エトロは間合いが外れた槍を後方に蹴り飛ばしながら、両手に氷を纏ってベアルドルフのセスタスに対抗する。

 至近距離で繰り出される拳と拳のぶつかり合い。

 エトロは床に氷を張ると、顔に向けられたセスタスの刃をぎりぎりで回避しつつベアルドルフの股下を滑り抜けた。去り際に髪の毛の一束が床ごと引き裂かれ、起き上がった際にエトロの肩から髪の残骸が落下した。

 エトロは蹴り飛ばした槍がベアルドルフの向こう側にあるのを確認する。拳ではやはり力負けするが、エトロが槍を拾う暇を与えるほどベアルドルフは生易しくはない。

 案の定、ベアルドルフはエトロと槍の直線状に悠然と割り込み、さらに左手のセスタスを腰のベルトにひっかけた。

 舌打ちをするエトロに向けて、ベアルドルフは紫色の瞳を細く削いだ。

「レオハニーの弟子は未だ採集狩人と聞いていたが、貴様の実力はすでに守護狩人まで達していよう。だのに竜王討伐に向かわぬのは、レオハニーの意思か」
「お前には関係ない」

 エトロは足を引き、豹のように四肢で床を蹴りながら飛び掛かる。即座にベアルドルフが鳩尾を狙って右足を蹴り出すが、エトロはつま先に手をついて跳び箱の要領で空中に躍り出た。

 ベアルドルフの頭上に来るや、虚空から身の丈に迫る氷塊を作り出し、投下。

 されどベアルドルフは一歩もその場から動くことなく、片手だけで落下する氷塊を受け流し、ぐるりと身体を回転させてエトロに投げ返した。人間の可動域を遥かに超えた強肩の動きに、エトロは思わず目を剥いた。

「討滅者は、揃いも揃って人外か!」

 悪罵しながらエトロは氷の足場を作り上げると、壁蹴りの要領で自分の身体を氷塊の軌道上から逃がした。逃げる方向はもちろん、ベアルドルフの向こう側に転がっている槍のところだ。

 空中で氷塊とすれ違った後、氷塊の軌道上に残っていた氷の足場が衝突し、騒々しい音を立てながら周囲に爆散した。

 冷気を背に浴びながらエトロは前転で受け身を取り、流れのまま槍を拾い上げる。

 曲芸じみた回避を披露するエトロも、世間一般で言えば相当の実力者だ。あれだけ動き回っても息一つ乱しておらず汗も掻いていない。それどころか、まだベアルドルフと対峙する余裕がある。

 だが恐るべきは、ベアルドルフの底知れぬ強さだ。戦いの最中、ベアルドルフは一度も菌糸能力を使っていない。もし彼が最初から全力で向かってきていたなら、エトロは打ち合いをする暇もなく首をへし折られていただろう。

 差し向かいで勝てるとは微塵も思っていなかったが、ベアルドルフの強さはエトロが想定していた以上だった。下手をすると、最強の討滅者であるレオハニーと並び立つほど。

「貴様のような狩人がまだ残っていたとはな」

 ベアルドルフが野太い笑みを浮かべるが、エトロにはもはや皮肉を返す余裕もなかった。

 自分一人で消耗戦を強いるつもりだったが、ベアルドルフは全く手の内を明かさず、まるで観戦しているかのようにエトロの戦い方を眺めるだけだ。むしろこちらの方が追い詰められている。予定していたよりも足止め・・・は長く続かないかもしれない。

 冷や汗を掻くエトロを知ってか知らずか、ベアルドルフは再び口を開いた。

「エトロ、と言ったな。貴様の力、ここで殺すのは惜しい。オレの下に来ないか?」
「貴様を憎む相手に、よくもぬけぬけとそのようなことが言えるな!」
「真実を知れば、貴様も憎むだけではいられまいよ」

 ベアルドルフの口元が皮肉気に歪められる。その片頬に、一瞬だけ幽寂とした色が乗った気がした。

「十二年だ」

 密やかに、だが身体の奥底からこみ上げる情炎を隠しきれぬ声色で、ベアルドルフは続ける。

「我々は十二年、化け物どもの企みを潰すためにこの身を捧げてきた。エトロよ、貴様はそこの化け物に騙されているぞ」
「勧誘の次は世迷言か。討滅者というものが、呆れ果てた根性だ!」
「──やはり貴様は、レオハニーから何も聞いていないのだな」

 問答の最中に浴びせられた台詞に、エトロは愕然と目を見開いた。
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